マスクしない客がいると「追い出さないお前たちは人殺し!」コロナ禍で急増した理不尽な"カスハラ"3類型
プレジデントオンライン / 2023年7月8日 11時15分
※本稿は、桐生正幸『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ日本ではカスハラだけが容認されているのか
カスハラの実態に関するいずれの調査を見ても、加害でも被害でもカスハラ経験があると答える人の多さに驚かされる。たとえば、自身の働いている業界の7割の従業員がセクハラ被害に遭っていると知ったら、異常事態だと誰もが思うはずだ。それなのに、カスハラだけは容認されていることがよくわかる。
「先生の『お客様と私たちは対等である』という言葉には、本当にびっくりしました。いままで、そんなことを一度も思ったことがなかったので」
講演会のあとにいただいた感想の一つだ。それを聞いて、あらためて日本のカスハラ問題の本質をつきつけられた感じがした。日本では会計でも注文でも、いつもお店の人が、お客を大切に、腫れ物に触るかのように扱う。マニュアルどおりの礼儀作法を守らないと「丁重に扱われている」気がしない接客の関係ができあがっているのだ。
ややもすれば、客を必要以上に大事にしてしまう癖が、日本人には無意識のうちに刷り込まれてしまっているかのようでもある。消費者の方も「店は客を大事に扱うのが当たり前」のように思っている。
■コロナ対策に非協力的な“お客様”が店にやってきた
近年、多様化しているカスハラに、さらに大きな変化が起きている。
その原因こそ、世界中の人々に多大な影響を与えることとなった新型コロナウイルスのパンデミックだ。コロナによって新しいカスハラの形が出現したとも言える。その典型例をいくつか紹介しよう。
・店舗で開催していたイベントがコロナ対策の一環で中止になった。それに伴い、イベント期間中に対象商品を買うと押せるスタンプカードのサービスも中止に。レジで問い合わせてきたお客様に説明したら「ふざけるな! なに言い訳してるんだ、コロナ関係ねえだろう!」と怒鳴られた。
・食品売り場で研修中のパートにレジ打ちを教えていたら、お客様が近づいてきて「なにやってるんだよ!」と怒鳴られた。説明しても言いがかりを何度も繰り返し、「ここは暇なんだな、おまえ、ババアだろ! ババアじゃないか!」と大声で喚いて近づいてくる。「コロナうつしてやろうか!」と至近距離に近づいてきたので、慌てて保安係に連絡をした。
・飲食店のため、お客様にはマスク着用のほか、体温チェックとアルコール消毒もお願いしている。そのすべてに非協力的なお客様が「そんなの無意味」「国が決めた法律じゃないから知らない」と言い出した。他のお客様と従業員の安全を考慮して入店をお断りしたところ、怒り出して「裁判でも勝てる!」と言い出した。結局、警察官を呼んで対応を任せるほかなかった。
・マスク着用をお願いしても、マスクをしてくれない。暴言を吐き、食べていたお菓子を撒き散らかす、台を叩くなどの行為を繰り返していた。
・マスクなしでクレームをつけるお客様。興奮して唾を飛ばしてまくしたてられ、飛沫(ひまつ)が気になった。
■自粛生活で溜まったストレスを発散させたかったのか
他の客や従業員を配慮する余裕がなく、自分の主張を押し通そうとする。そんな客に従業員が心も体も張って対応していたことがわかる。支離滅裂な言動や幼い子どものような態度に、呆れ果てて開いた口が塞がらない読者もいるだろう。
コロナ禍によって、「自粛生活で溜まったストレスを発散させたい」「自分が不利益を被ることは許せない」と、なりふり構わないカスハラが横行しているようにも見える。
以上は、実際にあったカスハラ事案のなかから選んだものだ。他にもたくさんの呆れるような出来事が起きている。
■「マスク警察」「コロナ恐怖症」「対人ストレス」という3傾向
コロナ禍におけるカスハラには、大きく分けて3つの傾向が見られた。
①マスク警察
マスクをつけていない、あるいはマスクの着用が不徹底な客、従業員に対して、過剰な対応を迫るケースだ。具体例は以下のとおり。
・事業所内で従業員を呼び止め、「あの客は顎にマスクをかけている、鼻を出している」とクレーム。
・「マスクをしないバカな客は帰らせろ」「不要不急の買い物ではないバカな客は帰らせろ」「バカな若者は店に入れるな」という内容の電話を同じ客から3度受けた。
・「いますぐマスクしてない奴らを全員、声をかけて追い出せ」とクレーム。マスク着用の告知・案内はしても、あくまでもご協力をお願いしているという対応方針を説明しても納得せず、「追い出さないお前たちは人殺し! 犯罪者!」と罵倒。興奮した客が灰皿など周りのものを倒すなどし、クレーム行動が悪質に。1時間近く応対したので、警察への通報などを匂わす言葉も入れて応対し、何度も店の方針を繰り返したうえで「あなたの意見は参考にするが、納得しなくても現在は方針を変更することはない」「時間も長く経過しているのでここで打ち切らせてもらう」と告げて応対を終わらせた。
店側の意向を考慮することなく「絶対に自分が正しい」と考え、店側を納得させようとする。「コロナ禍における感染予防」という正当性を利用して、自己の主張に固執するカスハラは拍車がかかったように見える。コロナ感染対策への不満をクレームにしながらも、従業員に対して大声で喚いたり暴れたりする、長時間店に居座るといった矛盾する言動をとる悪質クレーマーは、やはり正当性にかこつけた加害者だ。
