普通の社長は「キャンドル式」を参考にしてはいけない…「対談形式の記者会見」が抱える危険すぎるリスク
プレジデントオンライン / 2023年6月23日 14時15分
■キャンドル・ジュンの会見スタイルは異例
不倫を報じられた広末涼子氏の夫で、キャンドルアーティストのキャンドル・ジュン氏が記者会見を開いたが、その形式は極めて異例のものだった。
「私はその方(質問者)に向き合って答えたい」。そんなキャンドル・ジュン氏の要望で、自分の横に記者を呼ぶ「対談形式」で質問に答えたのだ。私はかつては記者として、現在は中小・ベンチャー企業のPRを支援する立場として、500を超える記者会見に出席してきたが、このような「対談形式」を目にしたのは初めてだ。
この、かつてないスタイルの記者会見が多くの称賛を集めている。「記者もカメラの前に出し、質問の責任を取らせた」「記者の匿名性を排除している」「『出てこいや』という気概を感じる」など、普段からのマスコミの報道姿勢に対する反発と相まって、肯定的な声が多いようだ。
では、この新たな形式は「会見で記者の質問に答える当事者」にとって、果たして「得」になるものなのか。「新たな記者会見のスタンダード」になりうるものなのか。私自身の記者経験を基に、PR戦略コンサルタントという実務家の立場から分析していきたい。
■記者からの初歩的な質問を抑制できる
「対談形式」を取ることによって、どのような質問を封じることができるのか。筆頭は、「そんな基本的なことを改めて聞くのか」という初歩的な質問の抑止効果だろう。
新製品の発表会見を例に考えてみたい。発表会見が1時間だとすると、一般的には開始から40分程度で社長や開発者が新製品を紹介し、残りの20分が質疑応答に充てられる。
質疑応答の場で必ず現れるのが「登壇者がさっきまで説明していたこと」を確認する記者だ。「新製品の基本性能」など配布資料を見れば分かることまで、なぜか改めて質問するのだ。
大概は「登壇者の説明不足」や「資料のわかりにくさ」というよりも、記者の「単なる聞き逃し」や「理解しようという姿勢の欠如」であることが多い。あるいは「会見後に広報に改めて確認するのが面倒なので、その場で社長に聞いてしまおう」という、記者の厚かましさに起因する場合もある。
通常の会見スタイルであれば「大勢の記者のひとり」という気軽さから、こうした「初歩的な質問」も聞けてしまう。しかし「対談方式」であれば、さすがに相当に図々しい記者であっても、わざわざ質問しようとは思わないだろう。
■「失礼で横柄な記者」は会見場から姿を消す
もうひとつ抑止効果を期待できるのは、記者の「失礼な聞き方」だ。今年2月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が次世代大型ロケット「H3」初号機発射を試みたものの、異常を検知して打ち上げを直前で「中止」したことがあった。
直後に行われたJAXAの会見で、打ち上げは「中止」だったのか、あるいは「失敗」だったのか。登壇したJAXA職員と共同通信の記者のあいだで言い合いが生じた。結局、JAXA側の説明に対し、記者は「それは一般に失敗といいます」と、あきらかな「捨て台詞」で締めくくったのだ。このような態度は、さすがに「対談形式」では取りづらい。
![オンラインで記者会見するJAXAの岡田匡史プロジェクトマネジャー=2023年2月13日午後[JAXAの中継画面より]](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/e/1200wm/img_beb8c773eedf0e60f4f810f24dbddb00378619.jpg)
そして、3点目は「第三者に逃げているという印象を与えにくい」効果だ。
先月の「広島サミット」での岸田総理の記者会見を振り返りたい。岸田総理の去り際に、会見で質問の機会が与えられなかった記者が「逃げるんですか!」と罵声を浴びせたことがあった。
もし、このときの総理会見が「対談形式」で行われていたとしたら、どうだろう。いくら当該の記者に質問の機会がなかったとしても、ついさっきまで別の記者と一対一で向き合っていたのだから、第三者の目にはとても逃げているようには見えないはずだ。
