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なぜプーチンはプリゴジンを粛清しないのか…次期大統領とも言われる傭兵集団トップの「闇の力」とは

プレジデントオンライン / 2023年6月22日 9時15分

ウクライナ東部バフムトに立つロシアの民間軍事会社ワグネル創設者プリゴジン氏とされる画像=2023年5月20日にプリゴジン氏の関連会社コンコルドが通信アプリ「テレグラム」に投稿した動画より - 写真=AFP/時事通信フォト

■SNSで政権幹部を酷評する「ウクライナ戦争の英雄」

ウクライナ軍の反転攻勢で戦況が重大局面を迎える中、ロシア国内の「台風の目」が、民間軍事会社「ワグネル」の指導者、エブゲニー・プリゴジン氏だ。

ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を「無能」と酷評したり、ウクライナ戦争の「即時終戦」を訴えたり、「もし幸せなジェドゥーシカ(爺さん)が間抜けだったらどうなる」と暗にプーチン大統領を揶揄する発言まで行った。ジェドゥーシカは、クレムリン高官らがプーチン氏を指す隠語だ。

ロシアでは開戦後、軍を侮辱する言動に最長15年の懲役刑を科す刑法改正が導入されたが、プリゴジン氏には適用されない。

ウクライナ戦争で英雄になったプリゴジン氏をめぐっては、「いずれ粛清される」「国防相ポストが目標」「政権内に後ろ盾がいる」といった見方から、「プーチン後継を虎視眈々と狙っている」との説もある。プリゴジン氏の次の一手を探った。

■「プリゴジン」の検索回数が「プーチン」の倍以上に

常軌を逸した衝撃発言を連発するプリゴジン氏の注目度は、ロシアで急増している。

独立系メディア「Verstka」によると、ロシアの主要検索サイト、Yandexの5月の検索回数は、「プリゴジン」が49万8000件で、「プーチン」(30万件)の1.65倍に上った。

同メディアがGoogle Trendsで調査したところ、プリゴジン氏の検索頻度は5月28日から1週間に最高の100ポイントに達したのに対し、プーチン大統領は28ポイントだった。

Verstkaは、「国防省との対立激化や感情に訴える動画の発信、頻繁な前線視察で圧倒的な注目を集めた」と分析した。ロシアの要人が危険な前線を訪れることはない。

独立系世論調査機関、レバダ・センターが5月末に公表した「政治家の信頼度調査」では、①プーチン大統領(42%)②ミシュスティン首相(18%)③ラブロフ外相(14%)④ショイグ国防相(11%)に次いで、プリゴジン氏は4%で5位だった。昨年12月の調査では、プリゴジン氏の名前は登場しなかった。

政権に近い政治評論家のセルゲイ・マルコフ氏は「プリゴジンとワグネルは国家の宝だ。欠点もあるが、彼らは勝利の象徴であり、政府はワグネルにもっと資源を回すべきだ」とブログで訴えた。

■「ロシア革命が起きる」と不吉な警告

プリゴジン氏の当面最大の標的はショイグ国防相だ。5月の動画では、ワグネル戦士の多くの死体のそばで、「ショイグ、ゲラシモフ」と呼び捨てにし、「お前らは高級クラブに座り、お前らの子どもはユーチューブ動画を撮って人生を楽しんでいる」と批判。「弾薬はどこだ。弾薬の割り当て分を渡せば、死者は5分の1で済んだ」と激しい口調で激高した。

「お前らの子供」とは、ショイグ国防相の次女が婚約者とアラブ首長国連邦の保養地で遊び、動画をユーチューブで発信したことを念頭に置いているとみられる。

6月のインタビューでは、「貧しい家庭の息子たちが前線で次々に死んでいく中、エリートの子弟は戦争を避けようと海外で優雅に過ごしている」「戦死した兵士の何万もの親族の悲しみが沸点に達した時、民衆はすべてが不公平だと言うだろう」と述べた。

5月の投稿では、「エリートが本気でウクライナ戦争に取り組まなければ、1917年と同様の革命が起き、戦争に敗れる可能性がある」と警告した。

富裕層と一般庶民の所得格差が天文学的に広がる中、「階級闘争」に言及した発言の衝撃度は大きい。

ショイグ国防相は一族でビジネスを行っており、その不法取引疑惑や国防予算の流用疑惑がSNSで取りざたされ始めた。

■「頭の悪いやつ」とプーチン氏も不快感

プリゴジン氏の暴走はプーチン政権にとって危険で、政権は統制に乗り出した。

ショイグ国防相はワグネルを含むすべての義勇軍部隊に国防省との契約を義務付ける命令書に署名。プリゴジン氏が「国防省とはいかなる契約も結ばない」と反発すると、プーチン大統領は、「契約が志願兵の社会的な保障を確保する手段だ。できるだけ早く結ぶべきだ」と国防省を擁護した。

クレムリンの内部情報に詳しい謎のブロガー「SVR(対外情報庁)将軍」のSNS発信によれば、実力者のパトルシェフ安全保障会議書記が安保会議で、「プリゴジンの行動がエリート層の混乱を招いている」と提起すると、プーチン大統領は、「あいつは頭の悪い奴だ。いつになったら黙るのだ」と同調したという。

