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大衆車より高級車のほうが、歩行者の横断を待たず、交差点で割り込みやすい…社会的地位と道徳の意外な関係

プレジデントオンライン / 2023年6月25日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deepblue4you

社会的地位と道徳はどのように関係しているのか。東京大学薬学部の池谷裕二教授は「カリフォルニア大学の研究によると、社会的地位が高いほど交通マナーが悪いことがわかっている。また『自分は社会的地位が高い』と思って行動すると、下級階級者でも態度が悪くなるという実験結果が報告されている」という――。(第2回)

※本稿は、池谷裕二『脳は意外とタフである』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■上流階級の人のほうが非道徳的態度を取るようになる

「金持ちが神の国に入るのはなんと難しいことか。ラクダが針の穴を通る方が易しい」というキリストの言葉が聖書にあります(ルカ福音書18章)。「金持ち=悪」という図式はあまりに単純に思えますが、実際、カリフォルニア大学のピフ博士らは、上流階級はモラルが低いという事実を、七つの実験から証明しました(*1)。いくつか紹介しましょう。

まず運転マナー。博士らは、車を高級車から大衆車まで五つに分類し、階級別に交通マナーをモニターしました。すると、横断歩道で手を上げている歩行者を待たずに通過してしまう確率は平均35%のところ、高級車は47%でした。交差点で割り込む率も平均12%のところ、高級車は30%でした。

次にピフ博士らは、ボランティア参加者に人事面接官として就職希望者と交渉しながら採用者の給料を決めてもらう実験を行いました。志願者は長期的で安定な職を求めていますが、今回の採用ポジションは近々廃止予定です。こうしたケースでは、下流階層の人ほど不都合な事実を素直に告げて志願者と交渉する傾向が強かったのですが、社会的ステータスの高い人は事実を隠して交渉を進めることがわかりました。

ピフ博士らの報告書には、こうした興味深い調査データが並んでいますが、最後の実験がもっとも象徴的です。「自分は社会的地位が高い」と思って行動をしてもらうと、下流階級の人でも貪欲さが増し、非道徳的な態度になりました。つまり、モラルの低さは生まれつきではなく、地位が作ったものであることがわかります。さらに「金欲は悪でない」と説明して実験を行うと、下流階級者の尊大ぶりは、現実の上流階級よりもひどいものになりました。

実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな──日本にはよい格言があるものです。

(*1)Piff, Keltner(Proc Natl Acad Sci USA 2012). Higher social class predicts increased unethical behavior

■金銭的に余裕がないと思考力が低下する

貧乏人は困窮すると知性が鈍る──そんなデータが発表されて話題を呼んでいます。『サイエンス』誌に、ハーバード大学のムライナタン博士とシャフィア博士が率いる研究チームが発表した論文(*2)です。

貧困層の特徴を調査したデータは少なくありません。たとえば低所得者は、健康への意識が低い、遅刻が多い、約束を守らない、金銭管理能力が低い──という統計データが出ています。もちろん例外は少なくありませんが、全体的にそうした傾向があるという指摘がなされています。

しかしこれだけでは、貧乏だからモラルが低いのか、人間性に欠陥があるから貧困に窮してしまったのかがわかりません。今回発表された研究成果は、この因果関係に切り込んだものです。

たとえば、車の修理で急に15万円が必要になったとします。そんな状況下でパズルを解いてもらうと、低所得者は成績が50%以上も悪化することがわかりました。映像を瞬時に判断するテストも同様に悪化しました。修理費が1万円だった場合には成績は低下しませんでした。

これらのテストは金銭とは無関係です。にもかかわらず影響が現れるという点が重要です。なお、高所得者は修理費いかんにかかわらず常に成績は安定していました。博士らは「低所得者は知能が低いのではなく、出費がかさむ状況では思考のリソースが奪われ、その結果として冷静さを失してしまう」と説明しています。

なんとも身も蓋(ふた)もないデータですが、日本には「貧すれば鈍する」「備えあれば憂いなし」ということわざがあります。なるほど、脳とはそんなものかもしれません。

(*2)Mani, Zhao(Science 2013). Poverty impedes cognitive function

■「ゲーム障害」は“病気”だと認定されたが…

TVゲームやSNSなどのデジタル技術は脳にとって悪影響でしょうか。

自宅でゲームを楽しむ男の子
写真=iStock.com/MarsYu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarsYu

ゲームで遊ぶことで認知能力が高まるとするデータもあれば、SNSが台頭したここ10年で若者のうつ傾向が強まったことを示すデータもあり、専門家の間でも統一的な見解は得られていません。『ネイチャー』誌の論説(*3)でも、オレゴン大学のニック・アレン博士が「デジタル技術の是非を問うのは、車が運転者を事故死させうるかを問うのに似ている」と問題設定の不備を指摘しています。

なかなか結論の出ない混沌(こんとん)とした議論を眺めるにつけ、私は、心配するほどひどい悪影響はないだろうと判断しています。この判断は私自身がゲームと共に育った世代であり、おそらくは一種の自己弁護でもあります。

(*3)Haidt, Allen(Nature 2020). Scrutinizing the effects of digital technology on mental health

■ゲームの中毒性は自己管理能力を高める

一つだけ指摘したい注意点はデジタル技術の嗜癖(しへき)性の高さです。

世界保健機関(WHO)が公開している国際疾病(しっぺい)分類(ICD)は、病気や死因の判定基準や名称を統一するための指針で、多くの臨床現場で採用されています。これが32年ぶりに刷新され、2018年には第11版となりました。

ここでは「ゲーム障害」が新たな診断カテゴリーとして収載されます。ゲームに夢中になるあまり睡眠や食事などの日常の活動が疎(おろそ)かになる状態を、正式に「病気」と認定し、治療の対象としようというわけです。

それほどゲーム依存症が世界的に問題となっているのです。

しかし嗜癖性の強さにも表裏があります。

たとえば、ゲームの中毒性が自己管理能力を促進することがしばしば指摘されます。ゲームにはまった経験から、自分の危うさに気づき、「一日60分まで」などといった制約を自ら設けるなどして時間管理や健康管理に気を遣うようになります。いわば反動効果です。かくいう私も学生時代にゲームに出会い、自省を通じて自制心が養われた口です。

■血液型は生活にどれくらい影響を与えているのか

自分の遺伝子を調べるのが世界的なブームです。病気の罹患(りかん)率だけでなく、体質や才能もわかります。オバマ大統領が2015年に約250億円を投じて設立した「プレシジョン医療イニシアチブ」はこの流れに沿った国家計画です。たとえば、同じ糖尿病であっても、その実体は個人によって異なります。そこでゲノム情報から最適な治療法を選択しようというわけです。

ゲノム情報で注意を要する点は、プライバシー保護とデータセキュリティーです。遺伝子の情報は、いわば究極の個人情報です。悪意ある商売や差別の対象となってはなりません。

一方、これまで日本では、遺伝情報を日常的に扱ってきています。血液型がそれです。B型やAB型が不当な扱いをうける、いわゆる「血液型差別」を問題視する向きも一部にありますが、それほど一般的ではありません。おそらく血液型の影響は強くないと考える人が多いのでしょう。しかしそうとは限りません。

血液型の概念
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■O型はマラリアの劇症化リスクが低い

たとえばスウェーデンのカロリンスカ研究所が発表した論文(*4)によれば、O型はマラリアに罹(かか)っても劇症化しにくいそうです。原理は単純です。

池谷裕二『脳は意外とタフである』(扶桑社新書)
池谷裕二『脳は意外とタフである』(扶桑社新書)

マラリア原虫の病原性は赤血球が鍵を握ります。一方、血液型とは赤血球の表面の「ざらつき」の違いです。感染時の脳血流の減少がO型では少ないのです。ナイジェリアではO型が人口の多数を占めますが、これはマラリアによる淘汰(とうた)の結果かもしれません。

血液型が脳血流に影響するのであれば性格にも関連するはずです。アメリカ自殺研究センターが、先進国における自殺要因を大規模に解析したところ、国を超えて最も普遍的な要因は、年齢や離婚歴や酒などの環境因子ではなく、血液型にありました。O型は自殺率が少ないのです。

血液型占いを、あたかも星占いのように気軽に扱う日本人は、案外と、遺伝情報が孕(はら)む危険性を軽視しがちなのかもしれません。

(*4)Goel, Wahlgren(Nat Med 2015). RIFINs are adhesins implicated in severe Plasmodium falciparum malaria

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池谷 裕二(いけがや・ゆうじ)
東京大学薬学部 教授
1970年生まれ。静岡県藤枝市出身。薬学博士。2002~2005年にコロンビア大学(米ニューヨーク)に留学をはさみ、2014年より現職。専門分野は神経生理学で、脳の健康について探究している。主な著書はに『海馬』(糸井重里氏との共著 朝日出版社/新潮文庫)、『進化しすぎた脳』(朝日出版社/講談社ブルーバックス)、『ゆらぐ脳』(木村俊介氏との共著 文藝春秋)、『脳はなにかと言い訳する』(祥伝社/新潮文庫)、『のうだま』『のうだま2』(上大岡トメ氏との共著 幻冬舎)、『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社新書/新潮文庫)、『脳はみんな病んでいる』(中村うさぎ氏との共著 新潮社)、『メンタルローテーション』(扶桑社)、『脳は意外とタフである』(扶桑社新書)などがある。

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(東京大学薬学部 教授 池谷 裕二)

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