他人の落とし物が次々と目の前を通過していく…中国の公衆トイレで私が見てしまった衝撃の光景
プレジデントオンライン / 2023年7月22日 13時15分
※本稿は、大城道則、芝田幸一郎、角道亮介『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。
■発掘現場の仮設トイレは「穴」
発掘現場には便所がある場合もある。ない場合もある。ない場合は、後述のように現場近くの民家で借りることになるが、現場に便所が設けられる場合、それはたいてい極めて原始的な構造をとることが多い。
人類にとって最も基本的な便所構造とは、すなわちただの穴である。中国では、都市部以外の土地はほとんどが農地である。一部の険しい山岳地帯をのぞいて、平地・山地にかかわらず隅々まで農地として開墾されている様には、先人の英知と弛まぬ努力のたくましさを感じずにはいられない。
ある程度までの高さの山なら、全面的に段々畑にして作物を育てており、中国では人が住める土地のほとんどが農地と言っても過言ではない。そのため、多くの遺跡は畑の下に埋もれており、多くの発掘現場では畑をさらに掘り下げて、地下から遺跡を見つけることとなる。
発掘現場となった畑の片隅には、ひっそりとトタン製の囲いが建てられる。これが現場便所である。
多くの場合、男と女の二区画に区切られるだけで、天井はない。扉もない。もちろん外からは見えないようになっているが、中に人がいるかどうかは外からはわからないので、使用中の方に対面することも少なくない。作業員のおじさんたちはそんなことを少しも気にしていないようなので、別に大したことではないのであろう。
■「現場便所」で気を付けること
便所の区画内中央には、長軸30センチメートルほどの楕円形の穴が掘られる。深さは10センチメートルほどであろうか。この穴に向かって用を足す。何の変哲もない、ただの穴である。
落とし物は地下の便槽にたまることも、水で流れていくこともないので、そのままの形でその場に存在する。穴は定期的に埋められ、別の場所に掘りなおされるので、掘りなおし初回時に当たればラッキーであるが、掘りなおし直前に当たった場合には、否が応でもそれらが目に入ってしまうという試練を迎えることになる。
穴の中にすべて収まっていれば良いほうで、往々にして穴からはみ出ている。ひどいときには絨毯爆撃的に広がり、区画内で足の踏み場を探すのに躊躇することもある。だが、目に見えるうちはまだよい。私の専門とする黄土高原という地域は非常に乾燥した土地なので、古くになされた物体は水気を失い、カサカサに乾燥し粉末と化し、風に乗って飛んでいくこともある。現場便所は初心者にはハードルが高い。
しかし、そんなことは些細なことである。現場便所は段々畑の端、平地を見下ろす高台に作られることが多い。便所から見える大陸の山々と眼下に広がる町並みの雄大さは、トイレへのこだわりなんてとるに足りないことだとわれわれに教えてくれる。
現場便所は、人間もまた自然の一部に過ぎないことを改めて教えてくれる、偉大な装置なのである。
■中国の農家では「豚=便所」
中国の田舎の農村では、半自給自足のような昔ながらの生活が続いている。農村には、門があり、中庭があり、中庭をいくつかの建物が取り囲む、伝統的な家屋が数軒立ち並んでいる。
畑を耕し家畜を飼い、時に町まで出て必要物資を買い、冬には石炭ストーブで暖をとるのが、華北の一般的な農村の姿である。
なお、農村には電話やテレビがない家も多いが、ほとんどの人がスマートフォンを持っている。そこだけは21世紀を感じる。
一般的な農村で食用として飼われる家畜は豚である。たまに牛も見かけるが、多くの場合は食用ではなく荷役や開墾のための家畜のようだ。山地に入るとヒツジやヤギの飼育も見られる。鶏も多いが、もちろん養鶏場のような大量飼育ではなく、数匹を放し飼いにしている粗放的な飼育である。
農家で最も一般的な豚を語る際、それは便所と切っても切ることができない。豚便所の存在である。
■2000年以上前からある
発掘に参加していたとある日、私は遺跡周辺をくまなく歩くこととなった。これは一般調査と呼ばれるもので、周辺の地形や他の遺跡との位置関係、あるいは畑から土器片などが出土する地点の広がりなどを調べる重要な調査である。
この重要な調査のさなか、私は近所の農家の便所を借りることになった。その農家では母屋の脇に便所があるというので行ってみると、イメージしていたよりもやや広めの、レンガで囲われた20畳ほどの四角い空間があった。立派な便所だな、と思いつつ、特に気にせず中に入ると、まず目に飛び込んできたのは入り口右手にある鉄扉である。
用具入れかと思い特に気にしなかったが、奥から何かの気配がする。本能的に異変を感じ、外に出ようかと逡巡したが、次にどこで便所を借りられるかわからないので意を決し、便所(であろう)部屋の中央の穴へと向かった。
すると、鉄扉の奥がざわめき立ち、「ブヒブヒ」いう音が聞こえるのである。明らかに豚である。そのとき、ようやく合点がいった。これが豚便所だったのか、と。
