1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「人工甘味料は体に悪い」は盛られすぎている…「アスパルテームの発がん性報告」に現役医師が訴えたいこと

プレジデントオンライン / 2023年7月15日 12時15分

「マテ茶」「非常に熱い飲み物」「夜勤」なども含まれている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/RHJ

人工甘味料は体に悪いのだろうか。医師の大脇幸志郎さんは「WHOがガイドラインを改訂し、人工甘味料を非推奨としたが、あくまで条件付きでしかなく、現段階ではエビデンスが不足している。たくさんある医療情報を信じてもろくなことはない。好きなら買う、嫌いなら買わない、という程度でいい」という――。

■「アスパルテームの発がん性」報道とWHOのガイドライン

人工甘味料「アスパルテーム」の発がん性が、国際がん研究機関(IARC)のモノグラフに掲載される予定と報じられました。身近にある人工甘味料が実は「発がん性物質」だったと言われるとびっくりしていまいますね。人工甘味料を使った製品は買わないほうがいいのでしょうか?

考えかたは人それぞれですが、食品と健康についての本を数冊書いてきた筆者としては、気にしなくていいと思います。

第一に、IARCのモノグラフはきわめて幅広いことで有名です。掲載項目の目次だけで34ページもあります。その中には「マテ茶」「非常に熱い飲み物」「夜勤」なども含まれています。データがあれば載せるという編集方針であり、発がん性が強いか弱いかは区別していないのです。

■モノグラフの信頼性に疑問

第二に、モノグラフの信頼性に疑問を呈する声もあります。2018年には「赤肉」「加工肉」という項目が追加されたことで話題になりましたが、翌年には世界的に信頼されている医学誌『Annals of Internal Medicine』に赤肉・加工肉とも「現在の消費を続ける」とした推奨が掲載され、論争が起こりました。こちらは「エビデンスに基づく医学」という言葉を作ったゴードン・ガイアットも著者のひとりです。

モノグラフの評価の内容は、この記事の執筆時点では未公開です。そのため詳細を議論することはできませんが、この5月に話題になった世界保健機関(WHO)のガイドラインと共通の論点がいくつか当てはまるだろうと思います。そこで以下では主にWHOのガイドラインを例に説明します。

■WHOは人工甘味料が体に悪いと示したわけではない

WHOが人工甘味料を「非推奨」としたことはニュースで報じられましたので、覚えている読者も多いと思います。やはり人工甘味料は体に悪いのでしょうか。

結論を先に言っておきましょう。

1.WHOは人工甘味料が体に悪いと示したわけではない。
2.人工甘味料が体に悪いとはいえない。
3.仮に人工甘味料が体に悪いとしても、好きなら口にすることには何の関係もない。

すなわち、人工甘味料を避ける必要はないと考えられます。

■WHOによる「非推奨」の意味

まず、WHOのガイドラインから見ていきます。

「非推奨」という単語を見ると、「人工甘味料は体に悪い」と思ってしまいがちです。

ただ、健康上の推奨はいつも、誰にとって・何と比べて・何のために、という条件付きで考えるべきものです。

病気がない人に抗がん剤は非推奨だし、成人に母乳は非推奨ですが、どちらもなくてはならないものです。

WHOのガイドラインを正確に引用してみます。

「WHOは、体重コントロールを達成するため、あるいは非感染性疾患のリスク抑制の手段としては、人工甘味料を使用しないことを提案する。(条件付き推奨)」

「非感染性疾患」というのは「業界用語」で、いわゆる生活習慣病の言い換えだと思ってください。

国語のテストみたいですが、この文章の真意を読み解くと、WHOは地上から人工甘味料をなくせとは言っていません。体重を減らすとか、非感染性疾患のリスクを減らす役には立たないと言っているだけです。

体重を減らす役には立たない
写真=iStock.com/charliepix
体重を減らす役には立たない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/charliepix

■アスパルテームとアセスルファムカリウムの味はまったく違う

人工甘味料をおいしいと思って使っている人もいるかもしれませんが、そういう人には関係ないということです。人工甘味料の味は砂糖の味とはまったく違うし、中でもたとえばアスパルテームとアセスルファムカリウムの味はまったく違うので、調味料としての価値はあります。

そうした用途において、これからも人工甘味料の豊かな甘みは維持していいことになります。

アスパルテームとアセスルファムカリウムの味はまったく違う
写真=iStock.com/Juanmonino
アスパルテームとアセスルファムカリウムの味はまったく違う - 写真=iStock.com/Juanmonino

■「表示カロリーを減らす」効果はある

また、人工甘味料では体重が減らないとしても、「とにかくカロリーを減らしたい」という場合もあると思います。

病院や介護施設や飲食店で提供される食べ物にはよくカロリー表示がついていますが、たとえ体重を減らす効果がなくても、人工甘味料を使えば表示されるカロリーを減らせるわけです。

パッケージに「0kcal」と書かれていても、体重が減らないなら意味がないと思いますか? それはもっともですが、カロリーはカロリーです。嘘ではありません。いまもすでに、ゼロカロリーだからといって「食べるとやせる」「生活習慣病予防」と宣伝することはできません。

こうした目的での人工甘味料の使用について、WHOは何も言っていないのです。

WHOは「人工甘味料は減量や病気予防の役に立つか」という、ありもしない問いに答えようとして空転しているだけなのだと思います。

しかもこの推奨は「条件付き推奨(conditional recommendation)」です。ガイドライン本文によればこういう意味です。

「条件付き推奨は、その推奨を実践することによる望ましい結果が望ましくない結果を上回るかどうかについてWHOガイドライン作成グループの確信が薄い推奨、または期待される正味の利益が非常に小さいときの推奨である。したがって、条件付き推奨を政策として取り入れる前に、政策立案者のあいだで相応の議論が必要になるかもしれない。」

■エビデンスが弱いせいで言葉を濁している

「確信が薄い推奨、または期待される正味の利益が非常に小さいときの推奨」とは、ひとことで言うと、よくわからないということです。

筆者の出身地の大阪府ではこういう場合「知らんけど」と言います。人騒がせなことを言ったわりに、最後は「知らんけど」と言われると拍子抜けしてしまいますよね。

なぜWHOは言葉を濁しているのでしょうか。

もちろんエビデンスが弱いからです。

ガイドラインに載っている、人工甘味料の消費量が多い人と少ない人を比較したエビデンスの一覧表を見てみます(図表1)。

【図表】人工甘味料の消費量が多い人と少ない人を比較したエビデンスの一覧表
出典=Use of non-sugar sweeteners:WHO guideline

■確信度が低いデータしかない

この表で一番大切なのは、右端の「確信度(Certainty)」です。確信度は「高い」「中等度」「低い」「非常に低い」の4段階で表すことになっていて、確信度が高いほどエビデンスがしっかりしているという意味です。

どうでしょうか? 「高い(High)」がひとつもありませんね。どうにか「中等度(Moderate)」がついているのが次の4点だけです。

・空腹時血糖値には差がない
・HbA1c(糖尿病の指標)には差がない
・収縮期血圧には差がない
・拡張期血圧には差がない

後述しますが、このガイドラインは糖尿病と診断された人を対象外としています。つまりここで言う血糖値は糖尿病がない人の血糖値ですから、そもそも下げる必要がありません。血圧を下げるために人工甘味料を使うという考えはこれまで聞いたこともありませんでした。だからこんなデータは本質的ではなく、どうでもいいのです。

■「低い(Low)」か「非常に低い(Very low)」が多い

ほかの項目はすべて「低い(Low)」か「非常に低い(Very low)」です。

・全死亡率が増えているように見える
・心血管疾患(CVD)が増えているように見える
・CVDによる死亡率が増えているように見える
・脳卒中が増えているように見える
・膀胱がんが増えているように見える

これらの項目を見ると、人工甘味料には深刻な悪影響があると思ってしまうかもしれませんが、あくまで、確信度が「低い(Low)」か「非常に低い(Very low)」データばかりです。

だとすると、話はかなり不確かです。

■がんによる死亡数には差がない

人工甘味料の発がん性についてもWHOは評価しています。

・がんによる死亡数には差がない
・がんの診断数には差がない
・膀胱がんの診断は増えているように見える(オッズ比1.31)

いずれも確信度は「非常に低い」なのですべて無視してもいいと思います。さらに「オッズ比1.31」というのは効果の大きさを示す数字で、ふつうの言葉では表現しづらいのですが、かなり小さい効果と言っていいと思います。

仮に全部を信じるとして、膀胱がんになる人が少し増えるとしても、肺がんや大腸がんになる人に比べればごく少ないため、全体としては統計的に差が検出できないほどの差なのかもしれません。そして多重性の問題を考えれば、人工甘味料に発がん性があるかどうかは結局わからないと言うべきでしょう。

「人工甘味料は体に悪い」は盛られすぎている
写真=iStock.com/tongpatong
「人工甘味料は体に悪い」は盛られすぎている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/tongpatong

■「恣意的な微調整」を許すと結果も変わる

「一見体に悪そうなデータ」がいかに当てにならないかを少しだけ解説しておきましょう。

第一に、このガイドラインは「糖尿病がある人には当てはまらない」という但し書きがあります。理由として、「このガイドラインの扱う範囲を超えている」という説明にならない説明が書かれているのですが、ともかく糖尿病がある人のデータは参照されていません。

「糖尿病がある人には当てはまらない」という但し書き
写真=iStock.com/Suriyawut Suriya
「糖尿病がある人には当てはまらない」という但し書き(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Suriyawut Suriya

