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よろよろと歩く女を見て男は悦に浸った…ハイヒールが女性に流行った「背を高く見せたい」以外の理由

プレジデントオンライン / 2023年7月10日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/janiecbros

ハイヒールはいつ誕生し、どのように流行していったのか。歴史学者で英BBCの人気ポッドキャスターのグレッグ・ジェンナー氏が子供たちの質問に答える『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)より、一部を紹介しよう――。

■「女性的な姿」を象徴するハイヒール

『ハイヒールはいつから流行し、女性になぜ人気なんですか? マーガレットより』

ハイヒールを見ると、何を連想する? 僕がたちまち思い浮かべるのは、2つのポップ・アイコンだ。1つは、店のショーウィンドーに飾られたクリスチャン・ルブタンのピンクの華やかな靴をじっと見つめて「ハロー、愛しい靴!」とささやくキャリー・ブラッドショー。これは当時の時代精神をうまくとらえて大ヒットした『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998年から2004年にかけて放映されたアメリカの連続テレビドラマ)の場面だ。

もう1つは映画『キンキーブーツ』(2005年に公開された英米合作のコメディー映画)で、ゴージャスなキウィテル・イジョフォー演じるドラァグ・クイーンのローラが、ヒールが壊れない、安心して履ける奇跡のような革製ブーツを求めている。キャリーはまるで一流芸術品のように靴を崇拝し、ローラはそれを、「ヒールをご覧、お兄さん。セックスはヒールに宿るのさ」というシグナルを発するメッセンジャーとしてとらえている。

どちらの場合も、ヒールは実用的でなく、高価で、壊れやすく、そして女性的な姿を誇示したい人に熱愛されている。しかし実はハイヒールの歴史はこれとはまったく異なる。もともとヒールは男性のものだった。それもすべての男ではない、戦士のためのものだったのだ。

■もともとは男騎兵のための靴だった

ヒールが最初に登場したのが正確にいつだったかは知られていないものの、1000年前の中世ペルシア騎兵はこれを履いていた。騎兵が弓をひくために手綱を離したとき、ヒールであぶみに足を固定させて体を安定させたのだ。

カナダのトロントのバータ靴博物館で豊かなコレクションを管理するエリザベス・センメルハック博士によると、この特徴的なペルシアの靴がヨーロッパに伝わったのは16世紀末で、強力なオスマン・トルコ帝国に対抗するための同盟相手を求めたサファヴィー朝ペルシアのアッバース1世がヨーロッパ人外交官をもてなしたことがきっかけだったという。こうして新しい流行が生まれ、まもなく、ヨーロッパの多くの絵画にハイヒールが描かれるようになる。

■男性のハイヒールを女性も真似しだした

ぶっきらぼうで喧嘩っ早く、体格のよい若い男たちが、男らしさを誇示するかのように乗馬と社交の両方の場でヒール靴を履いて歩き回るようになった。一般大衆が彼らの真似をしはじめると、貴族階級はさらに高い、いかにも実用的でないヒールを履くようになった。そんな馬鹿げた靴を履いて庶民がよろよろと肉体労働に従事するのは不可能だとわかり切っていたからだ。

もちろんヨーロッパの冬は雨が多く湿度が高いことで知られている。そのため、この最新流行のハイヒールにはちょっとした問題があった。泥に沈んでしまうのだ。

この問題の解決法として考えられたのは、乗馬靴を平底ミュールに差し込むということだった。靴のための靴だ! 履いて歩くとビーチサンダルのようにピシャリと音をたてる(スラップ)ことから、これはスラップ・ソールと名づけられた。

1600年代初めになると、富裕層の女性も男性のファッションを真似しはじめる。しかし馬に乗る必要がなかった彼女たちのスラップ・ソールでは、平らな靴底は高く持ち上がった部分に接着され、その結果土踏まずの下に三角形の空間が生まれた。

ピンクのハイヒールを履いた女性
写真=iStock.com/MoustacheGirl
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MoustacheGirl

■「ドレスの長さ」を見せびらかすため

ただし、かかとが非常に高い靴はそれ以前にはまったく存在しなかったわけではない。ルネサンス期ヴェネツィアのファッショナブルな女性たちは、すでに数世紀前から厚底の靴を履いていた。チョピンと呼ばれたこの種の靴は馬鹿馬鹿しいほど厚底で、履いた者を他人よりも、比喩的にも文字どおりの意味でも持ち上げることができた。

ときに50センチメートルという目もくらみそうな危険極まりない高さに達するチョピンを履いた彼女たちは、両脇を召使いに支えられて、通りを、あるいは出席した社交の集いで、よろめき歩いたのだった。

その不便さは、実は意図されたものだった。チョピンが高いほど、これを履いた女性は、床まで達する長いドレスの豪華さを見せびらかすことができたからだ。要するにチョピンとは、所有する富を周囲に見せつけるための自己満足の道具だったわけだ。センメルハック博士が指摘するように、女性が富の動く広告塔を務めてくれることで最も得をしたのは、亭主やパトロンだったかもしれない。

一方、裕福な男性は18世紀初頭になってもヒール付き靴を履きつづけた。当時の最も有名なファッショニスタはフランスの名高い太陽王ルイ14世だろう。やわらかい革や布でできたその美しい靴には豪華な刺繍が施され、ヒールも色が塗られたり赤く染められたりしていた。

■男性は徐々に「合理的な靴」を好むように

というわけで、ヒールはそもそも男性のために発明されたのだとすると、現在ヒール靴を履く男がほとんどいないのはなぜだ?

