1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

訓練が終わると「なぜか裸の奴」がいる…防大生が"富・名誉・名声"を賭けて臨む「棒倒し」の知られざる世界

プレジデントオンライン / 2023年8月4日 8時15分

棒倒し競技会(出典=防衛大学校HP)

防衛大学校には「棒倒し」のイベントがある。卒業生で元自衛官のぱやぱやくんさんは「防大の棒倒しはスポーツではなく、ただの合戦だ。優勝するとたくさんの恩恵が得られるため、毎年棒倒しに魅せられる学生が誕生する」という――。

※本稿は、ぱやぱやくん『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■防大の棒倒しはスポーツではなく、ただの合戦

学生生活における最大のビッグイベントは、ズバリ「棒倒し」です。

棒倒しとは、シンプルに言えば、相手チームの棒を先に倒したほうが勝ちになる競技です。棒倒しは学校の運動会などで行われることが多く、経験した方も多いと思います。

しかし、防大の棒倒しはスポーツではなく、ただの合戦です。

日頃から身体を鍛え、健康でパワーのあり余っている血気盛んな若者たちが「キェェェー」と棒に突撃し、防御側は「ウラァ!」と自動車を吹っ飛ばすハルクのように敵を撃退します。とにかく攻防が激しいため、うかうかしているとマッチョの洗濯機で揉みくちゃになり、意識がブラックアウトします。

もちろん、安全のため殴る蹴るの暴力は禁止されていますが、乱闘状態も偶発的に発生することが多いです。「跳び蹴りではなく、跳んだ勢いで脚が強く当たっただけ」「腕を振り回したら、相手の顔面に当たった」などの不幸な事故も多発するため、棒倒しで気を抜くと死ぬと言われています。しかし、学生はアドレナリン全開なので、感じるのは興奮だけです。

そんな棒倒しの知られざる世界を、皆様に解説していきましょう。

■優勝するとたくさんの「恩恵」が得られる

棒倒しは4個大隊(1〜4大隊)の学生舎ごとにチームが分けられ、毎年11月に行われる開校記念祭にて「1発勝負のトーナメント方式」で競技が行われます(開校記念祭とは学園祭のようなもの。一般の方も来校可能です)。

棒倒しで優勝すると、「棒倒し優勝大隊」といった看板とトロフィーがもらえ、「俺たちが優勝した!」と凱旋(がいせん)パレードをしながら校内を練り歩くことができます。防大において棒倒しで優勝することは、ワールドグランプリ優勝に匹敵する価値があり、優勝した大隊の学生は、他大隊への優越感からご飯も1.2倍ぐらい美味しく感じられます。

また、指導官から恩恵として「就寝点呼(寝ながら点呼を受けられる)」「自習時間中にお菓子パーティーを1回だけ行ってもいい」を受けられます。さらに「制限されている外泊の回数が1回増える」などの嬉しいサプライズや、「上級生が少し優しくなる」という環境面での恩恵があります。

まるで中南米にある刑務所の受刑者が享受するようなメリットですが、防大は娯楽があまりにも少ないため、このような恩恵を考えるだけで学生の頭は快楽物質で痺れ、パブロフの犬のようにヨダレを垂らし、夢心地になってしまいます。

■「おはよぉぉ‼ うぉー! お前ら元気か! 棒倒し訓練行くぞー!」

つまり、棒倒しで優勝することは、防大生活における「富・名誉・名声」の全てを手に入れることになるのです。そのため、例年、「棒倒し総長に俺はなる!」や「棒倒しのためなら死ねる!」と語る「棒倒しに魅せられた学生」が誕生し、各大隊は栄光のグランドラインに向けて出港します。

棒倒しの訓練は10月より始まり、各大隊が栄光に向けて走り出します。訓練期間中は朝の点呼後(06:05〜)と課業終了後(16:00〜)に各大隊がトレーニングを行います。それでは訓練内容について解説をしましょう。

起床のラッパが鳴った後に布団を畳み、棒倒しの訓練用の服装に着替え、ダッシュで5分以内に隊舎の前に集合し、点呼を行います。点呼終了後に棒倒し総長に選ばれた代表学生が朝礼台に上がり、「おはよぉぉ‼ うぉー! お前ら元気か! 棒倒し訓練行くぞー!」と絶叫します。起床してすぐに誰かの絶叫を聞くため、防大は低血圧な人間は生きていけない世界だと改めて実感します。

その後に整列をし、学生たちはグラウンドに訓練に出かけます。グラウンドに行くときはドラム缶太鼓を叩きながら「ソイヤ! ソイヤッ!」「セイヤ! セイヤ!」「ウッシャー!」などと声出しをしながら、腕を振り上げて進みます。ここで「防大ではなくて、○○大学に進んでいたら今頃は恋人と……」などとは決して思ってはいけません。もう手遅れです。

