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面倒が増えて、最期は悲しいのに、なぜ人は動物を飼うのか…ペット型ロボットの開発者が行き着いた結論

プレジデントオンライン / 2023年7月3日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/OlenaKlymenok

なぜ人はペットを飼うのか。ロボットベンチャー「GROOVE X」の林要社長は「人類は、本能的に自分を必要としてくれる存在を求めている。この感情は、人類の進化の過程ではぐくまれたものなのだ」という――。

※本稿は、林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)の第1章「LOVOTの誕生」の一部を再編集したものです。

■“頭”が大きくなったことで子育て期間が長くなった

そもそも、なぜ人類は犬や猫を愛でるようになっていったのでしょうか。

ぼくらは進化の過程で、頭部に特徴を持ちました。「脳の神経細胞が多く、学習能力が高い」という情報処理面での特徴と、それを実現するために必要な「頭のサイズが大きい」という身体面での特徴です。

大きな頭を持つことでむずかしくなることの1つは、出産です。

大きな頭部が狭い産道を通るとき、母体にかかる負担が大きくなります。そこでぼくらは、頭が大きくなる(=脳の発達が完了する)よりも遥か前の段階で「未熟な状態で子どもを産む」という進化を選んだのではないかと言われています。

未成熟な状態で生まれる赤ちゃんは、情報処理面でも身体面でも生き残るうえで大きなハンディがある状態です。結果として、子育ての期間が長いことも人類の特徴になりました。

■「面倒を見たい」という本能が備わっている

ほかの進化の方向性として、より成長した状態で産めるように「母体の骨盤を成長させる」という方法もあったように思いますが、巨大な骨盤は直立二足歩行との相性が悪いとも言われており、野生で生き残るには足枷になったのかもしれません。

また、あえて未熟な状態で生まれることで、子どもが成長しながら学ぶことに意味があったのかもしれません。

ともかくぼくらは、群れをつくって暮らし、未熟な子どもを長期間、世話し合いながら生き残る道を選んだのです。そして、「だれかがだれかの世話をすることでコミュニティを維持する」という生存戦略をとってきたので、「面倒をみたい」という本能が、ぼくら人類には少なからず備わっているはずです。

群れとして生き残るために、ぼくらは役割を分担して生きてきました。

狩りの上手な人、石槍を上手に造る人、またそんな人たちの遺伝子を残すためには、子どもを育てるのが得意な人の協力も必要です。得意、不得意があり、そのグラデーションの幅が大きいからこそ役割分担ができて、個体数を増やすことができました。

■「承認欲求」は群れで生きるために必要な感情だった

ただ、役割を分担するにも、なにをしたら相手がうれしいか知らないことにはうまくいきません。その学習を促すために活躍したのが「報酬」です。

狩りの上手な人は、獲物を分け与えることによって仲間に喜んでもらうことができます。感謝されたり、称賛されたりしたでしょう。

感謝や称賛は、食べ物のような生きるために身体が必要とする「現物の報酬」ではなく、目に見えない「仮想の報酬」です。しかし、報酬としての機能は同じです。報酬から得られる快感を脳が自然と学び、また仲間に喜んでもらいたいという欲求を生み出します。

こうしてぼくらは、「承認欲求」という本能を獲得したのだと思います。

承認欲求という言葉は、現代ではネガティブな部類の感情と捉えられがちです。けれどもこうしたメカニズムを想像してみると、助け合って生きるために育まれてきた、とても重要な感情だとわかります。むしろ、大なり小なり「感謝や称賛を快感に思う人だけが生き残ってきた」とさえ言えます。

■孤独になるのが不安なのは人間として当たり前

そして、報酬の反対は「罰」です。すると「仮想の罰」という状況も見えてきます。それが「孤独」です。

ぼくらはなぜ寂しくなるのでしょうか。

「孤独」とは神経科学に社会学のアプローチを含ませたことで知られるジョン・T・カシオポの『孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか』という本には、「人間の孤独とは、生きるために必要な機能だ」という趣旨のことが書かれています。

