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「このネタは今のテレビでは絶対できない」元テレビマンの監督が安倍元首相の映画に注いだこだわり

プレジデントオンライン / 2023年6月23日 11時15分

内山雄人氏 - 撮影=増田岳二

安倍元総理が銃撃されて、まもなく1年が経とうとしている。衝撃の事件の後、日本憲政史上最長の政権が遺していた様々な問題が浮き彫りになっている。この春に公開された安倍元総理のドキュメンタリー映画「妖怪の孫」は、昭和の妖怪・岸信介とその孫である安倍晋三がこの国に及ぼしている「妖力」の実相を描き、話題を呼んでいる。監督はテレビマンユニオンの内山雄人(うちやまたけと)氏。さまざまな衝撃を乗り越えて作品を仕上げた同監督に、ノンフィクションライターの木村元彦氏が、完成までの道のりを聞いた。

■権力に対する監視という意識はずっと持っていた

――内山監督はテレビマンユニオンの制作畑で「世界ふしぎ発見!」にまず就いて、最近ではNHKの「アナザーストーリー」も手掛けていますが、管義偉前首相に続いて安倍晋三元首相のドキュメンタリー映画制作ということで、そのキャリアから見ると一気に硬派テーマに挑んで来たというイメージです。どういう背景だったのでしょうか。

【内山】今回のことがあって、いろいろ思い出したんですが、大学に入って一応ジャーナリスト同好会というところにいたのです。真面目な人たちの中でガチガチにジャーナリズムを語ることに対して、テレというか、恥ずかしさがあって、むしろもう少し面白く伝える方法はないのかと、常に考えていました。彼らがやたらと上からものを書いているような気がしていたんですね。ただ権力に対する監視という意識はテレビの世界に入ってもずっと持っていたように思います。

以前2003年に「項羽と劉邦」を「世界ふしぎ発見!」でやったんですが、なぜこれをテーマにしたかというと、当時イラク戦争の直前だったんですよ。要するに、米国のブッシュ大統領が大量破壊兵器のないイラクに向けて大義なき戦を仕掛けていた。項羽と劉邦もつきつめると項羽の大義がない戦(いくさ)になっているって話をそちら側に話を寄せて構成したんです。

焚書坑儒をやるとか、血筋を断(た)ってでも自分が皇帝になるとか、いわゆる項羽の戦の背景には私利私欲だけで何も大義がないじゃないか、だから劉邦が勝つというテーマにしたんです。大義なき戦は、必ず負けるということを、イラク戦争の前ぐらいに打ち立てて作りました。

そうしたら、放送が決まっていた日の直前に当時のテレビマンユニオンの社長だった人間から「これはオンエア日を変えてくれ」って言われたんです。あまりに今起きつつある現代の戦争の話に近い話をやっているので、いろいろなハレーションを起こしかねないということで放送日の延期を言われたんです。

「待って下さい。歴史の話をジャーナルとして取り上げちゃいけないんですか」と楯突いたんですけど、「とにかくうちの会社の基幹番組だから、頼むから番組を守らせてくれ」って言われて、泣く泣く変えたってことがあったんです。そして何週間か後に放送しました。

■恐れがある分、エビデンスにこだわった

――そういう制約の多いテレビから映画というまだ自由が担保された世界に向かったわけですが、テレビ局の中にはただマネタイズを狙った安直な映画化も少なくない。何も取材していないただの自虐なのに「テレビなのによくここまで踏み込みましたね」とか、視聴者が自らハードルを下げるケースを見ます。今回安倍元首相にアプローチするうえで、どういったところをポイントに置かれましたか?

【内山】安倍さんというテーマは、リアルもネット上も巨大な応援団がいますので、不用意な言葉とか下手なデータとか出すと一斉に叩かれるし、また権力的なものが本当に動き出す可能性もあります。

菅前首相の映画「パンケーキを毒見する」に続き、本丸安倍元首相の映画を撮った内山雄人監督。
菅前首相の映画「パンケーキを毒見する」に続き、本丸安倍元首相の映画を撮った内山雄人監督。(撮影=増田岳二)

一方で、味方になってくれそうな人も、観点が異なるとあっという間にそっぽを向くかもしれないという怖さがありました。映画内で描く1つ1つの問題、事象について、誰だったらこの問題を扱えるか、言及してもらえるか、あとデータに対する裏取りも慎重に徹底的にやりました。

外交については、北朝鮮の問題とかもっとやるべきだったんじゃないかなどと、いろんな声を聞くのですが、手を広げられる限界があるし、証拠として何の実証性のないものや、インタビューでただ一方的に喋る話だけだと、何のリアリティもないと思って、そういうものは落としました。

基本は背景と事実を全部重ねていかない限り、これは本当に足元すくわれる映画になると思ったんです。恐れがある分、慎重にエビデンスにこだわったというのはあります。

――一方で取材として直に当たるものはあまりなく、萩生田大臣あたりに行くのかとも思ったのですが、あえてそれをしなかったのも、戦略的なものだったんですか。全編を通して新規取材が弱いという印象はぬぐえなかったですね。

【内山】この映画を作っていることが、自民党筋に先に漏れると、どんな力がかかって来るのかわからない部分があったので、政治家に当たるのには、ものすごく注意していたんです。しかも取材アポが取れたとして、それに見合うだけのものが撮れるとは思えない気がして。

『パンケーキを毒見する』のときも菅(前首相)さんに当たらないんですかと聞かれたんですが、僕が会って、いい人でした、という印象になってもあまり意味がないので。「田中角栄研究」を出した立花隆の取材をしたときに分かったのですが、立花さんも田中角栄に1回も会ってないんですよね。データや証拠で田中角栄を退陣に追い込んだ……その憧れもあります。

■テレビだと自分たちの首を絞めるブツが出てきた

――映画制作に入る以前は内山さん自身、安倍晋三という人物に対しては、二度に渡る総理在任中からどういう思いで見て来たのでしょうか。

テレビマン内山監督が硬派なドキュメンタリー映画を作った経緯を聞く木村元彦氏。
テレビマン内山監督が硬派なドキュメンタリー映画を作った経緯を聞く木村元彦氏。(撮影=増田岳二)

【内山】森友、加計、桜の疑惑があって、ところがそれが捜査も含めて何も事態が進まないという気持ちの悪さはずっと感じていましたよね。もう6、7回政権がふっとんでもおかしくないスキャンダルの連発なのに、なんでこの人はこんなに選挙に強くて人気があるのかそれがわからない。

そして驚くほど責任を取らないというのが、ずっと続いていた。謎を解明したいという気持ちがあって、まず「なぜ安倍政権が選挙に強いのか」という角度から入ろうとしました。

ところが、いろんな材料が揃えにくかったんで、だったらメディア論はどうかといくつか当たった中で、自民党が持っている放送局へ圧力をかけるペーパーだとかのブツ(証拠)が出てきました。このネタはテレビだと自分たちの首を絞めることになるからできないのがわかっていたので、これはいけると思ったんですよね。

――論評的なインタビューは小林節さんぐらいで、あとはもうファクトに対して、それをぶつけた上でのインタビュー。欲しい言葉のポイントとして聞き込んだ部分というのは、どういったところでしょうか。

【内山】木村さんらしいドキドキする問いですね。インタビューは、聞いていてある程度ニュアンスは分かっているのに、敢えて「えっ!? どうしてですか、それ?」と相手の強い反応を狙ったり、古賀さんが聞き手で官僚の人たちに質問しているシーンも、官僚同士では前提になっていてそのまま流される部分も横から「それ、もう1回お聞きしたい話なんですが」とか「文書改ざんの立場に陥った場合は、皆さんならどうしますか」とかしつこく引き戻したりしました。そこは、わかりやすくするための、テレビ的スキルを活用しました。

■統一教会を扱うと決めたのは大晦日

――安倍元首相が暗殺された後に統一教会というワードが浮上してくるわけですけど、今回の映画に統一教会をプロットしていくアイデアは、前からあったのでしょうか。

【内山】いえ、なかったです。しかも僕はずっと、もう統一教会のことを扱うのはやめようかと、ギリギリまで思っていたぐらいんなんです。

というのも暗殺後に統一協会に対する報道がいろんな方向にシフトしていって、どこを切り取っていいか全くわからないし、しかも映画で扱う場合、公開は半年後位ですから、古くなって、今ごろ何やってんだ、となる可能性もある。だから核が見えなくてプロデューサーにも、「ちょっと入れるのはどうかと思う」と話していたくらいです。

第4次安倍第2次改造内閣(2019年9月)では、24人中半数以上が統一教会と関係していたという。
写真=内閣官房内閣広報室
第4次安倍第2次改造内閣(2019年9月)では、24人中半数以上が統一教会と関係していたという。 - 写真=内閣官房内閣広報室

――しかし統一協会は祖父の妖怪・岸信介との大きな関係があった。

【内山】そうなんです。そこは本当に大事な話なのに、糸口がずっと見えなかったんです。あまりにもいろんな情報が錯綜していたので。テレビでできないことにこだわっているのに、今さら報道特集の二番煎じでは意味がない。

ただ自民党が酷く統一協会に汚染されているのに、報道の内容は2世信者がかわいそう、という話ばかりになっていって、自民党がどれだけ汚染されているかの問題がどんどん収束していることに忸怩があって、鈴木エイトさんに取材をかけて話し合ったんですね。自民党と統一協会の関係はそもそもどこからなのか。そこだけのポイントに絞りましょうっていうことになったのは、大晦日なんですよ。

――そして岸に先祖返りしていますね。結局、統一教会を入れることによって『妖怪の孫』になっている。本作は制作過程でまず発案者だった河村プロデユーサーが急逝し、その後に安倍元首相が暗殺されて映画どころではない風当たりの強さも予想され、さらには配給も応援してくれていたKADOKAWAの角川歴彦さんも逮捕されました。次々と困難が襲いかかって、お蔵入りも懸念されましたが、完遂しました。監督として最後までやり遂げられた要因は何だったのでしょう。

【内山】劇場を開けてくれる松竹がぶれずに待っていてくれていました。それがひとつ。それと、やっぱり今のテレビで出せない話がこれだけ出てきたこと。例えば、官僚の方々がリスクを冒して話してくれた。それは僕が必ず形にしないといけないという使命感がありました。とにかくそれは彼らのためにも、形にしなきゃいけないってのは、すごくありました。

■「えっ!? 他人ごとかよ、お前ら」

――古賀さんと官僚たちの座談会で、官僚の人たちへのモザイク。これはやはり外すのは厳しかったですか。

【内山】そうしないと彼らの生活を守れないので。聞くところによると、モザイクでも簡単にバレてしまうそうなんです。菅前首相のときに官僚で答えてくれた方がいたのですが、警察官僚の動きによってすぐ調べがついて、本人にたどり着いちゃったらしいんです。手のしわだけでもわかるというのをあとから聞いて、「やばい、手、写っちゃったな」って思ったぐらいです。

今の岸田首相の政権でそこまでガツガツやる警察官僚がいるかわからないけど、取材に答えてくれた彼らとも僕ら完全に遮断して連絡取れないようにしているから、どうなったかわからないですが。ただ僕は官僚の本音が今まで出てこなかったのが不思議だと思っているんです。大手マスコミの記者たちは日常的に接しているはずなのに、そういう関係性になれてないのか、それが僕は不思議でしょうがなかったですね。

報道を含めたテレビ業界がどんどん萎縮していることを懸念する木村氏(右)と内山監督(左)。
撮影=増田岳二
報道を含めたテレビ業界がどんどん萎縮していることを懸念する木村氏(右)と内山監督(左)。 - 撮影=増田岳二

――換言すると、報道を含めたテレビ業界自体が、どんどん萎縮してきている。テレビ業界にゲソつけて30年以上。やっぱりそういったものが、映画でしかできなくなってきているという空気っていうのは感じますか。

