なぜ「世界最古のジョーク」を誰も知らないのか…現代人にはほぼ理解不能なジョークの笑い所とは
プレジデントオンライン / 2023年6月26日 14時15分
■昔のジョークのおもしろさは現代人には理解できない
【質問】森にあるすべての葉っぱのなかで一番きれいなのはどれ?
【答え】ヒイラギ。誰もこの葉っぱで尻を拭こうとしないから。
これは僕のお気に入りの中世のジョークだ。たしかにとても優れているとは言えないが、これまでパブで披露するたびに、場は静かなくすくす笑いに包まれた。前提とオチがはっきりしている。わかりやすく短いのもいい。そして尻――尻ほど誰でもおかしみを感じるものがあるだろうか。
このジョークは、ヘンリー8世の治世初期の1511年にイギリスで出版されたシュールななぞなぞ集から取ったものだ。正直なところ、それなりに笑える内容ではあるが、滑稽さには限界がある。掲載されているユーモラスななぞなぞの大半は、シェイクスピア作品の難解な台詞に大笑いできる者も含めて、現代のほとんどの読者には理解不能だ。ヒイラギのジョークは間違いなくこの書物で最も優れているが、僕が次点とした次のジョークを読めば、質の低下は明らかだろう。
【質問】世界の人類の4分の1を殺したのは誰?
【答え】カイン。彼がアベルを殺したとき、世界に人間は4人しかいなかったから。
【質問】羊の群れにまぎれ込んだ1頭の牛を見分ける方法は?
【答え】目を使え!
白状すれば、この2番目のジョークには笑わせられた。あまりにもわかりきった答えだからだ。なぞなぞが知恵を絞った答えを期待させるような形式である場合、こういうのが意表をついていておもしろいのだ。意外性は笑いの重要な要素であり、ジョークの名手の多くは、私たちのもつ無意識の前提を平然と突き崩す名人なのだ。
■ジョークは特定の文化的枠組みのなかでしか効果を発揮しない
たとえば最近僕はツイッターで、「なぜ鶏は道を渡ったのか?」という有名なジョーク(初出は1847年)に関して、人々が不吉な解釈を非常に好んでいることに気づいた。それによると、これは自殺願望を持つ鶏なのだそうだ(答えの一例:あの世へ渡りたいから)。これは現代人に特有の考えすぎという現象で、この意図的なアンチジョークのオチを誤解している。
要するに単独ではおかしくもなんともないが、先ほど挙げた羊と牛のジョークと同じように、ほかの知的ななぞなぞのあとで提示されるべきものなのだ。脳みそを振り絞って考えさせるなぞなぞのあとでは、これもまた悪魔的に巧妙な言葉遊びだと思われ、その結果「反対側に行きたいから」というわかりきったオチに足をすくわれた者が大きな笑みを浮かべて「ちぇっ、1本取られたよ!」と言うことが期待される。
これこそがユーモアのキモだ。文脈を理解する必要があるが、非常に多くのジョークは特定の文化的枠組みのなかでしか効果を発揮しないため、歴史上のジョークは往々にして現代の読者に何も訴えかけない。世界は進歩した。僕たちは先人と同じように考えず、同じものを恐れず、異なる俗語を使用し、異なるジョークを楽しむ。技術も変化した。喜劇は文化の注釈というべきものだが、文化がじっと動かずに停滞していることはめったにない。
■ジョークにも賞味期限はある
ジョークはあっという間に賞味期限を迎える。歴史学者のボブ・ニコルソン博士は「ヴィクトリア朝時代のユーモア」という非常に愉快なツイッター・アカウントを持ち、19世紀の新聞や本に掲載されたジョークをツイートしている。
僕こそ、これらのジョークの理想的な読者に違いない、と思われるかもしれない。僕はコメディ業界で働き、19世紀の文献に親しむ歴史学者でもある。……それでも、これらのジョークにはまごつかせられることが多い。オチがあまりにも不器用かつ難解なため、性能の悪い機械で英語から日本語に翻訳し、それをまた英語に訳し戻したもののように感じられるのだ。もしかしたら、当時は腹がよじれるほど笑えたのかもしれない。それともわざとくだらなくつくられているのだろうか?
