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「医者になれば将来安泰」はもう古い…令和のエリートたちが選んでいる「医学部以外の進学先」

プレジデントオンライン / 2023年7月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/smolaw11

高校生の医学部人気はいつまで続くのか。評論家の八幡和郎さんは「地方や名門女子高ではさらに熱が高まっているが、一部のトップ校では人気に陰りが見え始めている。代わりにIT分野の学部・学科の難易度が上がっており、日本の将来を考えると歓迎すべき変化だ」という――。

■地元大学の医学部の合格者を競う名門高校

医学部人気は、戦後、一貫して上昇し、近年も偏差値は上がり続けている。大都市近郊の国公立地方大学医学部の偏差値は、東京大学や京都大学の理系他学部を上回っているほどだ。

地方の名門公立高校などでは、東京大学や京都大学などより、地元大学の医学部に送り込む人数のほうを競っているとすら言われるほどだ。教え子が地元で医者になれば、先生方にとって将来、個人的に心強いという実利もある。

医学部人気は、最難関に挑戦することが受験生本人にとってゲーム感覚としても楽しいし、親にとっても自慢できるという動機にも基づく。中高一貫トップクラス校の卒業生たちに聞くと、自分の学年で東京大学理IIIや京都大学医学部(京医)へ進んだ同級生のうち、自分が患者として診てほしいと思う人はほとんどいないという。医学そのものに対する関心が高いから医学部に進んだのでないから当然だろう。

そして、理IIIや京医になると、入学試験の合格点数が高くなりすぎて、ミスを最小限にするための特殊なテクニックも必要になる。その結果、中高一貫の学校に通い、さらに専門の受験塾に通うなどして(いずれも少なくとも年間、数十万の授業料が必要)、ようやく合格できる。

■都市部の高所得層の子どもしか入れない学部に

このために、公立高校出身者が合格するには、非常に高いハードルがある。たとえば、2023年の入試では、理IIIの合格者のトップ3は灘(兵庫)15人、桜蔭11人、筑波大学附属駒場7人、京医も灘、洛南(京都)、東大寺学園(奈良)から2ケタが合格している。

一方、公立の合格者は理IIIで11人、京医で14人と全体の約1割にすぎない。公立といっても新しい中高一貫なども含まれる。

事実上、私立の中高一貫校と専門塾に通わせられるような高所得層しか入れない学部になってしまっているのだ。

■医者は「いちばん安定しておいしい仕事」

どうしてこうなったかというと、日本では医者がいちばん安定しておいしい仕事だからだ。市場機構はローリスク・ハイリターンのものを排除するはずだが、日本では、医師の独占業務が異常に広く、医学部の設置が医師会などの圧力で抑制され、公的な皆保険制度が存在しているので、医師が安全有利な職業になったままマーケットメカニズムが働かない。

このような特権的地位にいる医師がさまざまな害悪をまき散らしていることは、昨年刊行した『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)で論じた。

医者たちは「自分たちの仕事は大変で、何もおいしくない」と言い張るが、それなら、医学部の偏差値が長い間上がり続けるはずはないし、開業医はともかく、勤務医までが自分の子供の医学部進学にこだわるはずないから嘘である。

頭を抱えている医師
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■貴重な理系人材が医学部に流れ過ぎている

そう指摘すると、お医者さんたちは「他の理工系学部の卒業生たちの待遇を改善すればいい」という。もちろん、理科系学部の優遇策は必要だが、学歴による所得格差を広く抜本的に向上させて、現在の医師よりおいしくするなど不可能であり、理工系の待遇改善も図りつつ、まずは医師の他職種に対して不均衡に高過ぎる待遇を下げるべきだ。

平成の30年を通じて日本の経済成長率は世界主要国で最低だったが、平均寿命は常に主要国最長で、しかも、延び続けている。経済が成長せずに少子高齢化ばかり進めば、現在のような公的医療や福祉制度の維持は不可能だから、現在のような低成長と長寿化が続けば、日本の高齢者の老後はずいぶんと惨めなことになるだろう。

