1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

尾身茂氏のもとには「殺害を予告する手紙」が届いた…新型コロナ専門家会議"終了前夜"に起きていたこと

プレジデントオンライン / 2023年7月31日 15時15分

政府専門家会議の在り方について記者会見する尾身茂副座長(手前、地域医療機能推進機構理事長)ら=2020年6月24日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は2020年2月14日に設置され、2020年7月に新型コロナウイルス感染症対策分科会へと引き継がれた。専門家会議が終了するとき、何が起きていたのか。専門家会議で副座長を務め、現在は分科会会長を務める尾身茂さんに聞いた――。

※本稿は、牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■メンバーの中には体調を崩して入院した人もいる

――尾身さんに殺害を予告する手紙が届いたそうですね。

【尾身茂氏(以下、尾身)】まさか、これほど風あたりが強くなっているとは思いませんでした。殺害を予告する手紙や薄いナイフが入った封筒が届いたため、警察が警護してくれることになりました。当時は、自宅と、独立行政法人・地域医療機能推進機構、霞が関の内閣府を行き来するだけの生活でしたので、それぞれの場所で警護していただきました。

2021年7月には、地域医療機能推進機構の入り口ドアのガラスが大型のシャベルで割られたという事件もありました。また、私ともう一人の専門家会議のメンバーは、損害賠償請求されたこともありました。

――メンバーの中には体調を崩して入院した人もいると聞きました。

特に、クラスター対策やデータ収集、分析に関わった専門家は長時間、属人的な努力が必要だったため、かなりの負荷がかかったと思います。

専門家のなかには、自分の大学院の研究室の学生の力などを借りて、感染者数について、新聞報道や自治体の広報文をもとにスマホを使っての手作業で情報収集せざるを得なかった。このため、肉体的にも精神的にも相当な負荷がかかってしまいました。日本は良質な疫学データが集まらないのは大きな問題です。早急に解決しないと、新たな感染症の襲来に対応できないと思います。

――メンバーの中で辞めたいと漏らす人はいませんでしたか。

辞めたいって言う人は何人かいました。激務による疲労もありました。また、提言内容の趣旨について、時々自分たちの考えが政府に理解してもらえなかったフラストレーションもあったと思います。

■専門家会議からの「卒業」に向けて

「前のめりの『専門家チーム』があぶりだす新型コロナへの安倍政権の未熟な対応 専門家の役割はあくまで助言。政治的決断を下し責任を担うのは政権のはずなのに……」。東京大学先端科学技術研究センターの牧原出(まきはらいづる)教授が、このようなテーマで書いた論文が2020年5月2日、朝日新聞社の言論サイト「論座」に掲載された。当時の専門家の姿勢を「前のめり」と表現したのは、この論文が初めてのことだった。専門家への不満や非難が広がった背景に、政府と専門家とのあいまいな関係があり、そのような関係を放置してきた政府の責任は重いと指摘した。政府も尾身会長も、専門家会議からの「卒業」に向けて動き出した。

――専門家会議のあり方を変えないといけないと思い始めたのは、いつ頃からですか。

【尾身】感染の波が落ち着き始めた20年5月下旬頃でしょうか。専門家会議のあり方を再検討する必要があると感じ始めました。

その理由は大きく分けて二つありました。

一つめは、本来、専門家の役割は提言することで、その提言を採用するかどうかは政府が決め、最終的な判断も含めて国民への発信の第一義的な責任は政府が負うべきです。しかし、政府と専門家の役割分担が不明確だったために、我々がすべてを決めているという印象を与えました。

緊急事態宣言を含むコロナ対策は、社会経済に大きな影響を与えました。専門家会議は感染症や公衆衛生など医療関係の人たちが中心なので、どうしても感染対策に重点が置かれる傾向は確かにありました。感染対策に重点が置かれ続けると、社会経済は打撃を受けます。だから、社会経済の専門家も入ったほうがいい、と思ったのが二つめの理由です。

■政治学者が見た専門家会議

【尾身】そんな時、東大の牧原先生の論文を読みました。

「(専門家チームは)政権をあてにせず、自らが情報発信することで、時々刻々変化する事態に国民の目を向けさせようとしたのであろう。だが本来、専門家の判断はあくまで専門的・科学的見地からなされるものにとどめ、その助言を受けて政治決断を下し、責任を担うのは政府のはずである」
「その観点から疑問なのは、首相の記者会見に尾身会長が同席したことだ。本来、担当閣僚が同席すべきであろう。(略)政府の対策チームのメンバーではない尾身会長を同席させたことで、政府が負うべき責任を、尾身会長ひいては専門家チームに負わせているのである」

