日本を代表するIT企業はどこで間違えたのか…楽天を存続の危機に追い込んだ三木谷社長の「3つの大誤算」
プレジデントオンライン / 2023年7月20日 10時15分
■好調な事業の黒字をモバイルが一気に食いつぶしている
楽天の株価下落が止まりません。2021年3月に上場来最高値の1545円を付けて以降、右肩下がり一辺倒。直近では四半期ごとの大赤字決算発表の都度株価を下げ、今や500円前後を行ったり来たり。最高値の3分の1以下になってしまった、という体たらくぶりなのです。
楽天の株価を引き下げているものは、楽天モバイルの業績不振に尽きます。モバイル事業準備段階の19年決算からグループ決算の赤字化が始まり、サービススタート後の20年決算からは3期連続で1000億円を超える大幅赤字を計上。
直近の23年1~3月の四半期決算でも営業損益で761億円の赤字を計上していますが、モバイル事業単体ではこれを上回る1026億円の赤字となっています。つまり、好調なインターネット事業や金融事業の黒字を、モバイル事業が一気に食いつぶしている構図が見てとれるのです。
そもそも、楽天が第4の通信キャリアとしてモバイル事業に名乗りを上げたのは、この事業で大きな利益を得ようと思ってのことではありません。ECビジネスからスタートした楽天は、新規事業の立ち上げや企業買収によってビジネス領域を着々と広げていきました。
そして、ポイント・サービスやキャッシュレス決済をキーにして、利用者を楽天ビジネスに囲い込む「楽天経済圏」を形作ってきたのです。各サービスを有機的につなげ、経済圏を完成させるための重要なピースとしてどうしても手に入れたかったものが、モバイル事業だったのです。
■あまりにも大きい「3つの誤算」
このような狙いの下、20年4月に「第4の携帯キャリア」として鳴り物入りでスタートしたはずの楽天のモバイル事業が、なぜ巨大な「お荷物事業」になってしまったのでしょう。そこには、楽天グループを創業から発展軌道に乗せてきた三木谷浩史同社会長兼社長の野心に、あまりにも大きい3つの誤算があったと考えます。
まず、ひとつ目の大きな誤算は、基地局設置に関するものです。つまずきの始まりはモバイル事業スタート前、基地局設置による通信網構築を甘く見てその整備が大幅に遅れたことでした。監督官庁の総務省は、遅々として進まぬ受信状況改善に業を煮やして、19年10月の開業予定に待ったをかけたのです。
これは明らかに、国の認可業務である通信事業を舐めていたと言えます。楽天モバイルは開業の半年先延ばしを余儀なくされ、期待の「第4の携帯キャリア」のイメージは、いきなり大きく損なわれることとなりました。
■読みの甘さを象徴する三木谷社長の発言
しかし、これはまだ、序の口に過ぎません。基地局設置に関しては、その投資額に関する見通しの甘さが何より致命的でした。当初の投資計画では基地局整備に必要な投資は約6000億円を想定していたようですが、現状で既にそのほぼ倍額が投じられながらもいまだ目標の通信人口カバー率99%以上に至らず、なのです。
この巨額投資地獄が、とりもなおさず楽天の財務状況を悪化させた根源となったのです。すなわち人口カバー率99%以上達成を甘く見過ぎていたことが、今の大苦境に直結したと言えるでしょう。
この点での読みの甘さを象徴したのが、22年度決算発表時の三木谷社長の発言です。22年末時点の楽天モバイルの通信人口カバー率が前年の95.6%から98%に向上し、「7年かける計画を3年で達成し、基地局投資は24年度で一段落する」と息巻いていたのです。
しかし、この発言を聞いた3大キャリア幹部が、「ここからの1%が地獄の苦しみだということを、三木谷さんはご存じではないのでしょう」と冷めた言い方をしていたのが印象的でした。
■6万局では勝負にならないのは明白
現実を見れば、三木谷社長の見通しの甘さ、考えの甘さは明白です。社長が同社基地局数の当面の目標としていたのが、6万局です。一方で、NTTドコモの国内基地局数が約26万局(4G)、auは約20万局、ソフトバンクでも約17万局を備えています。
