消費者の脳が疲れるタイミングを狙って広告を打つ…「深夜にネットショッピングで散財」してしまう理由
プレジデントオンライン / 2023年7月20日 10時15分
※本稿は、相良奈美香『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■世界のトップ企業が取り入れる「行動経済学」の知識
グーグル、アマゾン、アップル、ネットフリックス……。実は今、世界のトップ企業がこぞって取り入れている学問があります。それが「行動経済学」です。
行動経済学は「人間の行動の原理」を明らかにする学問です。そして、ビジネスが相手にするのは、まさしく「人間」。ですから、行動経済学を知れば、ビジネスを取り巻く消費者の理解につながるのです。
そんな中、最近、グーグルで働く友人と会ったとき、近年高まる「プライバシー」の問題が話題になりました。自分の検索ワードが追跡され、おすすめ広告が送られてくるというのは、これまでは当たり前のように行われていましたが、情報漏洩が懸念される今、問題になっています。
そのような流れを受けて近年、グーグルだけでなくあらゆるサイトやアプリなどで、プライバシーについての設問が設けられる機会が増えました。
例えば、新聞社のニュースサイトにメールアドレスを登録しようとすると、「関連するメールマガジンBとCも読む」「プロモーション情報を送る」というチェックボックスが設けられているのを見たことがあるのではないでしょうか。
そういった情報を注意深く見てみると、大抵は「読む・送る」のほうにチェック印がついています。これも行動経済学から考えて、実に巧妙な戦略です。
■人は「変更すること」を面倒に思う
なぜなら、人は変更することを面倒に思う生き物だからです。「変更しなければならない」というだけで、見えない壁のようなものが邪魔をします。特に疲れたり忙しかったりすると、脳は注意力散漫になり、意思決定をしないことを選びます。「どっちでもいいこと」であるときも同様です。
また、「変更して、気が変わったらどうしよう」とか、「役に立つかもしれないし、タダだからそのままでいいや」と、なんだかそっちのほうがよくなってくることも多々あります。
ですから、売り手側としては相手に選んでほしい「読む・送る」のほうを「デフォルト」にしておくのです。その結果、チェック欄には印がついたままになり、消費者はマガジンやプロモーションのメールを大量に受け取ることになります。
行動経済学の知見を取り入れている会社、特にグローバルなテックの大手はデフォルトを変えるだけで、億の人たちの行動に影響を与えることができます。
消費者側としては、この現状を知ってデフォルトにも注意を払うべきですし、ビジネスをする側としては、「売りたいものはデフォルトにしておく」という戦略が立てられます。
■臓器提供の同意率が高い国の共通点
私がいくつか共同研究をさせていただいたコロンビア大学教授のエリック・ジョンソンらによる「デフォルト」に関する興味深い臓器提供についての調査があります。
「あなたがもしも事故に遭って亡くなったとしたら、臓器提供をしますか?」
あなたならどう答えるでしょうか。図表1は臓器提供の同意率をヨーロッパの国別に比較した研究です。オーストリア、ベルギー、フランスなどはほぼ全員が「提供する」となっており、逆にオランダは30%足らず、イギリス、ドイツは20%に満たないという低い数字。デンマークに至っては提供する人は4.2%です。
すべての国はヨーロッパ内であり、この差は文化や宗教観が原因ではありません。なのに、なぜこんなにも大きな差が出てくるのか――理由は単純で、100%近くの人々が臓器提供に合意している国では「ノーとチェックを入れない限りデフォルトで臓器提供者となる」と定められているのです(図表2)。
■「デフォルト」の設定が商売に与える影響
反対に、臓器提供の合意率が低い国では、イエスとチェックを入れないと、臓器提供者にはならないようになっています。
臓器提供は判断が非常に難しい問題なので、人はなかなか選ぶことができません。だからこそ、デフォルトのままにしてしまいます。
臓器提供は特殊な例でしょうが、他の大抵のことにもデフォルトがあり、たとえ設定されていなくても、人の脳の中に「これがデフォルト」という基準が存在します。
