昔は「3年走れば家が建つ」と言われた…ブルーカラーの花形職「長距離トラック」が底辺職と言われはじめたワケ
プレジデントオンライン / 2023年7月12日 9時15分
■トラックドライバーは「ブルーカラーの花形職」だった
あまり「何年前こういうことがあった」的な言い方を連発すると年齢がバレるのでアレなんやが、バブルのころ、こんな決め台詞が話題になったCMがあった。
「24時間戦えますか」
スーツ姿の男性たちが歌いながらそう問いかける栄養ドリンクのCMだ。
今そんなこと言ってみろ。秒で「パワハラだ」と訴えられる。
過労死や自死などが起きたことで、日本では「働き方」を見直す機運が高まり、2019年に働き方改革法が施行されるに至った。しかし実のところ、2024年から始まるトラックドライバーたちの働き方改革施行は、当事者である彼らからはすごい勢いで歓迎されていない。
自分たちの労働時間が減り、休みが増えればゆっくり体を休められるしやりたいこともできるのに、現場からは「誰の許可得て労働時間減らしとんじゃ国は」という憤りの声が聞こえる。
このCMが流れていたころ、トラックドライバーという職業はブルーカラーの花形だった。某大手運送会社で3年走れば家が建ち、5年走れば墓が建つなんて言われ方もしていた。墓が建つくらいだ。過酷ではあったが、しっかり稼げたのでドライバーになろうとする人も多かったのだ。
■規制緩和で長時間労働、低賃金の職種に変貌した
そんな運送業界に異変が起きた事件がある。1990年の「規制緩和」だ。
これまで4万5000社程度だった運送業者が6万3000社にまで激増。その結果、競合他社で荷物の奪い合いが起き、運賃の値下げはもちろん、「うちはこんなサービスもしまっせ」といって、荷主のもとで検品、仕分け、棚入れ、棚卸し、陳列などの附帯作業をドライバーが無料でさせられるようになった。
さらに、条件やスケジュールの関係で自社で運べない荷物を同業に流す行為が横行。見事なまでの多重下請構造が出来上がり、ピンハネに次ぐピンハネによって、実運送企業(最終的に実際荷物を運ぶ企業)は、走っても赤字になるが次の仕事に繋げるために断れないケースまで発生する始末。
さらにそこに休憩・休息期間遵守の徹底や、「安全運行のため」「トラックドライバーのため」と言いながら、現場を知らない人たちがつくった(悪気はなくも)誰の得にもならないような明後日なルールによって、現場がより走れなく、稼げなくなっていったのである。
こうして「ブルーカラーの花形職」は、長時間労働はそのままに、他産業よりも賃金が安い職種へと変貌を遂げたわけである。
■なぜ「歴30年」のベテラン運転手が多いのか
現場のトラックドライバーに取材し続けてつくづく感じるのは、20~30代のドライバーが極端に少なく、50代以上の「この道30年」といったベテラントラックドライバーたちが非常に多いことだ。実際、大型トラックドライバーの平均年齢は50歳。他産業より6歳ほど高い。
これが意味するところが分かるだろうか。
現在50代以上のベテランドライバーが働き始めたのが、まさに1990年前後。彼らの多くは、この業界に「稼ぎたくて入ってきた」人たちが多いのだ。
彼らが若かりしころに、まさに「24時間働けますか」なる言葉が流行り、それに「はい、働けます」とした人たちがトラックドライバーになったのである。
そんななか、労働時間だけにフォーカスした労働環境改善が行われると、トラックドライバーの給料はガクンと減る。彼らの多くが、「歩合制」(働いた分だけ給料が増える仕組み)で働いているからだ。
彼らから「長時間労働」に関する文句が出ず、むしろ「労働時間を短くするな」という声が出るのは、こうした背景があるからだ。
■「トラックが好きだから」
トラックドライバーから長時間労働に対してあまり文句が出ないのにはもうひとつ理由がある。他でもない、「トラックが好きだから」だ。
集団行動が苦手でも、ひとりコツコツ距離を稼ぎ、絶景や絶品に触れながら仕事ができる。それがトラックドライバーなのだ。
運転や旅行がもはや趣味である彼らにとって、仕事とプライベートの境は限りなく薄くなる。だから労働時間が長くなろうが、“プライベートな時間”が減るわけではないため、不満も出ないのだ。
実は個人的には、この公私混同を何とかしたいと思っている。労働環境の改善には公私を分ける必要があり、また、こうした環境によって事故は起きるからだ。
しかし、現状トラックドライバーの現場は「公私混同しないと物流が回せない環境」なのである。正直、トラックドライバーの過酷な労働は、本当にトラックが好きな人間でないとやっていけない。人には底辺職だと言われ、荷物が当たり前に運ばれると思われ、やれ立ちションだ路駐だと、いつも意識されるのは迷惑行為の時ばかり。
そんな彼らのトラックや運転に対する「好き」という気持ちに、今の業界や荷主は甘えているのが現状である。この業界を長く見ていると、「ちょっとくらい過酷な労働をさせても、ヤツらはこの仕事をやめない」という荷主や業界の魂胆が見え隠れする。
