山上被告のツイートから浮かび上がる「なぜ母でも教団関係者でもなく、安倍元首相だったのか」
プレジデントオンライン / 2023年7月13日 11時15分
■山上被告がツイートした2000年のヒット曲
山上徹也被告が、安倍晋三元首相銃撃事件に至る直前まで「silent hill 333」とのTwitterアカウントから発信し続けていたツイート、全1364件。山上は、その中で鬼束ちひろによる2000年のヒット曲、「月光」の動画リンクをツイートしていた。
「私は神の子」「こんなもののために生まれたんじゃない」と歌う女性アーティストへ強い共感を見せ、山上のツイートの中でもひときわエモーショナルだ。久々に聞く鬼束の切々とした歌声が、訴えるように祈るように虚空へ伸びてゆくのを感じながら、私は「そういうことか……」と、事件発生以来1年間抱き続けていた疑問がようやく解け、納得できた気がした。
「こんなもののために生まれたんじゃない」。人生に対する山上の絶望の水位は、襲撃実行の2年半前の時点で、そんなところまで上がっていたのだ。そして、そこから始まったのだ。
■全ツイートを分析した書籍
「silent hill 333」の全1364ツイートを完全分析した書籍『山上哲也と日本の「失われた30年」』(五野井郁夫・池田香代子 共著/集英社インターナショナル)が刊行され、話題を呼んでいる。自らも宗教2世である政治学者・五野井郁夫と、『世界がもし100人の村だったら』著者でドイツ文学の翻訳者である池田香代子。彼ら2人が、山上被告と世代的な明暗の経験を等しくするロスジェネ世代(90年代後半から2000年代前半の就職氷河期に社会に出た世代の呼び名)が真に人生から失ってきたものとは何だったのか、を真摯(しんし)に論じる意欲作だ。
■なぜ安倍元首相だったのか
私は、コロナ禍前後から散発し顕著な犯罪類型となっていた「拡大自殺」や「自棄による劇場型自爆テロ」への分析記事に加え、昨年の安倍晋三元首相銃撃事件発生以来、山上徹也について幾つかの記事を書き、テレビやニューヨークタイムズに至るまで、日本や海外のメディアにも求められるまま解説してきた。
なぜ山上は日本で自警的ダークヒーロー扱いされ、共感や賞賛の声すら湧き、減刑を求める署名運動が起きたのか。女性に至ってはなぜ彼に恋し擁護するような論調まで生まれるのか。そして意見した。
だが、生い立ちから銃撃実行まで、山上被告の心理的な移ろいを追っていく中に、私がずっと理解できない、論理的に欠けたピースがあった。
頭が良く、努力家でもある山上。40年超の人生をかけて凝縮した宗教2世としての恨みや自棄を向けた先が、なぜ旧統一教会へのめり込んでいった当の母親ではなく、教団関係者でもなく、安倍元首相だったのだろう。
コロナ禍や健康状態の問題で教祖や教団幹部の来日が当分見込めなかった、との本人供述がその理由とされたが、それはどうも十分ではなかった。だからといって、自分の家庭の崩壊や家族の死や窮乏という直接の痛み苦しみの原因として「元首相」は遠すぎる。政治家には自らの政治の責任があるとはいえ、宗教2世が人生の恨みを叩きつける相手として安倍元首相を選ぶのは、思考の飛躍ではないのか。なぜ賢いはずの彼が「ああするより仕方ない」との結論に到達してしまったのか。
■ジョーカーに自分を「仮託」した
だが、本書は見事に欠けたピースを埋めてくれる。
![暗いところでスマホを見ている人の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/6/1200wm/img_664879e8057ccf0a396b1718a0e1bb7f483930.jpg)
裕福で知的レベルの高い家庭で育ちながら、父の自殺、母の新興宗教への傾倒、経済理由による大学進学の断念、窮乏を理由とした実兄の自殺と、家族によって自分の人生の芽をことごとく踏み潰され、社会によって魂の生皮をゆっくりと剝がされていった山上徹也。
