定年後の働き方は再雇用、転職、起業だけではない…専門家が「幸福度が高い」と勧める第4の選択肢
プレジデントオンライン / 2023年6月23日 13時15分
※本稿は、石山恒貴『定年前と定年後の働き方 サードエイジを生きる思考』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■働くか否かは自由な選択として、実際にどう働くか
シニアの自由な選択を前提としたうえで、その定年後の実態を考えてみたい。以下に『令和4年版高齢社会白書』のデータを参照してみたい。
まず、経済的な暮らし向きについてであるが、65歳以上で「心配がない」と答えた者は合計で68.5%である。他方、「心配である」と答えたものは31.2%である。暮らし向きが心配である場合は、生計のために働かざるを得ない状況の人もいると考えられる。
次に実際に働いている人の割合である(図表1)。男性が就業している割合は、60〜64歳で82.7%、65〜69歳で60.4%、70〜74歳で41.1%である。女性の場合は、60〜64歳で60.6%、65〜69歳で40.9%、70〜74歳で25.1%である。60歳以降も就業の割合は高く、特に男性の場合が高くなっていることがわかる。
また、「何歳頃まで働きたいか」という質問については(図表2)、「65歳くらいまで」が25.6%、「70歳くらいまで」が21.7%、「75歳くらいまで」が11.9%、80歳くらいまでが4.8%、「働けるうちはいつまでも」が20.6%であり、60歳以降も就業を希望する割合も高いことがわかる。
![【図表】あなたは、何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいですか](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/0/1200wm/img_e03b3bbec34fb8806910bce13696ca5c378561.jpg)
■60歳以上のシニアが働くのは生きがいを求めて
『令和2年版高齢社会白書』では、シニアの経済生活の特集を組み、働き方の実態をより詳細に分析している。60歳以上の男女の収入のある仕事をしている人で、仕事をしている理由は、「収入がほしいから」(45.4%)、「働くのは体によいから、老化を防ぐから」(23.5%)、「仕事そのものが面白いから、自分の知識・能力を生かせるから」(21.9%)、「仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから」(4.4%)である。つまり、収入を得る目的は一番比率が高いものの半分以下であり、それ以外は仕事を通じて収入以外の何かを得ることを目的としている。
さらに、60歳以上の男女で生きがいを感じている比率は全体で79.6%である。このうち、収入のある仕事をしている場合は85.0%、していない場合は76.4%となり、収入のある仕事をしている場合のほうが比率は高い。
データからいえることは、シニアにとって収入のある仕事に従事することは、それを希望する者も多く、収入や生きがいにつながるという点で、重要な選択肢に数えてもいいことだ。
■シニアの仕事内容における選択肢を前提から見直す
シニアにとって、仕事に従事することを選択肢にくわえることまでは誰にも異論はないだろう。では、その仕事の中には、どんな選択肢があるのだろうか。従来、定年後の仕事の主な選択肢は3種類だと考えられていたと思われる。第1が今の組織での現職継続、第2が転職、第3が起業である。しかし筆者はこの3種類の分け方は従来の考え方の延長線であって、柔軟性を欠いていると考える。
定年後の仕事のあり方が小さな仕事でも大丈夫となれば、現職継続、転職、起業という3種類の選択肢が多様化する。そもそも現職継続、転職、起業という選択肢を考えた時に、無意識のうちに週5日間で、午前9時から午後5時まで働くようなフルタイムの就業を前提としていないだろうか。しかし小さな仕事であれば、時間や場所に縛られない柔軟な就業形態が可能であろう。そこで、フリーランスという第4の選択肢を付け加えたい。
![笑顔で電話対応するシニア男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/4/1200wm/img_34a5830c8e22bc761f745958ef2028b7447320.jpg)
■シニアだってフリーランスで仕事を請け負える
ここで読者には疑問が湧くだろう。起業とフリーランスは何が違うのか。そもそも、起業とフリーランスは、厳密には比較できるものではない。起業とは新しく事業を起こすという意味であって、就業形態を説明する概念ではない。それに対してフリーランスは就業形態のひとつである。この点を明らかにするために、【図表3】をご覧いただきたい。
![【図表】多様な働き方の全体像](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/1200wm/img_abca3c0b51025261ddb32d3227752722405783.jpg)
この図表では、筆者がアドバイザリーボードに所属しているプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(以下、フリーランス協会)が作成したものを、抜粋して簡易的に示している。まず働き方、つまり就業形態は大きく労働者と事業者に二分される。左側の労働者とは、雇用による働き方である。いわゆる正社員、派遣社員、契約社員、パート・アルバイト等が該当する。現職継続、転職という2つの選択肢を検討する時は、その前提としては雇用による働き方が中心になるだろう。
これに対し右側の事業者とは雇用によらない働き方を意味し、全般的にフリーランスという呼称にあてはまる。図表を見てわかるとおり、フリーランスと呼ばれる就業形態の中が多様性に富んでいることがわかる。起業とは何か事業を起こすことであるから、事業を起こした後にはこの図表の中では自営に分類されるだろう。つまり、起業をあえて分類するなら、フリーランスの種類のひとつということになる。
■ウーバーイーツもフリーランスの一種のギグワーカー
