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なぜ2年で売り上げが8000億円も増えたのか…競馬市場がコロナ禍を境に絶好調になっているワケ

プレジデントオンライン / 2023年7月6日 15時15分

第64回宝塚記念(GI)を制したクリストフ・ルメール騎乗のイクイノックス=2023年6月25日、兵庫・阪神競馬場 - 写真=時事通信フォト

競馬市場が急成長している。JRA(日本中央競馬会)の直近の売上高は3兆2539億円で11年連続の上昇。さらに地方競馬も1兆651億円と過去最高を記録している。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「『WIN5』などの売り方の工夫と電子投票の普及という下地があったところに、『ウマ娘』の人気が追い風となって、競馬を楽しむ人がグッと増えている」という――。

■娯楽業の中で唯一成長している公営ギャンブル

コロナ禍はゲームや動画配信、マンガアプリに大きく味方をしたが、実は“公営ギャンブル”もまた追い風をうけた産業である。

公営ギャンブルは中央官庁が管轄し、競馬、競輪、競艇、オートレース、スポーツくじなどを相称するカテゴリーだ。

2021年3月に出た経産省の調査(第3次産業活動指数)でも、娯楽関連事業「映画館」「劇場・興行団」「スポーツ施設提供業」「遊園地・テーマパーク」「パチンコホール」など娯楽業全てがダメージを受ける中、“唯一急上昇した事業”として「競輪・競馬等の競争場、競技団」(競輪場、競馬場、オートレース場、競艇場の4業種)が挙げられている。

■ほとんどがネットで賭けている

なぜ「外出」を基本とするロケーションをベースとした娯楽産業で、公営ギャンブルだけが成長基調となったのか。

簡潔な答えとしては「電話投票(PC・スマホ経由も含まれる)」が機能して、リモートでも賭けに参加する人がたくさんいた、ということになろう。

電話投票の仕組みは競馬で1974年に取り入れたところから始まり、全公営競技がどんどん取り入れていった。

2005年競馬法の改正によって、馬券販売委託が民間業者にも可能となり、楽天が参入。

競輪とオートレースではミクシィがインターネット投票アプリ「TIPSTAR」を2019年にリリース。2020年にはサイバーエージェントの子会社が運営する「WINTICKET」でも同様のアプリがスタートした。

コロナ直前の2019年時点で、すべての売り上げのうちで中央競馬は7~8割、競輪・オートレース・競艇は5~6割の電話投票経由(≒ネット投票)という水準まで上がってきていた。

これがロックダウン期間は競馬で9割、競艇・競輪・オートレース7~8割に到達した。もはや公営競技場にいって、その場で賭けを行うユーザーはマイノリティーなのだ。

家庭用ゲーム市場では、直近3年でオンライン購入が促進している。1本あたりのソフトでパッケージよりもオンライン購入のほうが粗利も4倍程度高い。そんなWin-Win(ウィンウィン)の状況が、ゲーム市場のみならず、この公営ギャンブル市場でも起こっていたことが分かる。

【図表1】公営ギャンブル、パチンコの売上高変遷
各公営競技関連法人の発表資料より筆者作成

■パチンコだけがずっと低調

だが、同じギャンブルでもパチンコはずっと低調で、コロナ禍では毎年15%減するような危機にある。ヒマになったから賭けをするようになった、という話でもないのだ。スポーツくじや宝くじも上がってはいるが年1~3%の成長にとどまる。

図表1でみると、競馬のなかでも地方競馬、競艇、競輪、オートレース、この4種目がこの3年間で毎年15~20%といった急成長を見せてきた。

JRAの電話・インターネット投票会員数は、2019年・約447万人→2020年・約506万人→2021年・約561万人と3年連続で増加傾向である。

どの公営競技も1990年のバブル期の消費額には達していないが、2010年を底としてこの10年間は、消費額は増加傾向にあった。

つまり「10年かけてネット化を整備し既存ユーザーが掛け金を増やす中、コロナ禍で新たな参加者も増やし、市場が成長した」というパチンコ産業から見ればうらやましすぎる状況が浮かび上がってくる。

■11年連続で売り上げを伸ばすJRA

競馬市場に注目してみよう。

JRAの事業収入はここ10年で右肩上がりとなっており、昨年は約3兆2539億円で、11年連続の売り上げ増だった。

また、地方競馬も好調で2022年の売上額は約1兆651億円で、91年の記録を31年ぶりに更新し、また初めての1兆円を突破している。

【図表2】JRAの売得金推移
JRAのHPより

好調の理由はネット投票だけではない。それ以前に始まった新しい投票法が市場拡大の下地になっている。

JRAの売り上げのピークは1997年の4兆6億6166万円。この前年に行われた有馬記念では、レース売り上げが875億円となり1レースの売り上げとしてギネス記録となっている。

だが、翌年からJRAの売り上げは2011年まで14年連続で前年を下回る低迷期となる。その中でJRAは2002年に3連複、2004年には3連単の取り扱いを始めた。

■新しい投票法が広げた競馬の楽しみ方

3連複とは、1着、2着、3着となる馬の馬番号の組み合わせを的中させる投票法で、着順は問わない。3連単は、1着、2着、3着となる馬の馬番号を着順通りに的中させる投票法だ。

それまでに販売されていた単勝や複勝(3着までに入る馬を当てる)などに比べれば難易度は高い。だがそれゆえに的中時の払い戻しは高額になりやすい。競馬ファンの射幸心をあおる投票法といえる。

さらに2011年にはWIN5が登場する。WIN5とはその名が示すとおり、5つの指定されたレースの1着馬をすべて当てる馬券だ。「たった100円が最高6億円に変わる馬券」と宣伝され、これまでの馬券の中で最も高額を得られるものだった。

初心者でも「ランダム」という買い方を指定することで、コンピューターまかせで購入ができ、宝くじ感覚で買うお客も現れた。

それまでの競馬は、競走馬の特徴や血統、さらには競馬場のデータの収集が必要で初心者には手が出しづらかった。新しい投票法の登場によって、誰でも簡単に購入が可能で、高配当を得る機会ができたのだ。競馬をスポーツ的に楽しむお客だけでなく、ゲーム的に遊ぶお客にも対応したことで、客層を広げた。

■コロナ禍が追い風に

こうした中で、コロナ禍となる。プロ野球、Jリーグ、大相撲などが感染拡大を受けて次々と延期、もしくは中止となったが、競馬は無観客での開催を続けた。これに2005年以来整備されてきたネット環境が多いに寄与した。一部重賞レースでは前日でも投票が可能で、時間に制約されず家で投票する便利さを多くのユーザーが認知し、ネット投票サイトの利用客数は一気に増える。

【図表3】電話・インターネット投票会員数の推移(平成元年以降)
JRA「令和3事業年度 事業報告書」より

さらに、地方競馬では早朝レース、ナイター、深夜レースなど、真夜中以外は、全国のどこかで何かしらのレースが行われた。競技場の営業時間や選手の稼働時間に縛られていたコロナ前と比べ、新しい市場を創造した。

ユーザーにとっても昼以外のほうがむしろ時間が余剰にあり、賭けに集中できる。さらには競技場で人を入れて、現金管理から飲食スペースまで管理する費用すら削減できる。

いつでも気軽に馬券が買える環境が整ったことで地方競馬もコロナ禍を契機に成長した。

【図表4】地方競馬売り上げ推移(NAR売り上げ推移)
NRAのデータを元に筆者作成

■課金売り上げは1000億円

競馬市場活況において、この話題を欠かすことはできない。サイバーエージェントグループのゲーム開発会社Cygamesが2021年2月にリリースした『ウマ娘 プリティーダービー』である。

競走馬をモチーフとした美少女を育成し、競馬のようにトラックを走らせるこのゲームは、その世界観の異様さからも海外でも話題になった、実に“日本らしい遊び心”がふんだんに詰まったものだ。

