なぜ蓮舫議員は「2位じゃダメなんでしょうか」と放言したのか…日本人が誤解しがちな「世界一」の本当の意義
プレジデントオンライン / 2023年6月22日 14時15分
※本稿は、竹内薫『AI時代を生き抜くための仮説脳』(リベラル新書)を再編集したものです。
■なぜ日本はいち早くワクチンをつくれなかったのか
本稿では、世の中の出来事や時代の潮流について、仮説力を用いながら読み解き、私たちが今やるべき生存戦略のヒントを探ってみたいと思います。まずは、何といっても新型コロナウイルスのパンデミックについて触れておきたいと思います。
新型コロナのパンデミックでは、個人的に衝撃を受けた事実があります。それは、日本が世界に先んじてワクチンをつくることができなかったこと。日本中にウイルスが広がるタイミングで日本の製薬会社はワクチンがつくれなかったことに対し、きっと多くの人は「日本ってワクチン先進国だったのでは?」と疑問に思ったのではないでしょうか。
この理由は明白で、過去にワクチン行政で大失敗したという黒歴史があったからです。
ご存じの方も多いかもしれませんが、近年日本ではワクチン分野でさまざまな問題が発生しており、その代表的なものが子宮頸(けい)がんワクチンの副反応に関わるものです。
大半の子宮頸がんは「ヒトパピローマウイルス(HPV)」感染によって発症するのですが、国内承認されているHPVワクチンは、約70%の子宮頸がんを予防できると期待されていました。
そして、2013年からHPVワクチンは定期接種に指定され、多数の少女たちに接種されたのですが、ワクチンの接種を受けた少女の一部に「多様な症状」が出たことから、マスコミが大きく取り上げて大騒ぎになりました。
その間に、子宮頸がんワクチンの定期接種化に奔走してきた政治家の身内が、ワクチン販売会社の関係者であったという利益相反問題や、政治的な圧力をかけて定期接種化が進められたという話がメディアで一斉に報じられると、HPVワクチン叩きが始まったのです(「子宮頸がんワクチンの副作用問題に思う」医薬品医療機構・専門委員 三瀬勝利より引用)。
■厚労省の責任
このとき、矢面に立たされたのが厚生労働省の役人たちです。ワクチン行政に関わる役人というのは、何も一生ワクチン行政に関わるわけではありません。数年で配置転換があるからです。ところが、子宮頸がんワクチン叩きにあった役人たちは国民やメディアに叩かれ、ワクチン被害者には裁判を起こされてしまい、いわば役人としてのキャリアをつぶされてしまいました。
もちろん、本来であればそこで踏ん張るのが役人の仕事ではあるのですが、たまたま自分がワクチン行政に関わったほんの1、2年でこれだけ責められるのであれば、厚労省はもう何もしないでワクチンから手を引くという結論に至ったわけです。
そのため、日本はワクチン行政が滞ってしまったのです。すると製薬会社も「ワクチンを開発しても、どうせ厚労省も承認してくれないよね」となり、日本はワクチンをつくりづらい国になってしまったのです。
![中央合同庁舎第5号館(写真=文部乱/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/e/1200wm/img_9ee1f9348150643191cdbe38bab5edd7377273.jpg)
■行政の重い腰
現在、塩野義製薬や第一三共などが国産ワクチンを申請中ですが、ワクチンを開発すれば、ある確率で副反応は出る。これは科学(医学・薬学)の世界では常識とされていることです。それはいわばワクチン開発の宿命だといえます。
そのかわり数万、数十万人の命を救うことができるのです。今回の新型コロナに関しても、多くの感染症の専門家たちが「パンデミック級の感染症が来るかもしれない」と警鐘を鳴らしていましたが、行政はなかなか重い腰を上げられなかった。とにかく、日本にはワクチンを開発するような体制はできてなかったということです。
子宮頸がんワクチンにともなう「多様な症状」については、ワクチンを接種した人にもしなかった人にも症状が見られるという研究報告があり、ワクチンを打ったから「多様な症状」が出るという因果関係は科学的に証明されていません。
■仮説をもとにパンデミックに備えた
「パンデミック級の感染症が来るかもしれない」
専門家のこのひと言を有力な仮説として、真っ先に動いた国があります。
アメリカ、ドイツ、イギリスです。新型コロナのパンデミックによって世界中にウイルスがまん延してから1年ほどでこの3カ国はワクチンを開発してみせました。
これは世界にとって大快挙だといえます。通常、ワクチン開発の過程で、有効性、安全性を十分に検証するためには、数年から数十年の期間が必要であると考えられています。ところが、今回の新型コロナのパンデミックによって、これらの国ではワクチン開発は急ピッチで進められました。たった1年でワクチンを開発した――。
これは、新型コロナのパンデミックが起こってから「よーい、ドン!」で開発できるものではないというのが私の見解です。おそらく、アメリカ、ドイツ、イギリスといった国々は、常日頃から「感染症は来るものだ」という仮説を立てて準備をしていたのではないでしょうか。
だからこそ、「パンデミック級の感染症が来るかもしれない」という専門家の仮説のもと、すぐにワクチンを開発できたわけです。実際に、そのワクチンを世界中に配布して大勢の命が助かりました。
こうした事例から、私たちが学べることがあります。それは、世の中の潜在的なリスクに対して、常にさまざまな仮説を立てて、いざとなったらすぐに実行できるよう準備しておくべきだ、ということ。
そうした仮説を立てて準備をしているのか、それとも漫然とかまえているのかで後々大きな違いを生みます。ビジネスでいえば、その違いは「成功」や「利益」です。今回の新型コロナワクチンで、アメリカ、ドイツ、イギリスの製薬会社は莫大(ばくだい)な利益を生み出したことは、いうまでもありません。
