これ以上の治安悪化は国民が許さない…EU諸国がこれまでの「難民擁護」を見直しはじめたワケ
プレジデントオンライン / 2023年6月27日 10時15分
■甲板までぎっしりと人が埋まっていた
6月14日未明、地中海でリビアからイタリアへ向かおうとしている難民船が転覆し、500人超が死亡したとみられる。15日の段階で確認された死者は79人、救助されたのが100人ちょっと。
沈没したのは木造の漁船で、その存在は事前にギリシャ当局によって把握され、沈没の危険も認識されていたが、漁船はイタリアに向かうとして救助を拒否。過去に、難民が救助の船を見て、われ先にと船の片方に移動し、あっという間に転覆した例があったため、それも警戒していたのかもしれない。結局、ギリシャ当局は水の補給だけ行ったが、その時も船はかなり不安定になったという。
上空から撮影された写真では、甲板に人がぎっしりと立っている。この状態でリビアからギリシャの南岸まで辿り着けたことすら信じがたいが、生存者の話では、最大700人ぐらいが乗船していたとのこと。しかも、船倉に女性と多くの子供が詰め込まれていたという情報もあり、これが正しければ500人ぐらいが船と共に沈んでしまったことになる。助かったのは、実際に全員男性だった。
ただ、奇妙だったのは、今回はドイツ国内での報道がまるで違うこと。以前もイタリアの島の沿岸で数百人の難民が溺死した事故があったが、その時は、港に並べられた死体や、精神的に参ってしまった救援隊など、数日にわたって微に入り細を穿(うが)つように悲劇的な映像が流された。
■なぜ今回は大きく報道されなかったのか
ところが今回は、過去最悪レベルの事故となりそうなのに、人権を声高に叫ぶNGOのコメントもなく、事実を淡々と報道するにとどまっている。その背景にあるのは、EU各国政府の難民政策の変化だ。そして、主要メディアはいつものごとく、政府に歩調を合わせているのだろう。あるいは、もう難民の悲劇は珍しくなく、ニュースの価値がないのかもしれない。
先月、この欄で、ドイツが難民でパンクしそうになっている深刻な状況について書いたが、もちろんその他のヨーロッパの国々も皆、難民問題では困窮している。密航ルートとなっている地中海のリビアとイタリア、およびリビアとマルタの間での死者・行方不明者の数は、今年はすでに最初の5カ月だけで1000人を超えた。
国境の管理というのは、主権国家の重要な仕事の一つであり、それが機能しないと、いったい自国に誰が何人住んでいるのかがわからず、国家の体をなさなくなるが、現在、EUはまさにその瀬戸際のところにいる。
元来、難民というのは、庇護を求めた国で正式に「難民」と認定された人たちのことを指す。つまり、ボートで密航を図ったり、国境に詰めかけたり、収容所に待機したりしている人たちは、まだ「難民」ではなく「難民希望者」だ。彼らが正式な「難民」と認定されるには、難民申請をして審査を受ける必要がある。
■大半の難民は、生命の危険があるからではなく…
審査に通れば一定期間の滞在が可能になる。ただし、母国の状況が好転すれば戻ることが前提だ。片や審査に通らなかった人たちは、本来ならば出国しなければならないが、現在はそれがほとんど機能していない。
なお、誰もが難民になれるわけではなく、現在、シリア、アフガニスタン、イラクなど、本当に生命の危険があるとされている国以外の難民はチャンスが少ない。単に「生活が苦しい」では難民申請はできない。
ところが実際には、チャンスが少ない国々の生活苦に苛まれた人たちが、命がけでEUに侵入してきて、さまざまな理由で申請を行うため、収拾がつかなくなっている。前述の遭難船の乗客も、エジプト人とパキスタン人が多かったというが、どちらも、本来なら難民申請が受理されにくい国だ。
前述の“EU各国の難民政策の変化”とは、主だったものを挙げると下記のようになる。
