歯がなくても「おっさん」たちはよく笑っていた…長距離トラックドライバーが歯を失いやすい「切ない理由」
プレジデントオンライン / 2023年7月10日 13時15分
■「イモをくれたおっさん」は前歯がほとんどなかった
私がトラックに乗りたてのころの話をしよう。
当時女性トラックドライバーは今以上にレアキャラだった。長距離ドライバーともなればなおさらで、先頭で信号待ちをしていると、横断歩道で集団登校している子どもたちに指差されたり、高速道路で並走するバスの乗客たちから写真を撮られることもあった。
思い起こせばそのころから私はずっとやさぐれていたわけだが、そんな当時の自分に、くったくなく接してくれ、元気づけてくれた人たちがいる。「現場で出会った緑ナンバーのおっさんトラックドライバー」たちだ。
いつも同じ時間、同じSAPAに行くと、同じ顔触れのおっさんたちが私を待っていてくれた。何も食べてないと言えば、「あいきちゃん、ほれイモ食えイモ」と差し出すおっさん。
私が昔から歌を歌っていると言ったら、「いい歌知ってるから聞いてみろ」といって天童よしみのカセットテープをよこしてくるおっさん。「俺の息子の嫁になれ」と携帯に入れた若い男性の写真を見せてくるおっさんもいた。
そんな彼らに共通していたのは、よく笑うこと。
そして、その笑顔の口元に歯がないことだった。
イモをくれたおっさんにいたっては、前歯がほとんどなかった。年齢を聞いていたと思うのだが、覚えていない。しかし、みんな歯をなくすにはまだまだ若い50代前後だったはずだ。
■「歯の治療」のハードルが高い
彼らに限らず、トラックドライバーには歯がなかったり、または歯に何らかの問題を抱える人が多い。根本的な要因は、やはり「家に帰れない」ことにある。
1週間以上家に帰れない生活をしていると、なかなかできないことが結構ある。「賞味期限の早い食品の買いだめ」や「子どもの面倒」、「回覧板の管理」などなど。そして、なかでも難しいのが「通院」だ。
地元の病院に定期的に通うことは、運行上、非常に難しい。
とはいえ、タイトなスケジュール管理、そして大型車を停められる駐車マスがないという問題から、運行中に訪れた見知らぬ土地でも、通院はもちろん、突然の発熱や腹痛で病院にかけこむことはなかなか難しい。
このような状況のなか、定期的に通えないという意味で特にハードルが高いのが「歯の治療」なのだ。
不規則な生活が続くうえ、重たい荷物を積み降ろしする際は歯を食いしばるなど、トラックドライバーには歯が悪くなる条件が多い。
![歯科医院](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5c73b779ee7d71b8b99a074d9b8ea65a401218.jpg)
■「やってられん」と治療を断念してしまう
海外ではあまりそんなことはないのだが、日本の歯医者はなぜか通院が長引く。
虫歯の治療でも週に1度のペースで1、2カ月通院しなければならないし、差し歯や入れ歯をつくるとなれば、レントゲンを撮ったり、歯型を取ったりする期間が必要になる。そのため、「やってられん」と治療を断念してしまうドライバーが少なくないのだ。
ようやく地元に戻って来て、またすぐに次の運行があるという状況で、小さな虫歯程度で歯医者に通うトラックドライバーは、私は聞いたことがない。むしろ「そもそもたまの休みに病院なんか行ってたら本当に病気になる」とか言う人までいる。
そのため、歯の治療は「内臓が悪くなったわけではない」「運行にそれほど支障がない」という理由からほったらかしにされやすい。だから、トラックドライバーには年齢にかかわらず、歯がない人が多いのだ。
当時、そんな彼らの事情を知る由もなかった私は、両親や友人に「トラックドライバーに歯がないのなんでや」「私もいずれ歯がなくなるんか」という話を冗談半分にしていたのだが、あのころの自分を思い出すたびに胸がツンと痛む。
■24時間の道路上生活
長距離ドライバーの仕事は、文字通り「長距離を走り荷物を運ぶ」こと。そのため、日帰りできる運行はほとんどない(というか、日帰りできる運行は長距離とは言わない)。
時には1週間、長い人だと2週間もの間家に帰らず車内で過ごす。たまたま日数の短い運行で地元に帰ってきたとしても、「家に帰ったらもう仕事に出たくなくなる」と、会社の仮眠室で過ごしてそのまま次の運行に出るという人も少なくない。
ご存じの方もいるかもしれないが、長距離を走るトラックのほとんどには、運転席の後ろに大人1人が横になれる広さの「寝台」がついている。そこで毎日車中泊しながら、全国各地を回るのだ。
トイレや風呂などは無論車内にはない。トイレはコンビニ、風呂はSAPAのコインシャワーか、ガソリンスタンドが無料で開放してくれているシャワールームを使うことが多い。
世間は、「家にも帰れずひとりで大変だろうに」と感じるかもしれない。想像通り、その生活は非常に過酷だ。
しかし、長年長距離を走っているドライバーらは、そんな生活を楽しんでいる人がほとんど。というか、そういう生活を楽しいと思える人じゃないと、この仕事は続かない。
実際、ドライバーからは「時間さえ守ればひとりで気ままに仕事ができる」「旅行気分で仕事ができる」「天職だと思っている」との声がよく聞かれる。
![高速道路](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/e/1200wm/img_9ecca2883a143ce54b1b2098afb5741d405440.jpg)
■トラックドライバーの楽しみは“ご当地飯”
彼らがトラックドライバーを「天職」とする理由で、一番多い答えが「食事」だ。
日ごろから仲良くしているドライバーのなかには、先週まで関西にいたのに今週は東北、来週は九州に行く生粋の長距離ドライバーが多くいるのだが、彼らの楽しみもやはりご当地飯。「都内で産地直送の新鮮な食べ物が食べられる時代ですけど、本場の味には勝てないっすよ」と口を揃える。“産地直送”をその手で担っているドライバーが言うんだから間違いない。
ただ、無論毎食そんな贅沢ができるというわけでもない。毎日3食の食事に数千円も掛けてられないし、給料が安いドライバーであれば日々節約しながら走らねばならない。飲食店に大型車専用の駐車場がなかったりすると、やはり食事はコンビニ飯やファストフード、キャビンにストックしてあるインスタントの食料に頼りがちになる。
このキャビンのストックについてだが、ドライバーは車内に飲み物はもちろん、レトルト食品や即席麺など保存のきく食料を常備している人が多い。なかには2週間分を常に積んでいるという人もいる。
手っ取り早く食べられるという点で人気なのは、やはり即席麺。「仕事で赴(おもむ)いた地域限定カップラーメンを30個集めてストックしている」、というツワモノもいる。その蓋を取っておいて見せてくるドライバーがいたが、こうなるともう全国版スタンプラリーである。
■車内には家電製品がそろっている
この即席麺においては、「車内でお湯はどうつくるんだ」という声が毎度聞かれる。
ご存じの通り、即席麺は、お湯がないとつくれない。あんなに軽くて日持ちする温かい食べ物が、災害時の非常食にならないのも、そう、お湯が必要だからだ。
が、実はトラックドライバーたちは、車内でお湯をつくることができる。狭い空間をなんとか工夫して、車内に多くの家電製品を備えているのだ。何なら料理をしない(できない)私の家よりもちゃんと家電が揃っていたりして、電気ポットはもちろん、炊飯器や冷蔵庫、電子レンジまで積んでいる人もいるのだ。
さらに世間が驚くのは、車内で自炊する人がいること。一部のドライバーには、カセットコンロや鍋、包丁やまな板まで車内に積み、鍋や焼きそば、焼肉までする猛者までいる。
24時間車内で過ごすトラックドライバー。彼らにとって、キャビンの中は、仕事場であり、そして「居住空間」でもあるのだ。
![橋本愛喜『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/4/1200wm/img_9423721bd0f6ecc1b69485cb762b4022338001.jpg)
ちなみに、このキャビン内の食料が何よりも活きる時がある。「立ち往生」だ。
毎年冬になると日本のどこかで必ず一度は発生する大雪による「立ち往生」。2020年に関越道で起きた立ち往生は、発生から52時間後に解消されたとも言われている。
が、車内に食料をため込んでいるトラックドライバーは、乗用車のドライバーよりも慌てる人が少ない。
その余裕から、自分の食料を周囲の人にためらいなく配ったりする優しいトラックドライバーも少なくなく、そんな話を聞くたび、彼らの情深さに毎度胸がめちゃくちゃ熱くなる。
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フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)
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