『ウマ娘 プリティーダービー』
画像提供=Cygames
『ウマ娘 プリティーダービー』 - 画像提供=Cygames

2022年2月24日、プーチン大統領のウクライナへの宣戦布告が世界各国のTwitterトレンドを占領するなかで、日本だけが「#ウマ娘1周年」から微動だにしなかったことも大きな話題を呼んだ。

このアプリゲームは1.5兆円規模となる競争激しい日本のモバイルゲーム業界に彗星(すいせい)の如く現れ、2021年は年間の課金売り上げランキングで1位、2022年も2位となった。

国民的ゲームともいえる『モンスターストライク』『FGO』『パズル&ドラゴンズ』『原神』『Pokémon GO』などを抑え、一躍トップ作品となったこの作品が競馬業界に与えた影響は計り知れない。

年間1000億円という売り上げは1200万人が認知し、200万人がプレイし、89万人ものユーザーが課金した結果として生まれている(『ファミ通モバイルゲーム白書2023』)。

【図表5】国内モバイルゲーム課金売り上げランキング
筆者作成

■2年で8000億円の売上増

ゲーム内でも登場する「ナイスネイチャ」は今年5月30日に35歳で息を引き取った名馬である。

毎年の誕生日にクラウドファンディングを行っているが、ウマ娘登場前の2020年は約176万円が寄付されていた。それがウマ娘リリース後になると、2021年に1万6296人から集まった金額が3582万円、2022年となると1万7155人から5412万円にも達した。

ウマ娘でプレイをしながら、擬人化された美少女に対する思い入れが派生し、その「原作」となった名馬に対する人々の敬意と庇護感が凝縮された結果としての20~30倍もの寄付効果が続いているのだ。

競馬産業(JRA+地方競馬)の売り上げ約3.5兆円(2019年)→約4.3兆円(2022年)といった伸長に、この数百万人のプレーヤーと100万人近いゲーム課金者が効果を与えたのは確かだろう。

日本トップタイトルとなったモバイルゲームとのメディアミックスによって日本全体を渦巻く「馬への興味」が、競馬産業の超好景気を支えている、という事実は揺らぎのないものだ。

競馬場のスターティングゲート
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■「賭け」も「推し」も同じ行為

賭けという行為自体が、ぶっちゃけた話、評判が悪い。それはスポーツそのものを楽しんだり、選手を応援するよりも、本人が投資効果期待という“邪心”をもって取り組んでいる、と思われるからだろう。

だが、一概にそれは全否定してしまってよいものなのだろうか? 賭けといっても金額の多寡は実にさまざまだ。

アイドルの世界でも貢ぐかのように、特定の推しタレントのアクリルキーホルダーや握手券付きCDを購入するファンがいるが、これもある意味「賭け」の要素も入っている。

自分が推したタレントがトップをとることを望み、実際にファンが増えれば増えるほど目に見えてそのタレントのユニット内の扱いが変わっていく。ファンは「関与すること」を求めている。

スポーツベッティングに興じる友人を知っている。彼らはプレミアリーグの各クラブ・選手の情報に網羅的に通じており、サッカーゲームの『FIFA』も毎回新しいシリーズをプレイする。有料でサブスクしているサッカーの統計サイトに日次でアクセスし、推しのクラブ・選手のシーズン別結果をつぶさに研究している。

彼らにとって賭けは「自ら日々磨いた分析観の正しさを証明するもの」である。人によっては儲けた金額はそのまま次の賭けに使い、その利益を生活余剰にまわそうなんて気はさらさらない。

「賭け」なのか「推し」なのか判別がつかないほどに、視聴も熟読も検索も研究も賭けも、興味ある対象にむけた没頭の一つの派生行為にしか見えなくなる瞬間がある。

■娯楽として始まった公営ギャンブル

そもそもアメリカ初の近代スポーツは何か御存じだろうか? 実は野球でもアメフトでもバスケでもなく、競馬なのである。

「繋駕競馬(けいがけいば)」(4本の肢のどれかが地面についていないと失格になる歩法での競馬)と呼ばれ、1825~70年に流行した一種のスポーツ賭博である(坂上康博、中房敏朗他『スポーツの世界史』一色出版、2018)。