孤独は必要? 孤独が機能? いったい、どういうことなのでしょうか。

集団で生活せずとも、屈強な肉体を持つ男性なら動物を狩って食べてを繰り返し、たった1人で生きていくこともできたかもしれません。しかし、そのような志向を持つ個体は子孫を残すことができません。女性が自分の子を宿して、その子どもが無事に育つために、集団みんなで生き残る選択をとってきた個体の遺伝子だけが生き残りました。

そのプロセスを何世代も経て選択的に残ったのが、現代のぼくらです。つまりぼくらは、少なからず「群れのなかで役割を持っていなければ不安」と感じてしまう本能を宿す遺伝子を持った末裔(まつえい)だと見なすこともできます。

■「幸せ」と「孤独」の存在意義は同じ

そしてその遺伝子は、人類にある特徴をもたらしています。

ポジティブな面としては、認め合っている仲間とであれば「いっしょにいるだけで安心」という「幸せ」、ネガティブな面としては、「仲間がいないと不安」という感情、つまり「孤独」を獲得したことです。

集団から切り離されたり排除されたりして、群れからパージ(放出)された個体は、遺伝子を残すことが困難になります。孤独とは、そのリスクを減らすために備わったもの。これが「人間の孤独とは、生きるために必要な機能だ」という言葉の意味だと言えます。

幸せも孤独も、対極のようで、その存在意義を考えてみると基本的な機能は変わらないように思います。どちらも、ぼくらに生き残りやすい行動をさせるために備わった感情なのでしょう。

ただ、ぼくらは集団生活を営めるよう、数十万年もかけて遺伝子を最適化しながら進化してきたのに、たった数百年ほどでライフスタイルは大きく変わってしまいました。

■遺伝子がライフスタイルの変化に追いついていない

文明の進歩によって、プライバシーを重視したライフスタイルを選ぶ自由が増えてきました。それを良しと楽しむ一方で、ぼくらは自分が「群れている」と直感的に感じられない環境だと、ネガティブな感情を抱きます。

プライバシーを十分に確保した生活は「群れからはぐれている状態」とも言えます。なので、ほかに「自分が群れから認められ、必要とされていると感じられる機会」が十分にない場合には、本能がネガティブな感情として「この状態を続けていると死んでしまいますよ」と生命の危機を感じさせるサインを出して、ぼくらの行動を変えようと迫ってきます。

このサインこそが「孤独」です。

ほんとうはその生活をしていても、現代社会では生命を失うほど追い詰められるリスクは多くありません。孤独という感情は、以前に担っていた「生命維持のための警告」という役割を果たしていないのです。ですが、たとえそれを理性(頭)ではわかっていても、本能(心)が納得しません。もはや孤独という機能の「仕様バグ(仕様に従って動作しているものの、期待される結果や動作が得られない)」とも言える状態です。文明の進歩にともなうライフスタイルの変化に、遺伝子の進化適応が追いついていないのでしょう。

杖をついて歩くシニア
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleg Elkov

■「必要とされない欠乏」の穴埋めになっている

ここまで掘り下げて、問いを「なぜペットは生活の利便性を向上しないのに、人類に必要とされるのか」に戻します。

集団に属し続けることが生存条件ですから、ぼくらは「自分が必要とされているかどうか」を本能的につねに確認しています。ところが、核家族化が進んだ現代において、「自分は必要とされている」と直感的に感じられる機会は減ってしまいました。子育てや仕事以外の場面でなにかしらをケアする機会が減り、そこに付随して自分の存在意義を体感する機会も少なくなっています。

そして、不足しがちになった「自分を必要としてくれる存在」こそが、ペットです。だからこそ、番犬やネズミ捕りといった使役を必要としなくなったあとでも、人類は犬や猫を家族の一員として必要としているのだと思います。