牧原先生は政治学の専門家で、今回のコロナ対応を政治学者として観察しており、専門家会議のこれからのあり方について明確な考えを持っていらっしゃいました。このため、5月19日の我々の勉強会で彼とお会いし、意見を聞きました。

牧原先生は、「科学・感染症の専門家の責任範囲とミッションを明確化する」「可能な限りアカデミア全体からの協力を求める」「政治の判断を明確化するために、過度な意見集約をしない」「感染症専門家からの意見、経済専門家からの意見を両論併記する」「(専門家会議の議事録が作られていなかったことが問題視されたが)専門家の役割がどこまでかを議事録で明確化させる」などと提言され、その上で、「今回の流行が収束したところで、専門家会議を解散するのも選択肢の一つだ」と指摘されました。

ビジネス会議室の空のインテリア
写真=iStock.com/hxdbzxy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hxdbzxy

■やむにやまれぬ思いで「卒業論文」に取りかかった

専門家会議のあり方に疑問を感じていた尾身氏らは、緊急事態宣言が解除されると、専門家会議の「改組・廃止」を念頭に置きながら、専門家会議から「卒業」するための「卒業論文」の執筆に取りかかった。会議発足から約4カ月。卒論は誰から求められたわけではない。やむにやまれぬ思いからだった。尾身氏らは2020年6月24日、日本記者クラブで記者会見を行い、政府と専門家助言組織の正しい関係について提言した。まさに、その日の同時刻。西村康稔大臣が別の記者会見で波紋を広げる重大発言をした――。

――専門家会議のあり方について見解をまとめようと考えた理由はどのようなことでしょうか。

【尾身】私たちは「卒業論文」と呼んでいました。これを出した理由は先ほど申し上げたように二つあります。一つめは、政府と専門家の役割分担が不明確であったこと。もう一つは、社会科学系の人を入れないといけないということです。卒論を書くのに、かなりの時間とエネルギーを費やしました。

■厚労省との意見調整には時間がかかった

――卒論の内容は比較的順調にまとまりましたか。

【尾身】厚生労働省との意見調整に少し時間がかかりました。これまでも、基本的には我々専門家の意見を公表する際には、厚労省など政府側に内容を共有し、なるべく理解を得てから公表していました。今回も同様に厚労省に我々の「卒業論文」の原案を共有しました。

ところが、厚労省は我々とは違う視点からこの論文を見ていました。「今までうまくやってきたじゃないですか。なぜ今それをやる必要があるのですか」と言うんです。政府として、そのように言うのは、ある意味当然ですし、一理あると思いました。

一方、私たち専門家は「国を批判することが目的では決してありません。政府と専門家の役割分担が明確でなかったこと、さらにこれまで社会や経済の専門家が入っておらず、医療関係者だけで政策提案をしてきたこと、この二つは何とか早く解消しなくてはいけない」という強い思いがありました。そのために、この論文を出す必要があると説明しました。

文言の調整でも気を使いました。我々の卒業論文原案の冒頭には「我が国の危機管理体制は十分ではなかった」と書いてあったのですが、厚労省から「ここの部分はなんとかならないのか」と相談がありました。私たちはそもそも政府の対応を批判したいわけではありません。日本社会全体の危機意識が足りなかったことを指摘することが目的だったので、文言にはそれほどこだわらず、「新しい感染症による深刻な打撃に直面してこなかったため感染症に対する危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった」と書き直しました。

厚生労働省
写真=iStock.com/SakuraIkkyo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SakuraIkkyo

■「歴史の審判に耐えられない」

【尾身】我々専門家は、大切なことで言うべきことは言うという立場をとってきました。もちろん、それが時には政府に歓迎されない時もあるかもしれませんが、既に述べたとおり、言うべきことをしっかり言わなければ「歴史の審判に耐えられない」という意識がずっとありました。今回も卒業論文を記録に残しておくことが、我々の責任じゃないか、と感じたのです。