■仮説が企業の成功を左右する
ワクチン開発では話が大きくてピンと来ないかもしれませんので、これを皆さんのビジネスの話に置き換えてみましょう。
たとえば、ある新商品開発に関する有益な情報を耳にしたとしましょう。「その情報をもとにいくつも仮説を立て、その中から有力な仮説を導き出し、どのライバル企業よりも早く新商品開発の準備を進めた」企業があったとします。
一方で、「そんな仮説は何の根拠もない。うちはやらないでおこう」と、何もしない企業があったとします。もちろん、それが正しい仮説かどうかは、ふたを開けるまでわからないでしょう。
でも、それが有益な情報から生まれた有力な仮説であれば、その新商品がもたらす成功や利益に大きな期待が持てます。そしていざ、市場に出してみたら、大ヒット! 当然大きな成功と利益を独占的に手に入れることになります。
何もしなかった企業も、そのまま指をくわえて見ているだけではないでしょう。きっと、「急いでうちも開発するんだ」と、後追いで新商品を開発するでしょう。
ですが、この企業が手にするのは“二番煎(せん)じ”の小さな成功と利益だけです。それはどの企業よりも早く仮説を立て、検証して準備をした企業の成功や利益には足元にも及ばないのです。こうした成功や利益に大きな差を生み出すのも、また仮説の力だといえるでしょう。
仮説が、企業の成功や利益を左右する。このことを肝に銘じて常日頃から仮説を立てる癖をつけてみてください。
■スパコン「京」の本当の意義
「2位じゃダメなんでしょうか?」
このセリフに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。これは、2009年の民主党への政権交代直後、民主党政権の施策で最も国民の注目を集めた「事業仕分け」において、参院議員の蓮舫さんが放ったひと言です。
![2009年11月11日、行政刷新会議に出席した蓮舫参議院議員(東京・新宿区の国立印刷局市ケ谷センター)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/1200wm/img_4883381b857cebcb6dafb12e0b45b5de311488.jpg)
事業仕分けとは、自民党政権時代の「予算のムダ」を洗い出す会議で、当時仕分け対象の一つになっていたのが、世界一の性能を目指すスーパーコンピュータ「京」の開発計画でした。
この開発計画は、総額1230億円を費やし、1秒間に1京回の計算ができるスーパーコンピュータを開発するというもので、理化学研究所が中心となり、NEC、日立製作所、富士通が共同開発していましたが、事業仕分けのやり玉にあがってしまったのです。
蓮舫さんに世界一のスーパーコンピュータを開発する意義を繰り返し問いただされた担当者たちは、「世界一を取ることで国民に夢を与える」と説明したのです。それに対して、仕分け人の蓮舫さんが「世界一になる理由は何でしょうか?」と聞いた後、冒頭の「2位じゃダメなんでしょうか?」と発言し、開発計画は「凍結」されることになったのです。
■私だったらこう答えた
先にも述べた通り、新商品であったり、まだ誰もが開発していない技術を開発したりすることで、成功すればそこには莫大な利益が生まれます。
世界一のスーパーコンピュータを開発するというのも、そうした意義があったことはおそらく蓮舫さんの頭の中にもあったはずなのです。
では、なぜこのスーパーコンピュータ「京」の開発計画は凍結されてしまったのでしょうか。それは、プレゼン担当者たちのこのひと言に集約されています。「世界一を取ることで国民に夢を与える」後に、蓮舫さんは「世界一のスパコンをつくるというのは、日本の科学技術力の象徴として意義があったのだと思いますが、莫大な予算を使ってつくる理由としては弱すぎる」と語っています。
たしかに、私もその通りだと思います。
ここで重要だったのは、蓮舫さんからスーパーコンピュータを開発する意義を問われたときに、どのように答えればスムーズに開発を進められるのかという仮説を立てることだったのです。
![竹内薫『AI時代を生き抜くための仮説脳』(リベラル新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/c/1200wm/img_6c3fc65e116d10aa206f3ea8b89a4d73308857.jpg)
もし私だったら、こう答えました。「世界一のスーパーコンピュータでなければ特許が取れないからです」科学技術の世界において、最初の発見や世界一の開発などには、「まだ世の中に知られていない新たな技術」が必ず存在しています。つまり、それは特許を取ることができる技術ということになります。
この世界一のスーパーコンピュータにも、当然ながら特許が取れる技術があったはずです。これがもし2位であれば特許は取れない。これが科学技術の世界の掟でもあるのです。
もし、世界一のスーパーコンピュータでなければ特許が取れない。ひいては日本の科学技術力を世界に知らしめることも、ビジネスとして展開していくこともできないという明確な答えを用意していたら、きっとこの世界一のスーパーコンピュータの開発計画は仕分け対象にはならなかったのではないでしょうか(幸いなことに、その後、予算は復活しました)。
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サイエンスライター
1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。
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(サイエンスライター 竹内 薫)
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