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温泉旅館の「本当の良さ」を外国人旅行者はわかっていない…インバウンド好況でも旅館が苦戦しているワケ

プレジデントオンライン / 2023年7月21日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

インバウンド需要が復活してきた。観光業にとっては追い風になるのか。経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「日本の温泉旅館にとっては厳しい時代が続く。生き残るためには訪日外国人のニーズに応えた大規模リニューアルが必要だ」という――。

■観光業の景況感が急回復している

インバウンド需要が本格的に戻ってきて日本の景気全体を高揚させています。経済評論家としての私にとっても地方経済の動向は重要テーマです。特にコロナ禍以降は、出張がある度になるべく現地に宿泊して、地元の状況を見聞きしてこの目で確認するようにしています。

コロナの制約が実質的になくなった今年4月以降では京都、金沢、富山、北海道をそれぞれ訪れたのですが、行く先々で多数の観光客とすれ違い、飲食店や名産品店、市場などでは混雑といっていいほどの賑わいを感じました。ほんの数カ月前、昨年秋から今年の1月頃に訪れた京都、箱根、福井、下田と比較すると観光地の景況感は180度変化した感覚です。

この変化を日銀短観の業況判断指数で確認してみます。業況判断指数は「0」を超えると好況と考えて良いという数字です。日本のすべての業種、全企業規模合計の景況感は2022年9月の調査が「3」だったところから直近の6月調査では「8」まで上がってきました。

なかでも回復が著しいのが宿泊・飲食サービスで、昨年9月に「-28」と最悪の状況だった大企業の宿泊・飲食サービスの景況感指数が昨年12月と今年3月にはともに「0」と中立状態に戻り、6月調査ではなんと「36」まで急上昇しています。つまりこの春以降のインバウンド解禁で、観光関連業種の景況感が日本経済全体を上回るペースで急回復しているというわけです。

■支援策で生き残っていた温泉旅館

さて、このようにマクロレベルではようやく回復期に戻ってきた観光業ですが、その一方で最近でも老舗旅館の廃業のニュースが頻繁に入ってきています。コロナ禍の期間ではホテル・旅館の倒産件数は後述する理由で実は減少していたのですが、休廃業や解散の件数は過去最多になっています。

起きていることは、コロナ禍のタイミングで将来を見切って廃業した旅館が増加した一方で、Go To トラベルやゼロゼロ融資などの支援策でコロナ禍に倒産せずに済んだ旅館が一定数いたということです。そして残念ながらゼロゼロ融資の期限が切れる今年以降、逆に膨らんでしまった負債金利に苦しむ旅館が増加しそうです。

とはいえこの先、日本観光が大ブームになるので訪日外国人需要で温泉旅館も生き残ることができるんじゃないか? と考えるかもしれません。そのことを検討してみましょう。

■「エキゾチックな日本の旅館」には人気があるが…

外国人旅行客にとってはエキゾチックな日本の旅館というのは潜在的に大きな人気があります。京都や金沢などの観光地を歩くと、いわゆる街中の木造の町屋を旅館に改造した、新しいタイプの日本旅館も増えています。そして外国人旅行客が頼りにするトリップアドバイザーのような口コミサイトには、そのような施設に宿泊した口コミも好意的に寄せられています。

ではこの好況な旅館と廃業を迫られる旅館の格差はどこにあるのでしょうか。

ひとつは観光地としてのブランドの違いがあります。京都や東京の中心部と比べれば、県の奥の方にある隠れ湯的な温泉地が訪日外国人の集客で劣ることは容易に予想がつきます。もちろん山形の銀山温泉や群馬の伊香保温泉のように集客力のある地方温泉地はありますが、全般的には地方の温泉はインバウンドの恩恵を人気観光地ほどは受けることができません。

とはいえ、消えていく温泉旅館の問題点はもっと違うところに本質がありそうです。それを説明するのに若干の回り道をお許しください。

山形・銀山温泉の街並み
写真=iStock.com/junce
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/junce

■「旅館では当たり前のサービス」が不満の原因

私は以前、外資系企業に勤めていたことや、独立してからもアメリカ方面の仕事が多かったことから、たまに「温泉旅館で週末を過ごしたい」というアメリカからの来客の相談に乗ることがありました。主に90年代から00年代の話だとお考えください。

よく覚えているのですが、最初に首都圏近郊の温泉旅館を紹介した知人が、後で「やっぱり後悔した」と言い、残念な感想を事細かに話してくれました。一応、外国人でも快適なように個室で各部屋にトイレがついていて、それなりの歴史と評判がある宿を選んだのです。しかし彼の不満の原因は旅館にとっては当たり前のサービスにありました。

最初に戸惑ったのは夕食の時間を18時か19時のどちらかに選ばなくてはいけないこと。外に観光に行きたい時間帯に食事をしなければならないうえに、20時になって繁華街に出たら観光客相手のお店はみんな閉店していたというのです。

