なぜ人は「細長いペットボトルに入った水」を高級だと感じるのか…行動経済学が教える"直感の科学"
プレジデントオンライン / 2023年7月10日 9時15分
※本稿は、相良奈美香『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■笑顔を作れば楽しくなる「身体的認知」
アマゾン、グーグル、アップル、ネットフリックス……。いま世界の一流企業がこぞって「行動経済学」を取り入れています。なぜでしょうか。
それは、行動経済学が「人間の行動の原理」を解明する学問だからです。ビジネスの対象は紛れもなく「人間」。ですから、「人間の行動の原理」がわかれば、消費者の購買意欲をそそることも可能なのです。
そんな行動経済学の理論の一つに、「身体的認知」があります。私たちは情報をまっさらに認知していると思いがちですが、実は人間にはそれを曲げてしまう「認知のクセ」が存在します。
この「認知のクセ」は脳内で起こるばかりでなく、実は身体が受ける情報は神経伝達物質として脳にフィードバックされることはよく知られている通りです。この「身体的認知」は、身体から入って脳に情報が伝達される際にも認知のクセが生まれるというものです。
クラーク大学のLaird博士の研究によれば、実際には面白くも楽しくもない場合でも、意図的に笑顔を作ることで、脳が「あれ、笑っているな。笑っているなら楽しいに違いない」と錯覚し、実際に楽しくなると結論づけています。
■温かいお茶を出されると「この人は温かい人だ」と感じる
さらに被験者にマンガを読ませた実験では、同じマンガであっても、意図的に笑顔を作って読む場合と、しかめっ面で読む場合、笑顔で読むほうが面白く感じられるという結果となりました。
その他にも、人の話を前のめりで聞くと、たとえ興味がない話であっても興味深く感じるというのも身体的認知の例です。
他にも「身体的な温かさが、心理的な温かさにつながる」という研究もあります。例えば、初めて訪問する会社で、温かい飲み物を出された場合と冷たい飲み物を出された場合とで、商談相手の印象が変わります。
温かいお茶を出してもらった場合だと、相手のことを「ああ、この人は温かい人だ」と人は思い、アイスティーなど冷たい飲み物だと、「あれ、この人はなんだか冷たい人だ」と錯覚をします。身体と脳がいかに密接な関係にあるか、この研究からも読み取れます。
このようにして身体感覚は、無意識な認知のクセとして人間に刻み込まれているのです。
■人は垂直なものを見ると「優位性」を感じる
下の2つの時計の広告は、とある論文で実験された広告の写真です。同論文では、この2つの広告のうち、どちらがより効果的かが実験されました。
ここで結論に入る前に、あなたも考えてみてください。どちらがより消費者に魅力的に映るでしょうか。もちろん同じ時計、同じモデル、ポーズもポケットに手を入れるという同じポーズで、唯一違うのは「時計の向き」だけです。
同論文によると、左の広告のほうが権威性を示す、つまりは高級時計には効果的な広告になると結論づけています。なぜでしょうか。
左右の広告を比べると、左の広告は時計の向きが「垂直」で、右の広告は「ナナメ」になっています。このとき、人は左の広告からは、「権威性」や「贅沢」な印象を感じます。
![【図表1】2つの時計の広告](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/1200wm/img_f86e7fc5ff60806d9258598a00db9db6409126.jpg)
人は垂直のものを見ると、無意識のうちに「人の上に立つ」「出世する」「優位性」といった感覚を抱くのです。その感覚によって「この時計は高級品に違いない」と解釈します。垂直性は「重力に逆らって上昇・忍耐力・強さ」を無意識に示唆するとの調査結果も出ており、左の写真を広告に使うことで、「高級で長く使える最高の時計」というイメージを喚起します。
■どちらのボトルのほうが「高級感」があるか
このとき、「人の上に立つ」「出世する」「優位性」といった抽象的な概念を「垂直(な配置)」という「具体的なもの」に喩える(比喩)ということが起こっています。
このように、抽象的な概念を具体的なもので比喩することで、人が理解しやすくなる認知の枠組みを「概念メタファー(ConceptualMetaphor)」と言い、比喩が単に修辞技法や言葉の綾ではないことを証明しています。
あなたももし「高級な印象」を与えたいのなら、それを垂直に配置するといいでしょう。逆に、もっと躍動感を演出したいときには、あえて右の広告のようにナナメに配置するということも検討してもよいでしょう。