日本の競馬も、幕末の横浜・外国人居留地で初めて開催され、“輸入品”として始まっている。元来賭博は禁止されていた日本だが、すでに1900年代に入って常態化していた非公式の競馬を、大陸での戦争に際して「軍馬の育成」の喫緊性に直面し1923年に制定された競馬法で公営化した。そこから公的な馬券発売が解禁されている。

パチンコも1930年に初めての営業許可が名古屋の遊技場に与えられた。公営ギャンブルというのは大正~昭和初期に整備が始まった。それが戦後になって深刻な地方財源不足と各産業振興のために、競輪、オートレースなどに広がっていったのだ。

「公営」と言われているのは、その収益の配分が厳格に規制されているからだ。

中央競馬では売り上げの70~80%がユーザーに還元される。75%が還元されるとすると、残り25%のうち10%が自動的に国庫納付金となる。残15%からJRAの運営コストを引いた利益の2分の1は第二国庫納付金となる。

1990年代より30年にわたって毎年2500億~3000億円が国の財源となってきた。総額2.5兆~4.0兆円の賭け金からもたらされたものである。

他の公営競技もおおむね還元率は75%、比較すると「宝くじ」や「サッカーくじ」が50%弱と、賭けをする立場からすればそれだけ期待値は低いものとなる。

中山競馬場
写真=iStock.com/Y-Osawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Y-Osawa

■「見る」ではなく「参加する」が絶大な効果に

ギャンブルはGamingとも呼ばれる。賭けの対象となる「勝敗がわからない事象」に自ら研磨した知見をスキルとし、ある程度の偶然性に身をゆだねつつ、その結果によって大きな利得も損失をも許容する遊びである。

その心理的メカニクスはゲーム産業が活用しているものととても近しい。音楽ライブも演劇も配信型に移行したコロナ期だったが、無料でこそ視聴も伸びるが、ただ平場に並べたデジタル映像を購入して視聴するモデルはウケが悪い。

コストをかけた試合と映像であっても、ただ「見るだけ」の行為に人々が支払える許容金額はそれほど大きなものではない。そこに「プレイする・体験する」が加わることでテーマパークやアミューズメントはより多くの価値を創出する。

さらに、「賭ける・獲得する」ところまで行きつくのがギャンブルやゲームである。

視聴そのものが無料だとしても、賭けによってその勝敗に参加することの誘因力はすこぶる強いものだ。もちろん功罪はあるし、自主規制もセーフティーネットも非常に重要な領域だ。

ただ公営ギャンブルのここ数年の大活況、そして同時期に北米でオンラインカジノやスポーツベッティング、ファンタジースポーツでも迎えた成長期を見るにつけ、「賭ける・獲得する」という参加行為がもたらすプラス影響もまた、それなりに分析価値のあるものなのではないかと思わされる。

■なぜギャンブルに熱中するのか

東大名誉教授で歴史学者の本村凌二は趣味が高じて書き上げた『競馬の世界史』(中公新書)の中でこう語っている。

「1986年10月5日……凱旋門賞を見た。このレースを観戦した人は誰でもその日のことを生涯忘れないだろう……イギリス最強場ダンシングブレーヴがフランス最強場ベーリング以下の並みいる優駿を大外から一気に追い込んで振り払った……あの場面ほど感動を覚えたレースは今なおない。もう一度あんなレースにめぐりあえたら、この世に未練はないほどに思っている。」

彼がそのレースに賭け金を積んでいたかどうかは不明だが、膨大な知識を背景にした競馬ファンたちが、その競技によって感動と生きがいを得ているという事実もまた、確かなものである。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。

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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)

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