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パズーやシータではない…『天空の城ラピュタ』で宮﨑駿監督がいちばん思い入れ深く描いた登場人物の名前

プレジデントオンライン / 2023年6月22日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/justtscott

『天空の城ラピュタ』の完成までには、どんな経緯があったのか。当初、企画書にあったのは「少年パズー・飛行石の謎」というタイトルで、悪役ムスカの野望が強く出たストーリーだった。そこからどうやって「ラピュタ」になったのか。スタジオジブリ代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫さん責任編集の『スタジオジブリ物語』(集英社新書)より、一部をお届けしよう――。

■真に子供のためのアニメは大人の鑑賞にも耐えうる

1984年12月7日に宮﨑が提出した「少年パズー・飛行石の謎」の企画書には、「あるいは空中城の虜/あるいは空とぶ宝島/あるいは飛行帝国」とほかのサブタイトル候補が並んでいる。また、煙突の上でトランペットを吹く少年の姿を描いたイメージボードが添えられていた。

企画意図は次のように書かれている。

風の谷のナウシカが、高年齢層を対象とした作品なら、パズーは、小学生を対象の中心とした映画である。風の谷のナウシカが、清冽(せいれつ)で鮮烈な作品を目指したとすれば、パズーは愉快な血わき肉おどる古典的な活劇を目指している。

パズーの目指すものは、若い観客たちが、まず心をほぐし楽しみ、よろこぶ映画である。笑いと涙、真情あふれる素直な心、現在もっともクサイとされるもの、しかし実は観客たちが、自分自身気づいていなくても、もっとも望んでいる心のふれあい、相手への献身、友情、自分の信ずるものへひたむきに進んでいく少年の理想を、てらわずにしかも今日の観客に通ずる言葉で語ることである。

現今の多くのアニメーションが、ドラえもんをのぞき、劇画を基盤とするならば、パズーはマンガ映画の復活を目指している。小学校の四年(脳細胞の数が大人と同じになる年齢)を対象の中心にすえることで、幼児の観客層を掘りおこし、対象年齢を広くする。アニメ・ファン数十万は必ず観てくれるので、彼らの嗜好(しこう)を気にする必要はない。そして、多くの潜在観客は、心を幼くして解放してくれる映画を望んでいる。多数の作品が企画されながら、対象年齢がしだいに上がっていく傾向は、アニメーションの将来につながらない。マイナーな趣味の中にアニメーションを分類し、多様化の中で行方不明にしてはいけない。アニメーションはまずもって子供のものであり、真に子供のためのものは、大人の鑑賞に充分たえるものなのである。

パズーは本来の源にアニメーションをとりもどす企画である。(『出発点』)

■宮﨑駿はロケハン先のウェールズで雲ばかり見上げていた

作品の対象として小学生を重視しているのは、『ナウシカ』の舞台挨拶に立ったところ、予想以上に観客の年齢層が高かったという宮﨑の経験が反映されている。この時の経験が、アニメーションにとっての本来の観客層を見つめ直したいという思いにつながったようだ。

徳間書店側はすぐにこの企画にGOサインを出した。企画書はこの後、第2稿、第3稿を経て内容がつめられた。また準備稿執筆前にあたる1985年5月18日から、宮﨑は単身イギリスのウェールズへ2週間のロケハンにも出かけた。高畑、鈴木、亀山修の3人が見送った。このロケハンの成果は、主人公パズーの暮らすスラッグ渓谷の風景などに生かされることになった。

『ロマンアルバム 天空の城ラピュタ』には、スタッフの知り合いが渡英したところ、偶然にもこのロケハンの時に宮﨑を案内したガイドと出会ったというエピソードが紹介されている。それによると、ガイドは、ロケハン中の宮﨑について「名所旧跡はあまり見ないで、炭鉱や草原とか変わったところを見物したがったなあ。空を見上げて雲ばかり見ているので、よっぽど『日本に雲はないのか』と聞こうと思ったんだが、やめといた」と語っていたそうだ。

■スタジオ探しの「思わぬ壁」

企画が決まったことで半年近く動きのなかったスタジオジブリも、本格的始動に向けて動き始めた。

ジブリは徳間書店の関連会社のため、徳間社長が代表取締役を兼任していたが、当然ながら現場を担当する役員が必要となる。そこでトップクラフトの原徹が、ジブリ専従として就任することになった。

宮﨑がロケハンに行っている5月中旬から、具体的なスタジオの場所探しがスタートした。旅立つ前に宮﨑から出されたスタジオへの注文は「窓が大きくワンフロアーであること」「環状8号の外側に位置すること」。鈴木と高畑、それに原の3人は、宮﨑の条件を踏まえつつ、アニメ関係企業が多いJR中央線に沿って、中野から順番に不動産屋をまわり、スタジオに適した物件を探し続けた。

