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年商3000万円の経営者が日給8400円の用務員に…60歳男性は「ここが土俵際」と思いながら心が折れかけた

プレジデントオンライン / 2023年7月1日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrii Lysenko

60歳の男性は、かつては最高年商3000万円の経営者だったが、時代の趨勢により売上げが減少すると、1200万円の負債を抱え自己破産した。現在は夫婦二人・非正規で稼いだ月収35万円をやりくりしながら、「ここが土俵際だけど心が折れそうなときもある」という。ライターの増田明利さんが書いた『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より紹介しよう――。

※本稿は、増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)の一部を再編集したものです。

■印刷会社の経営者から日給8400円の用務員に

武井惣一(仮名・60歳)
出身地:埼玉県三郷市 現住所:東京都墨田区 最終学歴:高校卒
職業:不動産・設備管理会社勤務 雇用形態:非正規(契約社員)
収入:副業と合わせて26万~27万円 住居形態:賃貸アパート 家賃:6万8000円
家族構成:妻、長男と長女は社会人で独立 支持政党:自民党
最近の大きな出費:アパートの更新料と火災保険料(合計で約8万6000円)

最大で10連休の人もいるというゴールデンウィーク最後の夜。遅い夕飯を食べながらテレビを観ているとUターンラッシュの映像が流れてきた。

「わたしには年末年始もゴールデンウィークも関係ありませんよ、もう何年も。時給や日給で働いている身では、休みはありがた迷惑です」

現在の仕事は不動産・設備管理会社の契約社員。この1年間は都内城東地区にある公設の複合施設に配置されている。

「図書館、生活者センター、体育館、集会室などが入っていましてね。部分的に休みの日があるけど建物自体は年末年始以外は開いているんです。なのでゴールデンウィークであろうがお盆休みであろうが交代で出勤するわけなんです」

担当業務は通用門での受付、駐車場の管理、共用部分の簡単な清掃。生活者センターや集会室で催しがあるときは会場の設営と撤去作業も行う。

勤務体系は4勤1休のローテーション制。なのでゴールデンウィークと言われる4月29日から5月5日までの間で公休日だったのは5月2日だけだった。

「この仕事に就く前は経営者だったんですよ。小さな印刷会社を営んでいました。合資会社だから実質的には個人商店みたいなものだけど」

■年商3000万円を超えた年も

創業したのは88年。翌89年に法人改組し、JR上野駅の近くに工房を構えていた。

「パンフレット、リーフレット、ポスター、折り込みチラシ、会社案内、帳票類などのデザインと印刷を手がけていました。年商では3000万円を超えた年もあったんですよ」

それなりに順調な商いを続けていたのだが、08年のリーマンショックで一気に需要が落ち込んだ。追い討ちを掛けるように東日本大震災も発生。受注、利益とも低水準をウロウロする状態に陥る。

「企業の広告宣伝費削減、ペーパーレス化が大きかった。紙媒体よりネットで広告を打つというのが伸びてきたんだ。これが痛かった」

意外なところでは少子化の影響も。

「印刷屋と少子化の間に何の関係があるんだと思うでしょうけど、うちは公立の小中学校の文集作成や卒業アルバムの制作も委託されていたんです。ところが子どもの数が減っていくものだから数は落ちる一方でした」

学校の統廃合もあったので作成部数は90年代半ば頃のほぼ半分。売上げで数百万円の減少という落ち込みようだった。

「一部外注に出していたものを内製化する。印刷用紙やインクの仕入れは価格の安い業者に変更するなどして立て直しを図ったのですが、焼け石に水でした。同業他社との競争も激しくなって立ち行かなくなってしまった」

18年3月の決算は300万円近い赤字を計上。過去の設備投資に伴う借入金返済も重荷に。受注は更に減少、品物を納めた会社が倒産して代金の未収が数件発生。とうとう資金繰りがつかなくなり事業継続を断念し、自己破産を申請したという顛末(てんまつ)だ。

「負債は1200万円近かった。だけど会社の金庫は空っぽ。当座預金の残高は数万円。わたし個人の資産もほとんど吐き出していたからどうにもならなかった」

自己破産と債務免責はあっけないほど簡単に認められ、どうにか借金からは解放された。

■用務員とドラッグストアの二足の草鞋で暮らす

「生きていかなきゃならないからクヨクヨしてる場合じゃないでしょ。息子も娘も学校を卒業していた。妻と2人で暮らす収入があればいいと思って職探しを始めたんです。働けば社会との接点も持てるから」

ハローワークの紹介だったが、面接はあっさりしたものだった。

「詳しい職務経歴書なんて求められなかった。ホワイトカラー的な仕事ならともかく、契約の用務員採用なんてこんなものですよ」

給料はというと、当然だが安い。賃金は日給制で1日8400円。8時間労働なので時給にすると1050円、東京都の最低賃金とほぼ同じという額。

「月に24日出勤だと約20万円。残業はあっても月7、8時間なので支給額は21万円ぐらいですね」

通勤のための交通費は出るが家族手当や住宅手当などは一切ない。世間がボーナスシーズンでも関係なし、寸志も出ない。退職金もない。

「まあ、仕事は楽だからね。裏口の通用門で受付をするのですが、来訪者は1時間で2人ぐらいです。天気の悪い日だと2時間で1人も来ないことがある。蛍光灯の点灯管を取り替えたり、トイレのペーパータオルを補充したりするのも仕事ですが、自分が経営者だったとしてもこの仕事だったら労賃は20万円がいいところだと思う」