彼が「silent hill 333」としてツイートを始めたのは、映画『ジョーカー』を2回見、韓鶴子・旧統一教会総裁の来日公演に火炎瓶を持って行ったものの厳しい警備を前に諦めた日から、ちょうど1週間後のことだ。山上は映画『ジョーカー』の主人公・アーサーに対して共鳴とも呼んでいい感情をツイートに吐き出している。
十分なインテリジェンスと身体能力と客観性を持ち「こんなもののために生まれたんじゃない」と感じる彼にとって、残れる最後の尊厳とは「自室で秘密裏に制作した手製銃を撃ち放って、旧統一教会との政治的癒着に甘んじてきた三世政治家に自分の人生の責任を取らせる」ことだったのかもしれない。銃弾ははっきりと日本憲政史上最長政権の元首相に向けて発射され、確実にその命を奪っていった。
■不況しか知らない「不況ネーティブ」たち
山上に対して「他人事ではない」「彼の半生は、もしかしたら『わたし』だったかもしれない」と言う五野井郁夫は、1歳ちがいの五野井自身と山上が物心ついてからずっと晒されてきた日本社会の「失われた30年」を、こう表現する。
困窮していても政府も社会も手を差し伸べてはくれず、受験以降は自分の努力もマンガやアニメ、ゲームやSNSの中とは異なり、報われない世界。何もこれはいわゆるロスジェネに限った話ではない。ロスジェネ以降のゆとり世代、さとり世代、ミレニアル世代、Z世代もほぼ同じ感覚だろう。
つまり山上被告にとっての「失われた30年」は、同時にこの国のロスジェネ以降の世代にとっても同様であり続けているのだ。世間的にはミレニアル世代やZ世代は輝かしいものとして語られがちだが、シャイニーで恵まれた人はどんな時代でもごく一部にすぎない。
たしかにロスジェネ以降、就職率は多少楽な面もあったかもしれないが、世の中に放り込まれた時のハードさという点では、おそらく現在の方がひどいだろう。なにせ反出生主義のような思想が力を持って共感を呼んでしまう時代である。この時代に自分や子どもが生まれてくることが不幸だと思えてしまう社会、先が見えない不安な世界だからこそ怪力乱神が再び力を持ち始めるのだ。(P.134「第二部 山上徹也、あるいは現代日本の肖像」五野井郁夫)
「無敵の人」や「親ガチャ」という言葉が周知され、社会前提と化して言論の進むネットの中では、マスメディアが幼い子どもたちを「デジタル・ネーティブ」と呼んで持ち上げた頃から、自分たちを自嘲的に不況ネーティブと呼ぶ年代層も現れた。
■「オレを殺したのは誰だ」
この一文には、自身の子どもがまさにロスジェネに当たり、その成長を見守ってきた池田の母親としての実感が滲(にじ)んでいる。日本という国が30年間にわたって、本来その成長資源となるべく産み育てられ体力も知力もあった若者たちを国家的に無策のまま見殺しにし、選択肢と可能性を潰し、低成長を叩き込んで内向きに消極的にし、人生をただ痩せ細らせたのを見てきた母親の嘆きである。
「オレを殺したのは誰だ」とは、山上の2020年のツイートだ。そんな日本の過去30年と人生を共にせざるを得なかった(逃げることが叶わなかった)人々の呆然と途方に暮れるしかない負の感情が擦り切れ、局地的な「最後の爆発」を見せてきたのが、ここ数年ほどの日本のありようなのだ。
五野井は「ロスジェネの事件はこれからも続くと思いますよ」と発言している。
低成長に円安に最低出生率にジェンダーギャップ指数の底割れ。何一つ褒められないけれどとりあえず「延命」したこの国はいま、少しの「やったこと」ではなくたくさんの「やらなかったこと」のツケを払っている。下の世代を「見殺し」にして自分たちは「延命」した当事者たちは、その負債をちゃんと払ってから退場してくれるだろうか、それとも。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)
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