旅館に戻った彼は、日頃の激務もあるので翌朝はぐっすり寝て過ごしたいと考え、朝食をキャンセルしました。すると、ちょっと嫌な顔をされたようです。しかも、朝食の時間が来ると部屋に仲居さんがやってきて強制的に布団を片付けてしまうのです。それがルールだという一点張りで、結局彼は奥さんとふたりで畳の上に座布団を敷いて仮眠する羽目になったというのです。

■部屋には背の低いベッド、朝食はブッフェスタイル…

これは要するに日本の伝統的なビジネスモデルに原因があります。旅館には板長がいて、決まった時間に宿泊客分の料理を用意する必要があったり、布団は朝早く回収して昼間のうちは干したりする必要があったり、それなりに理由があってそうなっているわけです。それがもっと自由度があるホテルに慣れた外国人にはウケが悪かった。まあそういう話だとお考えください。

それでこういった温泉旅館がインバウンドを新たなビジネスチャンスだと捉えて起死回生の手を打とうとしたら何が必要になるでしょうか。

工夫抜きに普通にやるべきことのリストを作成してみます。部屋は外国人がくつろげるようにリニューアルが必要でしょう。理想としては35平方メートルぐらいの広めの和室にして、畳の上には背の低いベッドが必要です。風呂は共用の温泉でいいとしても、客室内の洗面所は広く取り、トイレには温水洗浄便座ぐらいいれたほうがいいでしょう。あと、部屋の扉には鍵が必要ですね。

料理は朝夕ともに和食か洋食が選べたほうがいいでしょう。できれば朝食はブッフェスタイルでといきたいところですが、ここはセットメニューでも成立すると思います。あと部屋ではコーヒーが飲めないとダメですね。食堂ないしは宴会場では、夜はラウンジとしてビールやカクテルが楽しめる必要があると思います。

ビュッフェスタイルの朝食
写真=iStock.com/pawopa3336
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pawopa3336

■日本の大半の温泉旅館は家族経営

こういったリストを作ってみるとすぐにわかることは、要するに外国人客を本格的に取り込む旅館になるためには投資が必要なのです。ここで多くの温泉旅館は構造的に困ったことに直面します。

日本の大半の温泉旅館は家族資本の家族経営が大きくなったもので、その大半のケースではこれ以上銀行借り入れを増やすことが難しい状況にあります。1990年頃のバブル期に社員旅行向けの宴会場などに投資を行ってしまった温泉宿は親子三代でゆっくりと借金を返済していく以外に身動きがとれないといった状況の旅館もあるわけです。

実は世界のホテル業界でも同じことが起きていて、結果、資本と経営の分離が起きています。資本はゴールドマンサックスなどが立ち上げたファンドが持ち、ホテルのもともとの経営者がホテルの運営を行うわけです。オーナー社長がファンドの指示を受けるサラリーマン社長に転職するというのがひとつのイメージです。もうひとつがホテルや旅館を手放してファンドや運営会社に売却するケースです。

どちらの場合でもファンドは大資本なので、必要な設備投資をきちんと行い老舗旅館をリニューアルさせます。元のオーナーが廃業で手を引いた場合には、別の経営者を送り込むわけです。

■湯快リゾートと大江戸温泉が経営統合

日本の有名老舗旅館でも、例えば青森県の古牧グランドホテルはゴールドマンサックスと星野リゾートの傘下に入って「星野リゾート 青森屋」となり、鳥取県の斉木別館は湯快リゾートの傘下に入っています。

その湯快リゾートは来年春に大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツと経営統合を発表しています。京都に本社を置き西日本に強い湯快リゾートと東日本に強い大江戸温泉が一緒になることで全国に約70施設を抱える一大リゾート会社が誕生するわけですが、実はこの2社はどちらもアメリカのファンド会社であるローンスターの投資先企業なのです。

ファンドの狙いとしてはおそらく大江戸温泉が展開する「TAOYA」というプレミアムブランドをひとつの柱として、日本旅館のプレミアムラインを拡大していくことでしょう。将来的には星野リゾートの競合相手となるプレミアム日本旅館チェーンが誕生することになることが予想されるのです。

露天風呂
写真=iStock.com/tomophotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tomophotography

■生き残れるのは大資本と手を結ぶ温泉旅館

インバウンドの外国人旅行者から見れば、本当は日本を代表する観光地に新たに竣工(しゅんこう)した和テイストの高級ホテルに滞在したほうが居心地は間違いなくいいはずです。

一方で長年営業を続けてきたその地方を代表する老舗旅館には、常連顧客を引き付けてきた良さがあり、長い時間をかけて培ってきたサービスがあります。ここが新手のビジネスプレイヤーの着眼点です。

老舗旅館のビンテージの良さはそのままでは売り物にはならなくても、投資をしてマーケティングの4Pである「提供価値の中身(商品)」「価格」「集客の仕方」「販売チャネル」を見直せば、十分に生き残る価値が生まれるケースは少なくありません。

そうなると結局のところ重要なことは「投資ができるかできないか」に尽きるのです。それを自前でできる老舗旅館はおそらくは少数派でしょう。ですから、生き残る温泉旅館の多くは、大資本と手を結ぶ決断をすることになるのです。これが残念ながら時代の流れというものではないでしょうか。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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