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日本の教育制度の閉鎖性に衝撃を受けた…「失われた30年」を経ても日本人が内向き志向を続ける根本原因

プレジデントオンライン / 2023年6月28日 10時15分

マイケル・B・ホーン氏 - 撮影=Jay Premack

日本の学校教育にはどこに問題点があるのか。アメリカで教育に関する講演やメディア出演をこなすマイケル・B・ホーン氏は「この半世紀で、学校のパーパス(存在意義)は変わった。教師が教壇に立ち、子供たちに一斉に知識を与える従来型の授業方式はもうやめるべきだ」という――。(前編/全2回)(取材・文=NY在住ジャーナリスト・肥田美佐子)

■日本の授業は先生がずっと話し続けている

――何年か前、英語教育関連の視察で渡日し、複数の公立校を回ったそうですね。日本の学校について、どのような気づきがありましたか。

東京など、複数の都市の小中学校を回ったが、まず、日本の家庭が、アメリカの家庭より教育を重視していることがわかった。学校の授業だけでなく、課外プログラムや塾も含めてだ。

次に感じたのが日本の教育制度の閉鎖性だ。海外の大学や留学にさほどベクトルが向いておらず、非常に「内向き」だと感じた。外国に行くことに熱心な韓国や中国とは対照的であり、その違いに衝撃を受けた。英語を学ぶことの価値が日本文化に根づいているようにも見えなかった。英語を勉強しなければ、という一種の義務感はあるかもしれないが。

また、授業中、先生が教科書を使って延々と話し続け、生徒たちが一斉に教壇を見つめている姿が印象的だった。もちろん、コロナ禍を経て変わった点もあるとは思うが、少なくとも私が視察した時は、先生がずっとしゃべっているような印象を受けた。一方で、生徒がじっと聞いている姿に、教師という存在を重んじる日本の伝統を感じた。

■「工場型一斉授業」は役に立たない

――日本の学校では、生徒が受け身で講義を聴く「工場型一斉授業」が主流です。あなたは、米教育界で話題をさらった共著『ブレンディッド・ラーニングの衝撃』(注)の中で、「ただ出席するだけ、ただ起きているだけ」で評価される「工場型一斉授業」はもはや就職に役立たない、と指摘していますね。

注:『ブレンディッド・ラーニングの衝撃「個別カリキュラム×生徒主導×達成度基準」を実現したアメリカの教育革命』(教育開発研究所、著者:マイケル・B・ホーン、ヘザー・ステイカー、小松健司・訳、2014)

最も大切なのは、学ぶこと自体が生徒たちにとって面白くなるような方法を見いだすことだ。家族や社会の期待に応えて勉強するのではなく、生徒たちが「勉強って本当にエキサイティングで楽しい!」と思えるような授業の仕方を編み出すことが最大の課題だ。

そのためには、工場型一斉授業から一歩踏み込んだ教え方にしなければならない。その点で、オンライン学習を通常の授業と「ブレンド(融合)」した「ブレンディッド・ラーニング」(注:後編で詳述)は効果的だ。

工場型一斉授業を「『ただ起きているだけ』で評価される」と書いたが、実際のところ、課外プログラムで忙しく、授業では居眠り寸前の生徒たちもいる。教室では起きていられなくても、課外プログラムには熱心に取り組み、重要な事柄を学び、知識を習得しているのだ。

とはいえ、今日の世界では、もはや知識の習得だけでは足りない。それを応用してリアルなスキルにつなげ、そのスキルを磨き、うまく活用できるようになることが大切だ。

■知識だけでなく「学び方」も習得させねばならない

――世界が、より速く複雑に変わっていく中、授業の進め方が標準化された工場型モデルの教育は、もはや機能しないのでしょうか。

そうだ。半世紀以上前は、工場型一斉授業がうまく機能していた。誰もが知識労働の世界に進むわけではなかったからだ。当時は多くの人々が製造業に就き、文字どおり工場で働いていた。