■3900年前にも存在した「おならジョーク」
そうはいっても、時を超越したテーマもたしかに存在する。世界最古のジョークは、おならにまつわる、3900年前の古代シュメール(現在のイラク)のものだ。
(これは)はるか昔から一度も起きたことがない。夫の膝の上に座った若い女がおならをしなかった。
青銅器時代にしては悪くない、そう思わないか? 「一度も起きたことがない」と「おならをしなかった」という二重否定のせいで、ただちに意味を把握するのはむずかしいかもしれないが、視覚的効果はすばらしい。夫のロマンティックな情熱が、魅力的な若妻がその膝の上で発した音の結果、突然鼻も曲がる嫌悪に転じた。そしてもしかすると友人たちの前で恥をかいた様子が目に浮かぶようだ。
ここにはシチュエーション・コメディ的なエネルギーがある。これは紙に書かれた言葉――あるいは粘土板に刻まれた記号――よりも実演のほうがはるかに滑稽な、「語らず見せよ」という類のジョークなのだ。
だがジョンの質問は「最古のジョークは何?」ではなく、「最初のジョーク集はいつ書かれたの?」だった。両者はもちろん別物だ。ジョーク集は、読むために編まれるものだ。たとえ喜劇俳優が演じなくても、読んで滑稽でなければならない。さらにジョークの数も多くなければならない。ではこれはいつ頃までさかのぼるのだろう?
■滑稽なジョークを披露し合った「60人クラブ」
古代ギリシア人はジョークをこよなく愛した。当時の劇作家のなかで一番笑える作品を書いたのが、アリストファネスだった。非常に独創的なシュルレアリズムと、なんとも下品なおならジョークは彼の生前から大ヒットし、死後も繰り返し上演された――その多くの部分が近代の翻訳者によって検閲され、無害化されてしまったが。
![お尻を突き出しておならをする人と指をさす人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/6/1200wm/img_864149e133a38da5f28e37ababbb235090179.jpg)
ただし、彼の作品にはゲップやおならが繰り返し登場するが、アリストファネスは優れた一行ジョーク集を執筆したわけではない。古代の喜劇についてもっと詳しく知りたい人向きには、ケンブリッジ大学古典学教授のメアリー・ビアードの著作『古代ローマの笑い:ジョークとくすぐりと大爆笑』(未邦訳)をおすすめする。しかし僕のほうは演劇や詩歌や陶器は無視して、実際のジョーク集に集中したい。そこで登場するのが「60人クラブ」だ。
古代の文筆家アテナイオス(紀元2世紀頃)の作品『食卓の賢人たち』(全5巻、京都大学学術出版会、1997~2004年)には、哲学者の一団が夕食会で知的会話を楽しむ様子が描かれているが、彼によると、喜劇オタクだったマケドニア王フィリポス2世(アレクサンドロス大王の父親)は、ある時耳にしたという――アテネ郊外のキュノサルゲスという場所に建つヘラクレス神殿では、「60人クラブ」が定期的に会合を開いており、そこでは最も滑稽なジョークを耳にすることができる、と。
酒を飲みながら哲学談義を交わす60人の話し上手の会話は明らかに、数百マイル離れた敵国の王でさえ参加したいと願うほど質の高いものだったらしい。アテナイオスによれば彼らに最も優れたジョークを書き留めて送らせるため、フィリポスは多量の銀を送ったという。フィリポスが暗殺される紀元前336年より少し前に書かれたこれが、歴史上最初のジョーク集だったのかもしれない。
■愚か者や奴隷が繰り返し登場する現存する最古のジョーク集
残念ながら「60人クラブ」の陽気な哄笑は歴史の波に失われてしまった。また別の有名な劇作家プラウトゥスの作品で言及されているジョーク集も、現存しない。しかしそれよりも新しいジョーク集『フィロゲロス』(「笑いを愛する」という意味)は、現代まで伝わっている(『フィロゲロス:ギリシア笑話集』国文社、1995年)。
![グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/1/1200wm/img_c1fc42cca50a319e0c35face8beb91c9148506.jpg)
西ローマ帝国が崩壊の危機に瀕していた紀元4、5世紀のものだが、この作品を編纂したヒエロクレスとフィラグリオスに関してはほぼ知られていない。265編のジョークが集められており、何より興味深いのは、定番キャラクター――愚か者、医者、守銭奴、臆病者、宦官(かんがん)、才人、不機嫌な人間、酔っ払い、女嫌い、好色女など――が繰り返し登場することだ。近代イギリスのジョークに登場するケチなスコットランド人、愚かなアイルランド人、放縦なエセックス女の同類と言えよう。
では、これらのジョークに果たして君を笑わせる力があるだろうか。265編の大半は、僕自身何のことか理解できないほどつまらない。しかしなかにはクスリと笑わせられるものもある。ギリシア語からそのまま訳しただけではおもしろくも何ともないので、その代わりに21世紀の言葉遣いにブラッシュアップしたものをお届けする。
ではどうぞ!
