日本の女性は「子育て」で幸福度が低下し「孫育て」でさらに幸福度が下がる…少子化対策が効かない本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年6月21日 11時15分
■孫を持つと幸せになるのか
皆さんは「孫」という曲をご存じでしょうか。演歌歌手の大泉逸郎氏が1999年に発表した曲で、孫のかわいさを歌い、大ヒットしました。なんと、通算売り上げが約230万枚にもなっています。
この曲で歌われているように、おじいちゃん、おばあちゃん世代から見た孫はかわいいものです。おそらく、直接的な育児の責任がないと同時に、精神的・経済的な余裕から子どものかわいさを愛でることができるという背景があると考えられます。このため、自然な発想として、孫がいるほど幸福度が高くなりそうです。
■共働きの増加で「孫疲れ」も…
しかし、近年では「孫疲れ」という言葉も聞かれます。背景にあるのは共働きの増加です。共働き世帯が専業主婦世帯を上回って久しく、「働く母親」が増えています。これらの世帯を支援するために、シニア世代が孫の面倒を見るケースが徐々に増えている可能性があります。これは「孫育て」と言われており、食事の用意やお泊まりの世話、遊び相手などで心身ともに疲れてしまいかねない状況なのです。
はたして実態はどうなのでしょうか。人生100年時代において、孫と接する時間が増えていく中、孫の存在がシニア世代の幸福度にどのような影響を及ぼすのかという点は、気になるところです。
実はこの点に関して、日本だけでなく欧米でも興味・関心が集まっています。背景にあるのは高齢化の進展です。近年、先進国を中心に孫との関わりがシニア世代の幸福度に及ぼす影響が分析されており、興味深い結果が得られています。
まずは日本の結果から見ていきましょう。
■日本では孫の世話が「母方の祖母」の幸福度を下げる
日本において孫の存在が祖父・祖母の幸福度に及ぼす影響を分析したのは、西南学院大学の山村英司教授らの研究です(*1)。この研究では幸福度を1から5の5段階で幸福度を測定しています。
彼らの分析の結果、孫の母親が自分の娘である場合、孫の存在が祖母の幸福度を低下させることを明らかにしました。その影響の大きさを自分の息子の孫の場合と比較すると、娘の孫の場合、祖母の幸福度が13.3%低下していたのです。
![疲れ切って、机に上半身を預けているシニア女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/3/1200wm/img_931a742378abdfe4bd833949bdf60f2c494314.jpg)
祖母の場合、孫の母親が自分の娘なのか、それとも義理の娘なのかによって影響が異なっていたわけですが、祖父の場合は違った結果となっていました。祖父の場合、孫の母親が自分の娘かどうかという点は関係しておらず、影響も小さいものでした。
以上の分析結果から明らかなとおり、日本では孫の影響は母方の祖母に集中し、彼女たちの幸福度を低下させていました。なぜこのような結果になったのでしょうか。
■性別役割分業意識と血縁関係が影響
背景にあるのは、性別役割分業意識と祖母と孫の母親の血縁関係です。日本では性別役割分業意識が強いため、孫の世話をするうえで祖父よりも祖母が主体になると考えられます。子どもが小さいときはこの傾向がとくに強いでしょう。
ここで母親の視点から孫の育児サポートをお願いする場合、夫の母親よりも自分の母親の方が頼みやすいため、自分の母親にいろいろとお願いすることが多くなるでしょう。実際の研究でも、母方の祖母が孫の子育て支援を最も行うことが指摘されています(*2)。この中で体力的、または金銭的な負担が大きくなり、祖母の幸福度が低下するというわけです。
性別役割分業意識と血縁関係から、孫の負の影響が母方の祖母に集中するという結果は、日本の社会状況に根差したものであり、納得できます。それでは社会状況が異なる海外ではどのような結果となっているのでしょうか。
■ヨーロッパでも「孫育て」でメンタルヘルスが悪化
ヨーロッパにおける孫育ての影響に関して、イタリアのパドバ大学のジョルジオ・ブルネッロ教授らが分析しています(*3)。彼らの分析の結果、ヨーロッパでは孫の子育て時間が長くなるほど、祖父や祖母のメンタルヘルスが悪化することがわかりました。
興味深いのはその男女差です。月の孫の子育て時間が10時間増加した場合、祖母のメンタルヘルスが大きく悪化する確率が3.2~3.3パーセントポイント上昇し、祖父では5.4~6.1パーセントポイント上昇していました。
![眼鏡をはずし、疲れた目を気にしているシニア男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200wm/img_bb32cf6d9396c71deb8c24c44c6869bf445987.jpg)
この結果が示すように、ヨーロッパでは孫育てのマイナスの影響が祖父の方でより大きくなっています。この結果は日本と異なっているわけですが、背景には何があるのでしょうか。
