「上野さんにとって、親とは?」上野千鶴子が子育て雑誌のインタビューで"思わず口にした驚きの言葉"
プレジデントオンライン / 2023年8月2日 14時15分
※本稿は、上野千鶴子・樋口恵子『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。
■父も母も「はた迷惑」
【上野】先日、ある子育て雑誌のインタビューで、最後に極めつけの質問をされたんです。どんな質問かというと、「上野さんにとって、親とは?」。まったく予期していなかったので驚きました。それで、思わず口をついて出た自分の言葉にさらに驚いた。「はた迷惑です」って言ったの(笑)。その言葉がそのまま誌面に掲載されたものだから、読んだ人からどれだけ批判がくるかと予期したら、これまたびっくりするくらい反発が少なくて。逆に多かったのが共感の声。若い母親の読者から「子どもにとってはた迷惑にならないような人生を送ります」とかいう感想が寄せられたりして面くらいました。
【樋口】私にしても両親への愛情もあれば感謝の気持ちもあるけれど、確かに父も母も「はた迷惑」ですよ、私にとっても。
【上野】ですよね。強い親も弱い親も、それなりに。
■樋口「娘からしたら私も悪目立ちする親」
【樋口】うちの娘もそう思っているに違いないわ。なぜなら上野さんほど有名ではないけれど、テレビに出たりして、それなりに顔が知られてるし、ちょっとかさばる、娘からしたら私も悪目立ちする親ですから(笑)。
【上野】どこへ行っても樋口さんのお嬢さんって言われますよね。
【樋口】でも、娘はそのわりには苦情も言わずによく育ってくれました。娘が思春期のときに、私がパートナーと事実上の再婚をしたのは、本当は娘にとって嫌なことだったと思う。それでもとりたててグレもせずに育ってくれて。感謝しています。
【上野】樋口恵子の娘という看板を背負うと、グレられないですよ。
【樋口】嫌なことがあったとしても眉一つ動かさず、友だちをしっかりとつくって、別に偉くもならなかったけれど、放射線診断医という専門分野で働いています。
【上野】ご立派です。健気だわ。
■葬式で見た「職業人としての父」
【上野】あとになってから親のことがわかる、ということもあります。私の父は金沢の町医者で2001年に86歳で亡くなりました。生きているときはとんでもないワンマンで典型的な日本の亭主関白。暴君で癇癪持ちで社会性がない人間だと思っていましたが、葬式に来てくれた父の患者さんたちは知的で聡明(そうめい)な人ばかり。お父さん、あなたはこういう人たちに選ばれていたのね、って初めて職業人としての彼を見直しました。
【樋口】上野さんの父上が、へんてこりんな男であるはずはないけれど。
【上野】職業人としては立派でも、家庭人としては最低でした。そんなものでしょう? だから、はた迷惑だったんです。
【樋口】やっぱり、はた迷惑が親の特権ね。
■親への愛情と子供への愛情は違う
【上野】ちなみに、愛情って夫に対するものと子どもに対するもので全然違いますけど、親への愛情と子どもへの愛情も違うもののようですね。
【樋口】まるっきり違う!
【上野】わたしは、ご存じのようにおひとりさまで、ずっと子どもサイドにいた人間なので、親がわが子を思う気持ちというものを経験していないんですけど。親業、とりわけ母親業って、いつ卒業するものなんですか?
【樋口】わが家などは、私と娘とで盛大な喧嘩をしょっちゅうしますから、仲の悪い親子のサンプルみたいなものですけれど、やっぱり子どもって特別なものですからね。幼いときはもちろんですが、今でも娘に何かあれば、身を挺してかばいますよ。
【上野】ということは、母親業に卒業なんてないと?
【樋口】ないですね。死ぬまでない。ほら、豊臣秀吉は晩年、年老いてからできた秀頼可愛さに、甥の秀次とその一族を殺戮して醜態をさらしたでしょう? 自分の死を悟ったときも、五大老・五奉行に「秀頼を頼み参らせ候」と伝えたりして。私も、死の間際に何を言ってもよかったら、枕元にいる人に「くれぐれも娘をよろしくお願いいたします」と言って死ぬと思う。
■結婚も出産もしていない娘への不安はあるのか
【上野】聞いていいですか? 母として、結婚も出産もしていない娘に対する不安ってあります? 晩年に醜態をさらした秀吉は、息子が一人前になっていなくて、それで死の間際に「よろしく頼む」と言ったわけでしょう? とすると、娘が家庭をつくって子どもがいたとしたら、そうは思わないものなんですか?
【樋口】どうでしょうね。家庭をつくってるかどうか、子どもがいるかどうかは、そう関係ない。いずれにしても娘は娘。孫なんぞより娘のほうが可愛いでしょうね。私には孫がいないから実際のところはわからないけれど。
【上野】そういえば、以前、河村都さんに頼まれて『子や孫にしばられない生き方』(産業編集センター/2017年)に書いた推薦文が「孫より子どもが大事。それよりもっと自分が大事。おひとりさまの自由を手放さない新世代の祖母たちが登場した」というものでした(笑)。
【樋口】はい、おっしゃる通り。
【上野】一方で、わたしがずっと気になっているのは、障害のある子どもを持つ親たちの老いの問題なんです。障害のある子どもの親たちの最大の懸念は、さっき樋口さんがおっしゃったように「この子を頼む」、つまり、親亡き後の子の行く末です。死んでも死にきれない思いを持っておられるだろうなと。じゃあ、いわゆる健常な子どもを持つ親たちはどうなんだろうかと思って、「あなたがこの子を置いて死ねないと思うのはいつまでですか?」と聞いてまわったことがあるんです。
【樋口】私は、さっさと死ねますよ。
■「生きてく理由」の賞味期限
【上野】ということは、さっきの「娘をよろしく」と言うのは、なかばギャグ?(笑)
【樋口】一応、娘を育てあげましたからね。逆を言うと、就職するまでは子どもを置いて死ねなかったと思います。まあ、私が死んだって娘は学校を卒業できるかもしれませんが、一人前にするまでが親の役目だと思っていましたから。だから、卒業式はうれしかったわよ、本当に。
【上野】じゃあ、子どもの卒業式が親業の卒業式と言っていいですか?
【樋口】というより、もうこれで私がどこで死のうと、これから先は本人の力だという感じかな。
【上野】お金も、もう出さなくて済むし。
【樋口】そう。月謝も払わなくていいし。
【上野】子どもを産んだ女友だちには、「よかったわねえ、生きてく理由ができて」って言うんですが、その賞味期限がいつまでか、と。死ぬまで親はやめられないという人もいるけれど、なかには出産の場で身二つになった瞬間に、この子は私とは別の命だ、私がいてもいなくても生きていくと思ったという見事な女性もいました。
【樋口】そうね、私の場合、そういう意味では、娘が学校を卒業したときがそのときだったといえるかもしれないわね。
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社会学者
1948年富山県生まれ。京都大学大学院修了、社会学博士。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で40年間、教育と研究に従事。女性学・ジェンダー研究のパイオニア。
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東京家政大学名誉教授
1932年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、時事通信社、学研、キヤノンを経て、評論活動に入る。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。
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(社会学者 上野 千鶴子、東京家政大学名誉教授 樋口 恵子)
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