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再び流行の懸念…「予防接種率が下がる→感染が広がる」を繰り返してきた人類と麻疹の長い戦いの歴史

プレジデントオンライン / 2023年6月29日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

国内で麻疹(はしか)の感染事例が複数報告されている。東京慈恵会医科大学葛飾医療センターの小児科医堀向健太さんは「麻疹は決して軽くない感染症だ。予防接種のない時代には、世界で年間200万人が亡くなっていた。今、23歳以上の人は予防接種を検討してほしい」という――。

■100人に5人が肺炎、1000人に1人が脳炎を起こす

麻疹(はしか)は、現在の先進国でも肺炎は100人に5人、脳炎が1000人に1人に起こり、後遺症も起こしやすい感染症です[1][2]

文献2から筆者作成・麻疹は全身の発疹だけでなく、肺炎、中耳炎、脳炎などを起こす
文献2から筆者作成

日本は、2015年に麻疹の排除状態にあることが世界保健機関から認定されていますが[3]、最近、麻疹が再度流行するのではないかという懸念が高まっています[4]

なぜ「麻疹の排除状態」にある日本で、麻疹が再度流行するリスクが高まっているのでしょうか。麻疹との長い戦いの歴史を、読者の皆さんと振り返って考えてみたいと思います。

■昔から「命定め」として恐れられていた

麻疹に関する文献は欽明天皇(539年~571年)の時代から見つかっているそうです[5]。そして日本でも、戦前には1年間に1万人の子供が亡くなっていました。あまりに多くの子供がなくなっていたため、「麻疹は命定め」などと言われていました[6]

そして世界でも同様に、麻疹は恐れられていました。

10世紀に、ペルシャの医師アル・ラジは、麻疹に関する最初の記述をしており「天然痘よりも恐ろしい病気」と表現しています[7]

そして1846年、デンマークの医師ピーター・ルートヴィヒ・パヌムはフェロー諸島の麻疹流行の惨状を報告しました。1846年4月から半年間の流行で、フェロー諸島の人口のほぼ80%が麻疹に感染し、死亡率は2.8%にのぼりました。麻疹の潜伏期間が14日間ほどであることもパヌム医師の検討で明らかとなった事柄です[8]

■予防接種の導入前は毎年200万人が亡くなっていた

ようやく麻疹がウイルスによる感染症と証明されたのは1911年で、1954年にウイルスが特定されました。

しかし当然、当時は予防接種はありませんでした。予防接種が導入される前の1963年、麻疹は世界で年間3000万人が発症し、毎年200万人が亡くなっていたと推定されています。

そして1963年に、米国で待望の初のワクチンが認可されました。効果は高く、麻疹で亡くなる方が激減したのです[8]

そのようなか、1998年に英国の医師アンドリュー・ウェイクフィールドは、麻疹を含む3種混合ワクチンを接種した小児に自閉症が発症しやすくなるのではないかという研究結果を発表しました。そしてこの研究結果は、麻疹の予防接種率が大きく低下をする要因となりました。

しかし、この研究結果は捏造(ねつぞう)でした。金銭的な利害関係があるウェイクフィールドが、研究結果を改ざんしていたのです[9]。ウェイクフィールドは医師資格を剥奪され米国に亡命しました。現在では麻疹予防接種が自閉症の原因にならないことは、さまざまな研究ではっきりしていますが、未だにこの事件は尾を引いているのです[10]

■95%の人が2回接種する必要がある

麻疹は、きわめて感染力のつよい感染症です。

「基本再生産数」という、感染性のある病原体がどれくらい広がりやすいか表現するための基準があります。

たとえば、基本再生産数が1.5とは、その感染症が治るまでに1.5人に感染させてしまうということです。ざっくり表現するならば、借金100万円が150万円になる感じでしょうか。1以上であれば流行が広がり、1未満であれば流行が収まるということですね。

この基本再生産数は、季節性インフルエンザでは1.28という研究結果があります[1]

そして麻疹の基本再生産数は12~18です。すごく高いですよね[11]

麻疹は、非常に感染力が高い
筆者作成

すなわち、麻疹の予防接種の有効性はあるとはいえ、麻疹の予防接種率も高めなければ感染の拡大を十分に防ぐことができません。感染拡大を防ぐためには、95%の人が2回接種をする必要性があるのです[12]

そのため、1989年から1991年にかけて米国では麻疹が再度流行しました。

患者数5万5000人、死亡者数123人までになったのです。全国的な麻疹予防接種を2回行うというプログラムが実施され、麻疹は1994年に958人、1996年に508人に減少しました[8]

しかしその後も各国で、麻疹予防接種が高まって麻疹の拡大が抑えられるものの、再度予防接種率が下がり感染が広がるという状況が繰り返されています。

■症状が改善してからもリスクを抱える

繰り返す麻疹の感染拡大の中で、麻疹に感染したあと、治っても問題があることに注目されるようになっています。

例えば、イギリスでは2013年から麻疹ワクチン接種率が低下し、麻疹患者が増加しました。そして2017年から2019年までの3年間に、麻疹を経験した子供6人が麻疹後の脳炎であるSSPE(亜急性硬化性全脳炎)を発症しました[13]

