「朝までぐっすり眠れる」では寝具は売れない…つい買いたくなる商品の「よさ」とは別のもう1つの要素
プレジデントオンライン / 2023年6月30日 18時15分
※本稿は、松永光弘『伝え方 伝えたいことを、伝えてはいけない。』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■人はそもそも「踏みだせない存在」
突然ですが、名言をいくつか並べてみます。
「疑わずに最初の一段をのぼりなさい。階段のすべてが見えなくてもいい。とにかく最初の一歩を踏みだすのです」
――マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
「人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒に振るか」
――ヘレン・ケラー
「いいかい、こわかったら、こわいほど、逆にそこに飛びこむんだ」
――岡本太郎
「行動を起こし、いまをつかめ。人は貝になるためにつくられたのではない」
――セオドア・ルーズベルト
「どんな道でも進まなければ山にたどり着かない」
――ノルウェーのことわざ
名言にはなんらかの教えがあるものですが、さて、これらに共通している教訓はなんでしょうか。
それは、「一歩を踏みだすことの大切さ」です。
人は目の前に道があっても、なかなか先に進もうとはしません。おそれをなしたり、億劫になったり、面倒くさくなったりと理由はさまざまですが、とにかく一歩が踏みだせない。
そのせいでせっかくの可能性の芽をみずから摘んでしまうこともあります。だからこそ、まず一歩を踏みだすことが大切――いずれの名言も異口同音にそう訴えています。
紙面の都合もあって、ここには5つだけを並べてみましたが、同様の名言は無数にあります。まさにいまも昔も、洋の東西を問わず、人は“踏みだせない存在”なのです。
なにがいいたいのかというと、コミュニケーションにおいても人は同じ態度をとりがちだということです。
受け手はやはり踏みだせず、なかなか積極的にコミュニケーションにかかわってはくれません。基本的に、前のめりではない。
ですから、「伝えるべきこと」をあらかじめひとことにするのはもちろん大切なのですが、そこに「かかわりたい(読んだり、聞いたりしたい)」と思えるような「引力」がほしい。
そのためにも、「伝えたいこと」を変換して導きだされる「ひとこと」、すなわち〈メッセージ〉は「魅力」を語ったものになっている必要があります。
■必要性を感じるものに引きつけられる
では、〈メッセージ〉で語られるべき「魅力」とは、どのようなものなのでしょうか。
といっても、基本的には、辞書の「魅力」の項目に書かれている「人のこころを引きつける力」もしくは「人のこころを引きつける特徴やもの」に近い意味あいなのですが……、「伝え方」というテーマにそって、もう少しだけ解像度を上げてとらえてみましょう。
「魅力」を読み解くヒントは、すでにふれた私たちの日常の情報とのかかわり方にあります。
第1章でぼくは、「(私たちは)情報に出くわすたびにまず、それが自分にとって“知りたいこと”や“聞きたいこと”“読みたいこと”なのかどうかを品定めするような目で見ている」とお話ししました。
そのときは、だから受け手は「伝えられたいこと」を受け入れるんだ、と結論づけましたが、さらに踏みこんで考えると、ここに私たち人間の「情報に対する判断の姿勢」を見てとることができます。
「知りたいこと」や「聞きたいこと」「読みたいこと」を求めている――ここからわかるのは、私たちが情報を品定めする際に、「自分にとって必要性があると感じるか」というものさしを大切にしているということです。
出くわしたり、投げかけられたりした情報が、自分にとって必要なものだと感じれば、人はかかわろうとする。
でも、必要がないと感じると、かかわるのをやめてしまう。
必要性の有無によって、受け手は引きつけられたり、引きつけられなかったりするのです。
つまり、自分にとっての必要性と密接につながっている〈メッセージ〉に、受け手は魅力を感じるということ。
ただし、この必要性は、客観的な事実ではなく、あくまで受け手自身の主観にもとづくものです。
まわりから見てその人に必要かどうかではなく、受け手が自分自身で必要と感じるかどうか。もっといえば、実際に必要かどうかも関係なく、本人が「必要そう」と思えれば、それは必要性があるということです。
当然、そこには情緒的なものも含まれます。
たとえば、気分。ちょっと笑いたい気分のときに、それを満たすのに必要だからかかわる。
イメージもそうです。もっと素敵な自分になりたい。そうなるために必要だからかかわる。
要するに、受け手自身が「理想的だ」と感じる状態にたどり着くために必要なもの。〈メッセージ〉で語られるべき「魅力」とは、そういう必要性を感じるものです。
■受け手は必要性を自覚していない
とはいえ、人に対して必要性を訴えかけるのは、じつはそう簡単なことではありません。