そうした時代には、成績を基に、生徒たちを(一部のエリート層と、将来、ブルーカラーの仕事に就くグループなど)いくつかのレベルに分類し、そのレベルごとに標準化した教育を施していればよかった。大半の人々が、専門知識なしに、工場労働者として、まずまずの賃金を稼ぎ、生計を立てられたからだ。

だが、もうそんな時代ではない。非常に多くの人々が知識経済に身を置き、知識経済自体も急速に変化している。子供たちには知識をつけさせるだけでなく、「学び方」も習得させなければならない。すさまじいペースで変わっていく世界で働き続けるには、社会人になっても絶えず新しいことを学んでいく必要があるからだ。

つまり、学校の「パーパス(目的・存在意義)」が変化し、(エリート層と中流層といった)生徒間の「壁」が取り払われたのだ。

■「学校の外」を知らない教師の教育だけでは不十分

――学校のパーパスが変化したということですが、どのように変わったのでしょう?

昔は職場や仕事にさほど変化がなかったため、学校であまり知識を身に付けつけなくても、社会人になる準備を整えることができた。だが、もはや社会が様変わりし、学校のパーパスも変わった。急速に変わる世界で生きていくための知識やスキル一式を学校で教えるべきだ。

次に、もはや教師が子供たちの将来を決める時代ではなくなったという意味でも、学校のパーパスが変わりつつある。学校が成績を基に子供たちの進むべき道を決めるのではなく、子供たち自身がさまざまな選択肢を模索できるようにすべきだ。「自分とは何者か」「何をしたいのか」「どのような形で世界に貢献し、世界を変えられるのか」を考えさせ、生徒自身に進むべき道を決めさせる。

今や学校は知識を教えるだけでなく、生徒たちが社会人とのつながりを持てるよう支援する必要があるという点でも、学校のパーパスが変化している。学校は外界と遮断されている場所だからこそ、生徒たちが、社会人の先輩といったメンターを持ち、異なるキャリアの道を模索するチャンスを持てるようにすべきだ。

つまり、人的ネットワークという「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」の構築を後押しすることも、今や学校の役割の一つなのだ。教師は他業界から隔絶された場所で働いており、世界が急速に変化していることを必ずしも実感しているとは限らない。だからこそ、生徒たちを社会人と交流させることの重要性が高まっている。

■生活水準が高い日本は「勉強の必要性」に迫られにくい

――日本で工場型モデルが圧倒的な地位を占めていることについて、どう思いますか。

何十年間も経済が低迷している日本こそ、工場型モデルを脱する必要がある。イノベーションによる「創造的破壊」で世界を席巻した1960年代のように再びイノベーションを起こせるよう、教育モデルを変革することが極めて重要だ。

というのも、経済が振るわないとはいえ、日本の生活水準は依然として非常に高いため、生活をより良くすべく、もっと勉強しようという「外的な必要性」に迫られないからだ。(専門知識が身に付かない)画一化された工場型一斉授業だけでは、最先端のトピックは習得しがたい。

日本の学生たちが最先端の知識の習得をエキサイティングに感じることができれば、勉強に熱が入る。その結果、画期的な発見がなされれば、世界に次の成長の波を起こすことができる。

オンラインでインタビューに応じるマイケル・ホーン氏
オンラインでインタビューに応じるマイケル・ホーン氏

■理工系専攻の学生が減るとイノベーションも起こりづらい

――「破壊的イノベーション」論の提唱者として知られるハーバード・ビジネス・スクールの故クレイトン・クリステンセン教授は、2008年の共著『教育×破壊的イノベーション』(注)の中で、日本で理工系専攻の大学生が減ったことについて書いています。かつて日本では、人口がアメリカの4割であるにもかかわらず、理工系専攻の学生がアメリカの4倍に達していたが、日本経済の成長とともに、その割合が減ったと。

それは、理工系を専攻して手厚い賃金を手にし、敗戦後の貧困から抜け出たいという「外発的動機づけ」が経済の繁栄とともに薄まったからだと、同教授は指摘しています。日本企業によるイノベーションの減少は、理工系専攻の学生減と関係があるのでしょうか。

注:『教育×破壊的イノベーション 教育現場を抜本的に変革する』(翔泳社、著者:クレイトン・クリステンセン、マイケル・ホーン、カーティス・ジョンソン、櫻井祐子・訳)