■「厳しい質問そのもの」を封じる効果はない
さて、では、広報の実務からは最も気になる点である「厳しい質問そのもの」を封じる効果はどれほどあるのか。結論からいうと、私は「質問内容」を変えさせるほどの「抑止効果」はほとんどないと考えている。
理由はシンプルで「記者を長年続けているような人間は、カメラに臆して質問できなくなるほど、気弱でない」からだ。ましてテレビの記者であれば、カメラで顔を出すのは「記者レポート」などで日常茶飯事だ。
前述の通り、一部の記者に見られる「失礼な聞き方」を封じる効果は確かにある。だが「質問内容そのものまでは変えられない」と言えるだろう。
ある程度の経験がある記者であれば、「失礼な印象を与えずに不躾なことを聞く」ための「小技」は必ず持っているものだ。
例えば、一世を風靡(ふうび)した「カリスマ経営者」が「時代の波」を読み違え、経営不振に陥ったとする。「社長、こんなに業績が悪化しているのに辞めないんですか」と記者会見で問うのは、実績ある経営者に対して、さすがに礼を失しているように思える。
だが「ネットなどでは経営責任を問う声も高まっていますが、自ら身を引く考えはおありでしょうか」などと「第三者の声がある」という体で聞けば、どうだろうか。「自分の意見」として聞くのに比べ、不躾な印象はかなり緩和されるはずだ。
いずれにせよ「対談形式」によって、マス「ゴ」ミと揶揄される遠因とも言える「失礼で横柄な記者」は会見場から姿を消しそうだ。
■「対談形式」には登壇者の逃げ場がない
さて、ここまでは「対談形式」の「得」に焦点を当ててきた。以降は反対に「損」の部分を考えてみたい。
最も大きな「損」。それは「会見の登壇者の逃げ場がどこにもない」ことだ。
大勢の記者が集まる会見の場合、「質問はひとり1問」といった制約が課されていることが多い。名目は「ひとりでも多くの記者に質問の機会を得てもらうため」なのだが、真の目的は「厳しい追及でも自動的にストップをかけられるようにする」ためだ。
経営者であれ、芸能人であれ、記者会見に登壇するほど出世した人物であれば、1、2問であれば、問題なくかわすことができる。質問数の制約は、いわば保険のようなものとも言える。
だが「対談方式」となれば、この「自動シャットダウン」は途端に機能しなくなる。仮に司会者が退席を促したとしても、「ちゃんと答えてもらっていません!」などと、記者は居座ることができてしまうからだ。仮に「ルール違反」だとして、主催者が力ずくで退席させたとしたら、それこそ「強権的」、あるいは「逃げている」ように見られてしまう。
当時の菅官房長官の記者会見で、執拗(しつよう)な「追及」を続けたことで知られる東京新聞の望月衣塑子記者。もし菅官房長官の記者会見が「対談形式」で行われ、望月記者が横に座ったとしたらどうだろうか。少なくとも私は、望月記者の「ルールに従って、おとなしく退席する姿」を想像できない。
![2019年9月11日、第4次安倍第2次改造内閣の発足で、閣僚名簿を発表する菅内閣官房長官](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/6/1200wm/img_16fd7f2257bcdac496fd98e150c610a7508630.jpg)
■ニコニコ動画が会見の意味合いを変えた
さらに主催者にとって「損」なのは、「記者会見で一旗あげようとする記者たち」を誘発しかねないという点だ。
注目の人物と「対談形式」で向き合うことができる機会は、記者といえど多くはない。まして、フリーランスやニッチなメディアなど「会社の看板」だけでは単独取材が取れない記者であれば尚更だ。
余談だが、記者会見というのは長らく「優秀な記者」にとっては、「仕方なく出席するもの」だった。記者会見とは、そもそも広報や官僚が練り上げた型通りの「公式見解」を読み上げるだけの儀式的なものなのだからだ。しかも、同業他社が全員揃っている場なので、自分だけの「独自情報」になることもないからだ。
