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"倒壊危機"で出費90億円超の絶体絶命…大阪の古刹が編み出した「寺の門とホテルの一体化」というスゴ技

プレジデントオンライン / 2023年7月5日 11時15分

御堂筋を挟んで、山門とホテルが一体になった南御堂がみえる - 撮影=鵜飼秀徳

通称「南御堂(みなみみどう)」。華やかな大阪・御堂筋沿いの真宗大谷派難波別院には、山門を兼ねた17階建てのビルがある。ホテルなどが入居し、インバウンド旅行者に大人気だ。歴史ある寺院は2011年の東日本大震災後、耐震性の問題が浮上。解体・補強などの総事業費は90億円超で、単独での再建を断念した寺院が編み出した妙案と、令和式の寺院経営スキームとは。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんがリポートする――。

■御堂筋のランドマークは寺の門とホテルが一体

少し前に、本コラムで「ホテルと本堂を一体」させて再建に成功した京都の古刹を紹介した。実は、大阪市では「寺の門とホテルが融合」した事例があった。

それは、2019(令和元)年秋にオープンした真宗大谷派難波別院(通称:南御堂)。日本で初めての寺院の山門と商業施設とが一体となった建物だ。山門の老朽化に伴う建て替え資金の捻出のための「苦肉の策」だったが、これまで仏教と接点がなかった若者やビジネスパーソンが寺の門をくぐりはじめた。

大阪を代表するオフィス街、本町。オリックスや竹中工務店などの本社ビルが立ち並ぶこのエリアに、低層部が大きく開口したビルが登場したのが、コロナ禍前の4年前のことだ。これが、難波別院の「山門」である。

御堂筋から山門越しに、寺の本堂が見える。難波別院は「お東さん」と呼ばれる真宗大谷派の、大阪における拠点道場だ。気になるのは、「山門とホテル」の合体ビルがいかに完成し、どのように活用されているかだが、それは後述することとして、この界隈の街と寺院の歴史を簡単に解説してみたい。

■「大阪」は浄土真宗がつくったと言っていい

この難波別院に対し、300メートル北には浄土真宗本願寺派(通称「お西さん」)の津村別院が建っている。大阪の一等地に、浄土真宗の巨大寺院があるのには理由がある。

歴史を遡れば、「大阪」は浄土真宗がつくったといっても、過言ではない。「大坂」という地名の初出は15世紀末、本願寺8世で中興の祖とも呼ばれる蓮如がしたためた「御文(おふみ)、御文章(ごぶんしょう)」といわれている。この「大坂建立章」(4帖第15通)で蓮如は、『当国摂州東成郡生玉の庄内大坂といふ在所は、往古よりいかなる約束のありけるにや』と、述べている。ここでいう大坂とは、現在の大阪城あたりを指した。

蓮如は未開の地であった大坂の地に、大坂御坊(後の石山本願寺)の建立を発願。そこに門徒衆が集まり、寺内町を形成し、大いに栄えた。

だが16世紀末、織田信長と10年にわたって対立した(石山合戦)結果、石山本願寺は退去。その跡地に、豊臣秀吉の手によって大坂城が建設されたというわけだ。浄土真宗の総本山は、現在の京都・西本願寺の地に移転した。

ここ御堂筋の難波別院の創建は1595(文禄4)年のこと。本願寺12代の教如が大坂渡辺に建立した大谷本願寺に遡る。2年後に大谷本願寺はこの地に移転した。

1602(慶長7)年、京都の本願寺のお家騒動に乗じて、徳川家康が本願寺を分けたことで、現在の東・西の本願寺が生まれた。そのため大坂における浄土真宗も、真宗大谷派難波別院(南御堂)と浄土真宗本願寺派津村別院(北御堂)に分かれ、現在に至っている。

1926(大正15)年の大阪都市計画において、この「2つの御堂」をつなぐ参道の拡幅工事が完成する。それが、現在の御堂筋なのである。

しかし、1945(昭和20)年3月の第1次大阪大空襲によって、難波別院や津村別院を含める一帯は焼失した。

こうして終戦の年、空襲による焼け落ちた難波別院だが、1961(昭和36)年に本堂と山門の再建を果たす。この時、山門は商業ビル「御堂会館」として生まれ変わった。当時も寺院と商業施設の一体型ビルの、先駆け的存在として注目を浴びた。

御堂会館には1000人規模を収容できるホールがあった。昭和の映画ブームの時代には、試写会の聖地としても映画ファンから知られていた。

ところが、2011(平成23)年の東日本大震災をきっかけに、耐震性の問題が浮上する。御堂会館は震度6以上で倒壊する可能性が指摘された。建物もかなり老朽化しており、解体を余儀なくされた。本堂の耐震性にも問題が見つかり、改修工事が必要となった。

■再建の事業費は90億円超…絶体絶命の淵で出た妙案

耐震調査の結果、補強に11億円、解体だけでも4億円かかるとの見積りだった。独自の再建は断念せざるを得なかった。最終的な事業費は山門だけで、およそ90億円にもなった。

このとき、飛び出した絶妙なアイデアは次のようなものだ。まず、山門部分の土地約2600平方メートルにたいして、60年間の定期借地権を設定。地代を得ながら再建する計画が持ち上がった。名乗りを上げたのが、地元企業である積水ハウス不動産関西(当時の積和不動産関西)。「御堂筋のシンボルにしたい」と、山門を既存の御堂会館以上の規模感で再建することに。

つまり、地主としての難波別院は地代を得、家主としての積水ハウス不動産関西はテナント料を得るスキームである。施工は、難波別院の「企業門徒」である竹中工務店が手掛けることになった(昔は、大規模な寺社にはパトロンが多くついていて伽藍(がらん)の寄進や建設を請け負ったものだが、近年では企業が寺社に資金を拠出しにくい企業体質になってきているのが残念だ)。

新たなビルでは山門の機能を備えるため、低層部の中央は参道として、通り抜けができる構造にした。吹き抜け部の天井は、寺の門であることを主張するため、伝統的な格天井のデザインが採用された。

北棟4階まで、寺務所やスターバックスが入る
撮影=鵜飼秀徳
北棟4階まで、寺務所やスターバックスが入る - 撮影=鵜飼秀徳

2019年11月、地上17階地下1階の複合ビルとしてグランドオープン。山門の「脚」の部分に当たる北棟4階までは、難波別院が寺の施設として積水ハウス不動産関西から借り受けた。

そのうえで1階にスターバックスコーヒー(南御堂ビルディング店)を誘致。なんと、スターバックスの片隅には経本や難波別院グッズなど、真宗大谷派の布教ツールを販売している。宗教施設の中にスターバックスが出店した事例も、稀有である。

南棟は積水ハウス不動産関西が誘致した、企業が入居。その南棟1階には、行列のできるスイーツ店「ハナフル」が店を構えており、常に若い女性でいっぱいだ。

つまり、山門の1階に若い人々が集まる飲食店を構え、彼らを境内へと誘う仕組みである。従前の難波別院ではみられなかった、仏教と接点のなかった若者が寺の門をくぐり始めた。

■寺院の朝の「お勤め」に参加する外国人宿泊客も増加中

5階以上は、客室364室の大阪エクセルホテル東急が入る。16階にフロントロビーやバーを設けており、バーカウンターからは難波別院の本堂が俯瞰できる。空間のしつらいからは、仏教色を感じることはできないが、大阪の街をイメージしたカーペットが敷かれているなどの工夫を凝らしている。

大阪エクセルホテル東急のロビー
撮影=鵜飼秀徳
大阪エクセルホテル東急のロビー - 撮影=鵜飼秀徳
バーラウンジから本堂などの南御堂境内を俯瞰する
撮影=鵜飼秀徳
バーラウンジから本堂などの南御堂境内を俯瞰する - 撮影=鵜飼秀徳

冒頭で触れた、京都にある浄教寺が三井ガーデンホテルと一体となったケースでは、旧本堂の建材をホテルロビーに使用したり、ロビーと本堂とを隣り合わせにしたり、仏教色を全面に押し出すコンセプトであった。一方で、大阪エクセルホテル東急は、ムスリムの宿泊客など他の信仰への配慮から、宗教色を廃しているのが特徴といえる。

とはいえ、外国人旅行者にとって、難波別院は日本の宗教文化に触れられる格好の地。特に本堂で行われる朝のお勤めは、荘厳な雰囲気が体験できる。大阪エクセルホテル東急は宿坊ではないので、朝のお勤めは自由参加だ。コロナ禍が収束したいま、お勤めに参加する外国人宿泊客は増えてきているという。

もともと難波別院での朝のお勤めは、午前7時とかなり早い時間帯に設定されていた。しかし、建て替えを機に、宿泊客や近隣のオフィスのビジネスパーソンの通勤時間に合わせた午後8時に変更した。すると、飛躍的に、参拝客が増えたという。伝統的な仏教教団において、守るべき伝統は守り、変えるべき慣習は状況によって変えるという柔軟な姿勢が感じられる。

難波別院では2023(令和5)年5月末をもって、本堂の耐震改修工事を終える。山門と本堂の工事完了に伴い、新生難波別院は大阪のランドマークとしての歩みを始める。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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