政権傘下の国営テレビは、プリゴジン氏の動静を報道しなくなった。6月に同氏をインタビューしたブロガーは、所属するメディア企業を解雇された。

ロシア人実業家は米紙に対し、「彼は危険なゲームをしている。軍への抵抗をやめなければ、(投獄された反政府活動家)ナワリヌイと同じ運命になる」と予測した。

■過激な活動を支えるプリゴジン氏の「後ろ盾」

一方で、プリゴジン氏がこれほど奔放に活動できるのは、政権内部に強力な支持者がいるためといわれる。

女性政治評論家、タチアナ・スタノバヤ氏は米カーネギー財団のサイトで、「プリゴジンが大統領府との関係を築いたのは、コワルチュク兄弟という後ろ盾がいたからだ」と書いた。

弟のユーリー・コワルチュク氏はロシア銀行会長で、金融を牛耳り、メディア王と呼ばれる。コロナ禍でも大統領と頻繁に会い、独特の愛国史観でウクライナ侵攻をけしかけた黒幕とされる。

スタノバヤ氏はまた、プリゴジン氏が軍の情報機関、参謀本部情報総局(GRU)と密接な関係を持つと指摘した。ワグネル自体、2015年のシリア内戦参加を前に、軍の別動隊としてGRUが組織。資金力のあるプリゴジン氏に指揮を依頼したとされる。国防省の反ショイグ勢力が、プリゴジン氏を裏で支えているとの説もある。

プリゴジン氏は1990年代、サンクトペテルブルクで食料品チェーンやレストランを経営する傍ら、闇カジノを運営していた。当時、闇カジノ撲滅を担当したのがプーチン第一副市長で、プリゴジン氏の闇カジノが営業を続けられたのは、両者間に闇の癒着があったためと独立系メディアが報じていた。プリゴジン氏は大統領の弱みを握っている可能性がある。

モスクワクレムリンの塔と夏のグランドクレムリン宮殿、ロシア
写真=iStock.com/Vladislav Zolotov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vladislav Zolotov

■来年3月の大統領選に出馬か

東部バフムトで激戦を演じたワグネルは5月に撤退し、現時点で戦闘に参加していない。プリゴジン氏は今後、政界進出を目指すとの憶測も強まっている。

プリゴジン氏は野党第2党、公正党のミロノフ党首と関係を強化しており、いずれ公正党を乗っ取るとの見方がある。政治評論家のエカテリーナ・シュルマン氏は、昨年死去した極右扇動家、ジリノフスキー自民党党首の役回りを担うだろうと述べた。

ロシアのネットメディア「ストラナ」(5月11日)は、プリゴジン氏が2024年3月の次回大統領選に出馬する可能性があると報じた。最近の動画やSNS発信は、選挙キャンペーンを思わせるという。下院に議席を持つ政党は無条件で大統領候補を擁立でき、出馬の場合は公正党推薦になりそうだ。

ロシアのネット報道によれば、次の大統領選で誰に投票するかを問う5月10日の電話調査では、プーチン大統領が42.5%、プリゴジン氏は39.7%で僅差の2位に付けた。3位のミシュスティン首相(1%)以下は泡沫候補だったという。調査を実施した機関は不透明で、必ずしも信用できないが、プリゴジン人気の高揚をうかがわせる。

■仰天シナリオは、軍の撤退を条件に欧米と連携?

一方、ドンバス地方の親露派勢力司令官を務めたイーゴリ・ギルキン元大佐は、プーチン大統領がワグネルの「軍事的反乱」に遭う可能性があると警告した。

プリゴジン氏と敵対するギルキン氏はSNSで、「恥知らずで偽りだらけの彼の自己顕示欲」を批判しながら、返す刀で与党・統一ロシアを「詐欺師と盗人の党」と酷評した。「詐欺師と盗人の党」とは、反政府活動家、ナワリヌイ氏が2011年の下院選で使ったフレーズで、愛国勢力とリベラル派の接近を思わせる。

ギルキン氏は5月に新団体「怒れる愛国者クラブ」を創設。大統領選出馬も検討しており、右派勢力の政権離れが進む。

プリゴジン氏の仰天の政権シナリオは、欧米との連携とする見方が、ウクライナ紙「キーウ・ポスト」(3月5日)で報じられた。

欧州の政治活動家、ジェイソン・スマート氏は同紙で、「プリゴジンが権力を握る戦略的道筋の一つは、欧米の後ろ盾を得ることだ。彼が政権を握れば、ウクライナからのロシア軍完全撤退を条件に、ホワイトハウスの支持を得られるかもしれない」と述べた。

4月に流出した米機密文書は、プリゴジン氏が複数回、バフムトをめぐる取引をウクライナ側に持ちかけたとし、両者の接触を示唆していた。

米連邦捜査局(FBI)が逮捕状を出したプリゴジン氏と米国の接近はあり得ないものの、侵略戦争停止の一つのシナリオと言えるかもしれない。

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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。

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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)

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