ソフトバンクですらいまだに、「上位2社に比べてつながりが悪い」と言われていることを考えれば、6万局ではおよそ勝負にならないのは明白であり、「基地局投資が24年度で一段落する」などという考えこそ大甘であったことが分かるでしょう。
結果的に、今年5月にKDDI(携帯キャリアはau)回線借用契約におけるローミング(相互乗り入れ)の拡大を決めました。これまで楽天は、受信状況の悪い地域ではau回線を借用して穴埋めしつつも、あくまで自前の基地局増強による早期の回線借用解消をめざしてきたわけですが、都心部も含めたすべての地域でau回線を使って「つながりやすさ」を実現しようというのです。180度の方針転換です。楽天のただならぬ苦境と、基地局整備に対するこれまでの見通しの甘さが、ここに完全露呈したと言えます。
■2つ目の誤算「プラチナバンド問題」
この問題に微妙に絡んでいるのが、2つ目の誤算であるプラチナバンド問題です。プラチナバンドとは、我が国の電波利用においてもっとも携帯電話に適してつながりやすい、700MHzから900MHzの周波数帯のことです。国内のプラチナバンドは先行3大キャリアに独占され、現在空きはありません。
後発の楽天に割り当てられた周波数は1.7GHzであり、屋外では大きな問題はないものの室内での先行3社に比べた接続の悪さは利用者の知るところです。すなわち、いかに基地局整備を進めようとも、プラチナバンドを持たない現状では「つながりにくい楽天」は解消されず、飛躍的な契約者数増強は望めないのです。
楽天のプラチナバンド問題については、同社が業界参入を決めた当初から業界内では「プラチナバンドなしで、どう戦う気なのか(大手キャリア幹部)」と不安視する声と、同時に「楽天、臆するに足らず(別の幹部)」との声も聞こえていました。
しかし、この段階で楽天は脳天気にも、「うちの1.7GHzはつながりやすい(山田善久社長、当時)」と自信を見せていたわけで、この点での見通しの甘さもまた、思い通りに事が運ばなかった大きな要因のひとつなのです。
■初動の遅れが「つながりにくい楽天」を決定づけた
楽天が総務省に対してプラチナバンドの再分配要望を初めて出したのが、事業開始から半年以上経た20年12月です。1.7GHzでやってみたが、やっぱりつながりが悪い。これではどうにも勝負にならない、と遅ればせながら気がついたのでしょう。
事業開始前から折衝を進めていればもっと早くに解決していたかもしれない問題が、見通しの甘さゆえの初動の遅れによって「つながりにくい楽天」を決定づけてしまったとも言えるのです。
ちなみに、楽天のプラチナバンド獲得に関してはこの4月に、3大キャリアの携帯電話700MHz帯と隣接の地上波テレビ帯などの間に存在する空き部分に3MHz幅×2の携帯電話4Gシステム導入を検討し、それを楽天に優先供与する見通しにはなりました。しかし、先を急がざるを得ない楽天はこれを待っている猶予はなく、先に書いたようにプラチナバンドを使用したau回線を全面的に借用することとなったのです。
■官製値下げによって事業計画は大幅に狂わされた
3つ目の誤算は、携帯料金の官製値下げです。これは最も予期せぬものだったかもしれませんが、最も事業計画にダメージを与えた誤算でもありました。楽天モバイルのスタートから半年後の20年9月、総務大臣経験者の菅義偉首相が誕生。菅氏は持論である「携帯料金は4割程度下げる余地がある」を実践すべく、「携帯料金官製値下げ圧力」を発動しました。まず政府が大株主であるNTTドコモがこれに従ったことで、au、ソフトバンクも追随するという、予想だにしなかった展開になってしまったのです。
サービススタート当初は圧倒的な業界最安値であった楽天の月額2980円は、瞬く間に大手3キャリアに追いつかれてしまうこととなり、後発でかつ「つながりにくい楽天」としては一層の値下げを強いられることになりました。結果的に楽天のモバイル事業黒字化は先が見えなくなり、官製値下げによって事業計画は大幅に狂わされたのです。