豚を飼う地域では豚便所は普遍的にみられる施設であり、中国でも古くから利用されていたことがわかっている。漢代(紀元前3世紀~紀元後3世紀)には、日用品のミニチュアを土器で作り副葬品として墓に納める行為が流行したが、家のミニチュアや竈(かまど)のミニチュアにまじって、豚便所のミニチュアも出土する。
一見すると普通の建物の模型だが、中央に豚のミニチュアが配置されているので、これが当時の豚便所を模したものであると判断することができる。中には子豚のミニチュアを作る例もあり、結構かわいい。豚は雑食動物なので、なんでも食べる。人間の排泄物も豚にとっては貴重な食糧であり、飼育するにあたってこれほど都合の良い生き物はいないだろう。
太古の昔から豚(イノシシ)が家畜として選ばれたのには、このような飼育の容易さも大きく関わっているものと思われる。
■生きることの奥深さを知る
閑話休題。気配でわかるのか、用を足そうとする私に豚は明らかに興奮しているようだ。彼(彼女?)からすれば餌が来たのだから無理もないが、鉄扉をガチャガチャさせて今か今かと待たれると、こちらとしてもやりづらい。
平常心を意識してなんとか用を済ませ立ち去るころには豚の興奮も最高潮である。ブフオォという鼻息に、「口に合いますかどうか」と申し訳ない気持ちになる。私が便所を出ると農家のおばちゃんがやってきて鉄扉の鍵を開け、待ちに待った食事の時間が始まる。
たまの御馳走として食卓に並ぶ農村の豚は、このようにして飼育される。私たちのものを食べて育った豚を、さらに私たちが食べる。食べて生きるというサイクルの奥深さを垣間見たような気がして、複雑な思いを抱えたまま私は調査に戻った。
■これが最も強烈だった
便所の話題はもう少しで終わる。あと少しご辛抱いただきたい。これまで言及したさまざまなトイレを紹介すると、「それでは豚便所が一番強烈ですね」とよく言われる。もちろん豚便所も強烈であるが、他にも注意すべきトイレがある。正式名称がわからないので、ここでは溝便所と仮称することとする。
溝便所は、ある意味で最も(物理的に)強烈な便所である。これは公衆便所の一形態で、主に地方都市の駅や中途半端に栄えた観光地などで目にすることができる。
機能的には水洗トイレの形態をとっているので、特別臭いことも汚いこともない。だが、侮ってはならない。溝便所の最大の恐怖は、水洗で流れる溝を、複数個室で共有するという構造にある。
溝を共有する水洗便所とはどういうものかというと、個々の個室を越えて一本の長い溝が便所に渡され、上流から下流へと常に溝内に水が流れている。その溝の上に複数の個室が設けられ、各々はその個室で用を足すわけであるが、溝を共有するということはすなわち、隣の個室から流れてくるということである。
■これはもう拷問に近い
またがった溝のなかを、上流側の個室から下流側の個室へと他人の落とし物が絶えず流れ続け、嫌でも目に入ってしまう。最下流の個室は上流側すべてのものが下を流れていくわけで、さっさと用を済ませないと他人の落とし物を延々と見る羽目になる。これはもう拷問に違いない。
だからといって最上流の個室に入ればよいかというと、そこにも罠がある。長い溝すべてを水流で押し流すために、最上流は水圧が非常に強く、往々にして水が跳ね足にかかってしまう。最上流は最上流で、うまく扱わなければ自分に跳ね返る危険地帯なのである。
「前門の虎、後門の狼」ということわざは、まさしくこのことである。
私の経験上、溝便所で最も被害が少ないのは上流から二つ目の個室だと思われる。もしも溝便所に遭遇したら、二つ目が空くまで待つほうがよい。
以上、中国のトイレ事情をご紹介した。いずれも考古学的・民俗学的探究心からのことであり、決してトイレばかりを好んで観察しているわけではない。改めて強調したい。
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駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻准教授(専門:考古学・中国殷周時代)
1982年千葉県出身。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻博士課程単位取得退学。複雑怪奇な青銅器の造形に魅了され中国考古学を志し、中国北京大学考古文博学院に高級進修生として留学、黄土高原での発掘調査に多数参加している。著書に『西周王朝とその青銅器』(六一書房)など。
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(駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻准教授(専門:考古学・中国殷周時代) 角道 亮介)
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