納付率4割台の国民年金は"破綻"している…厚労省が初の8割超と喧伝する「納付率」計算の騙しのカラクリ
プレジデントオンライン / 2023年6月30日 11時15分
■年金官僚に手玉に取られるマスコミのお粗末
厚生労働省は6月26日、自営業者などが加入する国民年金の保険料の最終納付率(2020年)が80.7%と初めて8割台に達したと発表した。これを受けて、マスコミは「2007年以降に表面化した『消えた年金』問題などで年金制度への不信感が高まっていた2010年度に最低の(納付率)64.5%を記録したが、以降は徐々に上昇している」(読売新聞オンライン6月26日)などと報じた。
それは事実だが8割超の要因について「スマートフォンのアプリ決済サービスを利用した支払い方法の導入が功を奏した」といった賞賛の記事ばかりだったのはどういうことなのか。
マスコミ各社は、納付を全額免除・猶予されている人は、過去3番目に多い606万人となったことなど、現行制度の課題も指摘するなど、報道内容は一見するとバランスの取れたもののように見える。
しかし、8割台に乗ったのは、3年前の2020年の最終納付率であり、これにはその後の保険料の後払い分(9%)が加わったというものである。本来、ニュースとして意味があるのは、最終納付率とともに発表された最新2022年の納付率(期限内に保険料が納められた割合)であり、それは76.1%に過ぎない。
今回、厚労省は、猶予された保険料の支払い分も加えた8割超の最終納付率を強調することで、年金財政の安定感を国民にアピールしたかったのだろう。マスコミはその思惑通りに書く必要はないはずなのに、書いた。
官民を問わず、あらゆる保険制度は、保険料が十分に支払われなければ維持できない。政府が運営する国民年金保険についても、その納付率が高まっていることは望ましいが、問題はその中身である。
厚労省の言う「納付率上昇」には大きなカラクリが存在する。実は、保険料を納めた者が増えたのではなく、納付率を計算する際の分母の納付義務者から差し引かれる免除者(納付月数ベース)が、毎年、大幅に増え続けてきたことの結果なのである(※)。免除者の増加はコロナ不況のような一時的な要因だけによるものではない。このことにマスコミは気づいていないのか、気づかぬふりをしているのか。いずれにしろ、報道機関としてはお粗末である。
※所得が少なく本人・世帯主・配偶者の前年所得が一定額以下の場合や失業した場合など、国民年金保険料を納めることが経済的に困難な場合は、本人から申請書を提出・承認されると保険料の納付が免除になる。免除額は全額、4分の3、半額、4分の1の4種類。(出典:日本年金機構HP)
保険料の未納付者に通知をして免除者に変えることは、国民年金法の違反者を減らすことにはなるが、年金財政にとってマイナスとなることには変わりはない。よって、年金財政の安定性の見地からは、免除者も未納付者と同じ扱いとして分母に含めるべきだが、見かけ上の保険料納付率を高めたい厚労省はそうしようとはせず、マスコミも公表データから独自に試算することはほとんどしない。
■過去10年間以上も納付率40%前後で改善の兆しなし
筆者が、「免除者を含めた納付率」を計算し直すと、2010年以降ほとんど横ばいとなっており、表向きの納付率の数字と比べて、およそ半減していることがわかる(図表2参照)。しかも、免除者を含む納付率は、過去10年間以上も40%前後で改善の兆しはほとんど見られないことは子供でも理解ができる。
「免除者が増えても、(免除者は)将来受け取る年金額が減る仕組みのため、国民年金財政への影響は大きくない」という年金官僚の論理を代弁した記事もあった。だから、厚労省は未納分の保険料徴収にさほど意欲を見せないのだ。これが国税庁なら話は違う。もし納税義務者を免除すれば財政赤字が増えてしまうため、死に物狂いで徴収に奔走するに違いない。
ただ、この年金官僚の「免除者が増えても国民年金財政への影響は大きくない」という論理自体は誤ってはいない。しかし、よく考えてほしい。免除者などが増加することで保険料の負担者数が減れば、すでに存在している3500万人もの国民年金受給者の年金財源はどうなるのか。
実は、未納付者や免除者が増えても、基礎年金を通じて会社員の厚生年金などの保険料から自動的に補塡される仕組みがあり、心配はないのだ。
これは基礎年金の財源が、国民年金や厚生年金・共済組合などからの拠出(資金提供)で成り立っているためだ。その拠出比率の基準も、本来は各制度の被保険者数であるべきだが、現実には保険料の負担者数で案分されている。