表向きは、楽天も時の首相の人気取り政策の犠牲者であると言えるかもしれません。しかし、そもそも政府による楽天の業界参入認可は、3大キャリアの実質カルテル状態で高止まりが続いていた日本の携帯電話料金を、大幅に引き下げさせるための起爆剤として期待してのものでもあったわけです。残念ながら楽天ではその役割が果たせないと判断したからこその、国による「強制値下げ執行」であったとも言えます。
■有利子負債は「これ以上増やせない」のが実情
もちろん、それは先に述べたように、楽天が基地局整備を甘く見たために開業が遅れ受信状況の改善が遅々としてすすまなかったこと、加えてプラチナバンドを軽視したが故に一層「つながりにくい」印象となったことで、3大キャリアにほとんど危機感を与えることができず、政府の期待に沿えなかったことに起因しているわけです。これも結局のところ、甘い見通しによる誤算の連鎖が、自らの首を絞めた自業自得の結果であると言えそうです。
楽天がここにきて自前の基地局設置からau回線の全面借用に180度方針転換した理由は、この先も年間3000億円という基地局設置投資を続けていくことが、財務上難しくなってきたことに他なりません。
22年12月期段階での有利子負債の総額が1兆7600億円にも上り、財務状況の急激な悪化で投資格付は投機的水準にまで格下げになっています。決算会見時に三木谷社長は「有利子負債はこれ以上増やさない」と宣言しましたが、実際には「これ以上増やせない」のが実情なのです。
■5年間で1.2兆円もの巨額償還が待ち受けている
今後最大の問題は、有利子負債の大半を占めている社債が、続々償還を迎えることにあります。今年度が800億円、来年が3000億円、再来年には5000億円、この先5年間で1.2兆円もの巨額償還が待ち受けているのです。それまでに償還資金の手当てをするか、あるいは借り換え資金の調達が必要になります。
現状の財務内容で1兆円を超える償還資金を手当てするのは容易ではなく、かといって借り換えを実施しようにも今の格付けでは金利が跳ね上がってしまい、ますますグループ経営の足を引っ張ることになるでしょう。
資金調達に関しては、21年に1500億円を楽天に出資した日本郵政が同社の株価低迷で800億円もの減損処理を迫られていることもあり、現状で第三者から新たな巨額出資を求めるのは難しいでしょう。増資自体がますます株価を下げることにもなるので、これ以上の新株発行は難しい状況にあると言えます。
■存続を賭けた本当の正念場にさしかかっている
資産売却については、既に楽天銀行の上場で700億円が調達済みで、楽天証券も上場申請を済ませ約1000億円を調達予定と聞きます。まだ他にも、カードや保険などの子会社はあるものの、近年親子上場が少数株主の利益が損なわれるという批判も多く、ここでも手詰まり感があるのが実情なのです。
こうしてみてくると、甘い見通しのまま新規事業に手を出したツケが誤算という形で次々ボディブロー的に効いてきて、いよいよロープ際に追い込まれた楽天の現状がよく分かると思います。現状ではモバイル事業黒字化の見通しはあまりに遠く、社債の巨額償還を前にどのような秘策を繰り出していくのでしょうか。楽天モバイルは今、存続を賭けた本当の正念場にさしかかっていると言えるでしょう。
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企業アナリスト
スタジオ02代表取締役。1959年東京生まれ。東北大学経済学部卒。1984年横浜銀行に入り企画部門、営業部門のほか、出向による新聞記者経験も含めプレス、マーケティング畑を歴任。支店長を務めた後、2006年に独立。金融機関、上場企業、ベンチャー企業などのアドバイザリーをする傍ら、企業アナリストとして、メディア執筆やコメンテーターを務めている。
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(企業アナリスト 大関 暁夫)
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