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不祥事がバレても「退職金2000万円」がもらえる…受信料に厳しく身内に甘いNHKのヤバすぎる体質

プレジデントオンライン / 2023年7月21日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

■またNHKで「事件」が起きた

NHKがネット同時配信「NHKプラス」では認められていない衛星放送(BS)番組関連の予算をこっそり計上して国会が承認してしまった問題は、NHKのガバナンス(企業統治)が劣化している実態を天下に知らしめた。ルール違反を知りながら、執行部の幹部だけで企てた“奸計”だけに、その罪は大きい。

「ネット」を「放送」と同様の「本来業務」に格上げする議論が大詰めを迎えているタイミングで発覚した今回の「事件」は、NHKのネット事業の拡大に批判的な新聞界や民放界を勢いづかせ、“お墨付き”を与えるはずだった総務省の有識者会議のとりまとめも当初の予定より大幅にずれ込みそうだ。

かねてからNHKのネット事業の拡張にあたっては「業務・受信料・ガバナンス」の三位一体改革を成し遂げることが前提とされてきたが、その一つであるガバナンスの機能不全が明らかになった以上、「公共放送」から「公共メディア」に膨張した場合にきちんと規律が守れられるかどうか、疑念は深まるばかり。「ネットの本来業務化」や「ネット受信料の創設」など、今後のネット事業の展開に暗雲が広がっている。

NHKは7月中にも、外部の有識者で設置した「専門委員会」で再発防止策をとりまとめることにしているが、「事件」の底流にはNHKが抱える根源的な病原があるだけに、ありきたりの報告書では局面打開の糸口にはなりそうにない。

BS番組の同時配信は当分棚上げされそうで、まさに功を焦って“自爆”してしまったといえる。

■BS番組のネット配信費9億円が「ほぼノーチェック」で通過

今回の「事件」の経緯をおさらいしてみる。

発端は、2022年12月。総務大臣が認可するNHKの「インターネット活用業務実施基準」に反していることを承知で、前田晃伸・前会長が正籬聡・前副会長や伊藤浩・前専務理事ら幹部と計らい、23年度予算にBS番組配信の設備調達費約9億円を盛り込んだ稟議書を一部理事だけに回して決済したことに始まる。BS番組のネット配信は24年度を念頭に置いていたという。

その後、BS番組配信関連予算は、理事会にも諮らず、最高意思決定機関の経営委員会にも説明せず、監督官庁の総務省にも報告せず、23年3月末に国会で承認されてしまった。チェックするタイミングは何度もあったのに、素通りになってしまったのである。

稲葉延雄・現会長や井上樹彦・現副会長ら新執行部が異常事態に気づいたのは4月に入ってから。前田会長が23年1月に退任、正籬副会長も2月に退任、伊藤専務理事の退任が4月に決まったタイミングだった。

首謀者のトップ3が職を離れた段階で、事態の重大性を憂慮していた局内から、ようやく報告が上がったという。「事件」発生から4カ月近くが経っていた。

■受信料の目的外使用を禁じた放送法違反だが…

「NHKプラス」でネットの同時配信や見逃し配信が認められているのは総合放送とEテレの地上放送だけで、BS放送は対象外。ネット事業の実施基準で認められていない業務の支出をすれば、受信料の目的外使用を禁じた放送法に違反するのは、言うまでもない。

タブレット上で映画を見ている男
写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

あわてた稲葉執行部は、直ちに内部調査にとりかかり、前田・前執行部が遺した「あってはならない事態」が起きていることを把握。既に発注していた機材などのBS番組配信関連予算の執行を停止し、当該予算の使用目的を変更して、12月から始まる新BSの周知・広報などBS番組配信以外の支出に修正するという苦肉の策をとり、事態の収拾を図ろうとした。

そのうえで、一連の経緯を経営委員会に報告したのは5月16日、総務省に説明に上がったのはさらに遅れて29日だったという。

この間、NHKは、自ら情報を開示しようとはせず、新聞各社が5月30日付朝刊で一斉に報道して、視聴者は初めてNHKのガバナンスがまるで機能していないことを知ることになった。

NHKが、再発防止策を検討する「専門委員会」を設置したのは6月21日。稲葉執行部が事件を把握してから2カ月以上も経っていた。内部での処理に留めようとしたものの、厳しい批判にさらされ、やむなく外部の有識者に委ねざるを得なかった様子がうかがわれる。