■早朝訓練のメリット「朝ごはんが少し美味しくなる」

グラウンドに行くとタックルや受け身の練習、跳び馬などをします。10月になると気温が下がり、寝起きなので身体はガチガチです。秋風に身体はこわばり、寝起きの身体に受け身は痛く、グラウンドの草たちがチクチクと身体を攻撃してきます。

学生のテンションが下がると、棒倒し総長の学生が「お前ら気合を入れろー!」などと大声を出し、活を入れます。雰囲気としては、「いくさ」が始まる前に、足軽になる農民が武士から訓練を受けている感じです。

1学年は、ここで死ぬ気で頑張ると「あいつは気合が入っている!」と上級生から認められ、だるそうな姿を見せると上級生から温かいご指導が待っているため、必死に頑張ります。4学年ともなると、「寝技の練習をしているふりをして居眠りする」「1学年を指導して自分はやらない」などの技を駆使して体力を回復させます。

正直なところ、早朝訓練は大したことをしないので効果のほどは分かりませんが、最大の恩恵として「訓練でお腹が空くので朝ご飯が少し美味しくなる」とお伝えしておきましょう。

ご飯
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■日中の講義が終わった後にダイナミックな訓練

課業終了後(16:00〜)の訓練は朝よりも強烈で力強く、ダイナミックです。

夕方の訓練は日中の講義が終わった後、学生舎にいると16:00過ぎに「棒倒し訓練! 集合!」と暑苦しい放送のアナウンスがかかり、それとともにテーマソングが流れて集合となります。このテーマソングは、サバイバーの「アイ・オブ・ザ・タイガー(ロッキーの主題歌)」や、アントニオ猪木の入場曲などのアップテンポで熱い曲が選ばれることが多く、防大生を戦へ駆り立てます。

集合の合図とテーマソングで、学生たちは「うぉー‼」などと叫びながら隊舎の前に集合をし、朝の訓練と同様に整列します。そして棒倒し総長の学生が朝礼台に上がり、「お前らー‼ 気合入ってるか‼」と絶叫し、「うぉー!」と学生たちが返します。その後グラウンドに向かい、模擬戦を行います。

模擬戦は大隊ごとに防御と攻撃に分かれ、本番同様に2分間計測します。

2分以内に棒を倒すと攻撃側の勝利、2分間倒れないと防御側の勝利となります。この取っ組み合いを1日2〜3回ほど行います。模擬戦といえども「真剣(ガチ)でやらなければ意味がない」という意向が強いため、攻撃と防御のガチンコ勝負となります。

■訓練が終了すると「なぜか裸の奴がいる」

ちなみに、棒倒しにはいくつかの作戦があります。開始と同時に正面から突撃していくだけではなく、時間差で攻撃を仕掛ける作戦、本隊とは別で少数精鋭で突撃する作戦や、小出しに突撃していく作戦などもあります。

こう聞くといかにも作戦っぽく、効果があるように思えます。ただ実際には効果があるのかというと微妙です。「策士策に溺れる」という言葉がある通り、あまり変な策を考えすぎると、勢いがなくなります。相手の棒の周りをぐるぐると回って相手を翻弄(ほんろう)する作戦などは、相手の棒を倒せずに負けてしまうことがほとんどであり、愚策とも言えます。

ぱやぱやくん『今日も小原台で叫んでいます』(KADOKAWA)
ぱやぱやくん『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)

こうした作戦とは対照的に、「12時ドン」という戦術があります。これは変な小細工をせずに、そのまま真正面(12時方向)に突撃していきます。12時ドンは学生のエネルギーをフルパワーでぶつけることができるので、うまく決まると10秒ぐらいで相手の棒を倒せます。ノリと勢いしかない作戦ですが、防大生の持ち味を最も生かせる戦術と言えるでしょう。

なお棒倒し訓練の際は、頭にはヘッドギア、上着はシャツ、ズボンは廃棄前のボロボロの作業服が支給されます。シャツには首元にハサミなどで切れ目を入れ、シャツを引っ張られても服が破れることによって首が締まらないように工夫をします。

そうした理由から、訓練が終了したときに「強敵のエネルギー弾を耐えた孫悟空」のように衣服がボロボロの布切れになっている学生が必ず発生し、「なぜか裸の奴がいる」という珍現象が生まれるのも、防大ならではでしょう。

----------

ぱやぱやくん 元陸上自衛官
防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。Twitter:@paya_paya_kun

----------

(元陸上自衛官 ぱやぱやくん)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください