いまでは絶対に許されない「おぞましい接待」だった…大蔵省の役人が「官官接待」を疑問にも思わなかったワケ
プレジデントオンライン / 2023年6月30日 13時15分
※本稿は、森永卓郎『ザイム真理教』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■大蔵省主計局との隷属関係
私は1980年に大学を卒業して、日本専売公社に入社した。いまのJT(日本たばこ産業株式会社)の前身の会社だ。
ただ、会社とは名ばかりで、当時の専売公社は、旧大蔵省専売局の時代と、仕組みがほとんど変わっていなかった。その象徴が予算制度だ。
当時の専売公社は、一般会計からは切り離されていたものの、特別会計として、すべての事業活動が国家予算に縛られていた。予算を獲得しないと、鉛筆一本買えない会社だったのだ。
私は、半年間の新入社員研修を終えた後、本社の管理調整本部主計課という部署に配属された。大蔵省から予算を獲得し、それを支社や工場に分配する部署だ。
銀行にもMOF(モフ)担と呼ばれる大蔵省担当をする部署があるが、主計課の大蔵省に対する服従の度合いは、銀行をはるかに上回っていた。
銀行は自分で獲得した収益で事業を展開することができるが、専売公社は、大蔵省から予算をもらわないと、何一つ活動ができなかったからだ。
そうした構造は、大蔵省主計局と専売公社主計課の間に、完全な主従関係、もっと言えば隷属関係をもたらした。
■「大蔵省の言うことには絶対服従」がオキテだった
大蔵省の言うことには、絶対服従というのが主計課のオキテだった。
たとえば、一年の3分の2を占める予算編成期は、常に待機がかかっていた。大蔵省の許可がないと家に帰ることさえ許されないのだ。
もちろん、主計課の仕事は激務だったから、深夜零時くらいまでは、ふつうにやるべき仕事が残っている。問題はそこを超えた時間だ。
■主査の機嫌を損ねると全員が徹夜
当時の専売公社は朝8時45分出勤だったから、あまり遅くまで残業をすると、寝る時間がなくなってしまう。そこで、午前2時ごろになると、筆頭の課長代理が大蔵省の主査のところにホットラインで電話する。
当時は、電話機のハンドルを回すと相手の電話機が鳴る直通電話が、大蔵省との間に設置されていた。
電話機のハンドルを回す瞬間は、主計課員全員が緊張の面持ちで耳をそばだてる。もし、少しでも主査の機嫌を損ねて、「帰ってはいけない」と言われると、全員が徹夜になってしまうからだ。
■「お~い、もりなが~」で駆け付けないと怒鳴りつけられる
また、予算編成が佳境になる時期の私の仕事は、大蔵省主計局大蔵二係の前の廊下で、ずっと座っていることだった。
大蔵二係の所管は、専売公社、大蔵省印刷局、大蔵省造幣局の3者だった。だから、私は印刷局と造幣局の若手職員と並んで、ずっと廊下に置かれた椅子に座っていたのだ。
部屋のなかでは、主計局の主査が予算の査定作業をしている。
そして何かわからないことが出てくると、部屋のなかから「お~い、もりなが~」と叫ぶのだ。
名前を呼ばれて、数秒以内に主査の机の前に駆け付けないと、怒鳴りつけられる。
だから、常に立ち上がって、走れる態勢で、声がかかるのを待ち続けるのだ。
当時、私は専売公社の20億円程度の試験研究費をメインで、そして400億円程度の販売費をサブで担当していた。
予算編成というのは、茶番の繰り返しだった。試験研究というのは、未知の領域に挑戦する作業なので、具体的に翌年どんな実験をするかなんて決まっていない。
■架空の実験装置をでっち上げて予算を積み上げる
しかし、それでは予算が取れないから、架空の実験装置をでっち上げて、図面を描き、ボルト一本、ローラー一本から予算を積み上げていくのだ。
そうした図面や積算資料は積み上げると、1メートルになるほど膨大だった。主計局の大蔵二係は、それを査定していくのだが、科学者ではないから、どこに問題があるかなんてわからない。だから、ろくに見ていなかったと思う。
ところが、たまに思いつくと、「この実験装置がどのような役割を果たすのか」といった質問を、図面を広げながら訊いてくる。
そこで「これは架空の実験装置なんです」などとは口が裂けても言えない。ただ、それっぽく研究の内容を説明するのが私の役割だった。
■大蔵原案という名の「壮大な茶番劇」
もちろん、それで大蔵省の主査が研究開発の中身を理解するわけではなかった。言ってみれば、形式的に内容を確認するだけだ。
だから予算編成の終盤になると、大蔵省が決まって口にするのが、「自己査定」という言葉だった。
たとえば、「試験研究費の予算要求総額が3%カットになるように要求を組み替えてこい」と言うのだ。