【内山】先ほどいみじくもおっしゃった通り、この映画は取材の深堀りは足りていないことは、よくわかっています。とはいえこれは、テレビでできないことだけをやるんだというこだわりはずっと持っていました。

さらに言うと、テレビがやれる時代であれば、できたものです。「テレビで本当はできます」というような内容のアピールのつもりでもいたんですよ。空気の変わり方はもう、ひしひしと感じます。そしてそれに対して危機感がない。

前作の『パンケーキ』のときもそうでしたけれど、「いやー、よくやってくれたよねー」とか、テレビの人は、そう言うんですよ。要するに、この企画の話すら、およそ誰も立ち上げる空気すらもない。大学時代に自分はそこまで硬派ではなかったけれど、当時、立派なことを言っていた連中は何をしているのか。

「いやあ、テレビが本当にできなくなっちゃったよね」って言われて「えっ!? 他人ごとかよ、お前ら?」という気持ちが強いです。そこへのテーマが、賛否がありますけど、ラストのシーンなんです。何とかして自分ごとに思ってほしいというのがあったんです。だから……」

――実は賛否で言うと、私はあのラストは否の方でした。またマスメディアへのネガティブな影響を与えてしまわないかという懸念を持ちました。

■テレビでは許されないラスト

【内山】それなりのエンディングは用意していたんです。チェックでも社内でもみんなに見せて、見終わって「まあ、いいんじゃないか」という感じになったんだけど、どうもなんか、みんなへの刺さり方が弱い感じがしていて。

それは作っている最中からもうずっと終わり方をどうしたらいいか、のたうち回るくらい苦しんでいたんですよ。編集のリミットも来ていて、何にもやりようがないなって悩んだときに、向こう側の話じゃなく、自分側の話として聞いてもらえないだろうかと思ったんです。――いいかどうかはまたちょっと別だけど――。

結果、あれはあまりに私的な表現で映画しかできない、テレビでは許されないラストです。それもまた「映画の自由の豊かさ」として僕は感じました。賛否の賛の方の感想で言えば、ラストで涙を流したという方の感想も聞きますし。

――そのラストは観てのお楽しみということで。内山監督としては、テレビでできないことをやって、これは頑張ればテレビでもできるだろうと喝をかけたいという思いと、一方で映画に対するこだわりは、これからも持っていくわけですね。

【内山】映画は自由な表現の仕方に関してまだまだ大きな可能性を感じるのと、志のある映画館や配給会社、見守ってくれる大人たちもいる。テレビだと右から左に流れてしまいがちですが、映画ではお金を払うとか、時間が限られているとかそれでも観に行く能動性を考えると、観客に溜まるものも深いですよね。

あと制作や上映についての仲間もきっと出てくる感じがするんですよ。志とやる気があれば、何かやろうぜっていう仲間が出てくる業界だなと思います。本当は、テレビにもそういう人たちがいてほしいということの願いも言葉の裏にあるんですけど。

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内山 雄人(うちやま・たけと)
1966年生まれ、千葉県出身。早稲田大学卒業後、90年テレビマンユニオンに参加。93年「世界ふしぎ発見!」(TBS)でディレクターデビュー。情報エンターテインメントやドラマ、ドキュメンタリー等、特番やレギュラー立ち上げを多く担当。「歴史ドラマ・時空警察」(日本テレビ)Part1~Part5、NHKプレミアム アナザーストーリーズ「あさま山荘事件」「よど号ハイジャック事件」「立花隆vs田中角栄」などを担当。2021年『パンケーキを毒見する』で映画初監督を果たす。

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木村 元彦(きむら・ゆきひこ)
ノンフィクションライター
1962年愛知県生まれ。中央大学卒業。主な著書に『オシムの言葉』(集英社文庫)、『蹴る群れ』(集英社文庫)、『無冠、されど至強 東京朝鮮高校サッカー部と金明植の時代』(ころから)、『コソボ 苦闘する新米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(集英社インターナショナル)など。

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(内山 雄人、ノンフィクションライター 木村 元彦)

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