■前田・前会長に諫言する者はいなかった

今回の「事件」は、意思決定の過程も、発覚後の対応も、お粗末極まりない。

NHKの内部調査によると、前田・前会長は「将来、BS番組のネット配信が実現した場合の準備のため」と語り、放送法に違反している判断だったことを自ら吐露。稟議に加わった理事たちも「ネット実施基準との整合性を理解していなかった」という。

局内では、ネット事業の基本ルールを熟知していなかった前田・前会長が言い出し、正籬・前副会長や伊藤・前専務理事は「おかしい」と感じていたはずなのに諫言せず追従したといわれている。そこには「ネット配信実務の予算ならアウトだが、先行投資なら許されるだろう」と実施基準を独善的に解釈した節が見受けられる。「総務省とすり合わせたうえで慎重に進めなければならない話なのに、認識が甘かった」という声も聞かれる。

もっとも、一部の理事だけで稟議書を回して決済した手続きをみると、首謀者たちは後ろめたさを共有していたことがうかがわれる。

前田執行部が暴走した背景には、12月に予定されるBSチャンネル統合で1波削減されるため、視聴者から「サービス低下」を批判されて衛星放送契約が減少しかねないことを危惧したとも言われているが、真相はまだヤブの中だ。

みずほフィナンシャルグループの会長まで務めた前田・前会長は就任早々、民間企業の手法を取り入れて強権的な人事や業務の大幅刷新を断行したが、独断専行ぶりに「局員の95%が反発している」という異常事態が、任期中の3年間続いていたという。このため、「事件」に気づいた局員も「物言えば唇寒し」と黙り込んでしまったようだ。

いずれにしても、前田執行部の明らかな失態である。

■受信料を支払う国民への謝罪は後回し

ありがたくない“置き土産”を受け取った稲葉執行部も、対応のまずさが目立った。前例のない不祥事を4月初めに把握しても、直ちに公表しようとはしなかったのだ。

経営委員会への説明も、総務省への報告も、遅れに遅れた。受信料を払っている視聴者に伝えたのは、メディアが5月30日に一斉に報道してから。それも、前田浩志経営企画局長が、記者団に簡単な経緯を説明しただけだった。

既に経営委員会に説明した後の5月24日の会長会見では、まったく触れず、BS放送のネット配信について質問されても、「ネット実施基準が変わらない限り、できません。経費もかかりますし……」(井上副会長)とシレッと答えていた。

稲葉会長が、記者会見で「事件」を公式に発表したのは6月21日で、「予算や事業計画に含まれていないものを稟議に諮ることはできないにもかかわらず、手続きが進められてしまったことは不適切だった。公共放送のガバナンス上、あってはならないこと。誠に申し訳ない」と、ようやくメディアを通じ国民に向けて謝罪した。国会などの場で事実関係を認め陳謝はしていたが、遅きに失した感は否めない。

■不祥事が起きても「退職金2000万円」がもらえる異常

さらに、おかしな事態が起きた。

「事件」が発生した原因やそれを踏まえた再発防止策を検討している専門委員会の報告を待たずに、稲葉会長は7月11日、前田・前会長の退職金を10%減額して約2000万円を支給すると発表したのだ。

前田晃伸前会長の退職金減額を発表したNHKの稲葉延雄会長=2023年7月11日、東京都渋谷区
写真=時事通信フォト
前田晃伸前会長の退職金減額を発表したNHKの稲葉延雄会長=2023年7月11日、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト

稟議に関与した当時の役員6人にも厳重注意し、役員報酬の一部を2カ月分自主返納することも明らかにした。伊藤浩・前専務理事は20%、山内昌彦理事が15%、正籬聡・前副会長、児玉圭司・前理事、林理恵専務理事、熊埜御堂朋子理事は、それぞれ10%だった。

NHKには、役員の処分に関するルールがないため、事実上の処分になるが、当時の役員の半数超が責任を問われる異常な事態である。

だが、「事件」の原因や経緯が明らかにされていないのに、関係者の処分を決めたことには違和感が残る。

稲葉会長が「誰がどういう形で主導したのか、はっきりしないような意思決定のプロセスが存在した」と語っているのだから、この時点で適切な処分だったかどうかを判断できるはずもない。「専門委員会」の報告は形式だけと自ら宣言しているようなものだ。