男性がヒール靴を履かなくなった理由は1つではないだろう。しかし18世紀半ばに合理性を重んじる啓蒙(けいもう)思想が興り、フレンチ・スタイルの人気が失われていくと、イギリスのファッショナブルな男たちは外国の女々しい靴の代わりに、合理的かつ実用的な人間のためにデザインされたストイックな靴を好むようになった。ヒールはこうして、哲学者たちが一般的に非合理で愚かであるとみなした女性だけのものとなったのだ。

しかしその後、女性もまたヒールを履かなくなっていく。アメリカ、ハイチ、フランスで革命の嵐が吹き荒れ、19世紀が始まると、ヒールの高い靴は人気がなくなった。おそらく、革命的な急進思想で胸を一杯にした者たちは、古代ギリシア・ローマ風の民主主義的な服装を好んだことだろうし、一方下層民を軽蔑する王党派は、ギロチンや銃剣が突然全土を席巻したことに気づき、処刑されたフランス国王や王妃を連想させるような靴は、たとえそれがすばらしいの一言に尽きるとしても、見せびらかすのはまずいと悟ったのだろう。

■ハイヒールの再流行

その後、驚くべき大転換が起きる。軍隊風の長ズボンが新たに流行したこともあって、多くの男性が戸棚から古いヒール靴をふたたび引っぱり出してきた。体にぴったり添う半ズボンに比べてゆったりしている長ズボンは、靴のヒールの下に引っ掛けてズボンを固定するためのひもが足首部分についていた。

そして男性側の状況がそうだったのなら、次に何が起きたか想像がつくだろう……そう、1800年代半ばになると、女性用のヒールも大々的にカムバックを果たしたのだ。そのきっかけの1つとなったのが写真術の広がりで、上流階級は何を着ているのか、より多くの人が目にするようになった結果、高級ファッションがあっという間に社会の隅々まで広がっていった。

写真術が民衆の間に広まると、ヴィクトリア朝時代のポルノ写真もまた隆盛した。その多くでは、ハイヒール・ブーツ以外何も身につけていない女性がカメラの前でポーズを取っている。このエロティックな新流行は、もちろん現在まで続いている。

とにかくこの時代になって、ヒールと女性が、社会の各層で決定的に結びつけられたのだ。とはいえ、ハイヒールを履いた女性が歩くと、前かがみでカンガルーみたいな醜いシルエットになると非難した熱心な批評家や風刺漫画家もいた。流行のアイテムになったハイヒールにも、反対者がいなかったわけではないのだ。

■ハイヒールを履く女性は「合理的でない」

そして18世紀に、女性たちには合理的な思考ができないと嘲られたように、これら19世紀の女性たちもまた、参政権を与えるにはふさわしくないと宣言された。理由の1つとされたのが、あのように馬鹿馬鹿しい形の靴を履きたがる人間に、有権者としての責任を負う能力などあるはずはないというものだった。これは別に僕の個人的見解じゃないからね。本当だって!

それでもヒールが姿を消すことはなかった。20世紀初頭、ハリウッドのけばけばしい電飾とともに、大衆の目に映るハイヒールの評価はさらに上昇した。しかし最後の大きな飛躍が起きたのは1950年代のことで、これは単なるファッション革命というより、技術革命でもあったのだ。建築家たちが世界中の大都市で目もくらむような鉄筋の高層ビルを建てていたように、伸縮性を持ち強度のある鋼鉄は、かかとが尖ったスティレット・ヒール(ピンヒール)の登場に欠かせない役割を果たした。

■技術革命でハイヒールのデザインも進化

ルネサンス期イタリアの刀身の細い短剣から名づけられたこのヒールは、芯に鋼鉄が使われているため、高さを保ちつつきわめて細い。1960年代までに、この金属製の芯を包む素材は木材や革からプラスチックに変わり、それ以来デザイナーたちはひたすら靴の美しさを追求しつづけている。

グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)
グレッグ・ジェンナー『ロンドン大学歴史学者の「歴史のなぜ」がわかる世界史』(かんき出版)

ペルシア人戦士がハイヒールを最初に採用した時から長い時間を旅してきたが、そのデザインと象徴は時代とともに変化を続け、今に至るまで流行りすたりを続けている。やがて未来主義的な奴らのファッションのマストハブ・アイテムになったとしても驚かないが、ただしそれが、ヒールの持つ軍事的な機能性ゆえでないことを願いたい。軍事紛争のない未来を想像するほうが楽しいからね。

とはいえ、もしいつの日かロボットたちが僕たちに反抗するようになったら、6インチ・ヒールで武装した人間の抵抗組織が戦いに赴くというのも素敵じゃないか? ルイ14世ならきっと喜んだだろう。

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グレッグ・ジェンナー 歴史学者、キャスター、作家
ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の名誉研究員。BBCの子ども向け歴史番組「Horrible Histories」のコンサルタントを務める。軽妙な語り口から、イギリスでは歴史の面白さに目覚める子どもや大人が続出している。著書に『A Million Years in a Day: A Curious History of Daily Life』『Dead Famous: An Unexpected History of Celebrity from Bronze Age to Silver Screen』がある(いずれも未邦訳)。

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(歴史学者、キャスター、作家 グレッグ・ジェンナー)

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