1.ある医者が不機嫌な男の家を訪ねて診察し、「悪熱(bad fever)がある」と診断した。男はこう答えた。「あんたは良熱(=情熱)が欲しいのか? ならそこにベッドがある。試してみたらどうだ?」
2.愚か者が泳ぎに行って溺れかけた。男は悪態をつき、泳ぎ方を学ぶまでは二度と水に入らないぞ、と叫んだ。
3.【患者】先生、先生! 朝起きると30分間めまいが続いて、それからよくなるんです。
【医者】では30分後に起きなさい。
4.愚か者に会った男が、「お前から買った奴隷は死んだぞ」と言うと、愚か者が答えた。「神様に誓って言うが、私のもとにいたとき、あの奴隷はそんなことはしなかった」
5.2人の愚か者が食事に出かけた。食後、2人は礼儀として相手を家までエスコートしようと申し出た。その夜、どちらも一睡もできなかった。
6.疲れた愚か者がベッドに入った。枕がなかったので、愚か者は奴隷に、頭の下に水差しをあてがうように命じた。水差しは硬すぎます、と奴隷が答えると、愚か者は言った。「なかに羽毛を詰めなさい!」
7.ある愚か者が友人に会い、「君は死んだと聞いていたよ!」と叫んだ。友人が「見ればわかるだろう、私はピンピンしているよ」と答えると、愚か者は言った。「うん、だけどそう教えてくれた奴のことは、君より信頼しているんだ」
8.ある愚か者が所有する奴隷たちとともに船に乗っていると、突然激しい嵐に遭遇した。恐怖に襲われた奴隷たちは嘆きはじめた。愚か者は彼らに向かって、「心配するな! お前たちを全員解放すると、遺言書に書いておいたから!」と言った。
9.ある愚か者が、知り合いの双子の片割れが死んだと聞いた。彼は生きているほうのところに行って、「死んだのは君かい、それとも君の兄弟かい?」と訊いた。
10.町に向かうある愚か者に向かって、友達が「15歳の奴隷を2人買ってきてくれないか?」と頼んだ。愚か者は、「もちろんだとも。もし2人買えなかったら、30歳の奴隷を1人買ってくるよ」と答えた。
このなかに、君を大笑いさせたジョークはあったかな? 奴隷が頻繁に登場することは、僕たちの倫理観からいえば大いに問題があるが、それでも似たようなジョークは、僕自身もこれまでに耳にしたことがある。
というわけでジョン、『フィロゲロス』は大笑いできるジョーク集とはいえないかもしれない。それでも現存する最古のジョーク集を読んで、少しはくすくす笑いができるんじゃないかな。
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ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の名誉研究員。BBCの子ども向け歴史番組「Horrible Histories」のコンサルタントを務める。軽妙な語り口から、イギリスでは歴史の面白さに目覚める子どもや大人が続出している。著書に『A Million Years in a Day: A Curious History of Daily Life』『Dead Famous: An Unexpected History of Celebrity from Bronze Age to Silver Screen』がある(いずれも未邦訳)。
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(歴史学者、キャスター、作家 グレッグ・ジェンナー)
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