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「日本の子どもの学力は本当に低下しているのか」池上彰が新聞4紙を読み比べた意外な結果

プレジデントオンライン / 2023年6月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/artisteer

新聞によってニュースの書き方はどれだけ違うのか。ジャーナリストの池上彰さんは「同じ調査データを基にした記事でも、注目したポイントによって、見出しは正反対になることがある。記事の内容を正しく理解するには、見出しだけでなく本文まで熟読することが大事だ」という――。

※本稿は、池上彰『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

■朝日新聞は「理科の勉強が楽しいのに成績は低下」

同じデータを基にしても、新聞社によってトーンの違う記事になることは、よくあるものです。でも、これだけくっきりと違いが出るのは、ちょっと珍しいかも知れません。

2020年12月9日付の朝日新聞朝刊は1面で、数学・理科の国際調査の結果を報じています。記事の見出しは、〈小4「理科楽しい」 でも平均点は低下〉というものでした。本文を読んでみましょう。

〈のべ64カ国・地域の小学4年と中学2年が参加した2019年の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)で、日本の小4理科の平均得点が03年以来初めて低下した。理科の勉強が楽しいと答えた小4の割合は過去最多の92%で、学習意欲をどう学力につなげるかが課題として浮かんだ〉

勉強が楽しければ成績も上がるはずなのに、そうはなっていない。これは不思議です。これについて文部科学省は「様々な要因があり、中長期的な分析が必要」と説明しているそうですが、本文で理科教育の専門家は「小4の得点が下がった理由ははっきりしない。小中の指導の連携を強め、注視していく必要がある」とコメントしています。

■日経新聞は国際平均と比較して「学習意欲が低下」

これだけを見ると、日本の子どもたちの学力は大丈夫かと不安になります。同日付の日経新聞はどうか。こちらの見出しは、〈小中の理科 順位下げる 学習意欲の低下なお課題〉とあります。

朝日の記事では小4の学習意欲が高まっていると書いてあるのに、日経では低下しているという。日経の記事本文を読んでみましょう。

〈「算数・数学の勉強が楽しい」と答えた小4は77%で、中2は国際平均から10ポイント以上下回る56%にとどまった。「理科の勉強が楽しい」と答えた中2も同様に70%だった。小4理科のみ国際平均より6ポイント上回る92%だった〉

■「中2数学が過去最高点」に注目した毎日新聞

朝日の記事は小4の「理科の勉強が楽しい」という比率が高いことに注目していますが、日経は算数・数学で「楽しい」と答えた生徒が国際平均を下回っていることを取り上げたため、一見正反対のような見出しになったのでした。

勉強している子ども
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

一方、毎日新聞は心強い見出しでした。〈中2数学 過去最高点〉というものだからです。本文を読んでみましょう。

〈日本の結果は、中2数学の平均点が8点上昇して過去最高を更新し、小4算数と中2理科は過去最高だった前回並みの水準を維持するなど4教科すべてで5位以内をキープした。(中略)日本は上位層と下位層の得点の差が小さいのが特徴だ。(中略)文科省は「日本では都市部でも山間部でも一定の水準の教育が保たれ、教員の指導力の高さが下位層の子どもたちを引き上げているからではないか」と推測している〉

毎日の記事を読むと、日本の子どもたちの学力水準は高く、しかも上位と下位の差が小さいという理想的な結果になっています。日本の教育は素晴らしいと胸を張りたくなります。

■読売新聞の結論は「高い理数能力を持っている」

では、読売新聞はどうか。見出しは〈小中理数 世界5位以内〉となっています。なるほど、全部まとめた表現ですね。本文はどうか。

〈日本は中2数学の平均得点が過去最高となるなど高い水準を維持し、算数・数学と理科の平均得点は小中とも世界5位以内だった。勉強が「楽しい」と答えた子供の割合も過去最高だった。(中略)文部科学省は「小中とも過去最高点だった前回に続き、日本の子供が高い理数能力を持っていることが示された。IT分野などで活躍する人材の育成につなげたい」とした〉

これを読むと、明るい気持ちになりますね。「日本の子供が高い理数能力を持っていることが示された」というのですから。

同じデータでも朝日を読むと少し不安になり、日経だと深刻な気分になりますが、毎日や読売を読むと、自信がつきます。

どれも間違ってはいませんが、色調が異なります。見出しだけでなく、本文の熟読が求められます。

■大阪の校則裁判を各紙はどう報じたか

新聞記事を読み比べると、同じ新聞社でも東京本社と大阪本社で掲載される記事が違っていたり、扱いに大小の違いがあったりすることに気づきます。全国紙でも紙面に地域性が出るのです。それは当然ですが、どこで起きたニュースでも、私たちに身近だったり論議を呼んだりするテーマであれば、大きく扱ってもいいのではないかと思うのです。

2021年2月17日の朝刊各紙の扱いを見て、その感を深くしました。学校の校則はどこまで認められるのかの裁判の判決が大阪地裁であったのですが、東京版は扱いが小さい社が多かったからです。

どんな裁判だったのか。大阪府立高校の元女子生徒が、「茶髪を黒く染めるよう繰り返し指導され、精神的苦痛を受けたとして」(朝日新聞朝刊より)大阪府に慰謝料を求めたもので、次のような判決でした。

〈判決によると、生徒は2015年4月に入学。同校には「染色・脱色」を禁止する校則があり、教諭らは生徒に黒く染めるよう何度も指導。「黒染めが不十分」として授業への出席や修学旅行への参加を認めないこともあり、生徒は不登校になったとした〉(同紙17日付朝刊)
通りを歩く女子高生
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■「地毛が茶色だったのか」で印象は異なる

学校の校則といえば、最近は「ブラック校則」という言葉が生まれるほど、厳格な校則のあり方が問題になり、見直しを始めたところもあります。だから、この裁判はニュースになったのです。

この裁判の原告は、毎日新聞によると「生まれつき髪が茶色なのに、教員から黒く染めるよう再三指導されて」とあります。朝日の記事だと、生徒の髪が生まれつき茶色かどうかが、はっきりしません。もし、生まれつきの黒髪を茶色に染めていたら「茶髪を黒くしろ」という指導に納得する人もいるかもしれません。毎日だと、生まれつきの髪の茶色を黒に染めるように指導されたことになります。これでは行き過ぎだと思う読者もいるでしょう。

同じ判決なのに、記事の書き方で印象が異なります。

■朝日、読売、毎日は記事の扱いが地味だった

では、この校則は認められるものなのか。朝日の記事を続けます。

〈判決は、校則について、華美な頭髪を制限することで学習や運動に注力させる目的などから合理的と判断し、茶髪に対する社会一般の認識に変化が見られるとしても、校則の合理性に影響しないと述べ、違法性を否定した〉
池上彰『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』(祥伝社)
池上彰『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』(祥伝社)

判決は、この校則の規定を認めたのですね。ただ、学校は不登校になった生徒の名前を学級名簿に掲載しないなど対応に行き過ぎがあったとして、判決は大阪府側に33万円の賠償を命じました。

こうやって新聞を読み比べることで、同じニュースでも書き方が異なることに気づきますが、私が気になったのは、記事の大きさです。

朝日は33面に見出し2段という地味な扱いです。読売は31面に、こちらも2段見出し。毎日は26面に1段の見出し。あまりに扱いが小さく、探すのに時間がかかったほどです。

■裁判の意義までしっかり解説した日経新聞

これに対して日経新聞は40面に4段見出し。この面は、いわゆる第2社会面と呼ばれ、読者の注目度が高い場所です。日経の扱いの大きさが目立ちます。

さらに日経は、この裁判について解説も掲載しています。

〈大阪府立高校の頭髪の黒染め指導を巡る今回の訴訟は、海外メディアが「学校の過剰な注文」と報じるなど国内外で注目され、各地で髪形などを厳格に定める「ブラック校則」を巡る議論の発端だった。

ブラック校則は生徒の外見や行動などを過度に縛る校則を指す。規律を求める教育現場では校則が重んじられてきたが、社会で多様性の尊重が重視されるなか、校則のあり方も問われるようになってきた。(中略)校則見直しの動きも広がっている。大阪府教育庁は今回の提訴を受け、17年に府立高に校則の点検を指示した〉

ここまで書いてこそ、今回の裁判の意味が理解できます。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計11大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』など著書多数。

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(ジャーナリスト 池上 彰)

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