前執行部も、現執行部も、まさに、ガバナンス上に大きな問題ありと言わざるを得ない。

■経営委員会は「責任はない」と開き直る

NHKの予算や重大な経営方針を決する最高意思決定機関の経営委員会の責任も見過ごすわけにはいかない。

5月16日の経営委員会で、稲葉会長が初めて不祥事の経緯を報告したが、その後、森下俊三委員長との間でガバナンスをめぐる経営委のあり方について激しいバトルが繰り広げられた。稲葉会長は、経営委もNHKのガバナンスに関わるよう求めたが、森下委員長は突っぱねたやりとりが、公開された議事録に残されている。

その後、森下委員長は記者会見で「予算書では、金額もBSの話も一切どこにもない。説明が何もなかったので審議のしようがなかった。誠に遺憾」と執行部に対する不満をぶちまけ、経営委に責任はないと開き直った。

すぐさま、日本新聞協会が「経営委員会と執行部の間で責任の所在が整理できていない。ガバナンス上の大きな課題だ」と批判する意見書をまとめた。

放送行政に詳しい宍戸常寿・東大大学院教授は「執行部だけでなく、経営委員会や監査委員会の責任も重大だ。国民を代表して国会同意を経て選ばれる経営委員の役割を果たしていない。NHK全体が問われる問題だ」と断罪した。砂川浩慶・立教大教授も「経営委員会は、全般的な経営責任を負う。経営と執行の分離という建前はあるが、執行部が出した計画を承認するだけの組織ではない」と指摘している。

■ご都合主義、自己保身がNHK不信を増幅させている

まったく同感である。

森下委員長は、委員長代行だった18年秋、かんぽ生命保険の不正販売を告発したNHKの「クローズアップ現代+」をめぐって、日本郵政グループの抗議に同調し上田良一会長(当時)を厳重注意した問題で、主導的役割を果たし、個別番組への干渉を禁じた放送法違反の疑いをかけられた“前歴”がある。

その時は経営委が徹底的に執行部糾弾に関わったのに対し、今回は経営委に火の粉が降りかかりそうになったとたんに執行部とは無関係を決め込んでしまった。

経営委と執行部の関係を使い分けるご都合主義や、自己保身に走る姿は醜いとしかいいようがない。いつまでも経営委員長のイスにしがみついている状況が、国民や視聴者のNHK不信を増幅させていることを知るべきだろう。

■民間企業のトップをNHK会長に起用するのはオカシイ

NHKの不祥事の深底から浮かび上がってくるのは、会長ポストに民間企業から放送界とは無縁の人材を3年交代で起用している問題がある。

生え抜きは橋本元一氏が最後で、08年以降、福地茂雄・元アサヒビール会長、松本正之・元JR東海社長、籾井勝人・元三井物産副社長、上田良一・元三菱商事副社長、前田晃伸・元みずほフィナンシャルグループ会長、そして現職の稲葉延雄・元日銀理事と、民間企業人の系譜が続いている。

日本特有の公民二元体制をとる放送界は、NHKと民放、さらに新聞など報道機関との微妙なバランスの上に成り立っている。そもそも営利を追求する一般企業とは存在理由が異なるため、民間企業の論理は通じにくい。経営面や組織面では民間企業で培ったノウハウが生かせる場面もなくはないが、限定的だろう。

大阪NHK放送センタービル
写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

とりわけ、受信料という財源を確保されているNHKは、公共メディアとして、報道機関として、一特殊法人として、多面的な顔を持つ特別な存在で、政権との距離にも留意しなければならない。

こうした放送界の複雑な力学に精通していなければ、巨大NHKを短期間で掌握するのは至難の業で、まして舵取りとなれば自ずと限界がある。メディア界や放送界が激変しているタイミングだけに、功なり名遂げた企業人が名誉職として引き受けるには荷が重すぎる。

■NHKの無責任体質を改めるべきだ

本欄では、稲葉会長の就任時に、前途を不安視した(2023年1月27日付『朝ドラをや
めて受信料を下げたほうがいい…「太りすぎたNHK」には今すぐ分割・民営化が必要だ』
)が、早くも的中してしまったようだ。

ネット事業の基本ルールを軽視した前田・前会長に、きちんと国民や視聴者に意思決定の経緯を説明しない稲葉会長、その会長に引き立てられて追従する幹部たち、そして責任逃れに奔走する森下経営委員長……。蔓延するNHKの無責任体質は、何としても改めなければならない。

彼らに足りないのは、国民や視聴者のために存在すべきNHKへの強烈な愛情ではないだろうか。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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