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世界史上初の3兆ドル企業に…鉄壁の「iPhone帝国」を築いたアップルがスマホの次にやるべきこと

プレジデントオンライン / 2023年7月10日 9時15分

アップル本社のスティーブ・ジョブズ・シアターに展示された「Apple Vision Pro(ビジョンプロ)」=2023年6月5日、米カリフォルニア州クパチーノ) - 写真=dpa/時事通信フォト

■「ビジョンプロ」は真新しさに欠ける?

6月5日、アップルはゴーグル型の端末である“ビジョンプロ”を発表した。ビジョンプロを装着すると、ユーザーの目の前に、現実世界と、バーチャルな空間が同時に広がる。「拡張現実(AR)などのデジタル技術を身近にし、より満足度の高い生活を実現する」とアップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は高らかに宣言した。

ただ、今のところ、ビジョンプロの需要はやや盛り上がりに欠けるとの観測も出ている。実際、7月3日に端末の生産見通し下方修正が報じられた。元々、類似商品も販売されており真新しさに欠けるとの指摘もあった。また、持ち運ぶのに手間がかかりそうとの見方もある。

下方修正が報じられた当日、米国市場が短縮取引で薄商いの中、アップル株は小幅に下落して引けた。AI=人工知能という成長テーマへの短期的な注目増加もあり、アップルの成長に期待する投資家は多いが、本当にゴーグル型の端末がアップルの高成長を実現できるか否か不確定な部分は多い。今後のアップルの事業戦略を慎重に確認する必要性は高まっている。

■スクリーンがなくても映像体験を楽しめる

ビジョンプロ発表の場で、クックCEOは“空間コンピューティング”という概念を提唱した。実際の生活の中でARを気軽に利用できるようにすることで、人々の暮らし、生き方、働き方の効率性、満足度を一気に引き上げる。大まかに、それがクック氏のメッセージだった。

ビジョンプロを使うと、自宅に大きなスクリーンや音響機器を設置することなく、ダイナミックな画像や音響で映画を楽しめるようになる。オフィスでの業務、自動車などの設計など、ビジネスの効率性も高まる。そうした“夢”の実現によって、アップルはiPhoneなどで手に入れた市場を拡大しようとしている。

ただ、足許、ビジョンプロの需要は当初の予想ほどではないかもしれない、との観測が浮上した。3日の報道によると、アップルはビジョンプロの製造を中国の立訊精密工業(ラックスシェア)などに委託した。当初の生産予定は100万台だったようだ。

■初めから手が届きやすい価格で投入しておけば…

来年発売予定のビジョンプロに関して、ラックスシェアは初年度(2024年)に40万台程度の生産を計画しているという。また、同じ報道の中でアップルは、中国のサプライヤーに対して、初年度、13万~15万台分の部品を供給するよう要請したとされる。

報道内容を額面通りに解釈すると、アップルの当初の予測に対し、実際の需要はそれほど盛り上がっていないとみられる。なお、2018年11月、アップルはiPhoneなどの販売台数の公表を取りやめると発表した。ビジョンプロの発表時にも、潜在的な需要がどの程度か、販売目標台数などは公表されなかった。

現在、ビジョンプロの価格は3499ドル(約49万円)だ。しかし、3日の報道の中には、アップルが価格帯の低いゴーグル型端末の開発を急いでいるとの内容もあった。もしそうなら、初めからアップルのブランド競争力を生かしつつ、より魅力的な価格水準の製品を市場に投入したほうが、成長の可能性は高まるだろう。現時点で、ビジョンプロの潜在的な需要増加の期待は、盛り上がりを欠くように見える部分がある。

■ユーザーの“ほしい”気持ちに刺さっているか

そうした観測が出始めた要因として、まず、ビジョンプロは真新しい商品とは必ずしも言えない。2012年、グーグルは“グーグル グラス”のプロジェクトを発表した。アップルよりも早く、メタ(旧フェイスブック)やソニーはゴーグル型端末を発表した。