支給額が約21万円だとすると手取りは17万円台の半ばぐらいか。夫婦2人だけとはいえ、これだけで生活していくのは至難の業だから終業後に副業に励んでいる。

「2つ目の職場は自宅最寄り駅周辺のアーケード街にあるドラッグストアです。本業は17時で終業なんです。なので残業のつもりでやることにしたんだ」

ドラッグストア
写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

やることはレジ打ち、商品棚の補充、閉店後の後片付けなど。

「月火水金の4日は18時から21時30分までの3時間半。土曜日は正午から16時までの4時間働いているんです。こちらの時給は1100円です」

先月は79時間働いたので8万6900円の収入だった。本業の給料と合わせると使えるお金は26万円ほど。

「倒産の後始末がひと段落してから妻も働きに出るようになりまして。日本郵便の集配局で郵便物の仕分けやゆうメールの配達下準備などをやっています。彼女の月収が10万円ほどあるので助かっています」

■老いと金欠

2人の合計で使えるお金は35万円以上あるが生活は楽ではない。

「最大の出費は医療費です。わたしが60歳、妻が58歳。この年齢になるとあちこち悪くなって病院と縁が切れないんですよ。わたしは糖尿病持ちのうえ高血圧と高脂血症もあって6週間ごとに通院し、血液検査と尿検査をやっているんです」

ベンチに座ってスマートフォンを使う年配の夫婦
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

1回の通院で病院の窓口に払う医療費は2800円。調剤薬局で6週間分の薬を出してもらうと約5700円も請求される。

「往復のバス代も加えたら、1回病院に行くと9000円も出ていく。年間で9回ですから8万円超えるもの。そのうえ市販の風邪薬や鼻炎薬、胃薬、整腸剤、消炎鎮痛剤のぬり薬などで年間に8000円ぐらい出ていくから嫌になる」

健康自慢だった奥さんも、この4年の間であちこちに不具合が出てきている。

「妻は53歳頃から子宮筋腫をやっちゃって。いくつかの治療を受けていたけど芳しくなく、筋腫だけを切除する手術を受けました。このときは3週間入院しましたね。これが引き金だったのか、その後もあちこち悪くなっている」

まず五十肩で左腕が痛くて上げられなくなり、ずっと湿布と痛み止めを服用しているそうだ。しかし、あまり効かないようで、3カ月前から2週間ごとに痛み止めの注射もするようになった。

「今まではなんともなかったのに、今年から花粉症になって耳鼻科通いもしたし。去年1年間に妻が医療機関の窓口で払ったのは約8万円ぐらいになります」

こんな塩梅なので2人合わせた医療費は18万円近い。収入がそう高くないのだから結構な金額だと思う。

■交友関係、生活圏は狭まるばかり

「そのうえわたしは去年半ば頃から眼のかすみも出てきましてね。心配だったので眼科の先生に診てもらったら初期の白内障だということだった。そのとき老人性白内障と言われまして、ちょっと落ち込んじゃったよ」

今のところは点眼薬だけで対処しているが、いずれは人工水晶体を入れる手術が必要になると言われた。

「身体の衰えは切実に感じますよ。就寝中に両脚のふくらはぎがこむら返りになって飛び起きたことがあるし、昼の仕事中に耳の奥が痛くなり、その後も1時間ぐらい耳鳴りが止まらなかったことがある。妻も年に数回だけど肋骨(ろっこつ)の辺りに鈍痛が出て横になることがあるし。確実に老いているなあと悲しくなる」

会社が駄目になってからは交際の範囲、交友関係、生活圏などがどんどん狭まっている。

「何をするにも仕事を中心に回っていたんだなと思いますね。だから仕事が上手くいかなくなったら疎遠になる、そういうことですよ」

幸いなことに自分の姉弟、妻の兄などの親族に金銭的な迷惑をかけなかったことが救いだ。だけど経営していた会社が倒産したことは明かしていない。同情されたり心配されるのが嫌なので自主廃業したんだとだけ告げてある。

「今の生活ですか……? 個人的な生活に潤いとか楽しみはありませんねえ」

昔から絵を描くのが趣味でカルチャーセンターの水彩画講座に通っていたことがある。そこで親しくなった人たちとスケッチ旅行に行ったり、絵画展などに連れ立って出かけていたが、今は趣味に費やすお金も時間もないからすっかりご無沙汰だ。

「親戚の慶弔事があると、まず最初にいくら包まなきゃならないんだと考えちゃってね。我ながら嫌になる」

■ここが土俵際「今の目標は現状維持」

このゴールデンウィークは5月2日だけ夫婦とも公休日だったので、夕食は奮発して中華レストランで食事したのだが、外食したのは正月以来の贅沢だった。

「今の目標は現状維持。ここが土俵際だと思っている」

増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)
増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)

ドラマや小説のように会社を倒産させた人間が何かのきっかけで見事復活し、以前よりも隆盛を極めるなんていうのはお伽話。そもそも、もうそんなエネルギーはない。

「何としても今の収入を維持する。これ以上、身体を悪くさせない、重い病気にならないよう健康管理に努める。妻を怒らせない。これだけです」

26歳のときに独立して27歳のときに会社設立。徐々に規模を拡大させピーク時は年商で3000万円、個人収入が1000万円ということもあったが幕は下りた、現実を受け止めて生きていくしかない。

「男性の平均寿命は81歳ぐらいですよね、まだ先は長いよな」

嫌でもあと20年ぐらいは生きていかなきゃならないが、もうしんどいと心が折れそうなときもある。

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増田 明利(ますだ・あきとし)
ライター
1961年生まれ。都立中野工業高校卒業。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』(彩図社)など多数。

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(ライター 増田 明利)

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