スティーブ・ジョブズが「多くの場合、人はかたちにして見せてもらうまで、自分がなにを欲しいのか、わからないものだ」という言葉を残しているように、受け手は「本当は自分がなにを必要だと思っているのか」について、あらかじめ自覚できていないことが少なくないからです。
では、どうすれば、そんな相手に必要性を感じてもらうことができるのか。それを読み解くヒントが、テレビなどで放送されている通販番組にあります。
仮に「高性能の低反発マットレス」が商品として紹介されているとしましょう。この手の番組では、たいてい「こんなお悩みはありませんか?」などとして、商品にかかわるところで、生活者が日ごろ困っているであろう事柄を指摘するところから話がはじまります。
たとえば、「高性能の低反発マットレス」なら、まず、
・目覚めがわるくて、一日のスタートを気持ちよく切れない。
といったことを俳優をつかって映像で再現したりする。
それを見て、気になった視聴者の多くは、商品に期待を寄せはじめます。
そこで商品の紹介。そして、価格の提示――とはなりません。
「お悩み」の共有ができたあとは、かならずといっていいほど、その悩みのもととなっているトラブルの原因分析がおこなわれ、解決の道筋が示されます。
「高性能の低反発マットレス」であれば、
・だから、体圧を適切に分散できるマットレスでの睡眠が望ましい。
といった解説が、専門家の見解などを引用されながらおこなわれます。
そこまで語って、ようやく商品の紹介、です。
そして、補足の情報があれこれ加えられたり、司会者と出演者とのやりとりなどがあったあとで、価格の提示、となります。
■商品のメリットや価値を、悩みの指摘を通じて示唆
いまは専門チャンネルもあるくらいですから、通販番組を見たことがない人はもはやいないでしょう。ここでなぞった番組の内訳も、見慣れたものといってもいいくらいかもしれません。
ただ、伝えるコミュニケーションとして見たときに、通販番組は本当によく考えられていると感心させられます。
なかでも注目したいのは、商品の「メリットや価値=〈よさ〉」だけでなく、その商品がなぜ生活者の悩みや課題を解決できるのかという「理由や道理=〈わけ〉」を重視しているところです。
いまの「高性能の低反発マットレス」でいえば、つくり手目線で「伝えたいこと」は、「低反発性のおかげで、体圧が分散される」という商品の機能的効果です。
でも、それは受け手(顧客)にとって「伝えられたいこと」ではありません。しょせんは「他人ごと」です。
そこのところにしっかりと配慮して、番組では「朝までぐっすり眠るためのもの」という受け手目線で再解釈した商品のメリットや価値、つまりは〈よさ〉を、悩みの指摘を通じて示唆しつつ訴えかけます。
けっしてつくり手の「伝えたいこと」を垂れ流したりはせず、抜かりなく「伝えられたいこと」へと変換して伝えていく。
商品が変わっても、このスタンスはほぼ一貫しています。おそらく長年の経験のなかでつちかわれた話法にちがいないのですが、コミュニケーションの構造に照らしても、まさに教科書どおりです。
ただ、通販番組は、商品の〈よさ〉だけを伝えようとはしません。
受け手目線で「朝までぐっすり眠るためのもの」という〈よさ〉を指摘したあとに、専門家の解説を引用するなどして、それが解決される理由や道理、つまりは〈わけ〉を明確に説明しています。
■魅力は〈よさ+わけ〉で語られる
なぜでしょうか。
そうしなければ、「自分にとっての必要性」が受け手にはっきりと見えづらいからです。
商品について伝える、アピールするとなると、「この商品をつかえば、こんないいことがある」といったように、〈よさ〉を示せば、必要性がわかってもらえると思いがちです。
でも、それでは商品自体の特性は理解できても、「まさに自分のことなんだ」と引きつけて感じるところまではたどり着きにくい。
〈わけ〉がわからなければ、課題の存在とそれが解決されるまでを具体的にイメージしづらく、自分にとっての必要性を感じにくいからです。
そこをわきまえたうえで通販番組では、人びとの悩みをいい当てて〈よさ〉を示唆するだけでなく、原因を分析して、悩みが解決できる〈わけ〉をきちんと語っています。
だからこそ、気持ちを引きつけられるし、納得しやすくなるのです。
(そして、だからこそ、番組を見る前は必要だと思わなかったものを買ってしまう……)。
ここに「魅力」のあるべき姿を読み取ることができます。
「高性能の低反発マットレスの魅力はなにか」と訊かれたら、多くの人は「朝までぐっすり眠るためのもの」のように〈よさ〉の部分を語りがちです。
しかし、〈よさ〉だけでは、必要性が見えづらく、人の気持ちを引きつけるところまではたどり着きづらい。
〈よさ〉が実現される〈わけ〉までを含めてはじめて、必要性を感じることができます。
「高性能の低反発マットレス」であれば、「背骨のカーブを意識して体圧のバランスを調整し、身体を楽な状態に保つから、朝までぐっすり眠ることができる」というところまで指摘してはじめて魅力といえる。
同じ構造は広告にも見てとれます。魅力がしっかりと表現された広告キャンペーンの多くは、〈よさ〉と〈わけ〉がきちんと意識されています。