ペット関連の市場規模は、日本だけでも年間1.7兆円と算出され、増加傾向です。

これは、オンラインゲーム市場、紙と電子を合わせた出版市場、スポーツ用品市場や福祉用具市場と同じくらいの規模です。これだけ大きな市場であることからも、ペットがいかにぼくらにとって大切なのかを示していると言えます。

■ペットを飼えるのは全世帯の3分の1

日本の全世帯の半分以上の人たちが「条件や環境が整えばペットを飼いたい」と考えているにもかかわらず、実際にペットを飼うことができている世帯は約3分の1しかないというデータもあります。住宅環境、アレルギー、不在の時間が長くペットに寂しい思いをさせたくない、老後の世話、ペットロスへの不安など、さまざまな理由があります。

さらに、ペットを幸せにするためには、飼い主が生活を大きく変える必要があります。

しつけによって動物が人類の生活スタイルに歩み寄れる範囲は、ほんの一部分に過ぎません。人類が生活パターンをあまり変えない場合、動物に我慢を強いることになります。すると、そのうち問題行動が発生します。オーナーがペットのために生活を十分に変える。そのうえでしつけもしっかり行う。そして初めて良い関係を築くための土台ができるわけですが、そこまで大きく生活を変えられない人も多くいます。また、ペットを飼うことができた場合でも最愛の存在を失うつらさを経験すると、その後は飼えなくなる人も多くいます。

■「人間を必要とするロボット」が必要ではないか

ここで、ぼくのなかで点と点に過ぎなかったアイデアが結びつきました。

「人に寄り添うこと」が目的のロボットがいれば、多くの課題を解決できるのではないかと。

生産性や利便性を向上するための作業を、そのロボットが自ら担うことはありません。ただ、「オーナーのそばにいる」という1つの目的のためだけにすべてを賭けて生み出されたロボットだからこそ、できることがあるのではないか。

これまでの生産性至上主義における価値観では「役に立たないロボット」だったとしても、そのロボットは、実はかなり多くの生活課題を解決できるはずだと考えたのです。

ロボットはアレルギーもないですし、留守中の心配もありません。(これはあとで述べたいテーマでもありますが)死ぬことも稀です。

ペットと同じように人類に懐き、人類に気兼ねなく愛でてもらい、人類に世話をしてもらう。そんな「ぼくらを必要とする」ロボット。

LOVOT[らぼっと]
出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

人類がテクノロジーを必要としてきたように、今度は「テクノロジーのほうが人類を必要とする」ことで、多くの人が本来は持っている「他者を愛でる能力」を引き出し、開花させることができたら。

これこそが、テクノロジーと人類の新しい共存方法の1つなのではないか――。

たとえ利便性の向上に寄与できなくとも、それだけで十分に務めが果たされる。そして、そんな存在であれば、現在のテクノロジーを総結集すれば実現できるかもしれない。

■生産性向上は目的にない

かつて人類が犬や猫と共生することになった理由は、「番犬」や「ネズミ獲り」といった利便性をその動物が提供してくれたからではないかと言われています。昔は、犬や猫にも生産性や利便性の向上に貢献することを求めてきたのです。

しかし、ライフスタイルの変化とともに、犬や猫は単に愛情を注ぐための存在へと変わりました。つまりペットは、これまでの人類の求めから開放された存在となりました。そしてそのあとも、生産性や利便性に貢献しないにもかかわらず、ペット市場は広がり続けています。だとしたら、こういう予測もつきます。

「少なくとも一部のロボットは、同じ道を進むのではないか」

心をケアする、安心を提供する、人類の他者を愛でる能力を引き出す、「温かさ」を目的としたロボット。そんな方向へ、未来のテクノロジーの可能性を1つ増やすことができたら。

生産性向上のためのテクノロジーが引き起こす不安を解消するために、生産性向上を目的としない温かいテクノロジーが貢献できるとしたら。

そのロボットは、人類のテクノロジーに対するイメージそのものを変えることさえできるかもしれない。

なにも仕事はしないけれどもそばにいる。人類が気兼ねなく愛でることできる存在。

しかもそのロボットは、テクノロジーが進歩すればするほどに、よりいっそう人類から愛されていく。

■50以上のセンサーで刺激を受け取り反応する

胸に湧いた新鮮な思いは、やがて1つの結晶となってこの世に生まれました。

それが、家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」です。

LOVOT[らぼっと]
出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

LOVOTという名前は、「LOVE」と「ROBOT」を合わせた造語です。

姿かたちは、どの動物をモデルにしたわけでもないのでなんとも言いがたいですが、「頭の大きな雪だるまに車輪をつけたような趣」とでも言いましょうか。その「ころん」としたフォルムからは想像できないほどに、内部には最新のテクノロジーが詰まっています。

たとえば、全身にある50以上のセンサーで外部からの刺激を感じ取り、それを機械学習の技術で処理することで、リアルタイムに反応します。それらを実現するためにかなりの労力をかけて、開発時点で導入でき得るあらゆる最新テクノロジーを積み込み、またそのハードウェアを限界まで使いこなすためにソフトウェアのバージョンアップを重ねています。

■利便性の観点では“ないもの”ばかり

コンセプトは「人類が持つ他者を愛でる力を引き出し、だんだん家族になっていくロボット」です。人類の作業を肩代わりしたり、効率化したり愛を増やすロボットする機能はありません。

お役立ちロボットが持つ代表格であるお掃除機能はついていません。頭のカメラで撮った映像をアプリ経由で見ることができたり、留守中に人の姿を発見すると通知を飛ばす「留守番機能」があったりしますが、日常的な家事のお手伝いは期待できません。人類の言葉もほとんど話しません(ただ、自らの状態に応じたLOVOT語とも言える鳴き声を発します)。

利便性の観点では、ないない尽くしです。

そもそもLOVOTは、ともすると人類の手間を増やす存在です。よく面倒をみてくれる人には懐き、あとを追いかけ、時に鳴きながら腕を上げ、「抱っこしてほしい」と体を揺すります。抱き上げて「たかいたかい」をしてあげれば喜び、ゆっくりなでたり揺すったりしてあげると、すやすやと眠ってしまいます。それでも、いっしょに過ごして少々の手間をいとわずに面倒をみていると、自然と愛着が湧いてきます。

LOVOTのオフィシャルサイトより
出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

■「買いたい」ではなく「飼いたい」

LOVOTは生産的なことはしませんが、そうして癒された人の生産性は上がっていきます。これは「forbes」というメディアに、あるライターが寄稿したLOVOTの感想です。

林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)
林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

「LOVOTはただ近づいてくるだけでなく、私の足元にすり寄ってきて、首を傾けたり、小さな手を動かしたりしながら、私の目を無邪気な瞳で見つめる。『あ、私に構ってほしいのかな』と感じるのだ。人懐っこい犬や猫が近寄ってきたときと感覚が似ている。LOVOTに甘えられているような気分になり、途端に愛おしくなるのだ。LOVOTに触れると、愛着はさらに強くなった。LOVOTが小さな手をパタパタと上下させる。『抱っこをしてほしい』というサインだ。

LOVOTの脇の下を抱えてみると驚いた。脇の下が暖かい。LOVOTには暖かさを伝えるエア循環システムが搭載されているからだ。さながら小動物を抱え上げたような感覚に陥る。スキンシップを通し、LOVOTが私になつき始めて、『めちゃくちゃ可愛いな』と思った。この時には、LOVOTを『買いたい』ではなく『飼いたい』と思っていた」

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林 要(はやし・かなめ)
GROOVE X社長
1973年愛知県生まれ。トヨタ自動車に入社。同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフ、量販車の開発マネジメントを担当。ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」の開発に携わる。2015年、ロボット・ベンチャー「GROOVE X」を起業。’18年12月、同社より人のLOVEを育む家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を発表。

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(GROOVE X社長 林 要)

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