■過酷な労働環境でもトラックドライバーが仕事を辞めない理由
トラックドライバーの労働環境は、とても過酷だ。理不尽なことも多いのに、世間からその存在も、その問題もほとんど注目されない。
私は普段、そんなトラックドライバーからの声を拾いながら記事にしているのだが、その度に目撃するのが「そんな業界が嫌ならやめればいいだけのこと」といった「非トラックドライバー」たちからのコメントだ。
過酷な労働環境を訴える記事に対して、「ならやめればいい」と即レスできる人らは、いったいどれほど“優良”な職業に就いているのか確かめてやりたくなるのはさておき、トラックドライバーは、「どんなに過酷でも、それ以上に続けたくなる理由がある」職業だというのは、私の経験から断言できる。
実際、現在日本の物流を支えている多くは、「トラックドライバー歴30年」みたいな人たちだ。彼らが過酷な労働環境でも何十年もトラックを降りない理由はこれしかない。
「トラック(の運転)が好きだから」だ。
身も蓋もない回答を最後にぶっ込んでどうする、とも思うんだが、これほど過酷でもトラックに乗り続けることを考えると、その「好き」の程度が相当なものだという想像はつくだろう。
トラックドライバーたちに聞いた、「過酷でもトラックを降りない理由」を紹介していきたい。
■完全個室、冷暖房完備、全国各地のグルメを楽しめる
①人間関係などのしがらみがない
仕事とプライベートの境界線が薄くなる環境というのは手放しで喜べないのだが、現状、そういう環境だからこそトラックドライバーを続けているという人が非常に多い。
「車内」という完全個室にいながら、全国各地のグルメや旅行を楽しめる。行動範囲が非常に広く多趣味という、ある意味究極のアウトドア派。「カネもらって趣味やらせてもらっている感じです」というドライバーも少なくない。
「単純にトラック好きだからですかね。あと運転も好きだし冷暖房完備個室電話し放題音楽聴き放題最高」
「前職が車のセールスや店舗運営、営業で毎日数字との戦いで20年近く神経が疲れてましたが、トラックに乗り始めて、これら一切から解放されました。あの日々に比べたら長時間運転や真夏のバラ仕事すら大した苦労と感じません」
■「父のようなトラック乗りになりたい」という強い憧れ
②「親の背中を見て」
トラックドライバーには、自分の親がドライバーだったという人が少なくない。
私も小さいころからトラックを運転する父の姿を助手席から見てきたが、それがあったからトラックに乗る際に全く抵抗がなかったんだと思う。
「うちは父親が4tに乗っていました。自分は生後1カ月でトラックデビュー。その後の人生はトラックドライバー以外考えられず。父親は70過ぎですがまだ現役で乗ってます」
「18歳で普通免許取得から乗務して今年で37年目。何度かやめましたけどやっぱり戻って来ました。自分の亡き親父の影響が一番だと思います。小さい時からトラックの助手席に乗り親父が憧れだった」
「父親が運送業を経営しています。いずれは継ぐ予定でトラックに乗っています。跡継ぎだからというのもありますが、それ以上にやっぱり父のようなトラック乗りになりたいという憧れが強いです」
■運転手たちにはスーパーヒーローがいる
③「菅原文太に憧れて」
そして「親の背中を見て」という答えと同じくらい、いや、それ以上に多く聞かれるのがこれだ。
この記事を読む人のなかに『トラック野郎』を知っている人がどのくらいいるだろう。
現役のトラックドライバーの『トラック野郎』認知率は、間違いなく100%で、彼らの「菅原文太」と「愛川欽也」に対する情熱は半端ない。
「保育園の時に『トラック野郎』シリーズを見て影響されたのが始まり」
「菅原文太&愛川欽也の名コンビは不滅です。今は亡き名優揃いの映画でした」
「『困った時はお互い様』というのは桃次郎さんから教えてもらった」
率直に言うと、この映画がテレビで放送されていた当時と現在の「運転」に対するコンプライアンスには雲泥の差があり、アレを真似すればものの数秒でどこからともなくサイレンが聞こえてくる。なんなら規則を守っているシーンのほうがむしろ少ないくらいだ。
しかし、あの映画には、まっすぐに生きるドライバーの人情や強い精神が映し出されており、それが彼らにはハマったんだろう。菅原文太と愛川欽也がスーパーヒーローだとする人が多い。
今の物流はもはやこの2人によって支えられていると言っても過言ではないのかもしれない(いや絶対過言だ)。
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フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)
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