たとえば、1997年にアップルが展開した「Think different.」もそうです。スローガンは「Think different.」つまりは「ものの見方を変えよう」ですが、その言葉のもとで、広告にはアインシュタインやピカソ、ガンジーといった「世界を変えた人たち」がえがかれています。
要するに「世界を変えることができるコンピュータ」ではなく、「ものの見方を変えて(=わけ)、世界を変えることができる(=よさ)コンピュータ」。こういう語り方をするからこそ、説得力が生まれます。
こんなふうに、魅力は〈よさ+わけ〉の組み合わせで語られるべきものなのです。そして、魅力を語るべき〈メッセージ〉もまた、〈よさ+わけ〉で表現されることになります。
■なぜ癒されるかの「わけ」まで言えると必要性が見えやすい
題材を変えて、もう少し考えてみましょう。
〈メッセージ〉で語るべき魅力を見いだす練習課題として、ぼくはよく自身が主宰する文章講座で、受講者につぎのような“お題”に取り組んでもらいます。
この場合なら、どうなるでしょうか。
※奈良公園は、古都・奈良に存在する公園。総面積は660ヘクタール(東京ディズニーランド13個分の広さ)ともいわれ、そのなかに東大寺や春日大社、興福寺といった歴史遺産や原始林が含まれるほか、鹿などの野生動物も生息し、古くから観光地として親しまれている。
〈メッセージ〉の見つけ方については本書で詳しく説明していますが、まだ〈よさ+わけ〉の説明をしていない段階で、こうした問題を投げかけると、いつも決まって最初に受講者から寄せられるのがつぎの答えです。
「癒しを与えてくれる」
奈良公園に行けば癒される。だから行きましょう――ということですが、事実としてはまちがいないかもしれません。奈良公園に行けば、たしかに多くの人は癒されるでしょう。
でも、事実だから、そういう価値があるから、といっても強く惹かれるわけではありません。
受け手の立場になって考えてみるとわかることですが、「癒されるから行きましょう」といわれても、「それなら行ってみよう」とは思いづらいはずです。先ほどもお話ししたように、〈わけ〉がわからなければ自分にとっての必要性が見えづらいからです。
奈良公園は「癒しを与えてくれる」場所ですが、それはあくまで〈よさ〉の話にすぎません。
これを魅力とするには、「なぜ癒されるのか」を説明できる〈わけ〉が必要です。
たとえば、東大寺や興福寺をはじめとした歴史ある施設が、いまなお公園の一角で変わらず運営されていることなどに注目して、
「奈良公園には1000年を超える歴史のゆっくりとした時間の流れがあって、あくせくした気持ちをゆるめられるから、癒される」
のようにいわれれば、魅力を感じてもらいやすくなります。
「そういえば、自分はこのところ、あくせくした気持ちでいるかもしれない。癒しが必要だ」
などと、自分に引きつけてイメージでき、必要性が見えやすくなるからです。
■「○○だから、○○だ」で語れるか
あくまでぼくの場合の話ですが、本の企画を立てるときにも、魅力を伝えるという意味で、やはり〈よさ〉と〈わけ〉を強く意識します。
たとえば、以前、放送作家の小山薫堂さんやインテリアデザイナーの片山正通さん、クリエイティブディレクターの嶋浩一郎さんら9人の人気クリエイターが企画術について語った本をつくったときには、考案の段階でまず〈よさ〉として思い浮かべたのは、「いまの時代に本当に必要な企画のやり方を学ぶことができる」でした。
でも、それだけだと、受け手(想定していたのは、企業の企画職の人たち)にとっては、根拠がやや曖昧で、必要性を感じづらいところがあります。
そこであわせて据えたのが、「いまの世の中を動かしているしかけ人たちが手の内を見せてくれるから」という〈わけ〉でした。つまりは、
「いまの世の中を動かしているしかけ人たちが手の内を見せてくれるから、いまの時代に本当に必要な企画のやり方を学ぶことができる」
という〈メッセージ〉です。
そして、これをもとに『しかけ人たちの企画術』というタイトルを決めて本をつくったところ、まさに社会にインパクトを与えたいと思っている企画パーソンたちから、「バイブルにしています」といってもらえるような反響を得ることができました。
こんなふうに、〈よさ〉に〈わけ〉がともなって、はじめて魅力といえるのです。
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編集家
1971年、大阪生まれ。「編集を世の中に生かす」をテーマに、出版だけでなく、企業のブランディングや発信、サービス開発、教育事業、地域創生など、さまざまなシーンで「人、モノ、コトの編集」に取り組んでいる。ロボットベンチャーをはじめとした企業のアドバイザーもつとめており、顧問編集者の先駆的存在としても知られる。また、社会人向けスクールの運営にたずさわるほか、自身でも大企業や自治体、大学などで編集やコミュニケーションに関する講演を多数実施し、好評を博している。
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(編集家 松永 光弘)
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