一度寮付き派遣をやると、もう戻れなくなる…35歳非正規男性が取り戻したい「6畳ワンルームの暮らし」
プレジデントオンライン / 2023年6月27日 20時15分
※本稿は、増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)の一部を再編集したものです。
■東日本大震災で失業、高校の後輩との結婚も水の泡に
出身地:茨城県北茨城市 現住所:千葉県習志野市 最終学歴:高校卒
職業:警備員 雇用形態:契約社員 収入:見込み月収で約24万円
家族構成:独身 住居形態:会社の寮 家賃:不明
支持政党:立憲民主党 最近の大きな出費:寝具購入(約1万3000円)
寮付きの仕事を始めたのは震災直後の2011年7月から。自前で住居を確保し、少しは安定的に働きたいと願っていたが、寮付き派遣をあちこち回るだけ。丸10年経った今回もありつけたのはやはり寮付きの仕事だ。
「川崎から津田沼への引っ越しなんですが家財道具はなにもありません。荷物はリュックサックとスーツケース1個だけ。本当に体ひとつだから簡単なものです」
新しい仕事は警備員。警備会社の契約社員として採用され、千葉県内の大型商業施設で交通誘導と駐車場警備を担当することになった。
「前もその前もずっと製造業派遣でした。今度は契約社員だけど直接雇用、少しは出世したんですかね」
明後日から3日間は新任法定研修。無事に修了すれば正式な雇用契約を交わすことになる。
「10年前は今よりはるかにまともな暮らしをしていたんですがね……。落ちぶれたというか惨めなものですね。25歳の青年から35歳の中年オヤジになってしまった、嫌ですねえ」
震災が起きたときは茨城県北部にある木材加工・家具製造会社の正社員として働いていた。工場の作業職だが高校新卒で入社し勤続7年。
名前だけだが主任の肩書も付き、私生活では高校の後輩になる女性との結婚も考え始めていた。それが震災ですべて水の泡になってしまった。
■破格の条件に惹かれ派遣会社に登録、ブラック工場へ
「会社は福島との県境近くにありまして、あの地震で本社も工場も全壊に近い惨状でした。津波の影響はなかったのですが再建は困難、自主廃業するということになった。これで失業しました」
再就職しようにも地元で採用してくれる会社がない。ハローワークに行ってもアルバイトや期間限定の仕事ばかりで時給は800円程度。とてもやる気にはならない。
「農協の臨時雇い、ガソリンスタンドのサービスマンなどに応募してみたけど面接も受けられなかった」
失業手当はもう終わり、貯金もそう多くはない。そんなときに目にした派遣会社の募集案内は破格の条件で魅力的だった。
「月収30万円以上可、直接雇用への転換あり。地元のハローワークじゃめったにない好条件だと思いました」
派遣会社の説明会に参加し、そこで紹介されたのが愛知県の自動車部品会社。
「有名な自動車メーカーの系列会社で未経験可、寮完備、月収32万円となっていて。ここで生活を安定させようと思っていたので即決でした。1週間後には愛知県の工場で働き始めました」
ところが時間を置かずに「これはどういうことだ?」「言ってたことと違うじゃないか」という不信感が芽生えた。
「まず仕事がきつい。簡単な作業と機械操作と言われていたけど、単純動作を繰り返す流れ作業。正直、まったくつまらないものです」
■30万円稼ぐには時間外60時間、休日出勤2回が必要
毎日、機械の一部のように同じ作業を続けるだけ。前も作業職だったが多少は考えるし相談もする。ところが誰かと話すことはないし工夫したりすることも要求されない。まるでロボットだと思った。
「収入についても、実際それほど良くはなかったです。基本的に時給制で1200円。30万円稼ぐには時間外60時間、休日出勤を2回やらないといけない。毎月240時間も働くのはしんどかった」
残業をせず土日・祝日は完全休養でやったら20万円にもならない。それどころかわがまま、生意気と言われ雇い止めされる危険もある。
「最高で月収34万円、手取りで29万円という月もあったけど労働時間は270時間ぐらいあった。もう自分の時間なんてほとんどなく、帰ったら寝るだけでした。今日は何日で何曜日だとかも分からなくなりましたね」
派遣は年齢に関係なく時給は一緒。21、2歳で月収30万円なら高いが30歳ぐらいなら普通。50歳だったら少ない方。こういうことも分かっていなかったのが良くなかった。
直接雇用云々についても、よほど運が良ければ有期の期間工になれるというもの。正規雇用は絶対になかった。
■30代半ばで派遣切りに
「愛知の工場は2年6カ月で派遣打ち切りになってしまいました。1週間の空きがあったけど静岡の、やはり自動車関連の工場に移されました」
時給はまったく同じで仕事内容も製造作業。
「ここは1年半ぐらい忙しかったのですが生産調整があって暇になりました。まず残業がなくなり、次に1日の勤務時間が90分減って6時間30分になるといった具合です。
最終月の労働時間は130時間まで減っていましたよ。月収は15万6000円ぐらいで手取りになるとやっと12万円ぐらいでした」
正社員も配置転換があったから、たかが派遣工が無事でいられるわけない。
「待機ってことにされまして、寮にこもっていました」
それでも世間的にはアベノミクスで好景気。人手不足もあったから1週間で次の派遣先を斡旋された。
「食品会社でしてね。同じ静岡県内にある冷凍食品の工場でコロッケだとか炒飯を作る工程で働いていました。ここも仕事量にばらつきがあり、多い月は30万円ぐらいの月収になるけど暇な月は20万円がやっとという感じだった」
ここも働けたのは2年9カ月。いい加減に腰を据えて働かせてくれと思ったがそれは不可能。だって派遣なのだから。
