「ペットは子供よりもコスパがいい」日本人が"妥協案"として犬や猫を飼い始める切実な事情
プレジデントオンライン / 2023年6月30日 9時15分
■新しく飼われた犬猫の数>新しく生まれた赤ちゃんの数
一般社団法人ペットフード協会の資料「2022年(令和4年)全国犬猫飼育実態調査」によれば、2022年に新しく飼われはじめた犬猫の頭数は、犬が42万6000頭、猫が43万2000頭であり、合計すれば85万8000頭である。
これは同年に日本で誕生した子供の総数77万747人を大きく上回る数となっている。
2022年1月、ローマ教皇が「子供を持たずにペットを飼うのは身勝手な行いだ。親になる責任から逃げるな」と発言し、各国から批判の声を浴びた。
ローマ教皇フランシスコは5日、ヴァチカンでの一般謁見(えっけん)で、親になることについて言及し、子供を持つ代わりにペットを飼うことを選択する人は自分勝手に振る舞っていると示唆した。(中略)
フランシスコ教皇は過去にも、子供よりペットを選ぶ人たちに対して発言している。2014年には、子供の代わりにペットを飼う行為は「文化的劣化の現象の1つ」であり、ペットとの情動的関係は親子の「複雑な」関係より「たやすい」と述べた。
BBC NEWS JAPAN「ローマ教皇、子供を持たずにペットを飼うのは『身勝手』」(2022年1月6日)より引用
なぜローマ教皇がそのような発言をしたのか、当時ほとんどの人は理解できていなかった。しかし今となっては、教皇の発言はまぎれもなく現代社会のグロテスクな様相を見抜いていたと言わざるを得ないだろう。
■かつて「子供」は労働力であり後継者であった
多くの人が第一次・第二次産業に従事していたひと昔前、子供を持つことには即時的な労働力としての期待や、あるいは自分たちの家業を継ぐ後継者としての役割などが見いだされていた。
しかしながら、7割近くの人が第三次産業に従事するようになった現代社会では、子供を持つことにはそうした「実利性」にかかわる目的意識はなくなり、そのインセンティブは主として「娯楽性」に依拠するようになっていた。
「娯楽性」とは具体的にいえばつまり、子供を持つことで得られる充足感や楽しさや愛着形成といった、ありていに言えば「心がハッピーな気持ちになれること」である。これがいまの時代に(実利性の面では期待できる便益はほとんどないにもかかわらず)それでもあえて子供を持つことの最大の訴求性となっている。
子供を持つことで得られる、得も言われぬ心の安寧や幸福や高揚感、か弱い存在を包摂することで得られる自己肯定感、成長を見守る満足感――それらは、労働力になるとか後継者になるとかそういう「経済的実用性」とは異なる。数字には表れないし実益があるわけではない。先述したとおり、自分たち家族の人生に彩りを与え、楽しく充実した気持ちを与えてくれるものだ。
■現代人にとってペットは子供のようだ
しかしながら、そうした「娯楽性」は、人間の子供でなければ絶対に得られないというわけではない。そう、犬や猫といったペットを飼育することの最大のインセンティブもまた「娯楽性」だったからだ。
現代の一般的な家庭で、家畜を追わせたりネズミを狩らせたりする「実用性」のために犬猫を飼育することはまずない。可愛らしいその姿を見て心がほっこりしたり、自分を信頼してくれる存在によって肯定感を得たり、成長にともなう満足感を得るためにこそペットを飼う。それはまるで擬似的な子供のようである。
労働力や後継者といった要素は、さすがに人間でなければ成立できず、犬猫には持ちようもない訴求性だ。しかし「娯楽性」に関してはその限りではない。人間と犬猫でも代替可能性が生じている。そして現代社会では、現実として仔犬や仔猫の方が人間の子供よりもやや優勢に立ってしまっているのだ。
人間の赤ちゃんと犬猫では、単純な外見的「可愛さ」の点ではそれほど大きな差があるわけではない。しかし両者は育てることにともなう「社会・経済的・道徳的リスク」負担の観点では雲泥の差がある。
■ペットは子供よりも“コスパがいい”
現代社会は親として子供を「ちゃんと育てること」のハードルがきわめて高く設定されている。子供にちゃんとした生育環境や教育投資を行わなければ親失格であると糾弾されるし、なおかつ「ちゃんと」を達成するための経済的負担も年々増大している。「一回3000万円のガチャを引く」とはよくいったものだ。そのハードルの高まりは以前にもプレジデントオンラインで論じた。
そう考えたときに、子供を持つことの純粋な「娯楽性」の高さだけでは、子供を持つことにともなう総合的な「社会経済的リスク」の高さを十分に相殺することができず、犬猫を飼うことの方が、社会的に低リスクかつ経済的に低コストで「娯楽性」だけを抽出して楽しめる“コスパのよい営為”と見なされるようになってきている。
実際のところ、「ちゃんと」親をやるというハードルを十分に越えられる社会経済的リソースを持つカップルが、しかし「子供を持つのって大変そうだし」といって子供を持たず、代わりに犬猫を飼育することでその「親としてのハッピーな気持ち(娯楽性)」を補完してしまう事例は私の周りでも見聞きしている。