記者会見の意味合いが変わってきたのは、2010年代に「ニコニコ動画」が政治家などの記者会見の中継を始めた頃だったように思う。記者にとっては「仕方なく出る場」だった会見が、いつしか世間から「取材の主戦場」と見られるようになったのだ。そして、昨今は(是非はさておき)「官房長官会見発のスター記者」望月衣塑子記者が「誕生」するに至る。
■「追及される材料」がなければ有効活用できる
さて「対談形式」が当たり前になれば、すべての記者がカメラに顔を出して、「時の人物」にインタビューできるようになるということだ。いわば、すべての記者が今や絶滅危惧種と化している「芸能レポーター」になれてしまうのだ。
もし、私がフリーランスの記者、あるいは会社を辞めることを模索している現役記者であれば、なんとか「ネット時代の名物記者」として名乗りを上げるべく、「セルフプロデュース」に知恵を絞るかもしれない。そんな記者が続出すれば、会見はもはや収拾がつかなくなってしまう。
まとめると、「対談形式」のメリットとは「基本的な質問を抑制できること」「失礼な聞き方を抑止できること」。デメリットは「登壇者の逃げ場がないこと」「目立ちたがり屋の記者を誘発してしまうこと」だ。
では、この「対談形式」を使いこなせるのは、どのような場面、そして人物なのだろうか。
今回、キャンドル・ジュン氏の「対談形式」がうまく機能したのは、そもそも追及される材料がなかったからだ。「奔放な妻に不貞を働かれた被害者」なので、逃げ場を用意する必要がない。出席した記者も不意をつかれた格好で、「目立ちたがり屋」が登場する余地もなかった。
もし「対談形式」を有効活用できるとすれば、今回のキャンドル・ジュン氏のように「追及される材料が一切ない」状況だろう。
■「標準形」会見には採用され続けてきた理由がある
あるいは「追及される材料」があったとしても、橋下徹大阪府元知事のように、「喧嘩上等」とばかりに、いつでも記者を「個別撃破」できるほどの能力を持つ人物だろう。とはいえ、もし橋下徹大阪府元知事がキャンドル・ジュン氏のように「私は記者に真摯(しんし)に向き合って答えたい」と言って会見を開いても、周囲からは「個別撃破する気満々だな」としか受け止められないだろうが。
さて、上述したメリットの「基本的な質問を抑制できること」「失礼な聞き方を抑止できること」ですら、本当に「メリット」であるかどうか、実は私は疑わしいと考えている。「災い転じて福となる」ではないが、記者の非常識な振る舞いが、結果的に登壇者への支持に転じることもあるからだ。
実際、JAXAのロケット発射「中止」会見では、記者の態度に批判が集中し、「中止」そのものに焦点が当たることは少なかった。会見の登壇者にとっては不愉快だろうが、「記者の非常識な振る舞い」が世論形成という面では好結果を生み出すこともあるのだ。
いずれにせよ、前代未聞の「対談形式の記者会見」。応用しようと思っても、実際の機会は極めて少ないと言えそうだ。長く、そして国を問わず「標準形」として行われてきた会見のフォーマットには、主催者が好んで採用し続けてきただけの理由があるのだ。
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PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表
早稲田大学大学院理工学研究科(物理学専攻)修了後、テレビ東京に入社。『ワールドビジネスサテライト』『ガイアの夜明け』をディレクターとして制作。その後、ソフトバンクに転職し、孫正義社長直轄の動画配信事業を担当。現在は独立し、中小企業やベンチャー企業を中心に広報PRを支援している。著書『小さな会社のPR戦略』(同文舘出版)、『巻込み力』(Gakken)。
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(PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表 下矢 一良)
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