「飛び抜けた強みがない」ことが"強み"である…トヨタ「ヤリス」が3年連続で"日本一"になれたワケ
プレジデントオンライン / 2023年7月4日 9時15分
■多くの日本企業にとって学べることがある
3年連続で「日本一売れた車」になっているのが、トヨタの「ヤリス」だ。日本自動車販売協会連合会の統計によれば、2022年の年間乗用車販売台数のトップ10のうち、トヨタ自動車の車種が7台を占めており、その中でも1位に輝くのがヤリスである。
この年間1位は、通常のヤリスにSUVタイプ「ヤリス クロス」とスポーツタイプ「GRヤリス」を合算した数字である点、また軽自動車も含めた台数ではホンダの「N-BOX」が上回っている点には留意が必要だが、ヤリスは2020年2月の発売以来、15万1766台(2020年)、21万2927台(2021年)、16万8557台(2022年)と1位の座を守っている。
2021年には、名だたる欧州車を押しのけ、日本車としては10年ぶりとなる「欧州カー・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞している。この賞は、欧州の9カ国、9つの自動車誌が主催する、欧州で最も権威ある自動車賞のひとつで、過去1年間に発売された中で最も優れた1台として選ばれた。ヤリスは、燃費性能や操縦性といった機能面において高水準なだけでなく、デザインにも秀でた車種として、世界的に高い評価を集めている。
自動車は、日本のモノづくり「メイド・イン・ジャパン」を象徴する存在だ。その自動車で、3年連続で日本一の座を獲得し、さらに世界でも通用するヒット商品になっているヤリスは、多くの日本企業が学ぶべき好事例である。ここでは、そのヒットの要因として、「ちょうどいい」という価値に焦点を当ててみよう。
■自動車としての「バランスの良さ」が特徴
ヤリスは、「軽く、小さく、扱いやすく」をコンセプトに、それまで「ヴィッツ」の名で親しまれていた車種をフルモデルチェンジして誕生した自動車だ。もともとヴィッツは海外ではヤリスの名で販売されており、2020年2月のフルモデルチェンジを機に、国内外でヤリスへ名称を統一した形である。発売開始直後の1カ月で、当初目標としていた月間販売台数の5倍近い、約3万7000台の販売に成功するスタートダッシュを決めて、その後3年間にわたって人気を継続している。
ヤリスが人気を集める要因となっているのが、自動車としてのバランスの良さだ。確かに燃費性能はすごいが、それだけではない。操縦性、安全性、デザイン、価格帯など、すべてがバランス良く、「ちょうどいい自動車」だからこそ、飽きられることなく、幅広いユーザーに支持されている。
■燃費性能が良く、サポート機能も充実
ヤリスの優れた燃費性能は、国土交通省「自動車燃費一覧」の最新版において第1位(36km/L)のお墨付きだ。そして、最高水準の燃費性能を誇りながら、走りも楽しめる1台になっている。新開発のTNGAプラットフォームを採用することで、従来のコンパクトカーよりも低重心で、上級車種に並ぶほどに高い操縦性や乗り心地が実現されている。
また、歩行者事故、正面衝突・車線逸脱、追突といった事故を未然に防ぐトヨタ独自の安全機能「トヨタセーフティセンス」を搭載し、高い安全性を提供している。スイッチひとつで駐車をアシストする「アドバンストパーク」や、カメラとレーダーで歩行者・自転車などとの接触を防ぐ「プリクラッシュセーフティ」など、運転に自信がなかったり、運転頻度が低かったりするドライバーでも安心して使いこなせるサポート機能も充実している。
「大胆に、活発に、そして美しく」をキーワードに、鋭い加速で弾丸のようにダッシュするイメージで創られた外観デザインも高く評価されている。優れたデザインという意味では、もちろん外観や内装のカッコよさや美しさは大切だが、使いやすさも重要になる。狭い道や駐車場でも運転しやすいコンパクトさ、荷物に合わせて床を下げて利用できるトランクスペース、飲み物・傘・靴などを置ける気の利いた収納の豊富さなど、使いやすいデザインが徹底されている。
![トヨタ「ヤリス」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/e/1200wm/img_2eb839ad1376105e87a78e8e3254f25e393977.jpg)
■「ちょうど良さ」が選ばれる要因
ヤリスは全国のトヨタ販売店全店で販売されており、エントリーモデルから最上級グレードまでの幅広い価格帯、全15色のカラー展開、ガソリン車/ハイブリッド車/マニュアル車など、ユーザーが自由に選んで買いやすい点においても秀でている。コンパクトカーだけでなく、SUVやスポーツタイプまである充実ぶりだ。
ヤリスの燃費性能は確かに優れているが、それだけでユーザーから選ばれるほどの圧倒的な差が、ライバル車種と比べてあるとは言い切れないものだ。自動車として、何かひとつの要素で飛び抜けた強みがあるわけではないだろう。しかし、すべての要素がちょうど良くまとまっていて穴がない。その「ちょうど良さ」こそが、ユーザーから選ばれる要因になっている。
■日本のユーザーは「尖り」を求めていない場合が多い
自動車を持たず、必要なときだけカーシェアリングサービスを利用する、という選択肢が当たり前になっている現在、「わざわざ自動車を買う」には、それ相応の「買うに値する理由」が必要になる。「安全で便利に使える」「目立ちすぎず、でもデザインが良い」「選びやすく、買いやすい」「走りやすい」……こうしたさまざまなユーザーの「本音のちょうどいい」に応えられているからこそ、ヤリスは3年連続で日本一売れた自動車になっている。
この「ちょうどいい」という価値は、じつは、商品開発において見落とされやすいものだ。商品開発では、社内的な都合によって、リスクを恐れるあまり愚直なまでに前例に従って「ほとんど同じモノ」を作ったり、反対に前任者との違いを打ち出そうと「尖りすぎたモノ」を作ったりすることが珍しくない。
特に、マーケティングの基本とされる「他と違う価値」を重視するあまり、既存商品との違い、ライバル商品との違いを重視しすぎた結果、他にはない尖った機能やデザインを良いモノのように考えやすい。しかし、特に日本のユーザーは、企業が思う以上に「尖り」を求めていない場合が多い。たとえ事前調査で「良いと思う」「好みだ」などと、新機能や新デザインについて好意的な回答をしていたとしても、それを実際に自分がお金を払って買うかどうかは別の話になる、ということを忘れてはならない。
![チェックボックス付きのアンケート、オンラインでの調査フォームへの記入](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/1200wm/img_a51160e271119e822922c632ba97fa09385860.jpg)
■「見せかけの価値」を追い求めていないか
また、ユーザーの期待を超え続けるために、商品の価値を高め続けようとするあまり、「自分たちが価値と思いこんでいるだけで、じつは本当の価値になれていない『見せかけの価値』を追い求めていないかどうか」について、定期的に立ち止まって自問自答する必要がある。一般のユーザーがほとんど必要としていないテレビやスマートフォンの画質・音質・耐久性などのように、じつはユーザーが求めていない「見せかけの価値」をどれだけ追求したところで、その商品は「要らない機能があって、無駄に高価格」という、ただの「過剰品質」として評価されてしまう。
この「過剰品質」は、多くの「メイド・イン・ジャパン」が直面する大きな課題のひとつとなっている。多機能や高性能を追求したはずなのに、ユーザーに評価されなかったり、日本では受け入れられても世界ではまったく売れなかったりする状況が少なくない。その一因は、見せかけの価値に勘違いをして、商品が過剰品質に陥っている点にある。ヒット商品になるためには、より的確に、顧客の本音のニーズに応えられる「ちょうどいい価値」を創ることこそが重要となる。
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高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。
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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)
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