「工場のロッカー室に誰かが持ってきた求人情報誌が置いてあって、パラパラめくっていたら、派遣打ち切りになるその食品工場の求人情報が載っていた。具体的な会社名は伏せてあったけど場所、仕事内容、時給などを見ればここだと分かります。とても嫌な気分になりましたね」
■派遣会社の担当者には「もう10年」ということでクビ切り
この食品工場を出たあとは神奈川県にある精密機器メーカーの工場に移されて携帯電話の部品製造ラインに配置された。
「製品の最終チェックが担当業務でした。工場勤務だけどそれほどきつい仕事ではなかった。夜勤はなく残業も1日1時間から1時間半程度、だから収入は下がりました」
雰囲気は良かったし、派遣先の正社員とも親しくなれたのでもう少し働きたい気持ちがあったのだが丸2年経ったところで派遣終了となった。
「やっぱり年齢が問題なんでしょうか、その工場の派遣で40歳以上の人はいませんでしたね。自分も派遣がおしまいになる直前に35歳になっちゃいましたから。使う方としては若い人という希望があるのだと思います、仕方ない」
派遣会社の担当者に次はどこへ行くんだと尋ねたら「紹介できる仕事はない」という態度。「あんた、もう10年だろ。そろそろ辞めてくれないか」ということでクビ切りされたという次第だ。
「工場派遣の最後は使い捨てですからね。やらない方がいいし、やったとしても早く足を洗って次を考えないと。損をするのは自分なんだから。それは俺も頭では分かっていたんですが流されてしまった。失敗したと思います」
どうしてかというと派遣会社が上手く弱みを突いてくるから。
「失業しているとかフリーターやってますとかじゃ、部屋を借りるのもひと苦労なんです。工場派遣なら仕事と住まいがセットになっているから、採用されれば収入と住まいが確保できる。そうなると派遣の仕事は魅力です、何も持たずに寮に入れますから。交通費や生活応援資金を出してくれる派遣会社もありますしね」
■一度寮付き派遣をやったら負のスパイラルに陥る
布団をはじめとしてカーテン、家電品、ロッカーなどの家財道具は揃っているから体ひとつで入居できる手軽さがある。派遣先が変わって転居する場合も身の回りのものだけ持って移動できるからお手軽だ。
「きちんと部屋を借りて就職活動をすればいいんですが、一度派遣会社の寮に入ってしまうとなかなか出られない。部屋を借りて生活必需品を揃えることを考えると、やはり寮付きの派遣労働を選んでしまう。その結果がこれですよ」
直近に働いていた工場では、派遣は40歳未満が内々の決まりらしく、38歳ぐらいになると契約期間が終了したところでカットされていた。
「それを見ていたので次は俺が危ないと感じていました。なので職探しを始めたのですが上手くいきませんで……。面接できても話しぶりから地元の人で32、3歳ぐらいまでという感じでした」
ハローワークにも何回か通ったが、1時間以上も待たされた挙句、年齢のことをつべこべ言われる。
「一度寮付き派遣をやったら負のスパイラルに陥るってことです」
警備の仕事は求人情報誌で見つけたもの。公休日を使って2度面接を受け、どうにか採用してもらえたということだ。
■派遣仲間とは「じゃあな」でおしまい
ようやく派遣工から脱せられるが、強く思うのは「こんなことはやっちゃ駄目」ということ。まず収入がいつまで経っても安いまま。募集案内に出ているような金額はなかなか稼げない。
「収入の高い月、低い月があって年収で見たら300万円がいいところですよ。自分の場合、どこでどんな仕事をしても年収は290万円±10万円ぐらいだった。同じ仕事をしているのに安く使われている。直接雇用の期間工より100万円、正社員より150万円も低いのだから嫌になります」
金銭的な貧しさに加えて人間関係の貧しさも大きく感じたことだ。
「今回、切られて辞めることになったわけですが、一緒に働いていた人たちから労いの言葉なんてひとつもありません。正社員の人はもとより、派遣仲間も『じゃあな』でおしまいでした。ドライというか冷たいというか、人のことなんて知ったことじゃないという感じです。俺もそうですけどね」
同じ寮で暮らしていた人たちとも親しい関係にはならなかった。家族関係や家庭環境に関する話はタブーみたいなところもあって、付き合いは上っ面。2年間でまったく会話のない人もいたほどだ。
「中には変わり者というか、常識のない人もいますね。こういう奴だから50歳にもなって派遣工で転々としているんだなと思うような人も多かった」
挨拶もまともにできない人、手癖の悪い奴、ギャンブル好き、風俗好き、虚言癖のある人、派遣仲間から少額の金を借りたまま姿をくらました人、労働運動に夢中な左翼かぶれ……。全員がそうというわけではないが変わった人の出現率は高いと思う。
「派遣切りになったわけで、ふざけるなよって思いはあるけど、これでオサラバできるという安堵(あんど)感もあるんです。これをいいきっかけにしたいですね」
寮付きの工場派遣をやるようになってから郷里に帰るのは正月とお盆だけ。両親、姉弟はともかく、他の親戚や地元の友人たちとはすっかり疎遠になってしまった。工場派遣をやって得たものや楽しかったことは何もない。こんな働き方をしないで暮らしていきたかった。
「派遣じゃなく直接雇用で働けるのは10年ぶり。次の目標は寮を出て自分で住まいを確保すること」
6畳のワンルームでもいいから自分で契約して家賃を払う。当たり前の暮らしを取り戻したいと願うばかりだ。
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ライター
1961年生まれ。都立中野工業高校卒業。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』(彩図社)など多数。
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(ライター 増田 明利)
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