スウェーデンはこれまで半世紀近く、来る者はすべて受け入れ、難民と移民はほぼ同意語だったが、現在180度の方向転換中。理由は治安の劇的な悪化だ。特に銃を使った犯罪が急増している。そこで、移民・難民の8割減を目指し、来年からは原則として永住権は与えない。
また、犯罪者や麻薬常習者はもとより、売春に関わった者、過激派と接点のある者などは、すでに与えた滞在許可も剝奪。帰化は特に難しくする。なお、これまで多くの移民や難民を受け入れていたデンマークも、すでにスウェーデンと同じ方針だ。
■行き場のない難民を押し付け合っている
一方、EUの外壁に位置するハンガリーはセルビアとの国境に、EUの南方の飛び地ともいえるギリシャはトルコとの国境に、それぞれ柵を造った。ただ、ギリシャは海上でも、トルコ当局との間で、難民船の熾烈(しれつ)な押し戻し合戦を展開している。それを一部のEU国が非人道的であると非難していたが、だからといってそれらの国々が積極的にその難民を手分けして引き受けるわけでもない。ギリシャにしてみれば、柵を造れないだけに、海からの難民は深刻な問題だ。
英国では法律が改正され、今後、不法入国者は難民申請ができないばかりか、見つかれば逮捕状なしに最大28日間拘束され、追放になるという(例外は18歳以下と病人など)。また、ドーバー海峡を越えて侵入する難民を防ぐため、フランスに5億4000万ユーロ(3年分)を提供し、厳重に監視してもらうことも決まった。
さらに、これまで中東やアフリカから一番多く難民が流れ着いているイタリアでは、現メローニ政権が難民そのものよりも、難民を運んで暴利を得ている組織の取り締まりを強化するという。ただ、彼らは国際的なプロの犯罪組織なので、そう簡単に尻尾を掴ませるかどうかは不明だ。
いずれにせよ、これまでドイツの主導もあり、難民の権利や人道を掲げ続けていたEUだが、今や受け入れ能力が限界を超え、治安が悪化し、国民の不満が膨張してきたことで、急速な仕切り直しが始まっている。
■“入ってきた者勝ち”になっているドイツ
そんな中、今なおドイツだけが従来の方針を固持しており、それどころか、21年12月に社民党政権になって以来、難民擁護はさらにエスカレートしている。最近になって難民申請の条件も帰化の条件も緩和された上、審査中に殺人を犯した難民希望者でさえ、「母国に送り返すと死刑になるかもしれない」という理由で送還を拒否している状態だ。
ドイツは、政治的に迫害されている人を庇護するということを憲法に明記している唯一の国で、元々、難民には親切だったが、今ではまさに“入ってきた者勝ち”だ。
そんなわけで、これまでなかなか統一した難民・移民対策を編み出せなかったEUだったが、6月8日、ようやく各国の内相が集い、大筋の方針が合意を見た。結果を言うなら、今後、EUは難民受け入れにブレーキをかけることになる(これはドイツの影響力の低下とも無関係ではないだろう)。
新しい法案によれば、難民はこれまでEU域内のどこかに着地すれば、そこで難民申請ができたが、今後はEU国境が厳重に見張られ、難民(希望者)はEU域内に入る前に、国境のところに新設される施設に収容される。そして、脱走しないよう監視され、身元確認が行われ、難民として認められるチャンスがあるかどうかが審査される。
■「人道的」では成り立たなくなっている
その結果、あるとみなされた人だけが難民申請に進み、その他の人はEUには入れず、もちろん申請もできない。現在、密航の多いチュニジア、モロッコ、エジプト、バングラデシュなどからの難民希望者のほとんどは、ここで門前払いになるだろう。
もちろん、この法案にドイツは最後まで反対した。現内相は社民党のフェーザー氏だが、氏は子連れの難民に限り、国境での収監と審査を免除するよう強く主張。子供は学校へ行くべきであり、国境で閉じ込められ、犯罪者扱いされるのは非人道的であるという理由だ。
ただ、EUは現在、まさにこの「人道」を行き過ぎであるとして、縮小しようとしており、フェーザー氏の主張はあっさりと却下。法案が欧州議会に回った時点で、若干の修正はあるかもしれないが、無制限に難民を入れ続けようとするドイツはすでに孤立している。
