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なぜ「他店より1円高い」のに繁盛したのか…ガソリンスタンド業界を驚かせた「2軸思考」という競争戦略

プレジデントオンライン / 2023年7月9日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/undefined undefined

競合他社との差別化を図るにはどうすればいいか。経営コンサルタントの石原尚幸さんは「値下げ競争になってしまうと、必要な利益を確保できなくなる。私が担当したガソリンスタンドでは、カーメンテナンスサービスという『価格以外の選択肢』を提供することで、安売りの超大型店舗と勝負せずに生き残ることができた」という――。

■客数と客単価のシーソーゲーム

値上げをしたいけれど、値上げをすればお客さんが離れてしまう……だからといって、値上げをしなければ利益が減ってしまう……。この客数と客単価のシーソーゲームに疲れているビジネスパーソンが多いのではないでしょうか?

私は石油元売の出光興産の社員として、客数と客単価のシーソーゲームを続けるガソリンスタンド(以下、GS)業界を長く見てきました。GS業界では「競合よりも1円でも安くガソリンを売ることが客数を確保する唯一の策である」というのが常識でした。

確かに客数と客単価はシーソーの関係。GSでは、競合より1円/L安く売れば客数は伸び、1円/L高く売れば客数は減ります。それは見ていて笑ってしまうぐらいの相関関係。給油を自分でできる「セルフサービス」が解禁となり、人手をかけない代わりにガソリンを安く売るお店が続出し、安売り競争に拍車がかかりました。

【図表1】客数と客単価のシーソーゲーム
筆者提供

このような価格競争を繰り広げた結果、多くのGSは必要な利益を確保できず、拠点の閉鎖に追い込まれていきます。事実、1996年の石油自由化からわずか20年でGSは6万店から3万店へと半減することになりました。

■競合よりも高い価格で客を呼び込む戦略

「このまま客数と客単価のシーソーに乗っていては、いつまでたっても利益を確保できない」……こう悟った私は「どうすれば、客数と客単価のシーソーから逃れ、客単価を上げながらもなおかつ客数を確保できるか?」を必死に考えました。

その結果、辿り着いたのが「2軸思考」。これは私が発案した“競合よりも高い価格を設定し、なおかつ客数を減らさないための戦略的思考法”です。この「2軸思考」を取り入れたことで、私が担当するGSは、近隣に超大型安売りGSがありながらも、こちらが期待する客数と客単価、その両方を確保することに成功しました。

また、石油業界を独立後は、石油業界以外の顧問となり、業種業界を問わず2軸思考を試してきました。その多くで競合よりも高い値付けでありながら、客数を確保することに成功してきています。

そこでここでは、皆さんの業界でも値上げをしても客数を減らさないための思考法を得てもらうべく、私が実践してきた「2軸思考」の実例をご紹介します。

■値上げをすると客離れが起きる当然の理由

そもそもなぜ値上げをすると客離れが起きてしまうのか? それは価格以外の選択肢をこちらが提示していないからです。

ガソリンはどこで買ってもガソリン。実際には各社品質(スペック)に違いがあるのですが、そもそも素人である顧客にスペックがどうのこうの言ったところで違いがわかるはずもありません。この状態であれば顧客は店を選ぶ選択肢を「価格」にするしかありません。結果、値上げすれば競合に顧客は流れ、客離れが起きるというロジックです。

皆さんの業界でも、自社の類似商品はネットを探せばいくらでも出てくるはずです。この状態で自社が「商品を値上げします」と宣言すれば顧客はネットで類似商品を検索し、そして、類似商品があなたの商品の価格より安ければ、競合の類似商品を購入するでしょう。

■顧客に「価格以外の選択肢」を提供する

では、どうすれば競合より高い価格設定をしても客離れを食い止めることができるのでしょうか? 答えは、『顧客に「価格以外の選択肢」を提供する』です。

顧客は価格以外の選択肢が与えられていないから価格で選択をしているだけです。もし顧客に価格以外の選択肢を与えることができれば、価格以外の価値を商品に見いだし、競合より高い価格でも自社の商品を選択してもらうことが可能です。

そして、「価格以外の選択肢」を考え出すために有効な考え方が、私が実践してきた「2軸思考」です。

価格以外の選択肢がない状態は図表2で表されます。このままですと、顧客は高いor安いの2択しかなく、必然的に顧客は安売り店に集まります。そして、この価格に追随できないお店は客離れが起きます。

【図表2】価格以外の選択肢がない状態
筆者提供

顧客を呼び戻すためには、競合よりガソリンを安く売るしか手はありません。ですが、単なる安売りをしていては収益を確保することはできません。そこで、縦軸の「価格が高いor安い」に、顧客ニーズがありかつ競合が追随できないであろう観点から「新しいカーメンテナンスの提供をするorしない」という横軸を付け加えてみることにしました(図表3)。

【図表3】2軸で考える
筆者提供

■競合店がやっていない「新しいカーメンテナンス」

当時の新しいカーメンテナンスとは、

・手洗い洗車
・車検
・中古車販売
・レンタカー

といったカーディーラーが提供してきた高度な専門技術が求められるカーメンテンナンスを指します。「新しいカーメンテナンスの提供をするorしない」という横軸は、初期投資(設備投資)が必要で、ランニングコスト(人件費)もかかります。縦軸の価格競争を回避し、横軸での差別化が図れることでそれを上回る客単価が得られ、投資回収もランニングコストの回収もできるとの試算から、同サービスを展開することを決断しました。

こうして縦軸と横軸の2軸で見ると、従来のGSが左上①「ガソリンが高くて、新しいカーメンテナンスなし」に該当します。それに対し、安売りのGSは②「ガソリンが安くて、新しいカーメンテナンスなし」に該当します。人員は最小限にしていて、手間のかかるカーメンテナンスは提供せず、安売りに徹しています。

ここに2軸目を足すことで新たな選択肢が生まれました。それが、顧客が求めるカーメンテナンスサービスを提供するGSか否か(=顧客の車の面倒を見るか見ないか)です。

■閉鎖寸前の店舗が超大型店舗に対抗

この選択肢を提示できることで、③の選択肢、ガソリンは競合より高めでも、ガソリンを給油するついでに面倒な洗車や車検の手続きなど、自分の車のメンテンナンスをしてほしいという層が発掘できると私は踏みました。

そして、この2軸思考を実践で試す時が訪れます。

当時、担当販売店が価格競争に巻き込まれ、このままの経営状態で推移した場合を試算した結果、実に2億円を超える赤字見込みとなりました。そのため会社からは競合が強いエリアについては、閉鎖もしくはローコストでのセルフ化の2択が提示されました。地域の販売店さんにとって安易な閉鎖は受け入れがたい選択肢です。またローコストを図るセルフ化をしたところで、安売り競争を続けるだけです。

そこで、大手スーパー併設の超大型店舗GSの新規出店に対し、私は既存店にて「2軸思考」にて対抗することを提案しました。人員はミニマムで、ひたすらにガソリンの安売りをしかけてくる競合に対し、こちらは洗車スタッフ、整備士を配置し、給油だけでなく新しいカーメンテナンス(手洗い洗車・車検等)を提供するGSとして、リニューアルオープンする案です。

■「車をきれいに安心に」のニーズに応えた

本部からは反対の意見も出ましたが、2軸目を使い、新しいカーライフを提供するガソリンスタンドの存在を業界にとっても必要であるとの説得を行い、最終的にはゴーサインが出ます。

想定通り、ガソリンの価格は競合が常に1~2円/L安く、開店当初は苦戦が続きました。ところが「新しいカーメンテナンスを提供する」という選択肢が浸透し、徐々に互角に戦うことができていきます。

ガソリンスタンドの料金表示
写真=iStock.com/Tom-Kichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tom-Kichi

日本においては法的に必要な整備(車検)があり、2年(新車の場合は3年)に1度、必ず車検を受けなくてはなりません。また、当時は女性ドライバーの増加や移動手段だけではなくカーライフを楽しむ層の増加により、「車をきれいに保ち、安心で乗り続けたい」とのニーズが増加してきている時期でした。

こうしたニーズを満たす場所が普段給油をしているガソリンスタンドでできるとの利便性が浸透し、その結果、安売りの競合に劣らない客数の確保ができました。

■競合とは戦わず、V字回復を達成

「ガソリンをとにかく安く買いたい(車のメンテナンスは不要)」という層は競合に行き、「ガソリンは高くても良い、でも車のメンテンナンスはきっちりしてほしい」という層が自店に来店し、競合との共存が成立しました。結果、周辺の従来型GSが閉店していく中、安売りの大型店と新しいカーメンテナンスを提供する自店のみが生き残りました。

同様の業態のガソリンスタンドを2店舗、計3店舗出店し、いずれも競合との差別化が図れたことで安売り店との共存に成功します。2軸思考は戦略的思考ですから、競合と戦うためのメソッドと思われがちですが、実は真逆です。2軸思考を使うことで競合がやらないことが見つかり、競合とは戦わないポジションを見いだすことができます。

これらの取り組みの結果、当初億単位の赤字見込みで会った販売店さんも、最終的には収支を黒字で終えることができ、その数年後には1億円を超える利益を計上するまでになりました。当時、日産がV字回復を果たした時期と重なったことから、「億単位の赤字見込みから億を超える利益をあげたガソリンスタンドでのV字回復」として、出光興産・社長賞までいただくことができました。

■スターバックスは「第三の場所」で勝負

このように「価格が高いor安い」という縦軸に、横軸を足すことで選択肢を増やし、競合より高い値付けをしても客離れを引き起こさないことが可能です。ではどうやって自社の2軸目を見つけるか、これが皆さんの関心事ではないでしょうか。

そのヒントは2軸思考の頭をもって世の中を見渡してみると身近に落ちています。競合よりも高い価格設定をしながらも、客数を確保している事例を見てみましょう。彼らもまた「2軸思考」を使っています。彼らの2軸目をじっと見ていれば、自社の2軸目に何を持ってくればよいかヒントをもらえます。

ヒント① スターバックスの「顧客軸」

スターバックスは横軸に「顧客軸」を持ってきています(図表4)。

【図表4】2軸思考【スターバックス】
筆者提供

具体的には、「サードプレイス(会社でも家でもない第三の場所)ありorなし」という選択肢を顧客に提示することで「コーヒーは高くてもサードプレイスでくつろぎたい」という顧客のニーズをがっちりつかんだ形です。従来の喫茶店が安売りコーヒーに振り回され閉店していく中、横軸に顧客軸を持ってくることで、安売り店とは一線を画し、たくましく稼いでいる好事例です。

■モスバーガーがマックと共存できた理由

ヒント② モスバーガーの「商品軸」

モスバーガーは後発ながらマクドナルドとの共存に成功しました。マクドナルドに価格追随する競合を横目に、日本人が好む日本人のためのハンバーガーを作ると決め、パンをご飯に変えたライスバーガー、野菜たっぷりのハンバーガー等を開発。マクドナルドに価格競争に挑んだチェーン店があえなく敗れ去っていく中、商品軸で価格以外の選択肢づくりに成功し、マクドナルドより高い値付けでも顧客をがっちり掴んでいます(図表5)。因みに私がGSで使った2軸もこの商品軸です。

【図表5】2軸思考【モスバーガー】
筆者提供

■「町田市ならココ」を確立した家電量販店

ヒント③ でんかのヤマグチの「エリア軸」

大型家電量販店がひしめく東京都町田市にて、高収益企業として有名なでんかのヤマグチ。量販店の出店攻勢にこのままでは稼いでいけないと判断。自社の商圏を絞り込み、それ以外の顧客をリストから外す一方、商圏内の顧客にはとことん手厚いサービスをする作戦に出ます(図表6)。

【図表6】2軸思考【でんかのヤマグチ】
筆者提供

そのとことんぶりは電球1個から取り換えに行く徹底ぶり。結果、なんと量販店の倍の値段でもテレビが売れるまでに顧客の支持を得ています。エリアを横軸に置くことで、顧客に「遠くの量販店より近くのヤマグチ」という選択肢を提示できています。

■「価格」で選びがちな顧客をどう振り向かせるか

このように、「顧客軸」、「商品軸」、「エリア軸」を着眼点にすることで、自社の2軸を見いだせます。私がクライアントさんと考える時は、「まずは100個考えましょう」と言っています。いきなり正解を見つけようとしてもどうしても今までの延長線でしか発想できません。そこで100個のアイデアを出そうと脳に圧力をかけることで今までの固定観念を外し、ぶっ飛んだアイデアを出すことが可能です。

大切なのは、2軸思考を活用することでこちらから顧客に価格以外の選択肢を提示することです。顧客は素人です。こちらが選択肢を提示しなければ「価格」で商品を判断します。2軸思考を活用することで、値上げしても客離れを引き起こさないことはもちろん、競合と不毛な価格競争を避け、競合とも共存しながらガッチリ稼ぐビジネスモデルは構築可能です。ぜひ実践してみてください。

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石原 尚幸(いしはら・なおゆき)
経営コンサルタント、プレジデンツビジョン社長
1973年、愛知県生まれ。上智大学経済学部経営学科卒業後、出光興産に入社。2008年、34歳の時に独立起業。2012年法人化し、プレジデンツビジョンを設立。経営者・士業、120社のコミュニティ「五つ星★メンバーシップ」を主宰。「東洋経済ONLINE」、『月刊ガソリンスタンド』などメディア出演多数。著書に『社長! お金は「ここだけ」押さえれば会社は潰れない 2枚のシートで利益とキャッシュを確実に残す!』(ダイヤモンド社)、『父が子に伝える 13歳からのお金に一生困らないたった3つの考え方』(三笠書房)がある。

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(経営コンサルタント、プレジデンツビジョン社長 石原 尚幸)

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