大きな問題は、現在の日本が必要としているデジタル・科学技術分野などに進むべき、理系の優秀な人材が医学部に流れ過ぎていることだ。いまの世界で最も優秀な人材が必要とされるのは、IT、先端産業、金融工学などであって、アメリカでも中国でも最高クラスの人材がそうした分野に進んでいる。

■「地元にずっといたい」「贅沢したい」…

ところが、医者が優遇され過ぎていている日本では、経済成長の原動力になる分野に優秀な才能が回らない。頭の良い人が医者になるのは好ましいと勘違いしている人が多いが、他の理工系学部と比べると医学部教育では高度な数学や語学の知識は要求されない。

日本の医者が数学的な分析に弱く、海外の情報にも疎いのは、新型コロナ対策でも露呈したところで、それはそれで困るのだが、現状として、医学部生がせっかくの英語・数学の高い能力を使う機会は少なく、もったいないことだ。

それでは、医者への好待遇によって、医療界で求められている優れた人材が集まっているかといえば、そうではない。なぜなら、逆説的だが待遇があまりに良すぎるからだ。

待遇が悪いと、その仕事に興味があっても、よほど財産家で稼ぎの多寡は気にしない人以外には敬遠されるが、反対に、医者の場合は待遇がおいしすぎるから、現在の医学部には、医療に情熱がない人、医師として必要な体力がない人、地元に留まりたいとか贅沢な生活が好きだとか異性にモテたいとかいう人が多く集まってしまう。

■医者になるべきでない人が医学部に集まる問題

私立大学の医学部の数千万円にも上る学費は、開業医が事業継承させるのでなければ回収不能だろう。それでも、それなりの中小企業経営者が、子どもに自分の跡を継がせるより医者にして消極的にお家安泰だけを図ろうとするケースや、娘を医者にすれば地元に留められるといった動機で医学部に送り込むケースも耳にする。

こうした学生が多いと医局が動かなくなるという懸念から、一部の大学が女性の合格者を抑え込んでいたことが問題になったが、根本的には、医者になるべきでない人が医学部に入りたがるから起きる問題だ。現場の医者は、他学部より際立って高い学力より、熱意と体力などが求められる仕事だ。

この問題を根本的に解決するには、医療政策を変更し、医者が安全有利な職業でないようにするしかないわけで、私はやや極論だが、医学部の偏差値が他学部並みになるまで診療報酬を毎年、一定割合で下げ続ければいいと主張しているくらいだ。

■先端的なトップ校では「医学部人気」に陰り

さらに、医学部は廃止して、歯科・薬学・介護・獣医など合わせて「健康学部」にでもして、医学などは大学院レベルでの、メディカル・スクール方式で養成すべきだと提案しており、この点は医療関係者でも多くが賛成してくれる。

そもそも、18歳時点で学力が優れているだけで、医学部に合格すれば、ほとんどが医者になれるというのがおかしい。官僚も大企業社員もジャーナリストも、大学3~4年生になってから適性があるのかを自分でも採用側でも確認してなるものだ。

だが、このところかすかにだが、希望の光が見えてきた。先端的なトップ校では、理IIIや京医に進む受験生が少しずつ減っているのだ。これは、医者の仕事などやりたくないのに、医学部に入ることを馬鹿馬鹿しいと感じる高校生が増えてきた表れではないだろうか。

理III合格者がトップであることが多い兵庫県の灘高校では、すでに数年前から「医学部離れ」が語られ始めていた。なにしろ、医学部卒業生の生涯収入は、理系大学院卒の平均より、数十パーセントは高いと言われているが、いまやベンチャー企業や国際金融の世界では、平均年収の何倍も稼ぐ人は珍しくない。

■名門・開成高校の理III合格者はわずか3人

一時期は、理IIIに行って医者としての最低保証を獲得した上で、マッキンゼーなど外資系コンサルなどで働くのが最も賢いなどと言われたほどだった。その後、灘高校卒業生からベンチャーでの成功者が出てきており、「安全を重視しての医学部での勉強は無駄だ」という意識が、医学部離れにつながっているという見方がある。

