遊びそっちのけで競技に没頭させる…"将来有望"を理由に幼い子供を「スポーツ漬け」にする重大リスク
プレジデントオンライン / 2023年7月11日 16時15分
※本稿は、リチャード・D・ギンズバーグ、ステファン・A・デュラント、エイミー・バルツェル(著)、来住道子(訳)『スポーツペアレンティング 競技に励む子のために知っておくべきこと』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。
■鬼コーチに育てられた11歳の少年が下した決断
「父さん、母さん。僕、ゴルフをやめるよ」
マーヴィンの両親は、11歳の息子からそんな話を聞かされてショックを受けます。
マーヴィンは州内で上位に入ったばかりで、どうしてゴルフをやりたくなくなったのか、両親には見当もつきません。それどころか、いい結果を出せて喜んでいるとばかり思っていたのです。
コーチはマーヴィンの指導にとても熱心です。マーヴィンの試合にはいつも同行し、何時間も練習に付き合います。ゴルファーとして将来有望だと、マーヴィンのことを見込んでいるのです。
コーチは、マーヴィンが集中していなかったり、真面目にやらなかったりすると、怒鳴りつけます。「マーヴィン、何やってるんだ? お前ならもっとできるだろ。そんなプレーをしていたんでは、大会でトップ5には入れないぞ」。
初めのうちは、そんなふうに怒鳴られてもマーヴィンは気にしていませんでした。コーチはゴルフの試合のことを熟知していますし、マーヴィンもそんな彼に多くのことを学び、信頼も寄せていました。それになにしろ、ゴルフが大好きで、いい結果も出せていたからです。
■「8歳児並みだぞ」罵倒が頭にこびりついた
ゴルフが負担に感じられるようになったのは、ある大会の準々決勝で実力も経験も格下の選手に敗れてからでした。
初日の18ホールを終えてスコアが8オーバーまで後退してしまうと、近づいてきたコーチにこう言われました。「みんなが見てるっていうのに、みっともないプレーをして。これじゃ、8歳児並みだぞ」。
この言葉がずっと頭のなかをぐるぐるとめぐり、マーヴィンは著しく気持ちを乱してしまいます。残りのホールでも集中力を欠き、結局、準々決勝2日目で敗退してしまいます。
ボギーを叩くたびに苛立ちを募らせ、自分のことを怒鳴りつけたり、クラブを叩きつけたりする場面もありました。そうしてマーヴィンが崩れていく様子を、コーチは嫌悪感をあらわにただ見ているだけでした。
■楽しかったはずの試合がいつの間にか恐怖に
最終ラウンドを終え、コーチと一緒にクラブハウスに引き上げる道のりは、重苦しいものでした。2人とも言葉を交わすことはありません。マーヴィンの耳に入ってくるのは、背負っているゴルフクラブが歩くたびに規則的に揺れる音だけでした。
クラブは揺れるたびにカチカチと、まるで爆発寸前の時限爆弾のタイマーのような音を立てます。あまりにも張り詰めた空気で、マーヴィンはその場から逃げ出したいと思いました。クラブをチームのバンに積んだ直後に、コーチからこう告げられました。
「明日の練習は7時半からだ。準備しておけ」
それからはずっと厳しい練習が続きました。次の大会では決勝ラウンドまで進んだものの、以前は楽しかった試合が怖く感じられるようになりました。ミスをするたびに、激しく怒られます。
■ゴルフのせいで友達との間にも距離ができた
そんなコーチにマーヴィンは、いつの間にか不信感を持つようになります。コーチのことで心をかき乱されて目の前のことに集中できなくなってしまったのです。
ネガティブな思考に陥ると、筋肉がこわばり、パフォーマンスが低下してしまうことはよく知られています。
いいコーチであれば、選手がネガティブなことを考えないようにさせるものですが、このコーチはゴルフでは特に欠かせないメンタルの強さをマーヴィンから奪い取るばかりでした。
放課後は毎日、ゴルフの練習だったので、友達と距離ができていくように感じられました。週末は毎週、試合です。マーヴィンは練習をやめて家で過ごしたいと思うようになります。
このようにストレスのかかる状態が何週間も続いて、マーヴィンは、ゴルフはもうやりたくないと両親に告げます。
■コーチを喜ばせるためにゴルフをするようになった
マーヴィンの両親が目の当たりにしたように、ハイレベルな環境のなかで競技を行っている幼い選手は、燃え尽き症候群に陥る危険があります。
マーヴィンは、ハイレベルな戦いができるうえに強い選手になれるだけの身体能力を備えていながら、コーチとの関係がぎくしゃくしていることでゴルフを楽しめなくなってしまっています。
それまでいい結果を出すことで自信をつけてきましたが、今では試合や練習に追われて友達と過ごす時間もほとんどありません。リラックスできる時間がないので、コーチからの叱責が余計に堪えるのです。
マーヴィンは、コーチを喜ばせることばかりを考えるようになっていました。いいプレーができないと、その分、コーチから激しく叱られます。
マーヴィンは自分のことが嫌になり、一気に自信をなくしてしまっているのです。
■「最後に楽しくゴルフをしたのがいつか思い出せない」
それまでの経緯を聞いて、マーヴィンの父親は驚いてこう言います。「コーチにそんなに厳しくされていたのに、どうして言わなかったんだ? 父さんと母さんがコーチと話すことだってできたんだぞ」。
「そんなことをしても意味ないよ」。マーヴィンは言い返します。
「あのコーチは厳しいだけ。コーチのルールに従ってプレーできなければ、やめるしかない。僕はもうそれに耐えられないんだ。コーチのためにプレーするのは嫌なんだ。ゴルフだって、嫌いだし。プレーするたびに、すごくイライラするんだ。ゴルフが最後に楽しかったのがいつだったか、思い出せないよ」
子供が誰かを喜ばせるためにプレーすると問題が生じます。
コーチや親のためならなおさらですが、プレッシャーを感じてプレーが楽しくなくなってしまいます。子供が幼ければ余計に楽しさが消えて、プレーすることに意味がなくなるのです。
年齢を重ねていけば、コーチといざこざがあっても一時的な問題として対応できるかもしれませんが、幼いうちはそこまで広い視野は持てません。
傷ついてしまい、求められることに応えて容赦ないコーチともうまくやっていけるほど強くないのです。まさに、マーヴィンはこういう状況に置かれているのです。
■熱血過ぎるコーチは子供がプレーしているということを忘れている
マーヴィンはためらっていましたが、両親はコーチと話してみることにします。ですが、その話し合いはうまくいきませんでした。
マーヴィンがゴルフをやめると言い出したのは、コーチからひどく怒られてばかりだと感じているからだと両親が言うと、コーチは怒り出します。
マーヴィンがチームのために真面目にやらず、プレーも未熟で、しかもゴルフのこともトレーニングのレベルも引き上げなければいけないといった事情が、両親にはまるでわかっていないというのです。
両親はコーチの否定的な考え方にショックを受け、戸惑いを覚えながらその場をあとにします。そして、本人のやめるという決断を後押ししようと考えます。
結果へのこだわりが強いコーチのもとでプレーする場合、子供は直感的に親に不満をぶつけてはいけないのだと思ってしまうことがあります。
マーヴィンのように青年期に差し掛かった時期は、上達することに一生懸命で、さらにプレッシャーに打ち勝てるほど自分は強い人間なのだと自分にも周囲にも証明したいと考えます。
コーチから絶えずプレッシャーをかけられるのは、自分が目をかけられていて、上達のために力を入れてもらっている証拠だと考える選手もいます。
マーヴィンのコーチのように指導が厳しいとしても、それが悪意によるものということはめったにありません。
そういったコーチはむしろ熱心すぎて、視野が狭くなってしまいます。競技に熱くなるあまり、大人ではなく、子供がプレーしているということをつい忘れてしまうのです。
■燃え尽き症候群の兆候
燃え尽き症候群には必ず兆候があります。どんな兆候があり得るのか知っておくことで、早めに気づく手立てになります。
1.疲労感が増している。あるいは、疲れがなかなか取れない。
2.イライラしたり、無気力になったりすることが増えている。
3.医学的な原因とは明らかに関係のない、身体の不調やケガに見舞われることが増えている。
4.練習にも試合にも、やめたいと言い出すことにも、激しい迷いが生じて、そこからなかなか抜け出せない。
5.練習を休んだり、試合を欠場したりすることが増えている。
6.原因不明の不振に陥っている。
7.自信がなくなっている。
8.ひどい態度をとったり、やる気をなくしたり、競技を続けていくのが困難になることをやってしまう。
9.競技ばかりに追われて、その年頃ならできて当たり前のこと(友達付き合いなど)ができなくなっている(特に青年期)。
10.子供のアスリートとしてのキャリアのために、両親が無茶な犠牲を払って抜け出せずにいる(子供の選手としての将来性をもとに、人生の重大な選択や家族の決断が左右されている)
※出典:J・コークリー著『Sociology of Sport Journal』1992年9月号 P.271~285“Burnout Among Adolescent Athletes: A Personal Failure or Social Problem?”
■スポーツをするにしてもバランスの取れた生活が必要
マーヴィンのような青年期においては、特に9に注目です。
実際、マーヴィンには、友達と過ごしたり、何もしないでのんびりしたりする時間がありませんでした。
燃え尽きてしまう背景でよくあるのが、絶えずプレッシャーにさらされているというケースです。競技レベルが高く、そのうえコーチが厳しかったとしたら、身体的にも精神的にも子供では太刀打ちできないでしょう。
そうなると、競技をやめるしか道はなくなります。子供は、大人のように追い込まれる準備ができていないのです。
どんなにスポーツに打ち込むとしても、子供には友達との時間やバランスの取れた生活やリラックスできる時間が必要です。大切なものを守ることで、スポーツが好きだという気持ちを持ち続け、それによってより長く競技を継続してより良い結果を出していくことができるのです。
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マサチューセッツ総合病院(MGH)の臨床心理士。スポーツ臨床心理士として幅広い年代の診療に当たるかたわら、全米各地で、ユースから大学までさまざまなスポーツプログラムに向けて講演・相談活動を行う。過去には、ハーバード大学の男子ラクロス、女子サッカー、男女水球、女子アイスホッケー、U16とU17のアメリカ女子サッカー代表、アメリカ女子プロサッカーのボストン・ブレイカーズのスポーツカウンセリングも担当している。
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(ハーバード・メディカルスクール助教授 リチャード・D・ギンズバーグ)
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