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手術を受けたアメリカ人2名は死亡した…安価のため急増中の「メキシコ整形旅行」の危険すぎる実態

プレジデントオンライン / 2023年6月29日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Roberto Galan

歯科治療や美容整形手術などを受ける目的で中南米を訪れる人が増えている。国際ジャーナリストの矢部武さんは「アメリカでは10年以上前から『医療ツーリズム』が盛んで、特にメキシコが人気だ。ただ、手術の質には問題があり、麻酔薬が原因で2人が死亡する事故も起きている」という――。

■メキシコで銃撃された米国人の医療ツーリスト

米国では10年以上前から医療ツーリズムが盛んになり、歯科治療や美容整形手術などを受ける目的で中南米、特にメキシコを訪れる人が増えている。しかし、治安があまり良くないメキシコへの旅行は危険と隣り合わせで、犯罪に巻き込まれることや、医療事故で命を落とす米国人は珍しくない。

2023年3月3日、メキシコ北部の国境付近の街、タマウリパス州マタモロスで白いミニバンを運転していた米国人4人が誘拐され、2人が死亡する事件が起きた。

4人は友人同士で、サウスカロライナ州レイクシティから約2200キロを運転してこの街に入った。4人のうちの1人のラタビア・マギーさんが整形手術を受ける予定で、3人は付き添いだったが、彼らは診療所を探していると突然、ピックアップトラックに乗って武装した男たちから銃撃を受けた。マギーさんの友人2人はその場で死亡し、近くを歩いていた30代のメキシコ人女性も撃たれて死亡したという。

麻薬組織間の抗争が激化しているメキシコではこのような事件は珍しくないが、マギーさんの一行はそれに巻き込まれたのだ。銃撃した男たちは米国のナンバープレートの車を見て、敵対する麻薬組織の密売業者と間違えたようだ。

それから4人は男たちに誘拐されたが、米国連邦捜査局(FBI)が5万ドルの懸賞金を提示するなどして懸命に捜査を行った結果、その4日後、マタモロス郊外の木造小屋で、マギーさんと友人、そして他の友人2人の遺体が発見された。

マギーさんは「お母さんのお腹の修正術」として有名な腹部の贅肉を取るタミータック手術を安く受けるためにメキシコへ行ったが、その代償はあまりにも大きかったと言わざるを得ない。

■手術中に投与された麻酔薬が原因で2人が死亡

この事件から約2カ月後の5月半ば、同じマタモロスで整形手術を受けた米国人2人が脊髄硬膜外に投与された麻酔薬が原因で真菌性髄膜炎を発症し、死亡したことが、CNNなどの報道で明らかになった。真菌とはカビの総称である。

米国疾病予防管理センター(CDC)がメキシコ保健当局から得た情報では、2023年1月から5月までに真菌性髄膜炎で死亡した米国人は2人だが、他に発症の疑いや可能性のある患者が18人いることがわかった。髄膜炎の特徴は、最初は発熱、嘔吐(おうと)などで軽症でも、すぐに重症化して生命を脅かす危険があるという。

このようなリスクがあるにもかかわらず、整形目的でメキシコを訪れる米国人は一向に減ることはない。医療ツーリズムに関するリソースを提供する情報調査会社「国境を越える患者(PBB)」(本社:ノースカロライナ州)の最新データでは、年間100万人超の米国人が医療目的でメキシコを訪れ、治療別では歯科治療が約65~70%で最も多く、美容整形が約15%、肥満治療が約5%となっている。

歯科治療が多い背景には米国では歯科保険に加入していない人が多いことと、メキシコで被せ物や歯根管治療などをすれば米国の3分の1から4分の1程度の費用で済ませることができるという事情がある。また、美容整形に関してはメキシコの治療費の安さに加え、米国内の整形ブームも影響していると思われる。

■医療ツーリズムの背景にある「過剰な整形ブーム」

世界的な統計調査データサイト「スタティスタ」が発表した2021年の美容整形施術数の世界ランキングを見ると、米国は734万7900件で、2位のブラジル(272万3640件)、3位の日本(174万5621件)、4位のメキシコ(127万605件)を大きく引き離し、断トツの1位となっている。

日本は3位だが、その特徴として薬剤注射やレーザー脱毛などいわゆる「プチ整形」の割合が高く、メスを入れる外科手術の割合は低い。つまり日本人は整形で大きなリスクを取りたがらないということだが、それと正反対なのが米国人である。

ボトックス注射
写真=iStock.com/Robert Daly
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Daly

それは筆者が約20年前、米国で美容整形の患者や外科医を取材した時に強く感じたことだ。米国では豊胸やフェイスリフト、脂肪吸引など外科手術の割合が高く、しかも後遺症や医療ミスなどのリスクがあっても自分が求める体型を実現するために手術を受ける人が多い。

たとえば、「巨乳信仰」が強い米国では豊胸手術が大人気だが、筆者が取材した患者の中にBカップからDカップにして夫婦関係が盛り上がったという30代の女性がいた。ところが彼女の幸せは長く続かず、手術から約半年後に頭痛や視力低下などの体調不良に襲われた。「豊胸手術が原因ではないか」と思い、複数の医師の診断を受けたが、はっきりした原因はわからなかったそうだ。しかし当時、豊胸手術を受けた人で体調不良を訴える人は少なくなかった。

それからシリコンと生理食塩水を混合した人工乳房を入れた女性にも取材したが、彼女はある朝ベッドから起き上がろうとした瞬間にそれが破裂し、激痛に見舞われた。その時の状況を「まるで100本の針が胸に突き刺さったような恐ろしい痛みだった」と話した。

■年間で2兆円以上を整形に使うアメリカ人たち

豊胸手術を受けた患者の健康被害は90年代に大きな問題となり、患者側が起こした集団訴訟で人工乳房メーカーが数十億ドルの莫大(ばくだい)な賠償金を支払っている。

こうした問題が起きたにもかかわらず、整形ブームはどんどん過熱していったが、そこで大きな役割を果たしたのがハリウッドのセレブたちだ。彼らは自分の容姿や体型を良くするために積極的に整形を行い、その情報をエンターテイメントやファッション関連のメディアなどで発信したのである。

たとえば、80年代を代表する歌手でアカデミー主演女優賞を獲得した女優のシェールは、豊胸やフェイスリフト、鼻整形、皮膚整形などを受けたことを認めている。現在77歳の彼女は生涯で70万ドル(約9800億円)以上を整形に費やしているとの報道もある。

また、映画『G.I.ジェーン』や『スカーレット・レター』などに主演し、一時はハリウッドナンバーワンの高給取り女優といわれたデミ・ムーアは豊胸からバストアップ、腹部の脂肪吸引、眉毛整形などの他、ダイエットやフィットネスを含めて計50万ドル(約7000万円)を費やしているという。

最近はソーシャルメディアの発達によってセレブのルックスやトレンドなどの情報により速く頻繁にアクセスできるようになり、人々は以前にも増して大きな影響を受けるようになった。

そこで気になるのは一般の米国人が整形にいくらぐらいかけているのかだが、1人当たりの金額は不明だが、米国人全体の支出額は発表されている。

「米国美容形成外科学会(TAS)」によれば、2021年に米国人は美容整形に146億ドル(約2兆440億円)を費やし、そのうち件数が最も多いのは脂肪吸引で49万1098件、次に豊胸36万4753件、タミータック(腹部脂肪切除)24万2939件と続いている。このような整形ブームに押される形でメキシコへ行く米国人が増えているが、実際メキシコではどれくらい安いのか。

■メキシコの手術費用が米国より圧倒的に安い理由

メキシコの首都メキシコシティで国内トップレベルの美容外科医を中心に設立された「トップ美容外科医メキシコ(TPSM)」は、メキシコと米国の整形手術の平均費用を比較した一覧表を発表している。

これによると、豊胸手術はメキシコ3200ドル(約44万8000円)、米国9000ドル(約126万円)、フェイスリフト4100ドル(約57万4000円)、1万5000ドル(約210万円)、タミータック3500ドル(約49万円)、9000ドル(約126万円)、脂肪吸引1990ドル(約27万8600円)、7000ドル(約98万円)で、ほとんどの手術の費用は米国の3分の1から4分の1程度になっている。

TPSMはその理由としてメキシコの人件費・不動産価格・薬剤などの安さに加え、米国では高額な医療過誤保険が手術費用を高くしていることをあげている。

メキシコシティ
写真=iStock.com/DarioGaona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DarioGaona

■急成長を続けるメキシコの整形市場

TPSMは2001年の設立以来、整形手術とホテルでの回復・療養をセットにした包括的な「美容整形バケーションプラン」を提供してきたが、このプランではホテルに宿泊した患者を医師が毎日訪問し、術後の経過観察や包帯交換などを行っている。

メキシコシティは世界的に有名な観光都市で治安も悪くなく、メキシコ第二の都市グアダラハラなどと並んで、『国際医療トラベルジャーナル(IMTJ)』誌によってメキシコを代表する医療観光都市に選ばれている。つまりこれらの都市では犯罪や医療ミスのリスクが少なく、安くて良質の医療を受けられるということだ。

TPSMによれば、この10年間メキシコの美容整形業界は成長し、市場規模は25億ドル(約3500億円)にのぼる。その背景には国内経済の成長で整形にお金をかける人が増えたことや、人々の整形に対する意識が変化し、「整形はより良い仕事や魅力的な配偶者を見つけるのに役立ち、未来の成功につながる」と考える人が増えたことがあるという。

また、美容整形の医療ツーリズムも年20~25%のペースで成長し、この傾向は今後も続くと予想されている。

■どこの診療所で手術を受けるかが生死を分ける

メキシコシティのように医療観光都市に選ばれている地域で施術すれば良質な医療が受けられるが、メキシコの医療ツーリズムの問題は、どこの診療所で手術を受けるかによって患者の安全や医療の質に大きな違いが出ることだ。

たとえば、冒頭で述べたマタモロスなど国境沿いの都市は治安が悪いだけでなく、医療の質も低いと言わざるを得ない。実際、2022年7月には国境沿いのバハ・カリフォルニア州ティファナの診療所で、整形手術を受けた米国人3人が死亡している。

メキシコのバイリンガル新聞「ラ・プレンサ・ラティーナ」(2022年8月8日)の報道によれば、1人目の被害者はコロラド州デンバーのグアテマラ領事の妻、マリア・シャコンさんで、彼女は7月15日、国境検問所から10キロほど離れた診療所で手術中に亡くなった。この診療所は過去に無許可で営業して閉鎖命令を受けていたが、それを無視して診療を続けていたという。

メキシコの救急車
写真=iStock.com/Tramino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

2人目はミー・ドクターという名称の診療所で死亡したテネシー州出身の男性で、体重管理の処置を受けた2日後の7月20日に亡くなったという。

3人目の被害者は7月27日、国境から数キロの場所で違法に運営されていた診療所で手術を受けたリリアン・フローレスさんだ。不動産業者で3人の子供の母親だった彼女の手術に付き添った妹のカレンさんによると、フローレスさんは脂肪吸引の手術中に合併症を起こして危篤状態になったが、その医師は美容外科医の資格を持たない獣医だったという。

実はティファナには、「ペテン師」と呼ばれる違法に活動している美容外科医が300人以上もいるというから驚きだ。

■国務省が「アフガニスタンと同程度に危険」と警告

冒頭で述べたマタモロスは米国務省から「アフガニスタンと同程度に危険な場所」とされ、「渡航中止勧告」が出されている。そしてティファナには無許可で違法に活動している美容外科医があふれている。いくらお金を節約できるからといっても、このような場所で手術を受けるのは賢い選択とは言えない。

先述したメキシコシティなどで手術を受ければリスクは抑えられるにもかかわらず、なぜ国境沿いの危険な地域に向かう人が減らないのか。

その理由として考えられるのは国境沿いなら車で簡単に行くことができ、日帰りは無理としても数日で帰ってこられるので滞在費を節約できる。一方、メキシコ中央部に位置するメキシコシティなどへ行くには通常飛行機を使う。整形手術後に飛行機に乗ると、気圧の影響で腫れが出やすくなるため、手術によっては3日~1週間ぐらい渡航を控えるように勧められ、滞在費がかさむことになる。

このような理由から国境都市をめざす人が減らないのではないかと思われるが、もう一つ重要な要素として米国人の美容整形への飽くなき欲求がある。

■どんなに危険でも米国人は整形をやめない

たとえば、筆者が20年前に米国で取材した人のなかに脂肪吸引の手術で死亡した31歳の女性がいた。彼女は均整の取れた体をしていて、誰が見ても太っているようには見えなかったが、本人は太っていると思っていたという。そして手術を受け、右足のふくらはぎにできた血液のかたまりが肺に入り込んだことによる合併症で亡くなった。

脂肪吸引は整形手術のなかでも特に死亡事故が起こりやすく、血液凝固による合併症や脂肪を吸い込む医療器具による血管・内臓の損傷などが原因で亡くなる割合はおよそ5000件に1件というデータも出ている。

このようなリスクがあるにもかかわらず、米国人は整形手術をいとわない。太っていなくとも太っていると思い込んで脂肪吸引を受ける人や、整えてももっと整えたいとフェイスリフトや鼻整形などを繰り返す人は少なくない。

米国人の整形への飽くなき欲求は20年前も今もまったく変わっていないようだ。どんなに危険でも、メキシコの国境都市で手術を受ける人は今後も減らないだろう。

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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。

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(国際ジャーナリスト 矢部 武)

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