なにかとカネがかかる都会であっても、潜在的には余裕をもって2人3人と育てられそうな資本を持つカップルが、子供をひとり産んでそれきりで、あとは犬や猫を飼って、そうして自分たちが産んだ子供とペットショップで購入して家族に迎え入れた犬猫をまるで実の兄弟のように扱っているのである。
■子供が尊いのはわかる…だがペットは「妥協案」になる
人間と犬猫が「可愛さ」で並び始めている――こうした意見に違和感を持つ人も当然いる。
「いやいや、人間の方が犬猫より可愛いに決まってるじゃん」
「子供を実際に持てば犬猫なんかとは比べものにならないとわかる」
「親になれば赤ちゃんの素晴らしさを理解できる」
といった反論はそのとおりだろう。もちろん人間の子供の方が、仔犬や仔猫にはない「無上の尊さ」を持っているのは事実だ。
この子のためだったらなんでもできる、この子のためなら死んだってかまわない――そうした理屈や合理性では説明不可能な“神聖”とでもいうべき感覚は、とてもではないが犬猫で代替できるものではない。
しかしながら「恋愛して・結婚して・子供を持つ」という倫理的・経済的なハードルが格段に高くなり、なおかつ子供を持つこと自体に多大なリスクやコストが生じる時代には、「愛らしいペット」という存在は、とても魅力的で合理的なある種の「妥協案」に見えてしまうこともまた事実なのだ。
■近頃の犬猫は昔よりも「可愛すぎる」
私が幼いころ、故郷の町で見かける犬はどれもくすんだ色をしてずんぐりした体形で毛質も荒く、顔つきも険しそうで少しもフレンドリーではなく、通行人に吠え掛かったりうなり声をあげたりするような、「可愛さ」では今とは比べものにならないくらいの、言葉を選ばずにいえばまさしく「犬畜生」が大勢暮らしていた。皆さんの街でもそうではなかっただろうか?
このような時代の犬たちであれば、人間の赤ちゃんが「可愛さ」で敗北することなどほとんどありえなかっただろうが、しかし現代社会は違う。近頃の犬猫はひと昔前とくらべてあまりにも「可愛すぎ」である。
品種改良の成果といえばそれまでだが、大人しくて愛想がよく、色も明るくて毛並みもつややかな犬ばかりが街を散歩している。外飼いの犬もめっきりいなくなり、室内で飼われることに適した小型犬が多くなっている。知らない人が家に尋ねてきても吠えたり噛みついたりすることはなく、「遊んで~!」と言わんばかりの笑顔で駆け寄ってきて尻尾を振り、すぐになつく。そのような姿を見て人はすぐにメロメロになる。
■都会は物価が高く、子育てするには住居も狭い
こんな生き物がペットショップに行けばすぐに手に入れられる社会的状況において、モテない独身の人が、恋愛や結婚といった自由競争を勝ち残り、そして「子供」を得る努力をするというのは、相対的にかなり「コスパ」の悪い営みになってしまうのだ。
ペットショップに行けば「娯楽性」を100%得られるが、マッチングアプリから結婚に至る努力をしても100%パートナーを得て子供を作れるとはかぎらない――そう考えると、品種改良されて外見も内面も人間にとって「可愛い」と思える犬猫の存在は、あまりにも“強い”のである。
いま東京をはじめ、先進各国の大都市では不動産価格の高騰によってマイホームが購入できない若者が増えている。かろうじてマンションを購入できたとしても、部屋数が少なく専有面積も狭い住居しか確保できず、これでは多くの子供を持ちたいとはとてもではないが思わないだろう。物価が高く住居の狭い都会にますます集中する若年層にとって、なにかとコストやスペースがかかってしまう子供を持つよりも、「省スペース」「省エネルギー」であるペットを選択する動機はますます強まっている。
■子供は「ハイリスクなぜいたく品」になっている
冒頭で述べたように、統計的にかれら可愛らしい犬猫の方が人間の子供よりも「家庭」における勢力図で優勢に立ってしまったのは偶然ではない。
恋愛や結婚の難度の急激な上昇と、そもそも子供を持つことのコストやリスク感覚が増大、それらが妙齢の男女に重くのしかかる時、ふと脇を見たときにニャーとかワンとか鳴いて自分にすりよってくる可愛らしい生き物の姿が目に入れば、それは十分すぎるほど魅力的な「代替案」に見えてしまう。
産業構造の変化にともない、子供を持つことの訴求性が労働力や世継ぎといった「実用性」ではなく、無上の喜びや楽しさや幸福感といった形や数字には表れない「娯楽性」に収斂していった。一方で、子育ての倫理的ハードルや教育投資レース(その最たる例が現在盛り上がっている中学受験ブームである)はますます苛烈化し、社会的経済的な負担感ばかりが高まっていった。
現代社会の家庭では、本来ならばそこに子供がいるはずだったスペースを、次々と可愛らしい犬猫が埋めている。ローマ教皇はそれを身勝手だと嘆くだろうが、しかし現代人にだってやむにやまれぬ事情があるものだ。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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