つまり、国民年金の未納付者や免除者がいくら増えても保険料負担者が減るだけで、その分は給与から強制的に徴収される会社員の負担率が高まるだけとなる。
このように、年金保険料を「取れるところから取る」という安易な論理で、保険料の徴収が困難な国民年金制度を救済することが、1985年に設立された基礎年金制度の大きな目的のひとつであった。この事実は国民にほとんど知られていない。理由はマスコミの勉強不足か、あえて積極的に報じないからである。
■免除者が増加すれば“無関係”な会社員の負担率が増加
国民年金の本来の役割は、強めの言葉で言えば「勤労時の強制貯蓄」だろう。生活保護を受ける権利はすべての国民が有しているが、保険料の未納付者が老後を迎えた際、安易に生活保護に依存することは避けるべきである。
年金官僚はしばしば「未納付者が増えても、それは一部に過ぎず、年金財政は安泰」といった主張をするが、この結果、将来の無年金者や低年金者が増えれば、それだけ高齢の生活保護受給者が増える可能性を考慮していない。
年金局の強制貯蓄の機能が不十分なために、同じ厚労省内での福祉財政の負担増が生じることを、まるで気にかけていないと言わざるを得ない。まさに「局あって省なし」の独善的な論理だ。
国民年金は、本来は自営業者とその家族のための年金制度として成立したが、現実にはそれは2割程度に過ぎず、厚生年金から漏れた会社員が4割を占めている。このため、政府は今、国民年金から、会社員らが加入する厚生年金への適用拡大を進めており、パートで働く人などの厚生年金加入者数が増えている。しかし、だからといって国民年金の未加入問題を放置して良いわけではない。
そもそも、零細事業者の厚生年金への加入は、国民年金以上に困難な問題が多い。これは厚生年金の適用事務所が十分に把握できないことや、パートでも労働時間が長く、厚生年金の適用対象となる場合でも、事業主負担を避けるためそれを申告しない事業者も少なくないことが生じている。このため、厚生年金保険料の未納付者も100万人程度存在するとみられる(国民年金被保険者実態調査2020年)。
また、主婦パートの多くで、年収106万円や130万円を超えると、会社員の夫とは別の年金や医療保険料を負担しなければならないことを避けるために、それ以下の年収水準で就労を抑制する「働き方の壁」が女性活躍推進の面からも大きな社会問題となっている。
これらの年金の諸問題に、抜本的に対応するための手段として、政治家は何もしなかったのか。そうではない。福田康夫内閣時(2007~2008年)の社会保障改革国民会議で提起された、基礎年金の保険料を、3.5%の年金目的消費税で代替する構想があった。
これは増税ではなく、同時に国民年金保険料が廃止となり、厚生年金などの保険料も同様に引き下げられることから、基礎年金保険料の納付者にとっては負担増とならない。仮に、実現していれば、国民年金の未納付者だけでなく、第3号被保険者など、多くの制度的な課題が一挙に解決できたはずだったが、できなかった。なぜか。年金官僚が保険料の徴収部門が不用になることを防ぐ、といった組織防衛のためにこの案を潰したのだ。
保険料の支払い義務者のおよそ4割が、未納付や免除の状態となっている国民年金は、すでに保険制度として成立できず、前述したように税金や会社員の年金に依存している。見方によっては「破綻」していると言ってもいい。
それにもかかわらず、厚労省は国民年金制度の抜本的な改革を避けているように見える。避ける代わりに、冒頭で触れたように「保険料納付率が持続的に高まり、年金財政は安泰である」といった説明をマスコミに必死にしている。ここで重要なのは、官僚の言葉巧みな説明を鵜呑みにするのではなく、より掘り下げたマスコミの報道だが、その役割は果たされていない。
年金財政の安定性については、これ以外にも多くの説明されない闇が存在している(国民負担率「五公五民」の天引き地獄なのに…欧米より23%も低い"年金支給額"を毎年減らすしかない残酷な現実 参照)。問題山積の国民年金を含む公的年金は、巨大な官営の保険事業である。これを厚労省の一部局としているために、政治的な影響も受けやすく、健全な運営が妨げられている。
これを以前の国鉄や郵政公社のような公的企業として独立させ、厚労省だけでなく、金融庁の監督下に置くことが、年金財政の健全化に必要ではないだろうか。
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経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
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