もっとも現実問題として、難民希望者や不法入国者の母国送還は簡単ではない。新しい規則ができたからといって、彼らが素直に祖国に戻るはずはないし、罪を犯した難民でさえ、彼らの母国が引き取らない限り送り返せないのが現在の国際法だ。しかも実を言うと、国境のところに造るという施設も、EUの内側なのか、外側なのかさえ決まっていない。つまり、すべてが絵に描いた餅になる可能性もありうる。
そこで内相会議の3日後、EUは苦肉の策として、チュニジア政府に10億ユーロを援助し、その代わりに、チュニジア政府が海岸線を監視し、難民を出さないようにするという協定を結んだ。
■「日本も難民受け入れを」という声もあるが…
これは、2016年にメルケル首相の主導で、EUがトルコに莫大(ばくだい)な資金を提供し、中東難民がトルコの海岸からギリシャ方面に漕ぎ出すのを阻止してもらったのと同じやり方だ。チュニジアには、同国だけでなく、アフリカのサハラ砂漠以南の国々から命懸けで集まってきた人が集結しており、常時、EU密航を狙っている。ちなみに難民の中で犯罪率が高いのもチュニジアやモロッコなど、本来なら難民申請の対象とはなっていない北アフリカの出身者だ。
そもそも彼らが危険を冒してまで国を離れる原因は、貧困である。だから、チュニジア政府にお金を積んで出航を阻止してもらったところで、抜本的な解決にはならない。本来なら、現地の生産性を上げ、人々が出ていかなくても済むような援助が必要であることは、皆が百も承知だが、しかし欧米(日本も)とて戦後70年間、何もしなかったわけではない。特にアフリカには莫大な開発援助を注ぎ込んだが、それがいまだに実を結んでいないだけだ(それはアフリカだけのせいではないが)。
なお、日本はもっと難民を受け入れるべきだなどという声もあるが、ヨーロッパと同じ過ちを繰り返さなければならない理由はどこにもない。資金援助も、お金はどこかに蒸発してしまう可能性が高いので要注意だ。しかし、日本にできることもある。
■その支援は、貧しい人々に行き届いているのか
例えば、経済発展を望んでいるアフリカ諸国に熱効率の良い火力発電所を建てること。電気は殖産興業に役立つばかりか、夜も灯りが確保でき、また、薪やら動物の糞でなく電気で調理ができるようになるだけで、人々の生活は画期的に向上する。
注ぎ込むエネルギーと出てくるエネルギーの対比は、19世紀に薪が石炭に置き換わったことで、一気に4倍から6倍も改善されたというが、今の石炭火力と薪なら、科学の進歩でそのエネルギー収支の対比は当時とは比較にならないほど大きいはずだ。しかも、現在の日本の火力発電所は、CO2の排出も画期的に改善されている。
どこの国でも、電気があってこそ産業が発展し、インフラが整備され、教育が向上し、情報が行き届き、民主主義も進んでいく。火力発電所の建設は真の援助として、難民受け入れよりもずっと効果的で、素晴らしい方法だと思う。ところが、発展途上国が切望しているせっかくの火力プラントに対し、日本政府はCO2を排出するという理由で融資を止めてしまった。
CO2削減は先進国の理念が結集したものだが、そもそも世界で本当に困った人たちを助けていない。先進国の人々は無視しているが、薪で調理をしている人たちにとっては、煤(すす)の健康被害のほうがCO2よりも危急の問題であることすら、先進国の人々は無視している。
日本政府が途上国を応援するなら、現地のエリートたちの利益ではなく、貧しい人々が本当に必要としているものを提供すべきだ。そして、それこそが回り回って、間違いなく難民の命を救うことにもつながる。
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作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)
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