論文の内容については政府と調整が終わりましたが、政府としてはこの卒業論文を政府の正式な専門家会議の名前で発表することに懸念を抱いていたようです。このため、この卒業論文は「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 構成員一同」と、構成員が個人的な思いからまとめた形にしました。国のお墨付きがないので、厚労省の記者クラブで発表するのが難しく、他のテーマで講演を頼まれていた東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見をすることにしました。開催日は6月24日午後4時からと決まりました。会見には、専門家会議座長の脇田隆字さん、副座長の私、構成員で川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦(おかべのぶひこ)さんの3人が出席しました。

■「専門家助言組織」はどうあるべきか

――どのような内容を公表したのでしょうか。

【尾身】「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」というのが卒論のテーマです。これまでに述べてきた課題を踏まえて、「本来、専門家助言組織は、現状を分析し、その評価をもとに政府に対して提言を述べる役割を担うべきである。また、政府はその提言の採否を決定し、その政策の実行について責任を負う。そして、リスクコミュニケーションに関しては政府が主導して行い、専門家助言組織もそれに協力するという関係性であるべきである」と指摘しました。

リスクコミュニケーションとは、感染症など社会を取り巻くリスクに関して、行政、専門家、企業、市民などの関係者が正しい情報を共有し、それぞれ意思疎通を図って理解を深めることを指します。

前にも述べたように、20年2月当初、政府はクルーズ船内の感染対応に忙殺されていたので、大きな基本方針をまとめる時間的余裕がありませんでした。このため、我々専門家が基本方針案を作り、2月24日に政府に出しましたが、その案をマスコミに発表するよう求められたため、記者会見で説明しました。その後、会議があるたびに記者会見での説明が求められ、こうした形が定着し、私たち専門家がすべてを決めているように見える一因となりました。また、専門家会議が人々の生活にまで踏み込んだと警戒する人もいました。提言内容などについては専門家が社会に説明すべきですが、対策の最終決定に関するリスクコミュニケーションは、基本的には政府の主導で行われることが理想だと思います。

■国の役割と責任を明確にすることを提案

【尾身】次なる波に備えるため、国の役割と責任を明確にすることを提案しました。専門家の役割はリスク評価をもとに取るべき政策案について提言することで、一方、政府はその提案の採否を含め、最終的な決断をすることです。

牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)
牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)

――西村大臣が同時刻に別途、記者会見しており、そこで「専門家会議を廃止する」と発言しました。

【尾身】私たち専門家の記者会見の最中に、記者から西村大臣の発言について聞かれ、私が「知りませんでした」と答えたことが大きな波紋を呼びました。私が知らなかったと言ったのは、我々の記者会見と同じ時刻に西村大臣が記者会見していて、「廃止にする」と発言をしたことを知らなかったと言っただけです。西村大臣は、私たちがまとめている見解の内容を知っていましたし、私たちも、政府が専門家会議を改組しようとしていたことを知っていました。

――それにしても西村大臣が、たまたま同日同時刻に記者会見をしたというのは不思議ですね。尾身さんら専門家の皆さんから問題点を先に指摘されて、それに従って政治が対応したと思われたくなかったので、同時刻に発表したのでしょうか。

【尾身】さあ、どうでしょうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、その辺の事情はよく分かりません。

----------

牧原 出(まきはら・いづる)
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
1967年生まれ。政治学者。専門は政治学・行政学。90年東京大学法学部卒業。同助手、東北大学法学部助教授、同大学院法学研究科教授を経て、現職。2003年『内閣政治と「大蔵省支配」――政治主導の条件』(中公叢書)でサントリー学芸賞を受賞。著書に『行政改革と調整のシステム』(東京大学出版会)、『権力移行』(NHK出版)、『「安倍一強」の謎』(朝日新書)などがある。

----------

----------

坂上 博(さかがみ・ひろし)
読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員
1964年新潟県生まれ。87年東京工業大学工学部卒業。同年読売新聞東京本社入社。千葉支局、松本支局、医療部などを経て2016年より現職。専門は感染症、難病、薬害、再生医療など医療全般。著書・共著に『再生医療の光と闇』(講談社、2013)、『薬害エイズで逝った兄弟―12歳・命の輝き』(ミネルヴァ書房、2017)、『きちんと知ろう!アレルギー』全3巻(ミネルヴァ書房、2017)、『シリーズ疫病の徹底研究』3巻4巻(講談社、2017)など。

----------

(東京大学 先端科学技術研究センター 教授 牧原 出、読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員 坂上 博)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください