働きやすさはあるが、仕事のやりがいがない…日本企業の業績低迷を招く「ぬるま湯職場」という大問題
プレジデントオンライン / 2023年7月19日 9時15分
※本稿は、荒川陽子『働きたくなる職場のつくり方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■「やる気がなくなる職場」と「働きたくなる職場」
組織のマネジメントのあり方は、職場によって千差万別です。たとえば「経営者のひと言で全てが決まっていくような職場」もあれば、「現場が大きな裁量権を与えられ、リーダーシップを発揮していくような職場」もあります。
経営・管理者が従業員に「ビジョンを提示していない」「人材育成がおざなり」にもかかわらず、やみくもに業績アップを迫るという職場は珍しくありません。この状態では従業員と経営・管理者との「信用」、仲間同士の「連帯感」や仕事に対する「誇り」は生まれないでしょう。従業員は次第にネガティブな感情が湧いてくることになります。
このような職場は、モチベーションが低下する「やる気がなくなる職場」と言えるでしょう。従業員の能力は発揮されず、取引先や顧客などの職場以外の人たちに対しても好印象を与えられるとは考えにくいものです。業績面でも成果を上げることは期待できません。
では、反対に「働きたくなる職場」を考えてみましょう。
個人と向き合う姿勢を持った「管理職」
活発に意見を出し合い、チャレンジを生み出す「企業風土」
このような職場で働く従業員は、モチベーションが高く、成長の機会に恵まれ、ゆくゆくは会社の業績アップや発展に繋がるでしょう。そうなるうちに信頼が生まれ「自身の自己実現」と「会社の成長」が交わり、職場と従業員の双方に好循環が生まれます。
これら2つの職場の違いをもたらすものは何でしょうか。根本にあるのは「働きがい」であると私たちは考えています。
■世界基準で「働きがい」を調査している
やる気がなくなる職場と働きたくなる職場、違いを紐解くには、「従業員エンゲージメント」のレベルを調べる必要があります。エンゲージメントとは、「会社と従業員の間の信頼関係」と言い換えられます。なお、働きがいとエンゲージメントは、ここではほぼ同義と捉えて構いません。エンゲージメントレベルが高いと、従業員のモチベーションや生産性の向上に好影響を与え、企業の人材定着率も上がるため、世界的に注目を集めています。
私たちGreat Place To Work(以降、GPTW)は、その見えにくい部分である企業のエンゲージメントレベルを調査し、そのレベルが一定水準を満たした企業を認定しているのです。具体的には、会社・職場と従業員の関係や状態を調査・分析し、会社にフィードバックしている機関です。本部はアメリカで、Great Place To Work Institute Japan(以降、GPTW Japan)は日本においてその活動を行っています。私は、日本の職場を「働きがい」で溢れる場にするべく代表を務めています。
調査はアンケート形式で行います。調査項目、評価基準はグローバルで統一されています。調査には毎年約100カ国で10000社、330万人を超える従業員が回答しており、世界最大規模の従業員意識調査(エンゲージメントサーベイ)になっています。日本では年間導入社数が634社(2023年度版調査時点)です。
また、エンゲージメントレベルが高い水準の会社は「働きがい認定企業」として選出し、さらにその中から特に働きがいが高い企業をランキング形式でメディアに発表します。アメリカでは『FORTUNE』誌を通じて毎年「働きがいのある会社」ランキング(Best Workplaces™)を発表。これに掲載されることが一流企業の証とされています。
GPTW Japanでは、ランキングを毎年2月に発表しています。世界中の企業を調査・分析している私たちGPTWがなぜ、働きがいを大事にしているのでしょう。
■働きがいとは「働きやすさ+やりがい」
働きがいとは何か。結論から言うと働きがいとは、職場に「働きやすさ」という大前提がある上で、「やりがい」を感じている状態を指します。働きやすさ、やりがいをそれぞれ見ていきましょう。
「働きやすさ」とは、社内の環境や福利厚生も含めた制度など、会社側がある程度、整えるべきものと言えます。「見えやすい要素」ですが、時代によって変わります。たとえば「長時間労働は是正するべき」「有給休暇は取得すべき」という働き方改革の流れで、劣悪な労働環境の職場は淘汰されつつあります。また、コロナ禍になり「リモートワーク環境が整っているか否か」が、働きやすさのひとつの判断基準になりつつあります。
「やりがい」とは、会社や社会への貢献実感や自己実現の度合いといった働く動機にかかわります。「なぜ、その仕事をしているか」の答えが人それぞれであるように、一人一人の価値観によるところが大きいもので、見えにくい要素です。
■仕事に対する不満をもたらす2つの要因
働きやすさとやりがいについて、学術的な観点でも解説しましょう。アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグは「二要因理論」で、仕事に対する不満をもたらす要因を「衛生要因」、満足をもたらす要因を「動機付け要因」と名付けています。
衛生要因……会社の方針、労働環境、労働時間、報酬など。本人の努力では、なかなか変えにくい要素。整っていないと不満に繋がるもの。