このスタジオ探しには、ちょっとしたエピソードがあった。物件を探す中で、3人が不動産屋から門前払いを食らうことがあったという。それも一度だけでなく、何度か繰り返された。そこで鈴木はどうも何かおかしいと考えはじめた。

住宅の提供を拒否
写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrii Yalanskyi

鈴木が出した結論は「服装」。不動産屋巡りをしている時、ちゃんとスーツを着ていたのは原のみ。鈴木、高畑は、普段の恰好とそう変わらない薄手のジャンパーだった。いい歳した大人がジャケットも着ないで歩いているから、不動産屋は怪しいと思い、警戒したのではないか、というのが鈴木の分析の結果だった。鈴木の指摘を受けて、翌日より高畑はジャケットを着てスタジオ探しを再開することにした。

すると、成果がさっそくあらわれ、その最初の日に吉祥寺駅の近くで目指す物件を見つけることができた。新築されていた第二井野ビルで、4階建ての2階部分を賃借することになった。フロアーの中央にエレベーター部分を持つ「コ」の字型のワンフロアーで、広さは76.6坪あった。1階にはテナントとして喫茶店が入っており、スタッフの打ち合わせ場所などとしても活用されることになった。

■「1作ごとに解散」という運営方針

こうして1985年6月15日、ついにスタジオ開きが行われた。2日後の17日には宮﨑がスタジオ入り。以後、7月18日に野崎俊郎美術監督、8月5日に丹内司作画監督、8月16日に金田伊功原画頭、9月6日に山本二三美術監督と、メインスタッフが次々とスタジオ入りをした。

なおスタジオジブリの運営については、高畑が大きな方針を決めていた。それは会社経営のリスクを減らすため、1作作るごとにスタッフを集め、解散するという方針だ。この制作スタイルは、社員制度に移行する『おもひでぽろぽろ』の前作『魔女の宅急便』まで続くことになる。また、高畑自身は『風の谷のナウシカ』と同様に、プロデューサーという立場で『天空の城ラピュタ』に参加することが決まっていた。

鈴木敏夫『スタジオジブリ物語』(集英社新書)
鈴木敏夫責任編集『スタジオジブリ物語』(集英社新書)

作画監督・原画のメンバーは総計21人。そのうち約3分の1は、『ナウシカ』制作時の原画メンバーからの移行組である。また前作にも参加した作画監督の丹内司のほか、篠原征子、二木真希子、遠藤正明、友永和秀といった日本アニメーション、テレコム・アニメーションフィルムといったスタジオで宮﨑とともに仕事をした作画スタッフが参加しているのも特徴の一つといえる。

実はこれらのメンバーの一部は、クレジットはされていないものの、『ナウシカ』の追い込みを手伝ったこともあったという。また後に『青の6号』で監督となる前田真宏や、ジブリ作品である『総天然色漫画映画 平成狸合戦ぽんぽこ』で作画監督を務める大塚伸治の名前も見える。

美術監督は2人という、当時としては異例の体制。野崎俊郎は、『ペリーヌ物語』『赤毛のアン』の美術を担当し、『風の谷のナウシカ』で宮﨑作品に初参加。『天空の城ラピュタ』が初の美術監督となる。山本は、宮﨑の『未来少年コナン』で美術監督を務め、『ルパン三世 カリオストロの城』で美術を担当。また高畑の『じゃりン子チエ』でも美術監督を担当した。

■当初は悪役ムスカの野望が強く出たストーリーだった

『天空の城ラピュタ』のストーリーは、すでに宮﨑がスタジオ・インする以前に準備稿が一度まとめられていた。物語の骨格は定まっていたが、悪役として登場するムスカの野望と挫折が主題となっており、主人公であるパズーとシータの存在感が薄く、いささか物語のバランスを欠いている部分があった。鈴木と高畑のそうした指摘を踏まえ、宮﨑は脚本を再度改め、その脚本をベースに6月より絵コンテの執筆をスタートさせた。

『天空の城ラピュタ』の場面写真
© 1986 Studio Ghibli

作画インは1985年9月。スケジュールはかなり押し気味に進行し、たとえば2カ月後の11月の時点では原画が予定の半分、背景に至っては予定の50分の1しか上がっていない状況だった。そのため大晦日にも多くのスタッフがスタジオで仕事をしており、除夜の鐘を聞いた後、スタジオからそのまま初詣に出かけたというエピソードもある。その後、1986年1〜3月に驚異的なペースで巻き返しが行われ、7月23日に初号試写が行われた。

■宮﨑駿考案の架空生物「ミノノハシ」

物語のラストシーンでは、パズーが製作中だったオーニソプター(羽ばたき飛行機)を登場させるアイデアもあったが、オーニソプターを飛ばすとなると作画が難しくなるため、これは見送られた。

そのかわり本編で活躍したのがフラップター。これは昆虫型羽ばたき飛行機で、英語のフラップ(羽ばたくという意味)をもとに宮﨑が命名したものだ。作画作業が本格化する前に原画頭の金田が、いくつかの羽ばたきのパターンをつくってテストしたが、昆虫の羽ばたきを、秒24コマのアニメで表現するのは難しく、金田はいくつもの羽ばたきのパターンを描いてテストを行い、最終的に流線で表現することになった。

またラピュタの庭園に登場する小動物「ミノノハシ」にもエピソードがある。色指定の保田道世が、本物のミノノハシの色を知りたいということで、演出助手の須藤典彦に資料探しを依頼。須藤は「17世紀に絶滅した」という宮﨑の絵コンテの記述を手がかりに図書館で調べたものの、資料が一切見つからない。困って宮﨑に相談したところ、実はミノノハシというのは、宮﨑の考えた想像上の生き物だった、というオチがついたという。

■ロボット兵は『ルパン三世』からの派生

ラピュタを守るロボット兵は、ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』に登場するロボットにオマージュを捧げたものだ。宮﨑が脚本・演出を担当したTV版『ルパン三世』の最終回「さらば愛しきルパンよ」に登場したロボット、ラムダの発展型でもある。

宮﨑は、このラムダの時計の部品のような顔を気に入っていたにもかかわらず、TVでは十分に生かし切れなかったことから、『ラピュタ』に再登場させたという。推進方法がプロペラから、ジェットエンジンへと変更になるなど細部はかなり異なるが、『ラピュタ』に登場したことで、魅力的なキャラクターとして独り立ちした。現在は三鷹の森ジブリ美術館の屋上に「守護神」として置かれたその姿を見ることができる。

■女海賊ドーラは宮﨑駿の母親がモデル

『ラピュタ』における新要素としては、海賊の女親分、ドーラの造型がある。ドーラについては『アニメージュ』1985年12月号に編集部の原稿として、こんな記事が載っている。

海賊にして母、物欲と食欲の人・ドーラこそ宮﨑さんの思い入れのいちばん深い人。なにしろ宮﨑さんのお母さんがモデルなのだから。子どものころは「兄弟男ばかり4人そろってもおふくろにはたちうちできなかった」そうです。「想像力がかきたてられる」と音響監督の斯波さんをうならせ、金田さんに「描いてみたい」といわせた魅力ある“バアさん”です。

宮﨑の母は、『ナウシカ』制作中の1983年に亡くなっている。宮﨑の弟である宮崎至朗が、『映画 天空の城ラピュタ GUIDE BOOK』に寄稿した「兄・宮崎駿」の中には次のように書かれている。

母親は昭和五十八年七月二十七日に七十一歳で他界した。「ラピュタ」に登場する女海賊ドーラを連想してくれるといい。病気がちだったので、あの肉体的活発さはなかったし、もう少し美人だったと信じたいが、精神的迫力はまさにドーラに通ずるものがあった。
『天空の城ラピュタ』の場面写真
© 1986 Studio Ghibli

■「宝をもって帰ってメデタシ」ではない

音響面では音響監督を引き続き斯波重治が、音楽を久石譲が担当した。主役の2人の声は、横沢啓子と田中真弓が担当。異色キャストとしては、俳優の寺田農がアフレコに初挑戦し、ムスカというキャラクターを印象的に演じた。また音響面では、モノラルだった『ナウシカ』に対し、『天空の城ラピュタ』よりドルビーステレオが採用された。

エンディングに主題歌「君をのせて」を入れるというのは高畑のアイデア。この主題歌作業について高畑は、『ロマンアルバム 天空の城ラピュタ』のインタビューで次のように語っている。

この話は一種の宝島としてのラピュタへ行くわけですが、別に宝をもって帰ってメデタシというわけではない。一種の暗い側面もあるこの物語を見終って、観客が「ホーッ」と茫然となっているところに、歌がスッとすべりこんできて、何か気持ちを柔らげ、しかも歌を聞いている間にあれこれ頭の中で映画を反芻(はんすう)してくれる……勇気が湧いてくる……そのためにも、歌があった方がいいんじゃないかと思ったんです。宝を求めて行ったんだけれど、宝は手に入らなかった。かわりに何を手に入れたんだろう……そのあたりのことですね。

そこで高畑はイメージ・アルバムの中の「パズーとシータ」という曲を映画の中で一貫して使い、最後に歌にしてそれを流すという音楽演出を提案。久石は歌にするためにサビ部分を追加で作曲し、宮﨑は主題歌の内容についてメモを書いた。この宮﨑のメモの言葉がそのまま歌詞になりそうだと高畑は考え、久石と高畑で言葉を整理し曲に合わせることで主題歌「君をのせて」が完成した。

(集英社新書編集部)

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