![マスク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/2/1200wm/img_52e53b2b0eb3bbd71ad2f7787ebd3263402987.jpg)
■薬局に「マスクの在庫を隠しているのだろう」というクレーム
②コロナへの恐怖心
コロナへの感染を恐れるあまり、店側に不条理な要求を繰り返すケース。
・ドラッグストアに来店したお客様。「私はわざわざ遠くから来たのに、この店にはマスクの在庫がないのか? あなた方は自分の分のマスクを確保しているのだろう。隠しているのなら早く出しなさい! さっき、在庫はあると他の人から聞いたぞ!」
・「陽性者が出た店に行ってしまった。どうしてくれるんだ? 責任者を出せ!」と言われた担当者からクレームを引き継いだが、「どうしてくれるんだ⁉ 家族の命がかかってるんだぞ!」と何度も怒鳴られ、威圧を繰り返し受けた。
![日本の薬剤師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/1200wm/img_b1ed39449dc2d0911fa25ca82b362080400664.jpg)
■病院に「コロナ患者が入院しているだろう」と問い合わせ
・病院の受付勤務中、外線電話に出た途端「そこにコロナが入院しているだろう?」と質問された。「個人情報はお答えできません」と回答すると「入院しとるかどうか聞いとるだけだ。個人情報じゃないだろう!」と激昂。「院内の情報も教えられません」と回答すると「そんなことも言えんのか。安心してそちらに行けん。病院なのにわしらの安全はどうなるんだ!」と一方的に罵倒。謝りつづけると「もうええわ!」と電話を切られた。
コロナ禍の初期にはマスクが品切れになる状態が続いた。パニックから攻撃的な態度をとったり、「店側は在庫があるのに隠している」という思い込みで一方的に非難したりするカスハラが多発した。
目に見えない不安や感染に対する恐怖から、風評被害を受けた病院や店舗もある。こうしたカスハラには病院・店側も対応が難しく、自身もコロナ感染のリスクを負いながら現場で対応しなければならないため、負担は大きかった。
■笑顔で対応したがマスクで見えず「生意気な女だ」と激怒
③コミュニケーションのトラブル
![桐生正幸『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/7/1200wm/img_77eb88f660f3a722b5ed04fbe43228e9296394.jpg)
マスク着用、アクリル板設置といった接客スタイルの変化に伴い、コミュニケーションのトラブルになったケース。
・マスクを着用してアクリル板越しの接客になるため、お互いに声が聞き取りづらい状態だった。何度か同じやりとりをしていると、突然大きな声で暴言を吐かれた。
・笑顔で対応していたがマスクで見えなかったからか、「生意気な女だからレジから出てこい」とお客様に言われた。言われたとおりにすると、今度はおでこにデコピンをしようとしたので「よけるなら名前を教えろ!」などと怒鳴られた。
・マスクの在庫がないことをお客様に説明していたら「お前がつけてるマスクをよこせ」と言われた。気持ち悪く怖いなと感じた。
![【図表1】カスハラに関するアンケート](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/1200wm/img_02d01e831cb223ccb97c7c1eb7034231351815.jpg)
2020年に日本最大の労働組合であるUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)が約2万7000人の労働者を対象におこなった調査によれば(図表1)、回答者の半数以上がコロナ禍の期間を含む2019〜2020年の2年間でカスハラが「あった」と答えている。コロナに関連するものは回答者全体の2割が経験していた。カスハラ被害に遭った5人に1人はコロナ関連のカスハラを受けた計算になる。
コロナ関連のカスハラは、業種ごとにも差が出ている。先ほどの実例でも度々出ていたように、ドラッグストア関連の業種では約67%がカスハラが「あった」と回答している。次いで、「あった」の割合が多い業種は、スーパーマーケットで43%、総合スーパー41%、ホテル・レジャーで35.8%となっている。いずれも、コロナ禍でも営業を続けていた業種だ。
※参考資料
・桐生正幸 2020「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査 分析結果:迷惑行為被害によるストレス対処及び悪質クレーム行為の明確化について」
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東洋大学社会学部社会心理学科教授
山形県生まれ。東洋大学社会学部長、社会心理学科教授。日本犯罪心理学会常任理事。日本心理学会代議員。文教大学人間科学部人間科学科心理学専修。博士(学術)。山形県警察の科学捜査研究所で主任研究官として犯罪者プロファイリングに携わる。その後、関西国際大学教授、同大防犯・防災研究所長を経て、現職。著書に『悪いヤツらは何を考えているのか ゼロからわかる犯罪心理学入門』(SBビジュアル新書)など。
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(東洋大学社会学部社会心理学科教授 桐生 正幸)
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