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プーチンは「本物の皇帝」ではなかった…クーデター寸前の危機だった「プリゴジンの乱」が残した5つの謎

プレジデントオンライン / 2023年7月4日 13時15分

2023年6月24日、ロシア南部ロストフナドヌーで、南部軍管区司令部からの撤退を準備する民間軍事会社ワグネルの戦闘員 - 写真=AFP/時事通信フォト

■ロシア人を分裂させた「クーデター未遂事件」

プリゴジン氏が率いるロシアの民間軍事会社「ワグネル」の部隊が6月23日に決起した「プリゴジンの乱」は、「一日天下」に終わったものの、プーチン体制の脆弱(ぜいじゃく)性を示し、政権運営に打撃を与えた。

ロシアの政治学者、アンドレイ・コレスニコフ氏は「蜂起はロシア人の心を分裂させた。クーデター未遂事件であり、皇帝は本物の皇帝ではなかった。もはやロシアはかつてのようにはならない」と指摘した。(米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」6月25日)

反乱事件には依然謎が多く、そこにプーチン体制の意外な弱点が読み取れる。

第1の謎は、ワグネルの部隊が首都進撃を目指した狙いだ。ほとんど勝算のない特攻隊的な決起だったが、「ワグネルに残された唯一の選択肢は、クレムリンを奪取することだった。成功には、モスクワ市民の支持を得る必要があった」(米紙「ニューヨーク・タイムズ」6月26日)といわれる。

■「大統領府の占拠」も十分に起こり得た

仮に首都に入城していれば、プリゴジン氏は国防省前で「ショイグ(国防相)は出てこい」「プーチン(大統領)はどこだ」などと演説し、SNSで発信するつもりだったかもしれない。

その場合、南部ロストフナドヌーで多数の若者がワグネルに歓声を上げたように、大量のモスクワ市民が伝説的部隊を見ようと殺到した可能性がある。ウクライナ戦争の長期化で社会に閉塞(へいそく)感が高まり、首都には反プーチンの若者が多い。数万の市民が集まると、弾圧は不可能だ。

国防省からクレムリンは徒歩10分程度で、ワグネルと市民がクレムリンになだれ込み、「クレムリン占拠」が起こりかねない危険なタイミングだった。

■ワグネルの進撃を放置したロシア軍の無気力

第2に、ワグネル部隊がほとんど抵抗を受けずに800kmを快進撃し、それを放置した軍の無気力、無関心も謎だ。

プリゴジン氏が南部軍管区司令部の幹部2人を拘束し、「ショイグを出せ」と言うと、幹部は「どうぞお持ち帰り下さい」と笑顔で応じるシーンが放映された。反乱軍と対峙(たいじ)する緊張感はまるでなかった。

独立系メディアによれば、モスクワから200km地点に防衛網が敷かれたため、ワグネルは進撃を躊躇し、取引成立後引き返したが、首都防衛に当たったのは軍ではなく、治安部隊の国家親衛隊だった可能性がある。

プリゴジン氏と親しかったスロビキン上級大将が事前に計画を知っていたとして取り調べを受けた。政権に近い政治コンサルタントのセルゲイ・マルコフ氏は「プリゴジンに近かった者は全員調査されている。数百人だ」と明かした。政権は粛軍や幹部人事に乗り出す可能性があるが、軍内部にはワグネルのシンパが多く、戦時下ではリスクを伴う。

■なぜベラルーシ大統領が収束に当たったのか

第3に、ベラルーシのルカシェンコ大統領が前面に出て危機を回避したとするストーリーにも疑問が残る。同大統領は27日の演説で、プリゴジン氏に6、7回電話し、「道中で虫けらのように叩きつぶされるだけだ」「ベラルーシで安全を保証する」と説得し、撤収させたと述べたが、国家的危機の解決を外国首脳に丸投げするのは不可解だ。

右派ブロガーのドミトリー・デムシキン氏はブログで、「6月24日に限っては、ルカシェンコがロシアの法執行機関の最高責任者だった。わが大統領がどこにいたのか知らないが……」と皮肉った。

独立系メディア「メドゥーザ」はクレムリン情報筋の話として、「最終的な交渉は、ワイノ大統領府長官、パトルシェフ安全保障会議書記、グリズロフ駐ベラルーシ大使らが行い、前面に出たのがルカシェンコだ」と報じた。

政権の内情に詳しい謎のブロガー、「SVR(対外情報庁)将軍」は、「ルカシェンコの説明は90%嘘だ。すべての取り決めはパトルシェフが調整し、プーチンは危機の解決から身を引いた」「パトルシェフはルカシェンコに演説では自分の名前を出さないよう頼んだ」と投稿した。

収拾劇では、デューミン・トゥーラ州知事、ゾロトフ国家親衛隊長官が暗躍したとの情報もある。大統領のボディーガード出身のデューミン知事は、評価を落としたショイグ国防相の後任説も出始めた。収拾で功績のあった面々が政権内で影響力を高める可能性がある。

■決断力や政治的カンが衰えている

第4に、プーチン大統領の役回りも謎だ。軍事ジャーナリストのボリス・グロゾフスキー氏は、「プーチンは反乱に際して、最高司令官らしく振る舞わなかった。決起が始まると、モスクワ北部のバルダイ公邸に移動し、危機が収まると戻ってきた。最高指導者の振る舞いではなかった」と伝えた。

大統領は国民向けのテレビ演説を行い、「これは反乱であり、裏切り行為だ」とし、厳罰に処すと強調しながら、プリゴジン氏らが無罪放免となった経緯も不透明だ。

そもそもプーチン氏が長年の部下、プリゴジン氏の奔放な行動を容認してきたことが、今回の反乱につながった。ワグネルと国防省の対立は半年前から先鋭化していたのに、大統領は手を打たず、5月には東部バフムトを制圧したワグネルを称賛し、勲章を贈った。往年の決断力や政治的カンが衰えてきた印象だ。

ワグネルの首都進撃が始まると、マントゥロフ副首相やオリガルヒのウラジーミル・ポターニン氏らがプライベート・ジェットでモスクワを脱出したことも判明した。ボロジン下院議長は「怯えた政府要人が国外に脱出した」と批判したが、エリートのプーチン離れを示唆した。

ロシアは9月に統一地方選、来年3月に大統領選を控えて、政治の季節を迎える。エリート層が、威信低下と衰えの目立つプーチン大統領をさらに6年間担ぎ続けるのか。クレムリン奥の院で微妙な暗闘が起きる可能性もある。

ロシアの国境警備隊が整列
写真=iStock.com/Vital Hil
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vital Hil

■「プリゴジンが核兵器奪取」という予測も

第5の謎は、反乱収拾後、ロシアのメディアやSNSでは政権批判が広がり、言論統制が緩んできたことだ。

国営テレビは大統領の「賢明で勇気ある行動」を讃えたが、有力紙の「独立新聞」は、「正真正銘の反乱だった。前代未聞の挑戦で、システムが機能しなかった。クレムリンは相変わらず、すべての当事者に宝石を配るといった古い手法で解決した」と政権に厳しい論調を掲げた。

ロシアの記者・評論家らのSNS発信も言いたい放題だ。

「反乱の第2部が必ずあると予想している。亡命するプリゴジンはベラルーシに配備されるロシア軍の核兵器を奪い、クレムリンへ核攻撃の恫喝を行い、ショイグらの解任を迫るのではないか」(アントン・ゲラシチェンコ氏)

「プーチンには、シベリア・アルタイ地方のガスプロム保養所あたりで隠遁生活に入ってもらいたい」(アナスタシア・キリレンコ記者)

「軍部隊の大半はウクライナにいて、首都が無防備であることが示された。NATOの脅威を考慮すれば、これは国家指導部の犯罪的怠慢だ」(アッバス・ガリャモフ氏)

■「影武者説」は政権混乱の表れか

プーチン大統領は反乱収束後、あちこちのイベントに精力的に出席。何事もなかったように振る舞い、国家の安定をアピールしている。南部ダゲスタン州も訪れたが、ロシアの新興メディアやSNSでは影武者説が飛び交った。コロナ禍以降、隔離生活を続ける大統領が、民衆と密の交流を行うのは不自然で、動作や表情も微妙に異なるといった分析が拡散した。

反乱前日の6月22日にも奇妙な動きがあった。プーチン氏がドイツ軍侵攻記念日に戦没者慰霊行事に出席する動画と、安全保障会議をオンラインで主宰する動画がほぼ同時間帯に大統領府HPにアップされた。影武者を運用するとされるのは、要人警護に当たる連邦警備庁(FSO)。影武者説の真偽はともかく、運用が粗雑になっているようだ。

内乱直前の一触即発の危機を招来した後、政権の統率力が低下し、タガが緩んできたかにみえる。秋の「政治の季節」を前に、言論の野放しが続けば、体制に脅威となりかねない。

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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学特任教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。

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(拓殖大学特任教授 名越 健郎)

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