「本日のランチ」「好きなブランド」「ランキング1位の本や音楽」。これらはまさに日常に潜んでいる「デフォルト」です。だから、消費者も選びやすいのです。
販売する側は上手くデフォルトを設定すれば、「売りたいものを売れる上に、消費者に満足を与えられる」という一石二鳥となります。なぜなら選択オーバーロードの状況にさらされている人にとって、「迷わずに選べる」というだけで満足度も上がるからです。
■仮釈放されやすい「3つのタイミング」
「デフォルト」が人の判断にどれだけ影響するかを示す例をもう一つ紹介しましょう。イスラエルの裁判所で行われた調査です。
この調査では、同刑務所で「仮釈放」を出した1100件の例を分析。「仮釈放」の結果が「時間帯」の影響を受けるのかどうかを調べました。
仮釈放するかどうかは裁判官による囚人の審問で決まり、いつどの囚人の審問かというのは一日中ランダムな順番で行われますが、観察の結果、「仮釈放が認められやすい時間帯」が一日に3回あることがわかりました(図表3)。
朝一の審問だと65%の囚人が仮釈放を認められているのは、裁判官の脳もやる気に満ちているからでしょう。それが昼に近づくにつれて徐々に下がっていくのは「決定疲れ」の影響です。
ところがランチ休憩を挟むと再び仮釈放の確率が上がり、やがて徐々に下がっていく。その後、午後の休憩を挟むとまた仮釈放の確率が上がる――仮釈放率65%からゼロへと徐々に下降していく「3つの山」ができていました。
「仮釈放する」とは、かつて罪を犯した人を世の中に送り出すことで、「更生しているか、再犯は大丈夫か」など、慎重な意思決定が求められます。
だからこそ、朝や休憩後の脳がリフレッシュされた状況下で「仮釈放」の判断が増えるのです。
■疲れている人は「リスクの低い方」を選ぶ
しかし、繰り返し判決を下していると、裁判官の判断は単純化されていきます。囚人の要求を拒否し、「もうしばらく刑務所に入れておく」という「現状維持バイアス」が働いたリスクの少ない意思決定をするのだろうと研究者たちは考察しています。「疲れたときはリスクの低いデフォルトを選ぶ」とも言える調査結果です。
リフレッシュの大切さは日常でもよく言われていると思いますが、その裏にはちゃんとエビデンスがあるのです。これは「勤勉=美徳」となっている日本の社会人には特に気をつけてほしい点です。一日の中での休憩をしっかり取るのはもちろんのこと、毎日の働きすぎには注意を払っていただきたいです。
時間帯による変化を踏まえるのは、刑務所での「仮釈放」の判断だけはなく、「ネット広告の時間帯」などにも考慮することも有効です。例えば、住宅や自家用車、保険といった高額で慎重に考えて購入するものについては、人は慎重に吟味するので、脳にエネルギーのある「朝」や「ランチ休憩」の後に配信する。
逆にファストフードの新製品や衝動買いを狙うファッションアイテムは、直感的に「ほしい」と思わせることが重要なので、消費者の脳が疲れている「夕方」から「夜」がいいとされています。ついつい夜遅くにネットショッピングで無駄遣いしてしまうのもそうでしょう。
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行動経済学博士
行動経済学コンサルタント。オレゴン大学卒業、同大大学院 心理学「行動経済学専門」修士課程および、同大ビジネススクール「行動経済学専門」博士課程修了。デューク大学ビジネススクールポスドクを経て、行動経済学コンサルティング会社であるサガラ・コンサルティング設立、代表に就任。その後、イプソスにヘッドハントされ、同社・行動経済学センター(現・行動科学センター)創設者 兼 代表に就任。現在は、ビヘイビアル・サイエンス・グループ(行動科学グループ、別名シントニック・コンサルティング)代表として、行動経済学を含めた、行動科学のコンサルティングを世界に展開。
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(行動経済学博士 相良 奈美香)
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