現在、SSPEに対する効果的な治療法は存在しません。

全ての患者が発症後6カ月以内に発作などの症状を呈し、認知機能が低下しました。SSPEの発症率は麻疹感染者数万人に1人であり、確かに数は少ないですが、麻疹感染からSSPEの発症までの期間は中央値で3年(範囲は2~6年)と報告されており、長い心配が残ると言えます。

さらにもう一つの懸念があります。

麻疹ウイルスは特殊な特性を持ち、感染後数週間、麻疹に感染をした人の免疫機能を強力に抑制します。そして免疫細胞の記憶を損なう作用も示し、何年もの間、“免疫の健忘状態”になることが知られています。つまり、麻疹以外の感染症に対しても感染しやすくなるということです[14][15]

例えば、オランダの研究によれば、麻疹を経験した子供は、麻疹が治った後1カ月以上で40%以上、1年以上で20%以上の確率でさまざまな感染症を発症しやすくなることが報告されており、その影響は5年間も続くことが示されています[16]。

病院の廊下を歩く医療従事者たち
写真=iStock.com/sudok1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sudok1

■23歳~51歳の人は予防接種を検討したほうがいい

長い麻疹との戦いの中で、我々は予防接種という大きな武器を手に入れました。

しかし、予防接種率が下がってきて再度の流行が起こるという事態が繰り返されています。

そして現在、世界では麻疹の患者が高まり、そして急増してきています[17]

日本でも麻疹予防接種率が下がってきていることが報告されています[18]。すなわち、日本も例外ではなく、麻疹が流行するリスクが高まっていると言えます。

麻疹は、決して軽くない感染症です。

51歳以上の人は予防接種が未接種の可能性、23歳~51歳の方は1回接種のみの可能性が高く、そして、もしかすると定期接種の麻疹予防接種を延期したままの方もいらっしゃるかもしれません。年齢に応じた接種状況の詳細については、「こどもとおとなのワクチンサイト」にある表を参考にしてみてください。

一部の自治体では接種費用の補助をしている場合もあります。感染のリスクがさらに高まりワクチンが不足する前に、かかりつけ医の医師に予防接種をご検討いただくことを願っています。

参考文献
[1]Biggerstaff M, Cauchemez S, Reed C, Gambhir M, Finelli L. Estimates of the reproduction number for seasonal, pandemic, and zoonotic influenza: a systematic review of the literature. BMC Infect Dis 2014; 14:480.
[2]Perry RT, Halsey NA. The Clinical Significance of Measles: A Review. The Journal of Infectious Diseases 2004; 189:S4-S16.
[3]麻しんについて(厚生労働省)2023年6月19日アクセス
[4]森戸やすみ「すれ違うだけで感染することがある麻疹の患者が発生…子供のワクチン接種率の回復が急務なワケ」(プレジデントオンライン)2023年6月19日アクセス
[5]多屋馨子. 感染症 今月の話題 2012年麻疹排除にむけて. 小児科臨床 2012; 65:335-46.
[6]栗村敬. ROOTS & ROUTES(第79回) 麻疹の現在. 臨床と微生物 2022; 49:085-6.
[7]Measles(CDC)2023年6月19日アクセス
[8]Berche P. History of measles. La Presse Médicale 2022; 51:104149.
[9] Godlee F, Smith J, Marcovitch H. Wakefield’s article linking MMR vaccine and autism was fraudulent. British Medical Journal 2011; 342:c7452.
[10]Hviid A, Hansen J, Frisch M, Melbye M. Measles, Mumps, Rubella Vaccination and Autism. Annals of Internal Medicine 2019; 170:513-20.
[11]砂川富正.ワクチンによる麻疹、風疹の排除とムンプスのコントロールに関する今後の課題.臨床とウイルス 2016; 44:40-6.
[12]van Boven M, et al. Estimation of measles vaccine efficacy and critical vaccination coverage in a highly vaccinated population. Journal of the Royal Society Interface 2010; 7:1537-44.
[13] Pediatric infectious disease journal 2023; 42.
[14]Diane E Griffin, et al."Measles virus-induced suppression of immune responses". Immunol Rev. 2010 Jul;236:176-89
[15]Michael J Mina, et al."Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens" Science. 2019 Nov 1;366(6465):599-606.
[16]Kartini Gadroen, et al."Impact and longevity of measlesassociated immune suppression: a matched cohort study using data from the THIN general practice database in the UK" BMJ Open. 2018 Nov 8;8(11):e021465.
[17]Nearly 40 million children are dangerously susceptible to growing measles threat(WHO)2023年6月19日アクセス
[18]麻しん風しんワクチン接種状況(厚生労働省健康局健康課,国立感染症研究所感染症疫学センター)2023年6月11日アクセス

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堀向 健太(ほりむかい・けんた)
日本アレルギー学会専門医
日本アレルギー学会専門医/指導医/代議員。小児科専門医/指導医。鳥取大学医学部医学科卒業。2014年、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防の介入研究を発表。2016年Blog:「小児アレルギー科医の備忘録」を開設。

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(日本アレルギー学会専門医 堀向 健太)

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