この点に関してブルネッロ教授らは、ヨーロッパのいくつかの地域では祖父よりも祖母が中心になって育児支援を行う傾向があり、祖母にとってはそもそも「孫育て」に対する抵抗が小さいが、祖父は慣れない中で育児支援を行うため、マイナスの影響が大きいのではないか、と指摘しています。
■アメリカ、イギリス、中国では「孫育て」で幸福度が上昇
ヨーロッパでは「孫育て」のマイナスの影響が見られますが、アメリカ、イギリス、中国では逆にプラスの影響が確認されました。
アメリカの研究では、一人で過ごす時間と比較して、孫と過ごす時間が増えるほど幸福度が高まるだけでなく、人生の意義を実感しやすいことがわかっています(*4)。
また、イギリスの研究では、孫がいる場合ほど生活全般の満足度が高まると指摘しています(*5)。
さらに、中国の研究では、孫の面倒を見ている場合ほど、抑うつ症状が改善するだけでなく、生活全般の満足度が向上することがわかっています。驚くべきことに、孫と過ごす時間や面倒を見る孫の数が増えるほど、プラスの影響が高まる傾向にありました(*6)。孫の存在は、日本よりも血縁を重視する中国社会の中では、影響度が大きいと言えるでしょう。
以上の分析例からもわかるとおり、国によって孫との関わり合いがもたらす影響に違いがあります。この背景には、各国の性別役割分業意識や女性の社会進出状況に加え、社会の中で子どもという存在がどのように捉えられているのかという点が影響していると考えられます。
■日本の女性は子育て、孫育てで幸福度が低下する
日本ではこれまで女性の社会進出を促進し、結婚、出産後も働き続ける女性が増えるよう制度改革を行ってきました。この流れの中で、女性が抱えていた育児負担を保育園等の社会制度や家族へと少しずつ移動させてきました。この結果として、以前よりも祖母を中心に「孫育て」へと費やされる時間が増えていると考えられます。
ただ残念なことに、孫育ては祖母、とくに母方の祖母の幸福度を低下させています。以前の記事で指摘した通り、日本の女性は自分の子育てでも幸福度が低下する傾向があるため、若いときは子育てで幸福度が低下し、年老いてからは孫育てで幸福度が低下していると考えられます。
![ストレスを抱えたシニア女性のシルエット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/2/1200wm/img_72a953e57dc35c8707c6dd1c2ba19cc3315829.jpg)
日本の女性は、その生涯にわたって、子どもを育てる負担が大きすぎるのかもしれません。
この背景には女性に家事・育児負担が偏る性別役割分業意識、そして日本社会の子どもの捉え方が影響しているため、私たちの社会の根底にある意識のアップデートが必要となるでしょう。また、祖父の孫育てへの積極的な参加も求められます。
(*1)Yamamura, E., & Brunello, G. (2021). The effect of grandchildren on the happiness of grandparents: Does the grandparent’s child’s gender matter? IZA Discussion Paper, 14081.
(*2)八重樫牧子・江草安彦・李永喜・小河孝則・渡邊貴子(2003)「祖父母の子育て参加が母親の子育てに与える影響」『川崎医療福祉学会誌』,13(2), 233-245.
(*3)Brunello, G., & Rocco, L. (2019). Grandparents in the blues. The effect of childcare on grandparents’ depression. Rev Econ Household 17, 587–613.
(*4)Dunifon, R. E., Musick, K. A., & Near, C. E. (2020). Time with grandchildren: Subjective well-being among grandparents living with their grandchildren. Social Indicators Research, 148(2), 681–702.
(*5)Powdthavee, N. (2011). Life satisfaction and grandparenthood: Evidence from a nationwide survey. IZA Discussion Papers, 5869.
(*6)Wang, H., Fidrmuc, J., & Luo, Q. (2019). A happy way to grow old? Grandparent caregiving, quality of life and life satisfaction. CESifo working paper series, 7670.
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拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)
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