ところがシニアにとって起業という言葉は、かなりハードルの高いものに感じられるのではないだろうか。すぐに思い浮かぶのは、高い専門性、優れたアイディア、豊富な資金、綿密な事業計画が必要だというイメージだろう。実際に成功するのは「身の丈起業」と呼ばれる資金などを最低限に抑えリスクをなるべく減らした起業だといわれるが、初めて起業するシニアが多いと思われるので、いずれにせよハードルが高く感じられてしまうだろう。
シニアの働き方にとって身近になるのは、ギグワーカーと請負・委託の2区分なのだ。
インターネット上のプラットフォームサービスを介して単発の仕事を請け負うギグワーカーというとウーバーイーツを思い浮かべる読者も多いだろう。しかしそれは、ギグワーカーのほんの一部にすぎない。請負・委託こそが、シニアの働き方にとっては現実的で身近な選択肢だと筆者は考える。
■仕事をプロジェクト単位で請け負うのなら始めやすい
請負・委託という言葉も、慣れていなければハードルが高く感じられてしまうかもしれない。しかし、要するにプロジェクト単位の仕事を業務委託契約で行うことにすぎない。
つまりシニアにとっては、定年前から副業を行い、副業フリーランスとして業務委託契約に慣れておけば、定年後の選択肢としてのハードルは下がるのではないだろうか。さらに請負・委託を中心にフリーランスを行う場合、必要な手続きは主に個人事業主になるための開業届ということになるが、一定の手続きさえ踏めば、届自体は難しいものではない。雇用によらない働き方の選択肢は起業しかないと考えるのではなく、フリーランス全体を視野に含めることは現実的な対応ではないだろうか。
![ノートパソコンの横にはノートを置いて、作業するシニア男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/6/1200wm/img_56b0a182db84878128ece361d3e616e0371956.jpg)
フリーランスは会社員と比べて労働市場で弱者と見られてしまうことがある。それはフリーランスの、特定の取引先だけに経済的に依存する従属性や収入の不安定さを重く見るからだ。
しかし会社員と比べてフリーランスは、実態として弱者にあたる存在なのだろうか。筆者はこのようなフリーランスへの通説に疑問を持ち、フリーランス協会と共同調査を行った。その結果が【図表4】である。
■フリーランスは会社員よりキャリア形成意欲が高い
ここでMeanと表示されているのは、平均得点である。前にも述べたとおり、「ワーク・エンゲイジメント」とは仕事への熱意を意味する。「専門性コミットメント」とは専門性へのこだわりの程度を意味する。「ジョブ・クラフティング」は、働く人が自分にとって意義のあるやり方で職務設計を再創造するという意味である。そして「職業的自己イメージの明確さ」「主体的キャリア形成意欲」「キャリアの自己責任自覚」は3つとも、いわゆるキャリア自律、つまりキャリアを自分自身で切り拓いていこうという意識を意味する。
これらの項目で、いずれもフリーランスは会社員よりも得点が高い。これが何を意味しているかというと、仕事への熱意、専門性、ジョブ・クラフティング、キャリア自律という点において、フリーランスのほうが会社員を上回っているということなのだ。
![【図表】フリーランスと会社員の比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/1200wm/img_bf9d042714694161fac370e859b1be43489019.jpg)
■フリーで働く幸福感は高くシニアの選択肢になりうる
これは通説とは異なる意外な結果のように見える。しかし、実はもともとフリーランスは、組織に属していないので、自律的で柔軟な働き方ができ、また専門性が高く創造的な仕事を行う存在と捉える見方もあった。となると、労働市場では弱者という見方と、自律的、専門的、創造的な存在という見方の両方があり、調査結果では後者が支持されたということになる。
![石山恒貴『定年前と定年後の働き方 サードエイジを生きる思考』(光文社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/f/1200wm/img_cff189db4e38140b7c4b285119185111134228.jpg)
この調査結果は、幸福感の研究とも一致する。幸福感を仕事満足度という観点で、西ドイツ、イギリス、スイスで測定した調査がある。その結果いずれの国でも、自営業のほうが雇用者よりも仕事満足度が高いことがわかった。その理由としては、自営業の場合は組織の雇用者のように上司の命令に従う必要がなく、自己決定の範囲が広いからだ、ということが考えられた。自営業の場合はもともと自分だけ権限があるので、究極の権限委譲と考えることもできるだろう。
この研究の自営業は、フリーランスと読み替えて問題はない。ここまでの話をまとめると、通説とは異なり、フリーランスという働き方には魅力的な部分があることがわかるだろう。もちろん、雇用=会社員とフリーランスにはそれぞれ一長一短がある。フリーランスという働き方が全面的に優れているわけでもない。しかし、働き方の選択肢は雇用だけ、会社員だけ、という考えに囚われず、フリーランスを選択肢にくわえることはシニアにとって意義深いといえよう。
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法政大学大学院教授
一橋大学社会学部卒業。産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。主な受賞として、経営行動科学学会優秀研究賞(JAASアワード)、人材育成学会論文賞、HRアワード(書籍部門)入賞など。著書に、『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)、『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境学習入門』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
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(法政大学大学院教授 石山 恒貴)
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