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あらゆる商品は値上げラッシュなのに…なぜかビール業界で進む「値下げラッシュ」の背景を解説する

プレジデントオンライン / 2023年7月18日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ma-no

■市場の陣取り合戦が熾烈化している

足許、わが国のビール業界で缶ビールの値下げ発表が相次いでいる。値下げは10月からだが、食品、日用品、飲食などの分野では人件費の上昇などに対応するために値上げラッシュが鮮明なのと対照的だ。ただ、業務用のビンや、タルに入ったビールは値上げされている。

缶ビール値下げの背景には、ビールにかかる税金(酒税)の引き下げがある。今年10月に酒税は引き下げられる。今後、ビール系飲料の酒税が一本化される。それに合わせて、税金の負担が低くなる分を消費者に還元し、より多くのシェアを獲得しようと、各社が値下げに踏み切った。値下げ発表に合わせて高価格帯の新しい商品を投入する企業もある。

それに伴って、わが国の缶ビール市場における陣取り合戦は熾烈(しれつ)化している。値下げに対応しつつ、どのような新商品を投入するか、その際のマーケティング戦略はどうするかなど、対応次第で各社のシェアが変化する可能性も高い。

それは、多くの消費者により良い満足感をもたらすことになりそうだ。私たちの身の回りのモノやサービスの価格はまだ上昇しそうだ。それに対して、缶ビールはより手頃な値段で、より多くの選択肢が提供されはじめた。ビール愛好家にとって、近年稀に見る充実した夏になりそうだ。

■ビールの税率は引き下げ、第3のビールは引き上げへ

国内のビール大手メーカーが缶ビールの値下げを実施している要因として、“酒税改正(平成29年度改正)”は大きい。財務省の資料によると、2023年10月、ビールの税率は70円から63.35円へ引き下げられる。その後、2026年10月に再度税率は引き下げられ54.25円になる予定だ(350mlあたり)。

一方、発泡酒(麦芽の比率が25%未満の場合)に関して、2026年10月に46.99円から54.25円に税金が引き上げられる。第3のビールと呼ばれる新ジャンルのビール系飲料に関しても税率は段階的に引き上げられ、2026年10月にビール系3酒類(ビール、発泡酒、第3のビール)の税率は一本化される。

ビール系飲料の酒税が統一される要因は、よく似た飲料であるにもかかわらず、税率の違いが販売数量に影響を与えているからだ。税率が低い分、第3のビールなどの価格は低く設定される。そうした商品を迅速に開発する体力のある企業は、ビール系飲料市場においてより多くのシェアを手に入れる可能性が高まる。

■“4強”の市場に新規参入を促す狙いか

反対に、事業規模が小さく商品開発のスピードを高めづらいビールメーカーにとって、第3のビールや発泡酒の投入に対応して収益を増やすことは難しくなるだろう。このように、税率の違いは、ビール市場におけるシェア獲得競争に影響する要素の一つだ。より公平な競争環境を整備するために、財務省は“よく似た”タイプのお酒にかかる税率を一本化する。

また、わが国では“クラフトビール”への需要も高まっている。大量生産されるビールと異なる風味を求める人の増加によってクラフトビールメーカーは増加した。その一因として、2018年に政府がビールの定義を改正したことは大きい。

改正によって、従来約67%とされた麦芽比率は50%に引き下げられた。また、一定の範囲内で使用できる副原料として、果実、香味料(コリアンダーなど)が追加され、クラフトビール人気は高まった。新しい事業者の成長を促すためにも、ビール系飲料の税率を一本化することは重要だ。

■サントリーはいち早く割安商品を新発売

税率の引き下げを控え、国内の缶ビール市場では大手メーカーを中心に10月以降の値下げが発表されている。2026年の税率一本化を前に、各社は消費者の支持をより多く獲得し、自社ブランドの成長につなげようと陣取り合戦が鮮明化している。

先手を打ったのは、サントリーだった。2023年4月、同社は新ビールブランド、“サントリー生ビール”を発売した。価格帯は、比較的価格帯の高い“ザ・プレミアム・モルツ”、価格帯の低い第3のビール“金麦”、の中間に位置する。想定される競合ブランドはアサヒのスーパードライだろう。

サントリー生ビールの店頭での販売価格は、競合他社の類似商品より10円ほど安い。5月には、プレミアムモルツの値下げも発表された。サントリーは今回の酒税引き下げをきっかけに、低価格帯から高価格帯までの缶ビール市場で、より多くのシェアを手に入れようと他社に先駆けて動いた。

■高価格の「フルオープン缶」で攻めるアサヒ

発売後、サントリー生ビールは急速に消費者の支持を獲得した。特に、滑らかな口当たりと飲みごたえの両方を重視した商品開発戦略は、多くのビール愛好家の胃袋をつかんだ。2023年の販売計画は上方修正された。

サントリーの攻勢に対応するために、キリン、アサヒなども缶ビールの値下げ実施を発表した。注目したいのは、アサヒだ。7月、同社は高価格帯の新しいブランド、“アサヒ食彩”を発表した。サントリーのプレミアムモルツよりも価格は10円ほど高い。

その分、消費者により多くの満足感が提供されるよう、多くの工夫が凝らされた。フルオープン缶の採用によって缶ビールであるにもかかわらず生ビールのような飲み心地が体験できる。希少ホップの利用による芳醇(ほうじゅん)な味わい、スーパードライで養ったキレのある鮮烈な喉越しの両方が実現された。

一方、税率が引き上げられる第3のビールなどに関しては、値上げが実施されている。それによって各社はコストを吸収しつつ、家庭用の缶ビール市場のシェアを増やそうとする陣取り合戦は熾烈化している。

ビール
写真=iStock.com/Dusan Ladjevic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dusan Ladjevic

■暑さと物価高ラッシュの中、ありがたい存在に

例年、7月、8月にビールの売り上げは増加する傾向にある。炎天下の日差しが降り注ぐ中、クーラのよくきいた部屋で、よく冷えたビールを喉に流し込む、あの爽快感は何物にも代えがたい。今年の夏は、値下げ、さらには新商品の投入によって、より充実したビールタイムを満喫できそうだ。

家計調査によると、2010年以降、価格が相対的に低い発泡酒や第3のビールを買い求める消費者は増えた。本当なら芳醇なホップの香りなどを楽しみたいが、賃金が伸び悩む中ではできるだけ節約を心がけざるを得ないというのがビール愛好家の本心だったと考えられる。その状況は徐々に変化するだろう。

足許、わが国では名目ベースの賃金が徐々に上向き始めた。優秀な人材を確保するために賃金を上げなければならないことに気づく企業も増えている。経済全体で見ると、物価上昇のペースを上回る賃金の上昇は実現できていないが、徐々に賃金が上向く兆しがで始めた。酒税の引き下げもあり、缶ビールはより手の届きやすい商品になるだろう。

■酒離れが進むビール業界の活力が高まるか

それによって、わが国のビール業界には、かなりの影響があるはずだ。今回の缶ビールの値下げ、ビール需要喚起のための新商品投入は、今後のビール各社のシェア、競争力に大きく影響する可能性が高い。より高い満足感の実現を目指し、ビール各社の新商品開発は熱を帯びるだろう。

ビールにかかる酒税引き下げをきっかけに、少量生産された缶入りクラフトビールの人気が高まる展開も想定される。そこに収益機会を見出した企業や個人が、クラフトビール製造に参入し、ビール業界の活力が高まる展開も想定される。

大手メーカーが中小のビールメーカーを買収するケースも増えるかもしれない。ビール人気の高まりを取り込んで収益の増加につなげるために、海外のクラフトビールメーカーなどとの業務提携、買収が模索されることも考えられる。

10月に控える酒税引き下げは、消費者にとって、より手頃な価格で、より多様なビール体験を実現する機会の増加につながる可能性が高い。多くのビール愛好家にとって、たまらない夏が到来しそうだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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