糖尿病の有無によっていろいろな病気のリスクが変わることはありえるので、解析も別にすることはわからなくもありません。

しかし、高血圧でも肥満でもなく糖尿病だけを特別扱いする理由ははっきりしません。

このように恣意(しい)的な微調整を許すと、実質的には同じデータを、少しずつ条件を変えて何度も解析することになり、たまたま有意差が検出されたように見える確率が上がります(統計学用語では多重性と言います)。

■栄養統計は多重性の塊

第二に、引用した図表1のとおり、非常に多くの健康上の指標(アウトカム)について、人工甘味料との関連が検討されています。これもやはり、同じデータを何度も解析しているわけですから、多重性があります。

解析の回数があらかじめ決まっていれば、数学的な調整により多重性の効果を緩和できるのですが、このガイドラインのように既存のデータをあとから解析する場合、理論上無限に後付けの指標を作れます(たとえば「CVD」は研究ごとに定義が違うことで悪名高いものです)ので、多重性は調整不可能です。

同様に、「人工甘味料」の定義をいじって多重性を増やすこともできるし、「人工甘味料の消費量が多いか少ないか」という分けかたを変えて多重性を増やすこともできます。

栄養統計はそうした多重性の塊なのです。

■「甘いものは体に悪そうだ」というイメージ

第三に、そもそも「人工甘味料」という概念に意味があるかどうかが不明です。

歴史上、毒性のある「酢酸鉛」が甘味料として使われた時代もあります。「ズルチン」という人工甘味料も毒性のため使われなくなりました。

「チクロ」という人工甘味料は体に悪いという説に基づいて使われなくなりましたが、実はそれほど悪くないという説もあります。

それぞれ化学的性質はまったく違う物質ですが、甘いという共通点から「人工甘味料」とまとめて呼ぼうと思えば呼べてしまいます。

こうして歴史的に形成されてきた「甘いものは体に悪そうだ」というイメージを持ったままデータを見ると、見たいものが見えてくるのは前述のとおりです。

「甘いものは体に悪そうだ」というイメージ
写真=iStock.com/NoDerog
「甘いものは体に悪そうだ」というイメージ(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/NoDerog

WHOが主な問いとした「人工甘味料で体重は減らせるのか」についても、データは玉虫色です。表には体重が-0.71kgと減量効果が少しあり、BMI(体重÷身長の2乗)は有意差なしという数字が載っています。

減量効果が小さすぎてBMIとしては検出できなかったのだ、とも解釈できそうですが、相反する数字もあります。BMIが30以上の「肥満」(日本では25以上)になる率は逆に1.76倍だというのです。ここをつまみ食いして「人工甘味料は太る」と考える人がいるかもしれません。

その結論が間違いだとも言い切れませんが、もっと大切なのは、いまあるデータからは明確な結論は出せないということです。

■仮に多少体に悪いとしても、好きなら口にしていい

最後に、そもそも保健機関が人工甘味料を推奨とか非推奨と言うのがおかしなことです。

現代社会では医学・健康の観点から食べ物を格付けするのが当たり前のようになっていますが、これは食べ物を、ひいては人間をまったくわかっていない考えです。

あなたは今日の夕食に何を食べたいですか? 好きなもの、おいしいもの、いまの気分に合うもの、季節を感じさせるもの、家族や友人とのイベントを盛り上げるもの。いろいろな回答があると思います。

「体にいいもの」と考えた読者もいるかもしれませんが(そういう人はこの記事に同意できないと思いますので、続きは読まないでどうぞ成分表のチェックを続けてください)、それは多様な価値観のひとつでしかありません。

■「健康が第一」も独善に過ぎない

ほかの価値観から人工甘味料を選ぶ人に対して「健康が第一」と押し付けるのは、多様性が叫ばれる現代には許されない独善です。

もちろん、本当に危険で食べないほうがいいものはあります。筆者も無免許でふぐ料理を作ろうとしている人を見たら止めます。しかしそれは程度の問題です。ふぐの毒と、人工甘味料にあるのかないのかわからない微妙な毒性とでは、危険の程度が何桁も違います。

統計技術が発達し、データが蓄積されたことで、人工甘味料が体に悪いかどうかといった、細かすぎて体感しようのない論点を、一見「科学的」な専門用語を使って扱うことができるようになってしまいました。

そんなことより、コカ・コーラとペプシコーラのどちらがおいしいかを考えたほうがよほど生活を豊かにします(筆者はコカ・コーラが好きです)。

アスパルテームの発がん性にしても、何十年も食品に使われてきて誰も気づかなかったほどの微妙な差があるかどうか、いまさらIARCが評価することに筆者はあまり意義を感じません。

そんな情報なら知る必要はありません。アスパルテームを使った食品が好きなら買う、嫌いなら買わない。それでいいのではないでしょうか。

----------

大脇 幸志郎(おおわき・こうしろう)
医師
1983年、大阪府に生まれる。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師となる。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わっている。著書には『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書にはペトルシュクラバーネク著『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(以上、生活の医療社)、ヴィナイヤク・プラサード著『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(晶文社)がある。

----------

(医師 大脇 幸志郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください