このままでは「マイナンバーカード」が次々に失効していく…政府が"保険証廃止"を強引に進める本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年7月6日 9時15分
■原因は「ヒューマンエラー」とするデジタル大臣
コンビニで住民票が取れるというのが「便利さ」のウリだったマイナンバーカード。ところが請求したら別人の証明書が誤交付されるケースが出て大きなニュースになった。その後も、「公金受取口座」が他人のマイナンバーに紐付けられていたり、別人にマイナポイントが付与されたケースが相次いで明らかになった。本格運用が始まったマイナンバーカードを健康保険証として使う「マイナ保険証」でも本人以外の情報が紐付けられているケースが大量に発覚した。マイナンバーカードを巡る混乱はとどまるところを知らない。
河野太郎デジタル大臣は大半の原因は「ヒューマンエラー」にあるとしている。デジタル庁が作ったシステムの問題ではない、と言わんばかりだ。確かにマイナンバーカードに保険証など別のカードの情報を紐付けようとすると、役所の窓口で役人が関与するケースが増える。ログインしていたマイナポータルの画面からログアウトせずに次の人のデータを入力して別人の情報が紐付けられたケースなどヒューマンエラー、つまり人による誤りが起きているのは間違いない。
■マイナ保険証にいたっては「悲惨」そのもの
また、例えば小さな子供の公金受取口座に親の銀行預金口座番号を紐付けるなど、結果的に「他人」を紐付けたものが多数見つかった。その数、6月7日に河野大臣が発表した時点でなんと約13万件。家族ではない他人の口座が誤登録されていたものも748件見つかった。子供でも本人名義の口座を登録しなければいけないという情報が徹底されていなかった「ヒューマンエラー」というわけだ。
マイナ保険証にいたっては「悲惨」そのものだ。6月13日時点で加藤勝信厚労大臣が明らかにした他人の情報が登録されていたケースは7372件。医療機関でマイナ保険証を使った際に「無効」などと表示され、患者が窓口で医療費の10割負担を求められるケースも相次いだ。加藤大臣は6月29日の会見で、カードで加入する保険を確認できなくても、8月診療分からは窓口では本来の3割負担などで支払い可能とする対応策を公表した。マイナ保険証を初めて使う場合には従来の保険証も持っていくように呼びかけるとしており、何ともトホホな対応を迫られている。
■現場努力だけでは「ヒューマンエラー」を防げない
政府はマイナンバーカードの普及に躍起になっており、最大2万円分のポイントの付与などで作成を呼びかけた。その結果、7月2日現在では累計9737万枚と人口の77.3%が取得するまでに広がっている。今年1月末に60.1%だったものがポイントの付与をきっかけに一気に高まったが、これが逆に窓口の業務を爆発的に増やし、ヒューマンエラーを助長した面もある。
それでもIT(情報技術)の専門家からすれば、数百件のシステムエラーがあったとしても、1億枚近くある母数を考えれば、わずかな比率だということになるのだろう。7月2日のNHKの日曜討論には河野大臣が出演、「マイナカード問題 どう対応?」というタイトルで放送されたが、討論というよりも問題沈静化を図るための国民への説明という感じだった。
出演者が個人認証制に肯定的な専門家だったということもある。さすがに、「役所もミスをするという認識を国民が持つ必要がある」というシンクタンク研究員の発言には、現場でシステム作りを担っている埼玉県戸田市役所の大山水帆デジタル戦略室長が「役所では絶対間違いが起きないような仕組みにしなければいけない」と嗜めていた。もっとも、各自治体でデジタル化に取り組める人材が圧倒的に足りない実態なども強調。現場の努力だけではヒューマンエラーの再発が防げない危機感を示していた。
■デジタル化しても「仕事の仕組み」が変わっていない
なぜ、こんなにデータの紐付けでトラブルが起きるのか。それは単なる「ヒューマンエラー」なのかというとそうではない。DXというのはデジタルトランスフォーメーションの略で、デジタル化と共に、それまでの仕事の仕組みを変えていくことを示している。デジタル化すれば仕事が変わる、というのではなく、仕事のやり方や流れをデジタル化できるように変えていくということが重要になる。この「X」(トランスフォーメーション)ができていないことが日本のDX化が進まない最大の原因なのだ。
