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「安売り」は消費者も家電量販店も損をする…パナソニックが始めた「メーカー指定価格」が画期的なワケ

プレジデントオンライン / 2023年7月2日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

「安売り」は本当にいいことなのか。経営コンサルタントの菅野誠二さんは「安売りを続けると、消費者も取引先も最終的には損をする。これに対し、パナソニックの『メーカー指定価格』という取り組みは、安売りから脱する画期的な挑戦だ」という――。

※本稿は、菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■あなたの会社は価格決定権を持っているか

多くの企業で行なわれている価格決定のフローは、下記の3つのうち、いずれかのパターンを慣習的、惰性的に実施している場合が多い。

① 自社コストに必要な利潤を加えて価格を決める
② 自社 対 競合商品の強弱で価格を調整する
③ 顧客、取引先のいいなりで価格を決めさせられている

この傾向は企業のマーケティング担当者と現実の価格決定の実例をインタビューしても同様であった。①はコスト・プラスという値決めの方法で、この発想である限り大胆な付加価値価格は設定しにくい。②③はよくある事例で、顧客価値創造プライシングではない上に、価格決定権を自社で持つ意志が弱く、圧倒的に主体性に欠ける。

■価格支配力が移動した「ダイエー・松下戦争」

ここで象徴的な事例をご紹介する。1964年から30年間に渡ってダイエーと松下電器産業(現 パナソニック)の間で「ダイエー・松下戦争」と呼ばれる確執があった。これは松下がダイエーの安売りに対して商品の出荷停止をしたことからはじまったものだ。そしてダイエーから独占禁止法で告訴されて以降、取引が停止になった事態を指す。

松下の会長・松下幸之助は「定価販売(小売希望価格)でメーカー・小売が適正利潤をあげることが社会の繁栄につながる」と主張した。しかし、ダイエー創業者の中内㓛は「いくらで売ろうともダイエーの勝手で、製造メーカーに文句は一言も言わせない」と、相容れなかった。その後はダイエーだけでなく家電量販店の勢力拡大が続いた。松下幸之助の死後の1994年、両社はやっと和解し、販売供給が再開した。

この事例は松下という家電産業の雄が新しい勢力に屈し、「価格支配力」を譲り渡したことを意味している。そしてパナソニック以外の総合家電メーカーも同様の状況である。

■パナソニックが始めた「値引き禁止」の挑戦

だが、パナソニックは価格支配力を取り戻すべく、2020年から画期的な試みを挑戦中だ。「メーカー指定価格」と呼ぶもので、一部のフラッグシップモデルに関しては、家電量販店が在庫リスクを負わない代わりにパナソニックが販売価格を指定して、値引きも一切認めないという制度である。

ショップポイントも勘案し、実質的にはどの店舗で購入しても同じ売価になる。売れ残りの在庫はパナソニックが引き取るという販売モデルの確立で、販売価格の拘束に該当しないため、独禁法には抵触しない。成功すればビジネスモデル・イノベーションである。

家電量販店は他店との競争上、通常は市場投入後に時間が経った商品の値引き販売や、特別なショップポイントの付与で「安値奉仕アピール」をする。その原資をメーカーへリベートとして請求する。これをメーカーが断ることは力関係上、困難だ。

テレビの壁を見ている女性
写真=iStock.com/Filipovic018
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Filipovic018

■メーカーの利益改善と商品の長寿命化を実現

折角の新製品も初速で売れ行きが鈍ければ、あっという間に廉価販売され、儲からない製品として市場を撤退することになる。つまり、製品の価格支配力は小売側にある。多くの家電は終売までに2割くらい価格が下がるので、売価を戻すことを目的に新製品を投入することが業界の慣習となっている。

菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)
菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)

この弊害として、新しさをアピールするために現行商品の性能を少しだけ向上させ、時には消費者が望まない機能を付与したり、消費者不在の製品も生まれてしまっていた。

パナソニックとしては短期目線による毎年の新製品投入を繰り返し、営業利益率が低迷する状況から脱したい。そこで価格支配力を取り戻して利益を確保するため、IoTで家電をつなぎ、ソフトウェアで機能をアップデートし続ける仕組みをつくった。

これにより、むやみに新製品を乱発せず、商品寿命の長期化を狙うことができる。これは現行製品の値崩れを防ぐことも目的に含まれている。つまり、パナソニックのメリットは「メーカーの利益改善と商品の長寿命化」にある。

■顧客にも家電量販店にもメリットがある「三方良し」

他方、小売側にもメリットがあり、「顧客と価格交渉の駆け引き時間がなくなり、その代わりにしっかりと商品説明ができ、販売員のストレスも低下する。フラッグシップ商品は指名買いなので、値引きが不必要なために売りやすい。小規模店舗でも在庫リスクを負わずに高価格商品を販売できる」というものだ。

さらには顧客メリットもあり、いつでもどこでも安心して買える。買ったあとの値下げを見て、悔しがることもなくなる。パナソニックは三方良しの精神に則って、Win-Win-Winを生み出そうとしている。

パナソニックの品田正弘社長は日経のインタビュー*にこう答えている。

適切な値付けができるかが最大のカギになる。
欲を出して高い値付けをするとうまくいかない。消費者を見極めて、価値に見合った価格を初期的につけるようにしないといけない。新取引は将来的に全家電の3割程度(金額ベース)まで拡大したい。
新たな取引形態が浸透して開発の競争力がつけば、適正な価格で販売できる製品も増えてくるはずだ。

*「家電の値崩れ止まるのか? パナソニック、量販店に価格指定」2022年10月4日 日経クロストレンド

パナソニックの「メーカー指定価格」は「価格支配力を確保したい」という強い意志表示だ。成否はまだわからないが、注目しておくべきだろう。家電競合メーカーも結果を見守っていて、成功の兆しがあれば追随する準備をしているだろうから、価格支配力のバランスが変わるかもしれない。

■「お客様は神様」という極論は間違っている

顧客中心の企業というと、時折「お客様は神様」と考える極論が出やすいが、これは間違いだ。あまりに有名だが、あえて、リッツ・カールトンのクレド(信条)をご紹介する。

ドバイのリッツ・カールトン
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

同社は世界でも指折りのラグジュアリーホテルで、卓越したサービスを提供するためのクレドが示されていて、これが全従業員レベルまで浸透している。このクレドはさまざまなサービス産業の企業がロールモデルとしていて、各社のクレドの元になっている。

注目すべきは従業員が所持するクレドカードに記載されている、この言葉にある。

「We Are Ladies and Gentlemen Serving Ladies and Gentlemen.」

従業員が紳士・淑女であることがもっとも大切な資産であり、ゆえに顧客の紳士・淑女にサービスを提供できる、という価値意識である。

■顧客と従業員は対等の関係が一番いい

また、創業者の言葉からも、お客様を神様には“していない”ことがわかる。人としてお客様と対等の存在でなければ、最高のサービスから圧倒的なフィーを受け取ることはできない。リッツ・カールトンの共同創業者のホルスト・シュルツ氏は、著作『Excellence Wins』(Zondervan)を通じた自分たちのサービスについての名言**が秀逸である。

「私たちはサービス業界の陰で働く使い人ではなく、自分たちの力で、自分たちの存在価値を高めることができる」
「企業はすべての人間を常に喜ばせることはできない。しかしそれでもトライすることを妨げはしない」

**「Horst Schulze > Quotes」

ある高級ブランドの担当者が仰っていた言葉が、極めて印象深く思い出される。

日本企業によくある「お客様は神様」という思想はよくない。「お客様をファンにする」という考え方であるべきだ。

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菅野 誠二(かんの・せいじ)
経営コンサルタント
ボナ・ヴィータ代表取締役、ビジネス・ブレークスルー大学教授(マーケティング)。早稲田大学法学部卒、IMD経営大学院修了(MBA)。ネスレ日本株式会社にて営業・ブランディングの経験を経て、マッキンゼー&カンパニーにて経営コンサルタントとして数々の一部上場企業のプロジェクトを担当。のちにブエナ・ビスタ(ウォルト・ディズニー・カンパニー ビデオ部門)でマーケティングディレクターを務めた。ボナ・ヴィータを設立、コンサルティングによる企業の戦略立案とアクションラーニングを通じた企業変革に関わっている。著書に『外資系コンサルのプレゼンテーション術』(東洋経済新報社)、『値上げのためのマーケティング戦略』(クロスメディア・パブリッシング)、訳書に『マッキンゼー流 プレゼンテーションの技術』(東洋経済新報社)など。

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(経営コンサルタント 菅野 誠二)

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