灘中学校・高等学校
灘中学校・高等学校(写真=Saoyagi2/CC-Zero/Wikimedia Commons)

2013年に27人もいた理IIIの合格者は、21年に12人、22年には10人にまで減少した。今年は15人と少し回復したが、それでもかつてのように、理IIIと京医の両方に20人超だったような勢いはない。

そして、今年は東京大学合格者が148人と最多で、岸田文雄首相の出身校である開成高校から理IIIへの合格者がわずか3人になったことも話題となった。ここ5年間の合格者数は、10→13→10→6→3人となっている。生徒数は少ないが、東京大学合格率ナンバーワンといわれる筑波大学附属駒場高校でも減少気味である。

■IT系の学科は人気・難易度が急上昇

それでは、どこに優秀な学生が向かっているのかといえば、目立つのはIT系である。

東京大学は、文I(法学部など)から理III(医学部医学科)まで大括りでの入学試験後、教養学部での成績で進路が決まるが(「進振り」という)、理Iからの進級で情報系の学科へ進むのはかなりの難関で、結局のところ、最初から理IIIに合格するのと同水準の難易度だと言われるほどになっている(この進路振り分けについては、公式にはいっさい点数が外部公開されていないが、学生が共有している情報で、だいたいのことはわかる)。

工学部計数工学科は鳩山由紀夫元首相の出身学科でもあるが、2010年ごろまでは、教養学部で下位20パーセントでなければ進めるといわれていた。ところが、10年くらい前から急上昇し、最近では、理学部情報科、電子情報工学科、機械情報工学科とともにだいたい上位10パーセントに入っていることが要求されるのである。

■トップレベルの英語力・数学力を生かせる業界

また、京都大学工学部では、学科ごとに入試をしており、毎年大きく難易度は変動する。2010年ごろには、情報工学科の最低点は中程度だったのが、2017年以降は工学部でトップを維持している。他学科に大きな差を付けていることから、東京大学理Iより難関だとか、京都大学医学部合格者より偏差値が高い学生も多いと言われるようになった。

どう考えても、医学部よりこうした学科のほうが、トップレベルの英語力や数学力を生かせるし、いまもっとも有能な才能を必要としている分野なのだから、日本経済の未来を考えると歓迎すべき傾向だ。

さらに今年は、灘高校の卒業生から、東京大学文科一類に入学し、1年の秋からはハーバード大学に移って、26歳にして芦屋市長になった髙島崚輔氏のような人が注目された。これは、「灘→東大が王道」というこれまでの常識から脱却すべきであることの表れであり、良い傾向を助長するだろう。

■女性・地方の医学部熱は衰えを知らない

一方、医学部熱が衰えないのは、女性や地方である。理III合格者数では、東京の女子校である桜蔭高校が躍進しているし、大阪の名門女子校四天王寺高校はスポーツでも有名だが、医学部進学数全国トップクラスも自慢だ。ほかにも、各地のお嬢様学校と知られるような女子校はどこでも医学部進学熱が高い。

医局制度が解体されて、医療界はこれまで以上に、地元に留まりたいという希望が叶えられやすくなっているし、出産・育児などでキャリアに中断があっても、医師免許制度のおかげで仕事が見つかりやすい。地元志向の女性にとっては、医者は突出した有利な職業だからだろう。

男性にとっても、弁護士が増員でうまみが減り、地方で、高収入かつ社会的地位が高い職業がほかになかなかないのだから、地方都市における医学部人気はまだまだ続きそうだ。

灘や開成で見られるような新しい流れは、いずれほかの高校にも広がっていくだろうが、それが早ければ早いほど日本は救われるだろう。手厚い医療の財源をつくるのは、医療自身でなくITに代表される先端産業であり、医療だけの充実と平均寿命の伸びは医療体制そのものの首を絞めるのだ。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。

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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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