例えば、マイナンバーカードに別人の公金受取口座が紐付けられてしまった最大の理由は、銀行口座の「氏名」が「カタカナ」になっていることだ。一方、マイナンバーに登録されている氏名は「漢字」のみ。カタカナの読みが入っていないので、システムで自動的に名寄せをすることができない。データの大本になる戸籍にはそもそも読み仮名がないのだ。住民基本台帳にはカタカナの読みを入れている市町村もあるが、検索する便宜上のもので、その読みが本当に正しいかどうかを示したものではない。つまり、銀行口座のカタカナ氏名と住民基本台帳の読みが一致するとも限らないのだ。
■混乱は必至の「戸籍法改正」
政府は急きょ、6月に閉幕した国会で法改正を行い、戸籍に読み仮名を必須とする戸籍法改正を行った。法律が施行されると1年以内に本籍地や住所地の役所に行って読み仮名を申請しなければならない。その時、誤った読み仮名を申請してしまう「ヒューマンエラー」のリスクは残る。預金口座のカタカナと戸籍上の読みが違っているケースもあるに違いない。名前の読みを証明しようにもパスポートはローマ字で、表記も複数認められているケースがある。
届出がなかった人には住民基本台帳などの読みを「了承したものとみなす」ことになりそうだが、混乱は必至だ。そもそも戸籍に使われている漢字には当用漢字や人名漢字以外のものもあり、誤字が登録されているものすらある。文字が違ったり、読みが違えば、コンピューターは同じデータとは判断せず、つまり別人と扱うわけだ。
そもそも、戸籍の人口と住民基本台帳の人口も大きく違うし、海外に1年以上赴任する場合など、転出で住民票はなくなる。そういう仕組みになっているのだ。
■個人を「本人」と特定する仕組みがバラバラ
健康保険のデータを管理する健康保険組合のデータとマイナンバーのデータが一致しないのも同様の問題だ。健康保険証には読み仮名があるが、住民基本台帳の読み仮名と同じである保証はない。登録する時点で確認している組合はほとんどないからだ。また、健康保険証には写真もないし、名前も本名ではなく通称を保険証の表氏名欄に記載することを認めているケースもある。
つまり、個人を「本人」と特定する仕組みが年金や保険など制度ごとにバラバラでそれをきちんと整理する「X」、すなわち仕事の見直しをこれまでやってこなかったわけだ。それを一気にマイナンバーカードに紐付けて、従来の健康保険証を廃止するというから大混乱が生じているわけだ。健康保険証にマイナンバーを利用し、その保険証でもマイナ保険証でも問題なく保険が使えるようになってから、一体化すれば簡単に移行できたはずだ。
今回の不祥事を受けて、マイナンバーカードを返納する動きが広がっている。本人が役所に行って手続きをすれば、一度公布されたカードでも無効にできるのだ。それだけではない。実はマイナンバーカード自体に有効期限がある。カード自体は発行から10回目の誕生日を迎える日まで。カードの交付が始まったのは2016年1月なので、2025年1月以降失効するカードが出始める。さらにカードに付いているICチップの電子証明書の有効期限は5年なので、役所に出向いて更新しなければいけない人が出始めている。これを放っておくとカードは無効になってしまう。
■保険証廃止はマイナンバーカードを存続させるため
河野大臣がNHKの日曜討論で、「マイナンバーカードという名前を変えるべきだと個人的には思う」と発言して、その後、松野博一官房長官が否定する場面があった。これは番号よりもICチップの電子証明書が重要なカギの役割をしているためだ。
つまり、ポイントを大盤振る舞いしてやっと8割に達したカードが、国民に使われなければ次々に失効していく。おそらく保険証を強制的に廃止しようとしているのは、利便性を増すためではなく、マイナンバーカードを存続させるためだろう。結局、デジタル化を進める「D」側の人たちは自分たちのペースで自分たちの考えるデジタル化を進めようとしているのだろう。一方で「X」側にいる役所などの職員も旧来の仕事の仕方を極力見直さないで済ませようとしている。
結局最後は、「世界で最も複雑なシステム」(政府に近いIT専門家)と言われる膨大な仕組みが出来上がるのだろう。複雑になればなるほど「ヒューマンエラー」は生じる。マイナンバーを巡る混乱は残念ながらまだ当分続くことになりそうだ。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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