動機付け要因……仕事がもたらす達成感、自分の成長、責任ある仕事を任されることや挑戦の機会など。本人の心理的要素による影響を大きく受ける。あればあるほど、やる気やモチベーションに繋がるもの。
仕事のモチベーションは、この2つの要因が絡まり合って決定するというのがハーズバーグの見解です。この衛生要因が働きやすさ、動機付け要因がやりがいに近い考え方です。
■「働きやすさ投資」はベースづくり
働きやすさは「オフィスが快適である」「報酬に納得できる」「ワークライフバランスが取れる」など、一定レベル従業員が不快にならないラインが目安になるでしょう。ある程度のお金はかかりますが、職場に働きやすさをもたらす「働きやすさ投資」をしておくと従業員は健全に働くことができます。また、生産性を向上させるための活動にドライブがかかる“ベース”が整います。
働きやすさが一定レベルに至っていないにもかかわらず、やりがいだけが高いと、従業員が疲弊する「やりがい搾取」になり兼ねません。働きやすさが整っていないと不満に繋がるからです。衛生要因である働きやすさをまずは満たすことを重視しましょう。その上で、やりがいを高めることは「もっと満足感を得たい」という動機になり、やる気が向上していきます。
やりがいを「マズローの欲求5段階説」に照らして考えてみましょう。人間の欲求は「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の階層に分けられます。欲求は満たされると上の階層に移ります。
たとえば「就職当初は職場を待遇面で選んでいたけど、仕事の幅が広がり、任せられる裁量が大きくなるにつれて、多くの同僚に認められたくなった」となるかもしれません。次第に「取引先に貢献したい」「マーケットに影響を与えたい」という方向に欲求が変化し、最終的には「この分野での第一人者になりたい」という欲求(自己実現欲求)として結実する人もいるでしょう。
もちろんやりがいは人それぞれですから、自分自身の欲求は何かを探求していくことが重要です。
![マズローの欲求5段階説](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/1200wm/img_bf506e15b6b12c9b2c85ec2f41c7d540162592.jpg)
■日本企業の多くは「ぬるま湯職場」
働きがいでよく誤解されやすいのが「働きがい=やりがい」と同一視されがちで、“働きやすさ”の要素が抜けていることです。それが間違いであると断定するつもりはありません。しかし、さまざまな職場を調査し、全国の顧客の皆さんと向き合ってきて思うのは、働きがいは働きやすさとやりがいの両輪の関係にあり、そのどちらか一方が損なわれては成立しないということです。
働きがいという視点で見た時、どんな職場があるのか。縦軸が働きやすさ、横軸がやりがいの4象限マトリクスでご説明します(図表2)。
![働きがいで見る4つの職場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c21fab87fb0502bfa30107393147153d227499.jpg)
4つの職場を簡単に説明するのに合わせて、従業員にとってどんな職場であるかを紹介します。
いきいき職場……働きやすさとやりがいが、両方高い職場は、理想的な「いきいき職場」。従業員はやる気に溢れ、会社も成長する「働きたくなる職場」になりやすい
ばりばり職場……働きやすさは乏しいけれども、やりがいがあるのが「ばりばり職場」。従業員にやる気はあるが無理のある働き方になるため、会社の持続可能性が高くなく、「やりがい搾取職場」になりやすい
ぬるま湯職場……働きやすさはあっても、やりがいに欠けるのが「ぬるま湯職場」。従業員は、会社の成長や自己実現に関心が薄いが、働きやすいため、居続けてしまうリスクがある。文字通りの「ぬるま湯職場」になりやすい
しょんぼり職場……働きやすさもやりがいも、両方不足しているのが「しょんぼり職場」。従業員は疲弊し、モチベーションも湧かない「やる気がなくなる職場」になりやすい
現在の日本企業に最も多く見られるタイプはぬるま湯職場だと考えています。ただし現在がどの象限の職場であっても、世の中が変われば職場も変わる可能性があります。
■「働きがい」のある企業は売上伸び率が21.9%高い
次のような意見をよくいただきます。
「働きがいを高くするのは大事かもしれない。けれど、そもそも稼げないと企業は成り立たない」。
この意見に対して「働きがいと業績は、相関関係がある」ことを説明しています。
図表3はGPTW Japanの「働きがいのある会社」ランキングに参加された企業のうち、ランキング選出企業とランクインしなかった企業における、2016年度と17年度の売上高の分析です。コロナ禍など、社会的な変化による事業への影響が少ないと思われる年度のデータを使用しました。
ランキング選出企業が33.9%、ランクインしなかった企業が12.0%で、売上の対前年伸び率が21.9ポイント高い結果となり、かつ、統計的に有意な差があることが確認できました。
![ランキング選出企業とランクインしなかった企業の2016年度と17年度の売上高の対前年伸び率](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/2/1200wm/img_e23a9d6c3e1a140b7f3e32dbda5e9a73142411.jpg)
■最も売上伸び率が高いのは「いきいき職場」
では、前述の4つの職場タイプで業績の違いはあるでしょうか。
分析の結果、2016年度と17年度の売上の対前年伸び率は、「いきいき職場」(働きやすく、やりがいもある)が最も高い値43.6%を示しました。次いで、「ばりばり職場」(働きやすさはないが、やりがいがある)において高い値(22.0%)を示しました(図表4)。
一方で、低くなったのは、「しょんぼり職場」(働きやすくもなく、やりがいもない)が6.5%、「ぬるま湯職場」(働きやすいが、やりがいがない)が6.0%で、同水準となりました。
特に小規模部門の企業(従業員25~99人)ほど、この傾向は顕著に見られました(「いきいき職場」60.8%に対して「しょんぼり職場」11.5%)。
![4つの職場タイプごとの2016年度と17年度の売上の対前年伸び率](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/1200wm/img_69692792ce775057d3e77bec03ddf4f5209987.jpg)
■「業績がよいから働きがいもある」は本当か
次のような意見もよくいただきます。
「もともと業績がいいから、働きがいも高まるのではないか」。
確かにそのように影響するケースもあるでしょう。そこで、単年度での比較ではなく、時系列のあるデータをご紹介します。
図表5は、2022年版「働きがいのある会社」ランキングベスト100選出企業および働きがい認定企業(※)のポートフォリオへ、17年3月末に等金額を株式投資したとした場合の5年後(22年3月末)の投資リターンをシミュレーションしたものです。
ベスト100企業のポートフォリオのリターンは153.1%(年率換算前)、認定企業のポートフォリオのリターンは130.4%(同)でした。同時期のTOPIXと日経平均のリターンはそれぞれ28.7%と47.1%(同)です。働きがいと業績の明確な因果関係を示せるものではありませんが、働きがいの高い企業は中長期で業績を上げ続けることがわかります。
※GPTW Japanは、働きがいに関する調査の結果が一定水準を超えた企業を「働きがい認定企業」、さらにその上位企業を「働きがいのある会社」ランキングとして発表しています。
![日本のベスト100企業(2022年)・認定企業とTOPIX・日経平均との比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/7/1200wm/img_a75f1248bb632f13e8bfbc052f93c163115561.jpg)
■「非財務的成長」が「財務的成長」を生む
調査結果から働きがいと業績の相関関係を示しました。会社・職場が、働きがいを高める努力を重ねることによって、非財務的成長が起こります。その非財務的成長と財務的成長には関連性が高いということは、注目に値する結果ではないでしょうか。ただし、因果関係が証明されたものではないため、注意が必要です。
![荒川陽子『働きたくなる職場のつくり方』(かんき出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_dae832314cb2487a6b60544e81813c6e239045.jpg)
「非財務的成長」とは、財務諸表などに表現されるお金や数字等で可視化はできない成長のことです。リーダーシップやダイバーシティ、企業文化などが成熟し、生産性やイノベーション、人材の成長など、会社の総合力が強化される状態を指します。結果として、財務的成長に好影響を与えます。
このように、働きがいのある職場は、マネジメントとメンバーの間に信頼関係があり、チャレンジングで前向きな気概が生まれやすくなります。そのような企業風土であると、数々のイノベーション(ここでは、革新的なアイデアだけでなく、既存の業務改善も含みます)を生み出します。
その結果、顧客に提供する価値が磨かれ、財務的成長に繋がるということでしょう。
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Great Place To Work Institute Japan代表、働きがいのある会社研究所 社長
2003年HRR株式会社(現 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)入社。営業職として中小~大手企業までを幅広く担当。顧客企業が抱える人・組織課題に対するソリューション提案を担う。2012年から管理職として営業組織をマネジメントしつつ、2015年には同社の組織行動研究所を兼務し、女性活躍推進テーマの研究を行う。2020年より現職。コロナ禍をきっかけに働き方と生活のあり方を見直し、小田原に移住。自然豊かな環境での子育てを楽しみつつ、日本社会に働きがいのある会社を一社でも増やすための活動をしている。
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(Great Place To Work Institute Japan代表、働きがいのある会社研究所 社長 荒川 陽子)
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