そして、その自己査定がほぼそのまま内々示となる。
報道では、年末が近づくころ「大蔵原案」が内示され、そこから復活折衝が始まって、最終的な予算が確定するという話がよくなされるが、現実は少し違っている。
大蔵省は、大蔵原案内示の2週間ほど前に、内々示という最終的な予算を通告してくる。通告を受けた各省庁は、そこから復活折衝によって復活させる金額を除外して大蔵省の内示の案を作るのだ。
数字を作るだけではない。ここで、「族議員の○○先生が、主計局に乗り込み△△億円の復活を勝ち取る」とか、「□□大臣が直接大蔵大臣を説得して、◎◎億円の予算を復活させる」といったシナリオをすべて描くのだ。
最終的な予算額は、内々示の時点で決まっているので、壮大な茶番劇が演じられるのだ。
■「お前、俺の茶が飲めないと言うのか!」
ただ、茶番劇と言っても、台本を作るのはなかなかたいへんだ。だから内々示を受けたら、主計課員総がかりで、突貫工事の作業をしなければならない。
大蔵二係の主査から、内々示を取りに来いという指示が私にあった。主計課全員が臨戦態勢に移る。私は、主査から渡された書類の束をしっかり握りしめて、「どうもありがとうございました」と深々と頭を下げ、専売公社本社に向けて駆け出そうとした。
そのとき主査が突然私にこう告げた。
「森永、ちょっと地下の喫茶室で茶を飲まないか?」
「たいへん申し訳ございません。皆が作業を控えて、待っておりますので」
主査が烈火のごとく怒った。
「お前、俺の茶が飲めないと言うのか!」
■「ノンキャリアで50代の主査」は絶対権力者
ノンキャリアで50代の主査は、私にとっては絶対権力者だった。その誘いを断れるはずがない。大蔵省の地下にあった喫茶室に連れていかれた私に向かって、主査は「わが生い立ちの記」を延々と語り始めた。
私は、上の空で、話が全然耳に入らなかった。主計課の課員が、私の帰りを今か今かと待ち受けているのがわかっていたからだ。
主査の話は、2時間以上にわたって続いた。ようやく解放された私は、会社まで本気で走った。
息を切らして戻った私に、「森永、いままで何をしていたんだ」と主計課長の罵声が浴びせかけられた。私は「申し訳ありません」とひたすら謝るしかなかった。
■いまでは絶対に許されないようなおぞましい接待も
最近はあまり聞かなくなったが、当時の専売公社は大蔵省を定期的に接待していた。いわゆる官官接待というものだ。
私が出入りできないような高級料亭での接待もあった。あえて具体的には書かないが、なかには、いまでは絶対に許されないようなおぞましい接待もあった。
私も何回か同席させてもらったのだが、楽しむことなんてできなかった。少しでも阻喪(そそう)をすれば、たいへんなことになるのがわかっていたからだ。
大蔵省の職員が飲み食いした請求書が回ってきたこともあった。なぜそれがわかったのかというと、専売公社主計課の係長が、私の友人の名前を聞いてきたからだ。彼らが出席したことにして、架空の会議をでっちあげて、経費処理するのだ。
係長に「そんなことをしてもいいんですか」と聞くと、係長は「予算っていうのはね、現金を買うことさえできるんだよ」と苦笑いしながら答えた。
■予算というお金に頭を下げているにすぎない
なぜこんな話をしているのかと言えば、大蔵省の役人は、そうした環境のなかで、あっという間におかしくなってしまうということをわかってほしいからだ。
自分の周りの人間が、誰しもひれ伏してくる。自分の命令には、みなが絶対服従だ。
本当は、大蔵省の役人に頭を下げているのではなく、予算というお金に頭を下げているにすぎないのだが、それには気づかないのだ。
いまでは、本当に反省しているのだが、私自身も大蔵省と同じ病気にかかってしまった。
私の仕事は、大蔵省から予算をとった後、今度は工場や支社に予算を配分する立場に変わる。そうなると、今度は自分が「ミニ大蔵省」になってしまうのだ。
関東支社の予算課が声をかけてきた。
「森永さん、今度、忘年会をセットするので、来ていただけませんか」
社内版の官官接待だ。それに対して私はこう言い放ったのだ。
「行ってもいいけどさ、女連れて来いよな」
そして、関東支社は、予算課に勤務する若い女性社員を連れてきた。それが現在の妻だ。
だから今でも時折、妻は「私は人身御供にされた」と言う。
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経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)
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