一方、iPhoneのヒットによって1.1兆ドル(約150兆円)ともいわれる製品、アプリ、サービス市場を形成したアップルが、ゴーグル型端末を投入する意義はある。ビジョンプロは、AR技術などを活用してデジタル空間で作業を行いつつ、実際に近づいてきた人とフェイス・トゥ・フェイスでコミュニケートできるという特性もある。

問題は、そうした機能面の差異が、どの程度、人々の“ほしい”と思ってしまう気持ちに突き刺さるかだ。すでによく似た製品が発表されているということを踏まえると、一時、新型iPhoneの発表時にアップルストアの前に人々が長蛇の列をなしたような熱狂的な成長期待がビジョンプロにあるとは考えづらい。

■アップルの強みが生かされていない

また、デザインの問題もあるようだ。中国企業にとってアップルの要求する湾曲したレンズなどを、精緻に、むらなく製造することは容易ではない。高純度、高品位の製造技術の実現という点で、中国企業の実力が十分ではないことが示唆される。

米国の報道では、ビジョンプロをテストしたジャーナリストが、「印象的、没入感はある。ただ重い」との感想を残した。バッテリーを外付けにしたことは首にかかる負担軽減につながるだろうが、どうしてもかさばる。腰につけるのが面倒、コードがあるため使い勝手が今一つ、といった指摘もある。装着後、額に赤い痕が残ることを気にする人もいるだろう。

また、アップルのヒット商品を振り返ると、小型であることは重要だった。iPod、iPhone、ヒットというべきか議論の余地はあるがアップルウォッチと、いずれもポケットに入る。常時ゴーグル型端末を装着し出歩く状況は、まだイメージしづらい。

鞄に入れて運ぶのも手間がかかる。空間コンピューティングという夢の実現をめざすビジョンプロだが、解決されるべき課題は多いようだ。

ゴーグルをつけてメタバースを体験する人
写真=iStock.com/Thinkhubstudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thinkhubstudio

■iPhone以来のヒット商品を生み出すのは難しい

そうはいっても、アップルは高い成長を実現した企業だ。その鮮烈な記憶を頼りに、アップルの成長を夢見る投資家は多い。6月30日、アップルの株価は上昇し、終値ベースの時価総額は世界で初めて3兆ドルを突破し、約3兆500億ドル(440兆円)に達した。

5月下旬以降、世界の金融市場では、生成型AIの利用増加期待も急速に盛り上がった。アップルがAIを用いたサービスを提供して、ゴーグル型端末の利用可能性を高めるといった成長期待が高まったことも手伝い、アップルの収益拡大という夢を抱く投資家は増えた。米国の金融環境がまだ緩和的な部分を残していることも、投資家心理を支えている。

アップルは主要投資家の期待、要請にこたえなければならない。ある意味では、アップルの実力が問われる。2016年以降、世界のスマートフォン出荷台数は減少している。さすがのアップルといえど、どのように新しいヒット商品を生み出して収益分野を拡大するか、成長戦略は一筋縄にいかないとの腐心は高まっているだろう。

■今後の事業戦略は慎重に見極める必要がある

ビジョンプロの販売台数見通しが示されなかったのは、そうした側面に注目が集まらないようにするためなのかもしれない。需要飽和によってスマホ市場の価格競争は激化する。そうした環境変化にアップルは対応し、より高い成長を目指さなければならない。

今後、アップルはより小型、使用時間も長く気楽に利用できるゴーグル型端末を発表し、iPhoneに続くヒットを目指すと予想される。いまだ原型すら提唱されていないような真新しい最終商品を世界に提示し、人々をあっと驚かせる展開も想定される。

これまでアップルは後者の戦略をとることによって“ブルーオーシャン市場”を生み出した。未開拓の豊かな需要を創出し、育み、自社のシェアを拡大して、高成長を実現する。そこにアップルの、アップルたるゆえんがある。主要投資家がアップルの高成長を夢見る中、同社がどのように夢を実現するか、今後の事業戦略は慎重に見守るべきだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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