「創価大卒、創価学会職員」で妻子ありの35歳が、転職を目指して200社超にエントリーした予想以上の結果
プレジデントオンライン / 2023年6月28日 13時15分
■「創価学会の職員をやめたい」と周囲に打ち明けたが…
宗教2世の場合、進学や就職などの理由で信仰する宗教から距離を置きたいと思っても、親をはじめとした周囲の壮絶な反対にあう人が多いようです。実際、ぼく自身もそのような経験をしています。
ぼくが「学会本部をやめたい」とはじめて口にしたのは、35歳になる年です。最初に気持ちを打ち明けたのは、妻でした。もちろん、速攻で反対されました。
「やめるって、やめてどこに行くのよ!」
学会本部を退職するということは、学会員の間では、とんでもない負の記号になり得ます。実際、やめたことが周囲に広がると、ぼくは、頭がおかしくなったのではないかと疑われました。「学会本部に反逆するのでは」と警戒され、あらぬ噂も立てられました。村八分(むらはちぶ)の扱いも受けました。ネットでも散々、攻撃されました。要するに、創価学会内での居場所がなくなってしまうのです。
また友人に相談したときには、「やめたら、どうやって食べていくんだよ」といわれました。つぎにみんなが想像するのは、「転職の困難さ」「生活の維持の困難さ」だったようです。「やめる」と告白したとき、母は「なんで!? あんた、奥さんも子どももいるのよ。家族の人生を地獄に落としたいの!?」と反応。父も「いますぐ考え直せ」といってきました。涙を流して反対する人もいました。ひどいときには、阿鼻叫喚(あびきょうかん)といえるようないい争いにも発展。賛成してくれる人は、一人もいません。
■最後まで反対し続けた父親
この時期、一気に四面楚歌(しめんそか)、孤立状態になったことをよく覚えています。反対する人のなかでも、もっとも反対したのが父です。
「お前は創価大学30期生の幹事をしている。そんなお前が本部をやめるとなったら、仲間に動揺が広がる。お前に励まされてきた人たちはどう思うのか。学会のこれからを考えたら、お前の力が必要だ」
しかしぼくは、やめるという結論を変えるつもりはありませんでした。学会本部のなかにいると、自分に嘘をつくことになる。それが許されないのです。このとき、すでにぼくの生きかたは変わっていました。少なくとも、自身の本音に耳を澄ませることができていた。転換点は、ここにあります。
ケンカが沸騰(ふっとう)したある日、父からこんなこともいわれました。
「やめるも地獄、やめないも地獄だぞ」「俺はお前を支持しない。もしやめるなら、なにも手伝わない。一人で転職ができるのか? 厳しいぞ。無理だ」
脅していますよね。それでも、ぼくは引きませんでした。
このときに駆使したのが、親との和解や互いの理解の懸(か)け橋を生みだす3つのポイント、①「エンパシー」をもって親と接する、②他人ゴトのように自分ゴトを見る、③「やられたら受けいれ、認める」コミュニケーションの型を駆使する、という対話の手法です。それでも、父に納得してもらうまでには1年の時間を要しました。
■自分の頭で考え、正直に生きると決めた
父は最後まで、こういってきました。
「俺は、お前に学会のこれからを担ってほしい。」
ぼくは、静かな口調で返答します。
「オヤジはさ、俺に『オヤジが思うとおりの人生』を歩ませたいの? 俺の人生はオヤジのものなの? それは、オヤジのエゴだよ。俺の人生は俺のもの。俺は『俺が思うとおりの人生』を生きたいんだ。わかってくれ……」
しんと静まり返る家のリビング。長い、沈黙。そののち、父がようやく口を開きます。表情は、少し柔和になっていました。「わかったよ」。そして、「たしかにそれは俺のエゴだ。お前の気持ちと決意はわかった。もうなにもいわない」とつづけました。
創価大学への進学、学会活動への参加、学会本部への就職――。これまで、親や周囲の説得によって自分の思いに反した決断を下してきたぼくが、このときようやく「自分の本音に耳を澄まして、自分の頭で考え、自分に正直に生きよう」という人生をスタートできた。この一歩は、現在まで価値を輝かせています。
自分で決めた行動原理に従う。それは、ぼくにとっては遠く、そして困難な道のりでした。でも、達成できました。きっと、あなたにもできると思います。どうか、希望は捨てないで。
■200社超にエントリーしたがすべて書類選考落ち
学会本部を退職して、転職へ。それは、苦しい旅程でした。
手法としては、ごくふつうの方法をとったと思います。履歴書と職務経歴書をたずさえて、転職サイトに登録。たくさんの会社にエントリーして、書類選考に臨みました。また、転職エージェントにもお願いして、ぼくに合いそうな企業を紹介してもらうことにしました。ところが――というか、やはりというか――、ことは簡単には運びません。転職活動は、父がいっていたとおり地獄でした。
この地獄をまったく想像できなかったあたり、ぼくの感覚は相当に一般世間とかけ離れていたと思います。とくにぼくは、創価学園、創価大学、創価学会本部と進んできました。創価学会の世界のなかだけで生きてきた人間ですから、自分の強みを一般企業にどうアピールしていいのか、わかりませんでした。
世間知の欠如や一部の宗教差別などが、転職をとても難しくしていたのです。まず、エントリーした会社ですが、音沙汰(おとさた)はまったくなし。どれだけ待っても一向に書類選考が通りません。エントリーした企業の数は、それこそ200社を超えていましたが、鳴かず飛ばずの日々がつづきます。どうして?
ぼくにはそもそも、新卒時にふつうの就職活動をした経験がありません。当時、世間でよく聞かれた「書類選考で落ちつづける」という経験もありません。いわば免疫がなかったのです。だから、ぼくは落選つづきに戸惑い、落ち込みました。「自分は世間から必要とされていないのでは」と、疑心暗鬼(ぎしんあんき)になりました。
■ビジネス知識がなく、面接官に呆れられる
しかし、天は味方にもなってくれます。ある日、1社だけ書類選考に通ったのです。思わず小躍りするぼく。入念に準備をし、面接にむかいました。が、面談の場で瞬時につまずきます。
「正木さんは、35歳を超えてマネジメント経験はないんだよね。プレイヤーとしてKPIはどう追っていたのかな」「はい。えっと、お聞きしてもよろしいでしょうか。KPIってなんですか」
思わず苦笑いをする面接官(ちなみにKPIとは、「重要業績評価指標」のことです)。その後も2、3、質問されるも、ぼくの答えはおぼつきません。
「宗教法人の職員として磨いたスキルで、わが社で活かせそうなものは?」「正木さんは、わが社でどんな価値を発揮できるかな?」
面接官の問いにたいし、しどろもどろになるばかり。それを見て、面接官が苦笑します。そして決定的な一言を放ってきました。
「君は……布教活動でもしていればいいんじゃないのかね?」
これはショックでした。社屋をあとにすると、撃沈したぼくに冷たい雨がふりそそぎます。自然と涙が出ました。
■ついに見つかった転職先は「べつの宗教法人」
そんなとき、携帯電話が鳴ります。エージェントからのひさしぶりの連絡です。じつはエージェントのほうでも、ぼくの転職先を探すのに相当苦労していたようでした。ですが、「ついに見つかった」と彼はいいます。胸が、熱くなりました。
「正木さん、この会社なら、これまで培ったスキルが活かせそうです」
「うれしいです! どちらの企業さまでしょうか」
「宗教法人○○の専従職員です」
べつの宗教法人……職務的にいえば……競合!? ぼくは血の気が引き、体がふるえました。
正攻法だけでは転職は望めない――。そう腹をくくったぼくは、その後、異業種交流会に顔を出すようになります。これも淡過ぎる期待なのですが、ヘッドハントされる可能性も「なきにしもあらずだ」と思っていたのです。しかし、思惑はいきなりくじかれます。
ある交流会の2次会が居酒屋で行われました。15人くらいがテーブルを囲んでいたと思います。ひととおり自己紹介が終わり、歓談。そこで“事件”が起きます。
■心をえぐった弁護士の言葉
ぼくがあらためて「創価学会という宗教団体の職員をしています」と語ると、正面に座っていた弁護士がこうつぶやきました。
「俺は創価学会にいい印象を抱いていない」
瞬間、ぼくは固まります。彼は、かまわずにつづけました。
「創価学会の強引な勧誘は、世間では非常に評判が悪い。不評について、あなたたちはどう思っているのか。迷惑だと思わないのか」
ぼくは、とっさにいい返したくなりました。でも、険悪な空気をこれ以上長引かせたくないと思って、黙ってやり過ごしました。当然ながら、その後の交流会で「ぜひ、うちの会社に来なよ」といった話は出てきません(いまから考えれば、あたりまえ過ぎることなのですが)。
ただでさえ転職活動で心が折れそうになっていたところに、この一発。ダメージは相当です。転職サイトにエントリーしてもダメ。転職エージェントに頼んでみてもダメ。異業種交流会に参加して、人脈を広げてもダメ。友だちのつながりなど八方手を尽くしたけれど、それらも全部ダメでした。
悲しいかな、ぼくには転職市場での需要がなかったのです。一般企業で活かせるようなスキルを、うまくしめすことができなかったのが原因だったと思います。
「教団本部に残るしかないのかな」。そんな思考が脳裏によぎる毎日。でも――。
「でも、でも、でも、自分に嘘をつきつづけて本部にとどまるなんて、どうしてもできない。教団組織に違和感を抱いてしまった自分にとって、『残留』はつら過ぎる!」
ぼくは、ジレンマに苦悩しました。そう呻吟(しんぎん)しているうちに、ひょんなことから光明がさすことになります。
■万策尽きたと思ったが…
ぼくはじつは、当時かかっていたうつ病と闘病しつつ、精神疾患を抱える人やメンタルに悩む人たちの相談に乗る「メンタル相談室」を開いていました。心に不調をきたした人の声を聴き、医師や医療機関につなげる活動です。きめ細かな心配りが必須なため、体力や知力を必要とするけれど、うつ病の経験を活かせることもあり、これがぼくの生きがいになっていました。
そんなぼくが、ある日、いつもなら相談に乗る立場なのに、思いあまって相談者に転職活動について話を聞いてもらったことがありました。「あまり周囲にはいっていないことなんですけど、じつは転職を考えているんです。でも、行き先がまったく見つからなくて、ほんとうに困っていて……」すると、相手から思わぬ言葉が返ってきました。
「ぼくの親戚が会社を経営しているのですが、ちょっと聞いてみましょうか。正木さんには、これまでよくしてもらっています。恩返しさせてください。親戚に相談してみます。転職の条件はありますか?」
彼の言葉に、ぼくは耳を疑いました。そして、すかさず反応。
「えっ!? いいんですか!? それはありがたい……。条件なんて、そんな、全然ないです。お話をもっていっていただけるだけで、感謝しかありません」
「では、しばらく待っていてください」
万策(ばんさく)尽きたと思っていたときに、一発逆転の可能性。喜びに胸が高まります。自分を偽らずに生きたい。もとは、この願いからはじまった転職活動でした。
■1カ月後、人事から連絡があり面接することに
この願望は、もしかしたら多くの人にとっての人生のテーマかもしれません。『死ぬ瞬間の5つの後悔』(新潮社)という本があります。同書によると、死を目の前にした人が抱く後悔は、基本的に、自分の本心にむき合わなかったことに起因するようです。
自分に正直に生きたいという願い、また、そうやすやすと生きられない現実での挫折感には、どこか普遍性があるのだと思います。ぼくは、その挫折感を宗教的な変性バージョンで味わいました。
ふつうではない経験ではありますが、最後の最後に「おのれ自身に忠実であれ」という道を選び、その第一歩を転職からはじめたのです。「恩返しさせてください。親戚に相談してみます」という言葉から1カ月。突然、人事の方から電話がかかってきました。
「弊社にて、ぜひ面接をさせてください」
ぼくは、跳び上がって喜びました。気持ちも引きしまりました。
■利他の行為は自分に返ってくる
きちっとしたスーツに身をつつみ、面接に臨みます。超高層ビルのなかにある会社のエントランスがまぶしかった。
「こんなところで働けたら……」
それが、この面接の2カ月後に現実になります。初の転職活動が成功し、ぼくは中途入社の社員として歓迎され、仕事を開始することができたのです。
「正木伸城と申します。どうぞ……よろしくお願いいたします!」
入社時に社員のみなさんの前であいさつをしたとき、ぼくは涙をこらえきれませんでした。その前後に確認した話ですが、今回の転職には、(父もふくめ)さまざまな人が尽力してくれていました。感謝しかありません。
「情けは人のためならず」といわれます。ほんとうにそうだと思います。情けは相手のためではなく、めぐりめぐって自分のためになる。ぼくは、何人もの友人の話を「メンタル相談室」で聞いてきました。まさにギブに徹してきました。それが、さまざまな縁のなかで化学反応を起こし、転職の成功につながったのです。
それは、一見すれば「そんなことになんの意味があるの?」と感じられるような取り組みです。ですが、利害やメリット、損得などを気にせずに、利他の行為を展開するなら、潤沢なめぐみがあなたにもたらされるでしょう。
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文筆家、フリーランス広報
1981年生まれ、東京都出身。数多くのメディアで連載を執筆しながら、大手・中小企業などの事業支援を行う。創価高校、創価大学工学部卒。2004年に創価学会本部職員となり、同会機関紙・聖教新聞の記者として社会人生活を出発。その後、2017年に転職、IT企業2社や人材ビジネス最大手などでマーケティングや広報を担当。2021年に独立し、現職。著書に『宗教2世サバイバルガイド』(ダイヤモンド社)がある。
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(文筆家、フリーランス広報 正木 伸城)
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