おそらく関係があるだろう。起業セクターが充実していないことのほうが大きな要因だとは思うが、理工系専攻の学生が減ったことも、イノベーションの減少につながっているのではないか。

今や人工知能(AI)で機械工学関連の仕事も自動化できるようになったが、その分、(理工系の学生や技術者など)人間の存在の重要性が増している。というのも、テクノロジーと人間が「ブレンド」し、双方の持ち場を超えて共生するほうが、単体で動くよりも、もっとクリエーティブで素晴らしい仕事を成し遂げられるからだ。

AI時代を迎え、その「ブレンド」に成功する社会が他の社会を何年分も追い抜き、飛躍していくことだろう。

■「もうソニーのことは忘れよう」となれない日本

――オンラインで日本の公立校の入学式を見ると、体育館での一糸乱れぬ整列や、号令に基づく整然とした生徒たちの動き、校長先生の祝辞など、一見しただけでは昔の入学式と区別がつきません。世界が激変する中、日本の未来を担う子供たちの多くが、硬直化した慣習や工場型一斉授業など、型にはまった指導を受けていることも、日本企業が破壊的イノベーションを起こせなくなった一因と言えるのでしょうか。

日本には、既存の体制を敬う文化がある。過去や伝統への崇敬とでも言ったらいいだろうか。産業界も同じだ。クレイトン(・クリステンセン教授)は日本が抱える問題について、いつも次のようなことを話していた。

「日本は破壊的イノベーションで世界市場の頂点を極めただけに、『もうソニーのことは忘れて、ベンチャーキャピタル業界の構築に軸足を移そう。また、一から出直そうじゃないか』とはなれないのだ」と(注)

注:日本の家電業界が世界を席巻したという過去の栄光が足かせになり、戦後のように振り出しに戻って新たな分野で出直そう、という捨て身になれないことを意味する。

学校に話を戻すと、既存体制の踏襲という意味では、率直に言って、アメリカの学校も同様だ。誰もが学校に通える義務教育には「消費者」というものが存在しないため、イノベーションが起こりにくい。破壊的イノベーションは、消費者あってのものだからだ。

こうした事情に加え、既存体制への崇敬を考えると、日本の学校制度自体をイノベーションで変革するのは至難の業だろう。

ひるがえってアメリカの教育現場で最もエキサイティングな動きは、わが子に従来の学校教育を受けさせない親が目立ち始めていることだ。将来、こうしたムーブメントが従来の学校教育にイノベーションをもたらすかもしれない。

何年も前の話だが、韓国に長期間滞在した際、こんな質問を生徒たちに投げかけた。「勉強する場として、塾と学校のいずれかを選べるとしたら、どちらを希望する? 片方を選んだら、もう片方には通わなくてもいいとしたら、どちらがいい?」と。

子供たちは異口同音に、「塾がいい! 学校には通いたくない!」と答えた。もし、そうした選択を可能にする政策が誕生したら、学校や塾で、どれほど多くのイノベーションが起こることか。そうでもしなければ、学校制度の変革は一筋縄ではいかない。

■「過去への崇敬」を逆手に取ることもできる

――日本にグーグルやアマゾン、メタ(旧フェイスブック)、アップルというテック大手「GAFA」が生まれない一因が教育にあるとすれば、日本の教育の何が問題だと思いますか。解決策は?

大切なのは、子供たちが自ら何かを生み出せるような環境をつくり、教師が創造性の育成を後押しすることだ。創造性を鍛えれば、彼らが将来、起業家として、次世代の偉大な企業を生み出してくれるかもしれない。そうすれば、かつて世界を席巻した、日本企業による破壊的イノベーションの再来が期待できる。

次に、先ほど弊害として話した「過去への崇敬」を逆手に取ることも大切だ。生徒たちが過去について学ぶことで、その知識が未来のイノベーションとして花開くかもしれない。例えば、日本が誇る伝統をどのように新たなアイデアと「ブレンド」し、イノベーションを起こすか、といった具合だ。

日本は過去から学ぶことに長けているだけに、日本文化を変革するのではなく、既存の文化を礎にして新たなイノベーションを起こすのも一手だ。

■「移民」が与えてくれるイノベーション

――日本企業が破壊的イノベーションを起こせるよう、学校や政府は、どのように日本の教育を変えるべきでしょうか。

日本の最大の強みは、知識に重きを置く教育だ。しかし、それだけでは十分でない。先生たちは、生徒がテストで高得点を取ったり、知識をつけたりできるよう献身するだけでなく、子供たちが、その知識を基に創造性や好奇心、実務能力などを高めるという「アウトプット(生産活動)」につなげるにはどうすべきかを真剣に考える必要がある。

知識の習得(というインプット)と、生徒たちが、その知識を使って何かを生み出し、実務能力を培うといったアウトプットを組み合わせることで、日本は再び勢いに乗るきっかけをつかめるかもしれない。

国語の授業中のクラス
写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

――移民の少なさについてはどうでしょう? 「移民大国」アメリカでは、多様性が、世界を変えるようなイノベーションの原動力になっていると言われます。一方、多様性に欠ける日本では破壊的イノベーションは起こりにくい、という指摘があります。

多様性はアメリカの代名詞だ。私たちの国にやって来る人々は異なる見方を提供してくれるだけでなく、何かを達成し、アメリカ社会に足跡を残したいと切望している。これはアメリカに、とてつもなく大きな価値をもたらす。彼らは、アメリカ人とは違う視点で物事を眺めるだけではない。母国での栄誉に甘んじることなく、がむしゃらに働き、アメリカで実績を残したいと考えているのだ。

こうしたことが、アメリカの進歩とイノベーションにとって、計り知れないほど貴重な原動力になっている。

前述したが、日本の生活水準はとても高く、実に快適な生活が送れる。必死に勉強し、新しいことを生み出そうという「外的要因」の多くが消え去ってしまっているのだ。

ひるがえって、多くの資産を持たずにアメリカ社会に流入してくる人々は、実にパワフルなハングリー精神に突き動かされている。日本のような快適な生活を手に入れるべく、「アメリカで何かを成し遂げたい!」と心から思っているのだ。これが、アメリカのイノベーションを加速させるのだろう。

日本にも、もっと移民が増え、日本の文化や伝統と、彼らがもたらす新しいアイデアが一つになることでイノベーションが起これば、世界に未曽有の恩恵がもたらされる。実にいいことだ。

■リスクを恐れてはいけない

――日本にもまだ希望があると思いますか。

そう思う。私は楽観主義者だ。日本のような素晴らしい国に希望がないはずがないじゃないか。日本は数々の偉業を成し遂げた。旅行先としても、世界で最も特別な場所の一つだ。

教育については、学校制度の自律性を見いだす方法を模索し、新しい型の学校をつくるか、従来の学校内に別の学校をつくり、通常の授業とはまったく違うやり方を試すのもいい。そして、リスクを冒す生徒を排除するのではなく、リスクをいとわない生徒に報いるような文化を構築することだ。

もちろん、容易にはいかないだろうが、チャンスはある。

(後編へ続く)

マイケル・B・ホーン(Michael B. Horn)
米クレイトン・クリステンセン研究所共同設立者・特別フェロー
ハーバード・ビジネス・スクール卒業。破壊的イノベーションの力で世界をより良くすることを目指す非営利系シンクタンク「クレイトン・クリステンセン研究所」を共同で設立。教育問題の第一人者として、教育の未来に関する講演や米メディアへの寄稿、ポッドキャストを行う傍ら、数々の教育関連の組織に役員などとして関わる。著書に『ブレンディッド・ラーニングの衝撃 「個別カリキュラム×生徒主導×達成度基準」を実現したアメリカの教育革命』(教育開発研究所、小松健司・訳)や、クリステンセン教授との共著『教育×破壊的イノベーション 教育現場を抜本的に変革する』(翔泳社、櫻井祐子・訳)など。近著に『From Reopen to Reinvent: (Re)Creating School for Every Child』(未邦訳)。米東部マサチューセッツ州在住。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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