他にも概念メタファーによる認知のクセを利用すれば、より効果的なビジュアルを決定できます。次のAとBの2つの水のボトルの写真を見てください。もしあなたが「高級感」を演出したい場合、どちらを選ぶべきでしょうか。
![【図表2】2つの水のボトル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/a/1200wm/img_4a2d513e206981327870ace741ad3399324440.jpg)
答えは、Aです。背が高く細長いAのほうが高級な印象になります。一方で、親しみやすい安心感を演出できるのはBです。
人は無意識のうちに「細長いもの=高級」「低くて幅があるもの=気楽」と感じるためです。人は直感的に、背の高いものを見ると「力・権威・高級感がある」と感じ、低いものを見ると「安心、親しみやすさ」を感じるのです。
これも「高級」という抽象的な概念を「背が高く細長い」という具体的なもので比喩して理解しやすくしている、「概念メタファー」です。
■アップルやスタバのロゴは上部にあったほうがいい
商品のパッケージのデザインの際には、ロゴの配置も重要な決定事項でしょう。そのときのロゴの配置についても、商品の知名度によって場所を変えたほうがよいでしょう。載せる位置によって印象が変わります。
アパルナ・サンダーらの実験によると、アップルのような訴求力の高いブランドの商品だと、ロゴが下部よりも上部にあったほうが好まれました。反対に、あまり人気のないマイナーなブランドだとロゴが下にあったほうが好まれ、購買意欲も高まったのです。
これはテクノロジーの商品だけではありません。アメリカでも大人気のスターバックスも、ロゴが下部よりも上部にあったほうが好まれました。これも、「訴求力の高い」イコール「優れている」という抽象的な概念を「ロゴの位置」という具体的なもので比喩して理解しやすくしている、概念メタファー理論です。
■「認知の流暢さ」があるデザインは受け入れられやすい
このように、商品や広告のビジュアルを考える際には「認知の流暢さ(cognitive fluency)」を意識することも非常に重要です。『行動経済学が最強の学問である』の中でも「非流暢性」で説明しましたが、「流暢」とは「ひっかかりがない」、つまり「わかりやすい(瞬時に認知できる)」ということです。
その意味で概念メタファー理論は、認知の流暢さを作り出す手法の一つです。「高い=パワフル」「低い=気楽」という概念メタファー理論を利用し、「認知の流暢さ(わかりやすさ)」があるデザインを作り出せば、それぞれ消費者に受け入れられやすくなります。
![相良奈美香『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/1200wm/img_c4d280f0ac6a1eb05a4eb5ffc0c98802277550.jpg)
また、消費者の深層心理を理解することも大切です。面白いことに、この効果は、人が「自分は影響力がないな」と感じているときにはなくなります。これは、自分が「影響力がない」と感じている際は、ロゴが上にあることで無意識に示される「優位性や影響力」に流暢性がなく、ピンとこなかったからでしょう。
「AのデザインとBのデザイン、どちらが好きですか?」
この質問はマーケティングリサーチの定番ですが、このときにただの好き嫌いではなく、身体的認知のクセを踏まえて検証することが大事です。そうすれば、わかりやすく、自然に感じるデザインを選ぶことができます。またこうした行動経済学の知識を、プレゼンテーションの際に学術的なエビデンスとして示してもいいでしょう。
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行動経済学博士
行動経済学コンサルタント。オレゴン大学卒業、同大大学院 心理学「行動経済学専門」修士課程および、同大ビジネススクール「行動経済学専門」博士課程修了。デューク大学ビジネススクールポスドクを経て、行動経済学コンサルティング会社であるサガラ・コンサルティング設立、代表に就任。その後、イプソスにヘッドハントされ、同社・行動経済学センター(現・行動科学センター)創設者 兼 代表に就任。現在は、ビヘイビアル・サイエンス・グループ(行動科学グループ、別名シントニック・コンサルティング)代表として、行動経済学を含めた、行動科学のコンサルティングを世界に展開。
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(行動経済学博士 相良 奈美香)
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