「あまりに安過ぎる」コロナ禍で年収ダウンの29歳男性を追い詰めた稼ぎが100万円多い元婚約者からの言葉
プレジデントオンライン / 2023年6月29日 7時15分
※本稿は、増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)の一部を再編集したものです。
■コロナ禍で飲食業は大打撃、結婚も破棄に
出身地:神奈川県秦野市 現住所:東京都府中市 最終学歴:大学卒
職業:不動産管理会社(前職は外食業) 雇用形態:正社員
収入:月収25万円、見込み年収は360万円 住居形態:賃貸アパート 家賃:4万5000円
家族構成:独身、両親は健在で他に妹 支持政党:自民党
最近の大きな出費:スーツ購入(9980円)
朝10時頃から始めた引っ越し作業が終わったのは夕方4時。
「独りだから荷物は少ないので簡単なものです。だけど葛飾区の新小岩から府中市への移動だから、随分と遠い所に来たなあという感じです。まったく土地勘のない所だからいろいろリサーチしないと」
部屋の整理は今日中に終え、役所や金融機関への住所変更手続きは明日一杯で完了するつもり。
「これで心機一転して仕事に励みます。職場も住まいも新しくなってリスタート、頑張らないと」
コロナ禍さえなかったら今頃は結婚式・披露宴の日取りを決めようかと思っていた。ところがリストラされて失業、交際していた女性との仲もギクシャクして関係を解消。こんなことになるとは想像だにしていなかった。
「元々の仕事は外食産業なんです。イタリアンレストランと洋風居酒屋を展開している会社で、わたしは店長として働いていました」
創業してまだ15年足らずの若い会社だが、社長をはじめとした幹部連中は鼻息が荒く、近い将来には東証マザーズに上場すると意気込んでいた。
「だけどコロナがまん延したらお酒の提供は駄目、営業時間も短縮、テーブルの稼働率も通常の半分に。まるで生殺しみたいでした」
企業も学校もリモートになったからランチタイム時だって閑古鳥。
「最初の緊急事態宣言が出たときは港区内の店舗にいたのですが、ランチタイムの3時間で来店したのはたった12人という日がありました」
■損得勘定をしたら辞めた方が少しはまし
テイクアウトのメニューも何種類か置いてみたが、そもそも近隣のオフィスに人がいないのだから売れるわけがない。
「ランチタイムの後はカフェタイムにしていたのですが、こっちも閑古鳥が鳴いていました。主な客層は学生なんですが、登校していないから店に寄るわけがありません」
結局、この店舗は閉店することになり品川区にある別店舗に異動したのだが、転勤して2カ月もしないで店のスタッフがコロナウイルスに感染。
「数人のお客さんとその家族にも感染が拡がってクラスターの発生源になってしまったわけです」
2週間の営業自粛後に再開したが客足は戻らず、更に2度目の緊急事態宣言が発出されたため、また閉店することに。
「これでリストラです。配置替えできる店舗はない、本部も人を削る予定なので身の振り方を考えてくれと言われたわけです」
会社側から辞めろとは決して言わない。現状は極めて深刻で、先の見通しが立たない状態だから、進退は自分で考えてくれ……。こんな塩梅だった。
「遠回しだけど言いたいことは分かります。それほどアホじゃない」
別店舗の店長、エリアマネージャー、本部の開発スタッフなどもポロポロ辞め始めたので、これは最悪の事態もあるのではと心配になった。
「コロナ騒ぎが1年経った頃から同業他社の破綻がいくつかありましたし」
今ならとりあえず退職金は払ってもらえそうだが、本当に潰れてしまったら無一文で放り出されてしまう。再就職するには若い方がいいに決まっている。損得勘定をしたら辞めた方が少しはましだろう。こういう結論に至った次第だ。
「退職届を出したら取締役が来て、状況が回復したら呼び戻すからと言ってくれたのですが、本心ではそんなこと絶対にないと思いました」
■アルバイトすら見つからない
退職したのは2021年7月。遊んでいられるわけないから次の仕事を探したが、これが塗炭の苦しみだった。
「正社員の口を探しても、資格が必要だったり給料が低かったりで思うような仕事は見つかりません。当時は28歳でしたが微妙な年齢で若くはない。新卒や第二新卒のようなフレッシュさはありませんから」
依願退職ということだから失業手当の支給も当分先。蓄えを食い潰すのは危険だと思ったからアルバイトを探したが、これも狭き門。
「勝手知ったる外食関係は営業自粛や時短で人なんて採らない。コンビニの面接でも28歳ではいい反応がなかった」
お酒のディスカウントストア、持ち帰り弁当屋、ドラッグストア、食品スーパーなど募集しているところを見つけては連絡し、面接してもらっても使ってくれるところはなし。
「以前は自分も選考する側だったから分からなくもない。若い学生やフリーターなら使いやすいから歓迎する。だけど30歳間近で世間ずれしている人間は遠慮してもらいたい。世の中ってそういうものですよ」
実際は会社都合のリストラみたいだが形は自発的退職。そうすると失業手当が支給されるまで時間がかかる。
「社会人を6年やっていたからそれなりの蓄えはあります。だけど食い潰すわけにはいけません。同棲していた彼女にもどうなっているの? ってせっつかれていた」
■バイク便ライダーの同僚は事故で大ケガ
そこで当座の生活費を得るために始めたのがバイク便ライダー。
「出来高制で日給1万円以上というふれこみだったけど、そんなには稼げません」
勤務時間は朝9時から夕方6時まで。出社した時点で仕事を振られ現場へ直行、その後はスマホで連絡を受けて次の現場へという流れ。
「空白時間が結構あるんですよ。公園や図書館で待機していることが多かった」
新宿から群馬県の高崎市までとか、池袋から成田空港までというような長距離の仕事が入れば歩合も大きいが、そんな美味しい仕事はめったにない。
「平均すると1日9000円がいいところでしたね」
バイク持ち込みの請負仕事なので経費は全額自分持ち。ガソリン代、オイル交換代が自己負担というのも痛かった。
「ガソリンは1日5リットル入れていました。リッター160円として900円、月20日走ったら1万8000円。大きい金額です」
何とか1日9000円稼げてもガソリン代で900円、ご飯代が500円出ていくので残るのは7600円程度。割のいい仕事ではなかった。
「あとは交通違反ですよね。実は1回やっちゃいまして。速度超過で減点1、反則金7000円でしたよ」
これでは実入りはほとんどなし。何のために働いているのか分からない。
「雨の日は合羽を着用しても下着までビショ濡れ。風の強い日は横方向の強風にあおられ、バランスを崩して転倒しそうになる。もらい事故も心配です」
ほとんど交流はなかったが同じ営業所にいた人が事故で大ケガしたこともあり、もう嫌だと2カ月で辞めることにした。
■まったくの畑違いで新人だから給与は新卒とほぼ同額
「その後、ハローワークに日参し、何とか不動産管理会社に採用され失業状態からは脱せられました。だけど労働条件は良くありませんね」
正社員として採用されたのだが、うちではまったくの新人だからという理由で初任給は大学新卒とほぼ同額の22万円ほど。仕事は大型ビルでの警備、清掃、駐車場管理、電気・空調などの管理全般。
「土日、祝日は休めるし残業も少ない。外食にいたときはローテーション勤務で土日、祝日、ゴールデンウィークでも交代で出勤し、残業は毎月60時間以上、そのうち20時間はサービス残業でした。これに比べたらはるかにまともなんですが、収入がねえ……」
10時間前後の残業代、住宅手当が加算されても給料は額面で約25万円。手取りになると21万円と少しという金額になる。
「前の仕事は店長手当と残業代が付いて32~33万円、手取りで27万円近くありましたから大幅な減収ですよ。転職したり再就職して給料が良くなる人は少ないというから仕方ないです。まったくの畑違いで新人ですから」
■年収450万円ちかい彼女からの言葉
自分では納得していたが、同居していた彼女に明細書を見せると「何これ? 安過ぎるんじゃない?」と顔色が変わってしまった。
「前は年収で450万円ぐらいあったんです。新しいところでは賞与込みでも360万円ぐらいだと思うって彼女に正直に話したら、それでどうやって生活していくのって嫌な顔をされました」
これがきっかけですきま風が吹き始め、次第にギクシャクしていくことになる。
「彼女は2歳下で信販会社に勤めています。給与水準は高い業界だしコロナの影響もさほどなかったようです。年収は前の自分と同じくらいの450万円近い金額なんですね。もうちょっと収入の高い仕事に就いてよって言われちゃいました」
彼女は専業主婦願望が強く、結婚後は少しの間だけ働いて家に入りたい。早く子どもを産んで子育てに専念したいと思っていたそうだ。
「余裕のある生活は望めない。子どもを産めない。マイホームも無理そう……。愚痴っぽいことばかり言われてイライラしてくることが度々あったんです」
正直なところ、こんな馬鹿な女だとは思わなかったという気持ちになり、やること言うことすべてが癪に障るようになった。
「どうでもいいようなくだらないことで喧嘩するようなこともあり、もう一緒に暮らせないという結論に至ったわけです」
■金の切れ目が縁の切れ目
彼女が出ていったのは約2カ月前。最後はほとんど会話もなかった。
「金の切れ目が縁の切れ目っていうのは本当ですね」
互いにプレゼントした物は返してもらったし、自分が買った目覚まし時計や空気清浄機は持ってきた。反対に彼女が費用を出した電子レンジと布団乾燥機は持っていったそうだ。
これできれいさっぱり御破算。
もう嫌でたまらなかったから気持ち的には清々した。だけど経済的にはピンチ。
「同居していたときは互いの収入から毎月13万5000円ずつ出しあって、すべての生活コストを賄っていました。住まいは2DKのマンションで8万4000円の家賃は問題なかったけど、今の自分の収入だけでは重たいです。なので引っ越しを考えたわけです」
配属されている新宿の現場まで電車1本で通えるよう、京王線沿線のアパートに移ってきたという次第だ。
1Kで23区外ということもあって家賃は4万5000円と格安になった。
「生活全体もかなりダウンサイジングしました。家賃と水道光熱費で6万円、保険と奨学金の返済で3万円出ていくので12万円ちょっと残るけど5万円は別の口座に移して手を付けないようにするつもりです」
短期間だが失業期間があり、お金のありがたみは身に沁みた。
「不測の事態があったとしても何とか4カ月ぐらい生活を維持できるよう備えておかないと危険ですよね。宝くじで大当たりなんてあり得ないし、誰かが助けてくれるわけでもない。そもそも助けてくださいなんてみっともなくて言いたくないし」
お金のことばかり考えるのは卑しいと言われるかもしれないが、やっぱりお金は大事だと思う。
「今思うのは、あの人と結婚しなかったのは正解だったということ。きっと破綻すると思いますね」
賃金は低くても定職がある、やらなければならないことがあるのはありがたいと感じる。もう失業は懲り懲りだ。
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ライター
1961年生まれ。都立中野工業高校卒業。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』(彩図社)など多数。
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(ライター 増田 明利)
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